経営陣ファイル 2006年

携帯電話が、情報革命をけん引する新たな主役に

ボーダフォン株式会社 執行役副社長 営業・マーケティング統括 営業担当
富田 克一(とみた かついち)

7月、ボーダフォンの執行役副社長に就任した富田克一は、国内有数のメーカーであるNECで黎明期のパソコン事業を立ち上げ、開発・販売・アフターサポートと、20年以上に渡って同事業を率いてきたトップリーダー。さまざまな立場で培った経験と業界へのパイプを生かして新たに挑戦するのは、秋に大きな節目を迎える携帯電話事業です。

略歴:
1967年日本電気(株)入社。1986年第二OA装置事業部第一製品技術部長、1990年パーソナルコンピュータ販売推進本部長をへて、1999年取締役支配人、2003年NECソリューションズ執行役員常務としてパソコン事業を統括。2003年、NECフィールディング(株)代表取締役社長。2006 年7月にボーダフォン?且キ行役副社長へ就任、営業部門の総責任者としてソフトバンクの携帯事業を支える。
インタビュアー:
山内 貴久美(やまうち きくみ) ソフトバンク(株)広報室顧問・フリーアナウンサー

日本のパソコン市場を共に立ち上げた仲間だった、ソフトバンク

山内:
就任されて約1ヶ月が経ちましたが、新しい環境はいかがですか?
富田:

社内に熱気と活気があって、社員も生き生きしてすばらしいなというのが率直な印象ですね。いわゆる大企業からベンチャーの風土を持った会社に来たわけですが、実はそれほどカルチャーギャップを感じないんです。

私は前の会社で20年以上パソコン事業に携わってきたのですが、B to Bがメインである大企業のパソコン部門というのは、実は社内ではちょっと異質な存在でした。NECでは唯一のコンシューマ向け製品で、事業スピードも早い。特に昔は、パソコンが今ほどメジャーな商品ではありませんでしたから、他部門の社員からすれば「あの連中はパソコンなんてやって、年がら年中、何を騒いでんねん」、こっちはこっちで「時代は変わってるのに、あいつら何のんびりやってんねん」と(笑)。そういう意味では、ソフトバンクと似ているカルチャーの職場にいたのかもしれませんね。

山内:
これまでずっとパソコン一筋でいらっしゃったのですか。
富田:

14年ほど大型コンピュータの開発をやってから、パソコンに移りました。「NEC PC-9800」を開発していたんです、懐かしいでしょう(笑)。ただ当時はパソコンなんてまだオモチャのような存在でしたから、異動と言われたときは、一瞬頭にきましたね。「なんでオレがこんなものやらなきゃいけないんだ!」と(笑)。

手がけていくうちに、そのオモチャがとんでもないバケモノに成長していくわけですが、パソコン部門では、とにかく事業スピードの早さというものを体験しました。大型コンピュータは数百人が2年がかりで1台作る世界だったのに、パソコンは3〜4ヶ月で1台というペースでどんどん新機種を出さなければいけない。それまで、ゆるやかに流れていた時間がいきなり変わって、マラソンからいきなり100メートル走に転向したようなものですよ(笑)。しかも100メートルが終わっても、またすぐ走らなきゃいけない。携帯電話事業でも、そのスピードは感じますね。

20年間は技術開発にいて、その後マーケティングに8年、アフターサポートサービスに4年。ですから、「モノを作る」・「お客さまに売る」・「売ったあとのメンテナンスを行う」と一連の流れを経験しました。これは非常に貴重な経験でしたね

山内:
パソコンの黎明期から始まって、まさに市場の発展とともに歩んでいらしたわけですね。ソフトバンクとも、その当時からのお付き合いとか。
富田:

孫社長に会ったのは、前の会社でマーケティング部門に移ってから。そのときからの古い友人で、日本のパソコン市場を一緒に立ち上げた仲間です。

パソコンは、機種やソフトウエア、それぞれ単独では成り立ちません。すべてが揃って、初めてお客様にサービスを提供できます。特にパソコンの普及率がまだ 10%に満たない時代でしたから、メーカーやベンダー、マスコミ、出版社、流通、家電量販店が、会社こそ違えど、お互い仲間のように協力しながらやっていた。あの頃は、皆がワーッと一緒になって市場を盛り上げようと頑張っていて、私たちもソフトバンクも、その中にいたわけです。

パソコンから携帯電話市場へのシフトが起こっている

山内:
携帯電話事業という新しいフィールドはいかがですか。
富田:
市場の成長過程で起こる変化が、かつてのパソコン事業のそれと非常に似ていますね。先ほどお話した、ハード、ソフトやコンテンツの総合商品であるという点も似ていますし、このマーケットに関わる企業や人間も、パソコン市場からシフトしているのではないかと思います。かつてパソコンのソフトウェアを作っていた人が、今は携帯電話のソフトウェアをやっている、というような現象が販売面を含めていろいろな領域で見られます。ですからこれについては、自分の経験を大いに生かしていけるのではないかと考えています。
山内:
ナンバーポータビリティ制度についてはどうとらえていらっしゃいますか。
富田:

非常に大きな変わり目ですね。このような業界には、常に大小たくさんの変化がありますが、今回のような大きな変化をどうつかむかが非常に重要です。

例えば、かつてパソコン市場でも、オープン化*1という大きな節目がありました。それまでは日本市場固有の標準に拠っていた我々も、最初はずいぶん抵抗しましたが、結局グローバル標準に統一されて、企業や製品の力関係に大きな変化が起こりました。オープン化という流れは、それほど市場シェアに大きな影響を与えたんですね。

ナンバーポータビリティで何が起こるかわかりません。中には、「ボーダフォン苦戦」とみる人もいるようです。しかし変わり目であることは事実ですし、それは間違いなくチャンスです。そもそも、我々は今、3社中の3位ですから、これを好機ととらえて攻めるしかありません。ソフトバンクへのブランド変更が象徴するさまざまな戦略、それにYahoo! JAPANをはじめグループの総力を結集すれば、上位2社の牙城を打ち崩すことが必ずできると思っています。

閑職はまだまだ(笑)。最前線で戦いたい

山内:
今後の目標についてお聞かせいただけますか。
富田:

やはり携帯電話業界でトップになるということですね。孫社長からも、この目標に向かって「ぜひご一緒しましょう」と言われますし、私自身デジタル情報革命の最前線で戦うことができるのを、非常に楽しみにしています。

長い間パソコン事業に関わってきましたし、これからはゆっくり自分の時間を持つことも可能でした。しかし自分の人生の価値観からすると、62歳の今、最前線から退くのは物足りないなと。そんな時、たまたま孫社長にお会いして、会社を辞める話をしたら、カッと目を開いて「グッドタイミング!」と一言。それで決まったようです(笑)。

かつてパソコンが切り拓いたデジタル情報革命を、これからは携帯電話がけん引していくことになると思います。社会を変えていく最前線の環境に二度も身を置くことができるというのは、本当に運がいいと思いますね。毎日、忙しく充実した時間を送っています。

(掲載日:2006年9月1日)

[注]
  • *1オープン化  メーカー/機種/ソフトウェア等の間で互換性があること
  • *内容は掲載当時の情報です。記載されている会社名、サービス名、肩書などは現在と異なる場合があります。