【DX塾:人事】「データ」が「目」となり、人事制度は全ての社員に最適化される

2021年2月15日掲載

企業にとって「人」こそが最大の財産である、とはよく言われること。コロナ禍によって企業の「人」を取り巻く環境が一変した今、多くの企業がこの最大の財産を生かすために模索を続けている。
緊急事態宣言下で応急措置に追われた企業は、収束の兆しを見せないコロナ禍で、あらためて恒常的な人事制度の改革の必要に迫られる。そして、その鍵を握るのはやはりDXだ。
毎回異なるテーマでDXの本質に迫る、連載企画「DX塾」。第5回目は、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社で組織人事コンサルタントとして活躍する吉田尚秀氏を講師に招き、HR領域のDXについて伺った。

目次

1時限目:コロナ禍で進むHR領域のDX

データがこれからの人事の目になる

吉田氏:コロナ禍でHR領域に何が起きたのか。これまでの人事制度は社員がオフィスにいることを前提にしていました。しかし、リモートワークのためにこれまでは目の前にいた社員の姿が突然見えなくなってしまったのです。

コロナ禍が始まり約1年。多くの企業の人事部は、「社員が見えなくなった」ために回らなくなった業務プロセスをいかに回すかに奔走していました。これまでは行動評価だったけれど、見ることができないから成果評価にしようか。成果の定義がされていないからジョブ型にしようか。

そこで重要になるのがデータの存在です。リモートワークに伴い業務をデジタル化していくことを前提とすると、これまで目で確認していたことをデータで置き換えられることができます。

コロナ以前、人事部のデータはプライバシーが含まれていることもあり、多くの企業がデータ活用に心理的な抵抗感を示していました。しかしコロナ禍によって、人事機能の多くをデータ活用によって代替しなければならなくなった。今そのために多くの企業がHR領域のDXのロードマップを描き始めています。

まさに今、ようやく企業の人事部がDXのスタートラインに立ったところなのだと思います。

2時限目:HR領域のDXの進め方

HR領域の2つのDX

HRDX利用促進のための7要素(HRDX 7 CORE) ※EYストラテジー・アンド・コンサルティング作成

では、企業はHR領域のDXをどのように推進していけばよいのでしょうか。

吉田氏:HR領域のDXには大きく2つの領域があります。1つ目は、これまで人が行っていたことをデジタルで置き換えること。デジタライゼーションと呼ばれる取り組みです。

例えば、バラバラになっている労務データや人事データなどを連結させてRPAで自動化しましょうといった動き。データを連結させることで、給与計算や昇級などの手続きを自動化することができます。また、採用にAIを導入する企業もあります。

DXのもう1つの領域は、これまで見えていなかった情報を積極的に取得して活用し、新しい価値を生み出すこと。本来のDXの意味に近い取り組みです。

海外の先進的な事例を挙げると、人事データに加えて、パーソナルなデータ、さらには休日の過ごし方などのデータを連係させて適職をアドバイスするサービスの研究をしている企業があります。まさに、人事データを活用して新しい価値を生み出そうとしているわけです。

DXのゴールを明確にする

吉田氏:まずしなければならないのは、ゴールを明確にすることです。データの活用の仕方には答えがないですし、パターン化もできません。何が正解かは企業の考え方や背景によって異なります。そのため、自分たちは何のためにDXするのかを明確化することが大事です。

その上で、実現するためにインフラ環境と体制を整えます。レポートラインを整え、ケイパビリティを持った人材を集め、個人情報の扱いに関する問い合わせ窓口を整えるといった準備が必要です。

その後は、試行錯誤を繰り返して一部で成果がでてきたら組織全体に浸透させていきます。いわゆるチェンジマネジメントです。成功事例や考え方を社内に伝え、共感してもらい、組織の制度として固めていきます。

DXで失敗しがちなポイント

吉田氏:このプロセスの中で人事のDXに取り組むときにつまずきやすいのが、最初のゴールを決める部分と、考え方を全社に浸透させる部分です。それから、いろいろ考えた末に結局一歩も進めないというケースもよく見られます。

なぜ、つまずきが起こるのか。人事というのはこれまで上意下達の考え方でした。マネジメント層や経営層の考えをいかに形にして統制するかが人事の仕事だったんです。社内がこうした昔ながらの体制の場合は反発が生まれやすく、DXの推進が滞ってしまうケースが見られます。

デジタルネイティブと呼ばれる世代が増えてきていますが、近い将来、今度はリモートネイティブと呼ぶような世代が入社してきます。異なる世代、いろいろな考え方を持つ人々に気持ちよく働いてもらい、組織を束ねていくためにも、今こそデジタルの文脈で人事の仕組みを再構築していくことが必要になってきます。

3時限目:DXのためのデータ活用例

データアナリティクス視点から見たDX

業務領域別 HRデータ活用段階イメージ ※EYストラテジー・アンド・コンサルティング作成

吉田氏:人事データを活用することで今後どんなことができるようになるのか。データアナリティクスの視点から2つの可能性をご紹介します。

1つは、退職、ハラスメント、労災など、「発生させたくないイベントの回避」にデータを利用するケース。人事データを活用して、なぜこれらのマイナスイベントが発生してしまったのか、何が影響したのかを解析していくことが可能になると思います。

例えば、Aさん、Bさんが退職した経緯を分析する。その結果から、2人に似ているCさんは退職するリスクが高いことが分かった。ならば、サポートをしましょうという形でデータを活用するケースは増えていくかもしれません。

もう1つは、「繰り返し発生するイベントの精度を高める」ためにデータを利用するケースです。定例会議を朝と夕方のどちらが効率的か、あるいは、このタイプの人はどういうチームに入れるとパフォーマンスが上がるのかなど、比較的よく発生するイベントなどに応用できます。A/Bテストをするようにデータを活用してPDCAを回し、アジャイルに調整していくことができるようになるでしょう。

このように会社のあらゆるデータを分析して、組織の活性化、最適化につなげていくことが将来できるようになると考えられますが、ボトルネックとなるのがデータの数です。ビッグデータの世界になるので、いかに多くのデータを集めるかが勝負になってきます。

HR DXにおいてはこれまでのような表面的な人事データだけではなく、個人の特徴が出るあらゆるデータを活用できる可能性があります。メールの書き方、受信してから開封までの速度、出社してからPCを起動するまでの時間、どんな趣味があるか、規則正しい生活をしているかどうかなど、さまざまなデータからその社員の個性を把握することで、人材・組織の最適化につなげることが可能になります。

国内企業A社の事例:データドリブンで究極まで人事の仕事を減らす

吉田氏:ある国内企業では人事データを活用し、究極まで人事の人数を絞ることにチャレンジしています。数千人の社員を抱えていながら、人事のオペレーションを回しているのはわずか5人程度です。

目標にする人事の人数を最初に定めてしまい、その目標値を達成するためにあらゆる業務にデータを活用する。例えば、人事が評価調整をするのは手がかかるので止めてしまおう。では指標として代替となるのは何か。そういった発想で、普段の業務で社員どうしがやり取りしている「いいね」を指標にして、トライアルを実施します。そうすると、最終的に人間が行っていた評価と相関があることが分かった。そうなれば本格的に人事がそこに手をかける必要がないという結論になるわけです。

また、別の先進的な取り組みで言えば、同社では採用活動時のレジュメの文章をAIが解析し、その人がどれくらいのパフォーマンスを発揮するのかということまで予測しています。少なくとも入社してから4、5年の期間のパフォーマンスであれば、かなり高い精度で予測できているそうです。

この企業が面白いのは徹底的にデータを信頼している点です。人間が優秀だと判断した人材とAIが優秀だと判断した人材が異なった場合、同社はAIの判断を優先した採用を行う枠を設けて人間が優秀と判断しなかった数名を採用しています。そして一定期間後に採用結果を振り返ることによって、AIの予測精度を検証、その成果を再確認しているのです。

4時限目:これからの人事の役割

DXで「個別最適化できる人事制度」を作る

吉田氏:これからの時代を見据えて人事がすべき仕事。それは、「社員の自由度を上げ、選択肢を増やし、能力を発揮してもらうためにどうすべきか」を考えることです。

これまでの人事では、大人数を束ねるために一本化したシンプルな仕組みを作り、社員みんなに同じように対応してきました。しかし、これからの時代は社員の個別性を許容する複雑な仕組みが求められるようになります。これを実現するために必要なのがDXです。

例えば働く場所であれば、在宅でも、オフィスで働いてもいいという、選べる環境を作ることが求められます。バラバラで働く人の評価や育成をスムーズに行うためにはDXは避けられません。

そもそもダイバーシティを掲げる人事が一本化した制度に縛られていること自体が矛盾しています。個別最適化を考え、流動的に変化していける新しい仕組みを考えることが、人事が頭をひねるべきところだと言えます。

人事データに眠る価値を発掘する

人事はこれまでのように組織がしっかりと回るようにガバナンスを効かせることも必要ですが、今後は考え方を進化させ、今まで以上にやり方を工夫して取り組んでいくべきです。そうした中、データを活用することで今まで見えなかったことが見えてきますし、経営にダイレクトに影響を与える成果につなげていくこともできるはずです。人事の役割は拡張し、時には企業活動の生産性全体を担うこともあるでしょう。

個別多様なファクターを分析して柔軟に対応できる組織を作るためには、今後もっとデータアナリティクスを発展させていく必要があります。個性を受け止められるデータ分析を行い、そのデータ分析に基づく人事制度を作っていくことで、より働きやすい企業、人が集まる魅力のある企業になっていくはず。そうした組織を作っていくことが、これからの人事の役割だと言えるでしょう。

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