GIGAスクール構想の現状から見えた課題【専門家対談:前編】
2024年12月4日掲載
毎年夏に開催されるソフトバンク主催の「GIGAスクールサミット」は、全国の教育関係者が広く情報交換共有できる場として、学校現場の先生方や教育委員会のみなさまを始め、教育の情報化やGIGAスクール構想の推進に関わる方々に参加いただいています。今年で5回目を迎えた本イベントでは、初回から参加いただいている、奈良教育大学大学院 小﨑誠二先生と認定NPO法人ほっかいどう学推進フォーラム 新保元康先生のお二人をお招きし、対談いただきました。
前編にあたる本記事では、イベントの振り返りと共に「教育現場におけるICT活用の今と未来」と題した対談の模様をまとめたものです。
▶後編はこちら:教育×生成AIの未来はどうなる?【専門家対談:後編】
登壇者ご紹介
過去のGIGAスクールサミットを振り返って
2024年で5回目を迎えたGIGAスクールサミットは、ICTを活用した授業・教育改革に挑戦する教育関係者を応援することを目的に開催されています。今年はオンラインも含めて約800名を超える方々にご参加いただき、非常に盛況のうちに終えることができました。参加者は年々増加傾向にあり、業界からの注目度も徐々に上がる中、本イベントを初回からリードいただいているお二人の先生の視点から感じていることをお話しいただきました。
第5回GIGAスクールサミットに登壇されるお二人
第5回GIGAスクールサミットに登壇されるお二人
新保先生:「GIGAスクールサミットは、ざっくばらんで参加者が自由に話せる場の雰囲気が毎回楽しいです。教育関連の研修は、行政や指導主事が来るものになると一段高い席に座ってもらってご助言をいただくといった固いスタイルになりがちですが、GIGAスクールサミットでは立場に関係なく、リラックスして意見交換ができるのが魅力です。
また、さまざまなステークホルダーが一堂に会するという点も良さの一つです。今回も小・中・高等・特別支援学校、教育委員会、企業など多様な参加者に集まっていただきましたが、このような機会は非常に貴重です」
小﨑先生:「ソフトバンクさんが主催することで、イベントのコンセプトが毎回変わり、新鮮な議論が繰り広げられるのが特徴です。新保先生の言う通り、集まってくる参加者に偏りがないのが珍しくて楽しいです。
私が思うに、参加されてる皆さんは『いつか出演したい!』と思いながら見ている方も多いのではないかと思ってます。今回の意見・質問パートでは、シビアな議題もありました。でも、それに対して本音で語っている方々の姿を見て、改めて良いイベントだなと実感しましたし、これからもっと規模も広がってほしいと思っています」
GIGAスクールサミットが教育関係者にさらに広がり、先生たちがどんな思いで教育に向き合っているのかを知ってもらえる場として認知されていったらもっとうれしい、と今後に思いをはせました。
▶関連記事:NEXT GIGA成功の鍵を考える「第5回ソフトバンクGIGAスクールサミット」開催リポート
加速した情報化と表面化した課題
GIGAスクール構想は、社会の人たちに学校の事を知ってもらう良い機会になっていると語るお二人ですが、当初5年をかけて徐々に展開される予定だったGIGA端末や通信ネットワーク環境整備は、コロナ禍によって大幅に早められることになり、現場の混乱は非常に大きかったと振り返ります。
新保先生:「まずたった1年で『約900万台におよぶ小・中学校の一人一台のGIGA端末整備』『通信ネットワークの整備』を行えたことに大きな拍手を送るべきだと思います。これは尽力した先生や教育委員会、調達に関わった企業の皆さんが頑張った結果です。もちろん、活発な利活用に対し通信ネットワークが対応しきれていないなどの課題もありますが、まずはいろいろあってもやり遂げたことに敬意を表したいです」
2020年度に学校へ展開されてからあっという間に4年が経過し、GIGA端末の入れ替えを行う「NEXT GIGA」の時期を迎えようとしています。本格的な活用が進められる中で、改めて顕在化する課題とはいったい何なのでしょうか。
アナログかデジタルかの二項対立は重要ではない
小﨑先生:「GIGAスクール構想によって、アナログだった教育の世界にデジタルの流れが入ってきました。しかし、デジタル機器の整備によって、これまでのアナログなやり方を否定するような発言や、使うツールや製品ばかりに固執した考え方が増えて、先生たちのコミュニケーションがうまくいかない原因になっているように感じます。デジタルかアナログかよりも、リアルかバーチャルなのかといった体験や感覚の違いの方が重要なのに、それを混同してしまってますよね。
二項対立をあおるのではなく、先生たちも柔軟な視点で『子どもたちの世界に入って、新しいものも触りながら泥臭くやっていこう』といった感覚を取り入れていければいいと思います」
小﨑先生は、「正解か不正解か」「学びか遊びか」といった論点のように、二項対立を生み出しやすい教育現場において、新たに「アナログかデジタルか」という二項対立が顕著になり、発想の自由度を奪っているのではないかと危惧されていました。
GIGAスクールではなく「GIGA授業」の現状
一方で新保先生は、GIGAスクール構想における課題感を次のように語ります。
オンラインでの対談の様子
オンラインでの対談の様子
新保先生:「確かに我々の仕事は、まず第一に『より良い授業を作る』ではあるけれど、立派な授業をしようという意識が強すぎて、GIGA端末を使って授業をどう改善するかの話だけに終始しがちな気がします。『GIGAスクール』なのに『GIGA授業』になってしまっているんですね。
学校にはさまざまな校務があり、そのDX実現のためにもあらゆる場面でGIGA端末を使えます。今後、幅広く先生の仕事が変わっていくチャンスなのに、授業に関する話だけに偏っているのは残念な状況です。
例えば、教育分野でも人手不足という問題があります。働き手の奪い合いが起きていて、採用試験の受験者も減少している状況の中で良い人材を集めるためには、『学校の先生の仕事は非常にかっこよくて、好奇心に溢れてる魅力的な仕事だな』と思ってもらいたい。そのために、ICTを活用したっていいと思うんです」
新保先生は、授業だけでなく校務改善のためのICT活用にもっと目を向けて、本当の意味でのGIGA「スクール」をしっかり考えていかなければいけないと話しました。
通信ネットワークはまだ不完全
今後、デジタル教科書や教材といった利活用が本格化していく中で、学校にはさらなる大容量な通信に耐えうるネットワーク環境が必要になってきます。通信ネットワーク環境の調査や改善を促しているものの、それでも足りていないと新保先生は語ります。(文部科学省発信:学校のネットワーク改善について)
新保先生:「全員で動画をスイスイ見られない学校もまだあります。使用頻度が高まれば、当然必要な帯域も変わりますから、一回対策して安心するのではなく、常に十分な品質が保たれているか見直しをしていかなければなりません」
前述した校務への活用や校外活動などで通信が必要なケースを想定すると、現状からさらに対策を強化することはもちろん、通信手段はさらに選択肢も拡げて検討を行っていかなければならない状況が見えてきています。
教師自身がデジタルを活用した学びの経験が少ない
また、先日のGIGAスクールサミット視聴者からの声としても上がっていた「教師自身の学びの経験」に関する課題について意見が交わされました。
新保先生:「我々教師、それから指導主事もチョークとノートと鉛筆でこれまで頑張ってきた人間です。逆を言うと、今、子どもたちに教えているようなデジタルで十分に学んだ経験が少ないんですね。この問題は非常に大きいです。小﨑先生はどう思われますか」
小﨑先生:「やっぱり人間は実際に経験して見たこと、感じてきたことがものすごく大きいと私も思います。
以前行った奈良県教員を対象にした働き方に関する調査で、先生たちが何からスキルの習得を行うのかという設問があったのですが、本やインターネットからではなく『隣りの先生』からが『9割』なんですね。(以下図1を参照)
つまり、先輩や同僚たちが経験してない『デジタルを活用した学び』を、スキルとして受け取れないとなった途端に行き詰ってしまうんです。特に指導主事を3、4年以上やっている人は、全くGIGA端末に触っていないし、一人一台を経験したこともないという残念な状況もあります。そこについては、経験のない指導主事たちが一番危機感を持っていますね。
私も今は教育委員会にいますが、学校に戻りたいと思ってますよ。子どもたちに教えてみてどんな反応をするのか、そこで得られた感覚は何ものにも代え難いものだと思います」
デジタルを活用した学びについて、教師はただ教えるだけの存在ではなく、探究的な学び(調べる⇒課題設定する⇒調べる⇒プレゼンする)をもっとたくさん経験していかなければいけない、とお互いに共感をされていました。
対談の続きは後編へ。いま着々と社会実装が進む生成AIが、教育現場にどのような変化をもたらしているのか、お二人に伺ってみました。