建設業務効率化に必要な通信環境とは?【建設業界担当SEが執筆】
2023年5月15日掲載
働き方改革関連法の一環として、建設業においても2024年4月から時間外労働に対して罰則付きの上限規制が設けられます。現場業務の効率化が求められる中、効率化の土台を支える”通信環境”を建設業界担当のエンジニアが「法令」「技術」「運用」「予算」の4つの観点から説明します。
建設現場における通信環境整備の重要性と課題
建設業界では、脱炭素やスマートビルによる社会課題解決、高度経済成長期の建設物老朽化への補修・建て替えなどさまざまな需要が高まりをみせています。
一方、労働者の高齢化、低賃金水準の引き上げや資材費高騰による低収益化など、慢性的な人材不足・利益率圧迫への対応が大きな課題となっています。また、2024年4月より適用される改正労働基準法により、建設業も「月45時間、年360時間」を遵守しなければならず、施工現場の生産性効率化がますます求められています。
このような状況で、IT技術の進化を背景にデジタル技術の活用(=建設テック、建設DX)が前述の課題解決策として注目を浴びています。ゼネコン各社はAIやIoT、ロボットなどの効率化につながる技術をベースに、遠隔臨場やBIMによる進捗管理・施工状態の可視化など建設テックの研究開発や検証を進めています。
建設テックの下支えとなっているのがネットワークです。通信環境が整備されていなければ開発したシステムやアプリケーション、ロボットとの情報連携が行えず、業務を遂行することができません。また、現場内の機密情報がオンライン化されるということは情報漏えいなどに対するセキュリティ面も考慮が必要です。ファイルの共有やチャットなどのコミュニケーションにおいても単にシステムと通信させるのではなく、利用者を限定し、必要な人と必要な情報を連携できるように利用環境を制限する必要があります。
このように建設テックを導入・運用するためには、安定したネットワークとセキュリティ環境を整備することが必須要件といえます。
しかし、建設現場における通信環境の整備は、建設済みの建物に対するものとは異なります。建設現場では着工から竣工まで環境は日々変化していきます。躯体工事の段階と設備工事の段階では必要な通信環境が異なっているため、外装や内装の状態にともなって短期間で通信環境を変更していく必要があります。
さらに地下や高層階の場合は、キャリアのモバイル環境の整備工事が終わるまで携帯の電波が入らない場合があります。建設現場では、こうした特性を考慮した通信環境の準備をあらかじめ進めていく必要があります。
ここでは「法令」、「通信要件・技術」、「導入・運用体制」、「予算」の4つに分けて建設現場での通信環境について考慮すべき点をご説明します。
法令
現場管理者が考慮すべき主な法令として電波法があげられます。
無線通信の代表的な方法として、モバイル通信と無線LAN通信の2つがありますが、モバイル通信を用いる場合は、電波中継用基地局を建物内に設置する際に電波法に則した申請手続きが求められます。
(通常、各キャリアは仮設の現場に電波基地局を設置しません)
建設工事の進行にあわせて電波の利用状況が変わりますが、基地局を移設する場合には、その都度総務省への無線局免許の申請や届出といった手続きが必要になります。
一方、無線LAN通信の場合は、技適マークが貼付され無線局免許が不要な製品が多く発売されています。これらの製品を採用することで、煩雑な監督省庁への申請対応が不要になります。ただし、無線LANは出力が小さく、通信可能な距離は数十メートル程度であるため、複数階の通信範囲をカバーするためには多くの製品を設置し、それに合わせた配線を行う必要があります。
参考:総務省 電波利用ホームページ
https://www.tele.soumu.go.jp/index.htm
通信要件・技術
通信環境を整備するためには、①接続元(利用デバイス)、②接続先(インターネット環境)、③接続に至る通信経路(有線または無線)が必要です。
①の通信環境の接続元である「利用デバイス」は、作業員が業務効率化の観点で利用するスマートデバイスと、管理側が必要な情報を可視化する観点で利用するセンサーデバイスに大別されます。前者は情報漏えいなどのセキュリティ面を考慮する必要があり、後者は目的(何を自動化したいのかなど)を明確にしたうえで選定していく必要があります。
②の接続先である「インターネット環境」は、「キャリアの提供する基地局=LTE環境」を利用する方法と「有線ベースのインターネット環境」を利用する方法があります。LTE環境を利用できるフロアとしては、低層階と詰所などになります。高層階でインターネット環境を利用するためには、詰所や事務所などまで有線でインターネットを引き込み、その接続を高層階に延ばす必要があります。
③接続に至る通信経路(有線または無線)、すなわち接続先である「インターネット環境」につなぐための手段は、前述のとおり電波状況が地下や高層階などによって異なるため、環境に応じて接続方式を採用することになります。
基本的にフロア内での接続に対しては通信ケーブルを引き込むことはせず、無線通信とします。低層階や中層階では電波が届きやすいモバイル通信を、地下や高層階などはモバイル通信の電波が届きにくいため無線LANを利用することになります。ただし、無線LANはフロア内のエリアカバレッジを考慮する必要があるため、1つのアクセスポイントで長距離で使える「長距離タイプ」と、アクセスポイント間をメッシュで繋いで”面”で通信範囲をカバーする「メッシュタイプ」のどちらかを採用することになります。
この2つのタイプを選択しているのは、一般的な無線LANでは1つのアクセスポイントにつき1つずつ配線が必要となり、現場環境の変化がある際に再度配線作業が発生するなどの現場に負荷がかかってしまうためです。
ビルのフロア間は有線LANで接続します。その際、機器同士を接続する「距離」を意識する必要があり、短距離(100メートル未満)の場合には「メタルケーブル」、長距離は「光ケーブル」を敷設するのが一般的になります。
なお、建設現場の詰所や小規模な事務所などでインターネット環境を利用したい場合は、インターネット回線と無線LANの両方の環境を簡易に提供がすることができる「シンプルフリーWi-Fi」も、建設会社様の現場からご好評をいただいています。
また、冒頭に述べたようにIT活用時の「情報漏えい」に対しては注意が必要です。
例えば、作業員が私用端末を使用して業務を行っている場合には、その端末からのチャットツールやメール、SNS投稿を通じたデータ漏えいが該当します。
このような場合、ゼネコン側で「現場で利用するデバイス」を提供し、セキュリティ事故を防止する施策をとっている鹿島建設の事例があります。
導入・運用体制
通信環境の整備は現場主導で進めて行くことが通常です。
日々変化する工事現場の状況にあわせて、各担当者やサブコンと調整し通信環境の導入を進めていく必要があります。
特に無線LAN環境においては、ITの専門家でない現場担当者が工事現場の規模やセキュリティ面を考慮して適切に通信機器の選定や設定、設置を行うのはハードルが高いと思います。通信環境を整備する際は、自社のITを管理する部門や専門のITベンダへご相談されるとスムーズに進みます。
また、自然災害や機材との接触などにより通信機器が損傷し、通信が正常に行われなくなる場合があります。通信機器を導入したあとも不測の事態に備えるとともに、安定した通信が行えるように現場で運用する必要があります。
さらに建設テックでは、通信環境の導入・運用以外にも各種ツールの登録やフォルダ整備、ID作成など細かい業務が出てくるため、現場の業務負荷が高くなります。
一部の大手ゼネコン様では、現場IT業務をアウトソーシングする部署を作り、一定以上の規模の現場にITサポート要員を専属で配置させることで現場の負荷を軽減させています。
予算
上述を現場で実現していくためには、案件の計画段階で予算の確保が必要となります。
従来の建築現場では、電話や現場事務所のインターネット費用などの建設費が盛り込まれています(施主に請求する見積もり内)が、現場事務所外の通信環境整備やアプリケーションのライセンス費用などについては想定していないことが多いのが現状です。
さらに、情報漏えいを防止するためのセキュリティ対策にもコストが発生します。
今後はこれらのコストを事前に見積り、建設費に盛り込んでおく必要があります。
一方、通信環境を整備して業務のデジタル化を進めると、業務効率向上によるコスト削減が期待できます。通信環境の整備をコスト増ととらえるのではなく、その効果として削減できるコストとトレードオフであることを意識することが重要になります。
しかし、初期の段階において、通信環境の整備にどれぐらいの費用が必要なのか、その導入効果がどれほどなのかを正確に見積ることは困難です。
そのため、必要な費用を現場の実行予算(現場予算)に盛り込むのではなく、基本予算(本社予算)の研究開発費などから負担しながら効果を測定し、業務改革を推進していくことも検討すべきと考えます。
通信環境から、建設現場の業務効率化を進めましょう
以上、本記事では建設テックを支える通信環境に焦点を当て、考慮すべきポイントを法令、技術、導入・運用体制、予算の観点でそれぞれ解説しました。
通信環境整備では、現場規模や環境に応じたモバイル通信の利用と、無線LANの設置による基盤整備が土台となります。これらが整いましたら次はビデオ会議やビジネスチャットなどのコミュニケーション基盤を整備していきましょう。例えば、作業指示や進捗共有の場において、これまで都度事務所や現場への移動が発生していたものが、遠隔でのコミュニケーションにより不要となります。
ソフトバンクでは建設テックを実現するために、周辺IT環境の整備をファーストステップとした5つのステップの導入を目指しています。これらの実現により建設現場の生産性・効率性が向上され、建設業界の課題解決に繋がるものと考えています。
弊社は通信環境だけでなく「デバイス」、「セキュリティ」、「AIソリューション」など非常に多くのソリューションを持ち合わせています。さらに、これらを基にした現場環境の最適化を行うためのコンサルティングサービスから、運用サポートまで一気通貫の提供が可能です。
建設業のデジタル化に関わるご相談がございましたら、お気軽にご相談ください。
ソフトバンク建設業界担当メンバー
小島 優斗(サブリーダー)
所属:ソリューションエンジニアリング本部 ビジネスアーキテクト室 担当課長
建設現場作業員の課題可視化、ゼロトラストネットワークロードマップ策定支援など、建設業界を中心に幅広い業界でITコンサルタントとして従事。顧客の経営戦略に直結するITをテーマとした課題解決を請け負うことでお客さま利益の最大化に貢献。
大坂 圭司
所属:デジタルエンジニアリング本部 コンサルティング第2部 第2課 課長
建設業を含めたお客さまに対して、ソリューションエンジニアとして活動しています。社会課題・企業課題とテクノロジーをより深く掘り下げ、日本社会に貢献できるようなソリューションを提供すべく日々邁進しております。
斉藤 昌希
所属:デジタルエンジニアリング本部 コンサルティング第3部 第2課 課長
エンタープライズ企業様のアカウントSEに従事しております。コロナによる働き方の変化に伴い、コミュニケーション基盤やセキュリティ基盤の見直しに従事するお仕事に携わる機会が多いです。
田澤 公導
所属:デジタルエンジニアリング本部 コンサルティング第2部 第1課 担当課長
建設現場の課題をIT/DXの力で解決することを目指しソリューションエンジニアとして日々活動中。建設業界以外のお客さまへもコミュニケーション、セキュリティなど幅広く対応しています。
佐藤 敦
所属:ソリューションエンジニアリング本部 西日本SE第2部 第3課
システムエンジニアとして提案、設計、導入業務を担当しています。得意領域のネットワーク、クラウド、セキュリティ技術を活かして、お客さまのゼロトラスト実現や生産性向上に貢献します。
導入事例
鹿島建設株式会社
「鹿島スマート生産」の実現を目指し、セキュリティレベルの高い専用スマートフォンを導入