北海道八雲町は、数年後の新庁舎移転とDX推進を見据え、消防本部を含む全拠点でクラウドPBXとFMC※1を融合したサービス「ConnecTalk」の導入と、全職員へiPhone の貸与を行いました。背景には、既存設備の老朽化や「固定電話を使ったことがない」若手職員の増加、フリーアドレス化への課題がありました。音質重視でサービス選定をすることで、町民への影響もなくスムーズな移行に成功。あえて庁舎移転前に導入することで、職員のデジタル順応期間を確保する「段階的な変革」を実践し、選挙事務での劇的な効率化や場所にとらわれない働き方を実現しました。
※1 FMC(Fixed Mobile Convergence):携帯電話やスマートフォンなどのモバイル端末とオフィスの固定電話間でシームレスな内線通話を可能にする仕組み
「変化をしていくためには、組織としての押し付けではなく、現場が便利だと思えるかどうかが大切だと思います。現場の声を聞き、自然に順応できるように工夫して進めてきました」
八雲町 政策推進課 主幹 中村 達哉 氏
数年後に新庁舎への移転を控えている八雲町。同町では、職場の電話環境についていくつかの課題を抱えていました。導入プロジェクトを主導した中村氏は、当時の状況を次のように振り返ります。
「新庁舎のレイアウト検討会議に参加した際、『フリーアドレス』を前提とした計画が進んでいました。そこで『固定席を持たない環境で、従来の固定電話はどう運用するんですか?』という点を確認したところ、そこが運用上の盲点となっていたことが判明しました。
席が決まっていない以上、従来の固定電話のままではフリーアドレスという働き方自体が成立しません。少なくともコードレス環境でなければ、新庁舎が目指す姿は実現できないのではないか。それが議論の出発点でした。
また、ハードウェアの課題もありました。本庁舎のオンプレミスPBXは導入から7〜8年が経過し、すでに保守部品がなく、このままだと故障した際に電話が使えなくなる恐れがありました。新庁舎への移転は目前ですが、それまで今の電話機が持ちこたえられる保証はありません。移転とは切り離して機器の更新をしてほしいという要望もありました」(中村氏)
電話環境を刷新するもう一つのきっかけとして、新入職員研修での出来事がありました。
「研修の中で、情報セキュリティの落とし穴は『不慣れ』に潜んでいるという話をするために、固定電話、電卓、郵便ポストの絵を出して使ったことがないものがあるか聞いたところ、15人中3人が『固定電話』で手を挙げました。物心ついた頃から携帯電話だった世代は、固定電話が使えないのだと実感しました。
そんな彼らに『席で電話が鳴ったら取ってほしい』と言っても、使ったことのない機械から音が鳴り『もしもし』と出るのはハードルが高い。さらに今の世代は『知らない番号からの着信は出ない』という教育を受けてきているので、固定電話が鳴ること自体が恐怖でしかないんじゃないかと感じました。遅かれ早かれ固定電話脱却の話は出るだろうと思っていました」(中村氏)
ハードウェアの限界とこれからの働き方への適応。その双方を満たす現実解として八雲町は、固定電話を廃止して職員一人一人にスマートフォンを貸与することを検討しました。スマートフォン1台で、従来の固定電話と同じように内線・外線を利用できる環境を実現するためには、PBXのクラウド化とFMCの導入が必要でした。
サービス選定においてまず行ったことは、安価な「アプリ型FMC」と通話品質重視の「キャリアFMC」の比較でした。
「重視したのは、通話品質と移行のスムーズさです。アプリ型はコスト面で魅力ですが、インターネット回線特有の音声遅延やノイズの懸念を払拭できませんでした。電話はPC以上にシビアなツールで、少しでも聞こえづらいと現場の信頼を失います。
最終的な決め手は、先行自治体である香川県三豊市への視察でした。実際に市役所へ電話をかけてみた際、相手がスマートフォンで受けているとは全く気づかないほど自然な通話品質を確認できました。これなら問題ないと確信し、携帯電話回線を使用する『キャリアFMC』の採用を決めました」(志賀氏)
八雲町ではスマートフォンで従来の固定電話と変わらない運用を可能にするため、クラウドPBXとFMCサービスに「ConnecTalk」を採用しました。
職員に配布するスマートフォンは、機能面、操作方法などの教育コスト、OS保証期間の長さなど、管理面の優位性からiPhone を選定しています。iPhone は、正規職員全員に加え、業務上必要な会計年度任用職員にも配布しています。
「多くの職員が日頃からiPhone を使っていたため、『教育コスト』を抑えられるという点で強力な導入根拠になりました。また、性能面やOSアップデートが4〜5年は保証される点でも安心感もあります。何より、管理する我々も使い慣れており、Android だった場合はMDM※2の設計などでもっと苦労していたと思います」(中村氏)
また全国的にも珍しく、消防本部を含む全拠点への導入を行っています。消防本部へ導入する期待と不安について、中村氏は当時の胸中を語りました。
「消防の勤務体系は24時間体制で、訓練などで屋外に出ていることも多くあります。これまでは電話が来るたびに館内放送で呼び出し、職員が走って受話器を取りに行く姿を見ていて、『スマートフォンがあれば業務が劇的に改善される』と直感しました。
人命が絡む現場ですから、通信インフラの刷新には極めて慎重な判断が求められました。119番通報は別系統※3であるとはいえ、万が一消防本部の代表番号などに入った緊急性の高い連絡が接続不良で途切れるようなことがあれば、取り返しのつかない事態を招きかねません。そうした重圧は感じていました。
それでも、消防本部の職員に『スマホ導入を考えているがどう思う?』と直接相談したところ、第一声が『いいね!』だったんです。もしそこで否定的な反応があれば、導入はしませんでした。組織としての押し付けではなく、現場が便利だと思えるかどうかが大切だと思います」(中村氏)
※2 MDM (Mobile Device Management):企業が業務利用するスマートフォンやタブレット端末などのモバイルデバイスを一元管理し、セキュリティを強化するツール。データの保護、アプリケーションの管理、デバイスのリモート制御など多岐にわたる機能を有しています。
※3 消防本部内での事務に利用している回線をConnecTalkへの切り替え対象としています。119番通報(指令回線)は従来どおりの運用とし、今回のクラウド化(ConnecTalk)の対象外です。
八雲町は新庁舎への移転前に「ConnecTalk」と「iPhone 」の導入を完了させました。移転に先行して電話環境を刷新するプロセスには、職員の心理的ハードルを下げるためのいくつもの工夫がありました。
「八雲町ではこの2〜3年で決裁の電子化、会議にノートPCを活用、チャットツール導入などを行い、そして今回iPhone 貸与が行われています。移転と同時に電話環境まで一新してしまうと、職員の負担が大きく、混乱を招きかねません。理想は、あらかじめ新しい環境に移行して十分に慣れておき、その状態で新庁舎へ移ることです。
そのため、職員に『変化』を過度に意識させず、少しずつ環境を整える良い意味での『ゆでガエル理論』のように、時間をかけて自然に順応してもらえるよう工夫しています。
また、運用ルールを検討するにあたっては、あえて管理職を入れず「担当者レベル」のみでワーキンググループを組織しました。策定したルールは『スマートフォン特有の注意点』だけに絞りました。例えば、『基本は職場に置いて帰るが、当面は試行的に持ち帰りも可能とする』『業務以外に使用しない』といった必要最小限の内容に留め、あまりガチガチに縛ることはしていません。その代わり、MDMやフィルタリングによるセキュリティ対策は裏側でしっかり固めています。まずは職員のモラルを信じて任せ、もし不適切な利用があればそのときにあらためてルールを見直す。そんな、利便性と信頼を重視したスタンスで運用しています」(志賀氏)
場所の制約を解消したことで、日常業務の生産性は着実に向上しています。また、内部環境を大きく変える一方で、町民サービスの質を維持することにも注力しました。
「以前は、外出から戻ると不在着信を知らせるメモが机にたくさん貼られているのが当たり前でしたが、今は庁舎内のどこにいても直接電話を受け、その場で転送まで完結します。電話番のために離席できないストレスや、取り次ぎのための移動がなくなった効果は大きいです。
また、プライベートでも使い慣れているiPhone を導入したことで、操作に関する混乱は全くありませんでした。若手職員がベテラン職員に教える姿が各所で見られ、情報システム部門への問い合わせがほとんどなかったことには驚いています。
町民の方からは『今までと何も変わらないね』と言われますが、それが重要だと考えています。内部では効率化を進めつつ、利用者には不便を感じさせず、これまで通りスムーズにつながる。行政サービスの質を維持したままシステムを刷新できたことが、今回のプロジェクトの成果です」(志賀氏)
特に効果が現れたのが、導入直後の2025年10月に行われた選挙事務でした。
「これまでは選挙本部と各投票所の連絡に電話が殺到していましたが、iPhone の導入により運用が一変しました。選挙管理委員会とのやり取りをチャットツールや内線グループで集約したり、投票者数の報告にオンラインフォームを使用するなど、新しい電話環境を活用する仕組みに切り替えました。各地点で入力されたデータが本部に自動集計されるため、『一番電話が鳴らなかった選挙』と言えるほど電話が鳴りませんでした。情報展開もスムーズになり、明らかな業務効率化を感じました」(中村氏)
八雲町の挑戦は、電話のクラウド化だけでは終わりません。iPhone という強力なツールを手に入れたことで、町が目指す「働き方の変革」はさらに加速しています。
「現在はクラウド型グループウェアの活用を進めており、次はファイルサーバーをクラウドへ移行することによって、場所を選ばずに業務ができる仕組みを作ろうとしています。iPhone を導入してテザリングが活用できるようになったことで、来年度には本格的なテレワーク環境の整備も見えてきました。iPhone が入ったことで『次から次へとやりたいこと』が溢れ出てきている状態です」(中村氏)
最後に、導入を検討するほかの自治体へエールを送りました。
「一番大切なのは、『何のために導入するのか』『導入して何をしたいのか』という目的を明確にすることです。利益を求める民間企業がスマホを導入するのは効率的だからです。たくさんの前例がある中で、その効率性を議論し続けるのは『車輪の再発明』に過ぎません。当たり前のツールを導入し、業務の形を変えていくことこそがDXの第一歩です。
あとは、最後は『勇気』の問題です。やったことがないから失敗するかもしれない。でも、やると決めたらやるしかない。八雲町のような小さな町でも実現できたのだから、勇気を持って一歩踏み出してほしいです」(中村氏)
八雲町は、PBXの老朽化という差し迫った課題を、単なる機器更新にとどまらず、組織全体のワークスタイルを刷新する好機として捉えました。新庁舎への移転を見据え、現場の負担を抑えながら着実にデジタル化を進めたその手法は、これから変革に取り組もうとする多くの自治体にとって、最初の一歩を踏み出す際の大きな参考となるはずです。
お話をうかがった方
北海道八雲町 政策推進課 主幹
中村 達哉 氏
北海道八雲町 政策推進課情報政策係 係長
志賀 昭仁 氏
拠点間の内線通話をシームレスにつなげたり、外出先でもオフィスの電話を受発信できます。PBXのクラウド化により初期投資を抑え、高音質なVoLTEを活用することで安定性のある通話環境を構築します。既存PBXとの接続も可能なため、拠点ごとの段階的なクラウド化も実現できます。
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