食の課題をデジタル技術で打破したい めざす未来は課題“解決”先進国、日本

"DIGITALIZE JAPAN デジタル化で、日本を変えよう 食の課題をデジタル技術で打破したい めざす未来は課題“解決”先進国、日本"

藤長 国浩 氏

ソフトバンク株式会社
常務執行役員
法人プロダクト & 事業戦略本部
本部長

2000年ソフトバンクネットワークス株式会社(現ソフトバンク)に入社し、流通・通信業界などの大手企業向け営業に従事。2016年より法人事業戦略の責任者として法人部門の事業計画や新規事業戦略、マーケティングを担う。

日高 茂實 氏

ヤンマーアグリ株式会社
技監・部長

1986年ヤンマーディーゼル株式会社(現ヤンマー株式会社)に入社し、コンバインやトラクターなど農機商品の開発に従事。2018年より先行開発の責任者として、スマート農業全般、特に自動農機などの技術開発を担う。

(2020年3月30日 掲載)

■本記事は2020年3月13日に日経クロステックに掲載されたものです

既存産業にデジタル技術を活用し新たな価値創出を図る「X-Tech(クロステック)」の流れが加速している。FinTechやRetailTechはその一例だ。日本の食を支える農業も例外ではなく、「AgriTech(アグリテック)」の期待が高まっている。デジタルの活用によって、農業の課題はどのように解決できるのか。またそこで活用される新しい技術はどのような応用が可能なのか。こうした取り組みについて、ソフトバンクの藤長 国浩氏と共創パートナーであるヤンマーアグリの日高 茂實氏にフリーキャスターの木場 弘子氏が話を聞いた。

減少する農業従事者 増え続ける食料需要

フリーキャスター 木場弘子氏

木場  少子高齢化が急速に進む日本は、課題先進国ともいわれています。ソフトバンクは事業の柱に「社会課題の解決」を掲げていますね。

藤長  さまざまな社会課題がありますが、喫緊の課題のひとつといえるのが労働人口の減少です。企業が成長を続けるには、これまでより少ない人数で、これまで以上の付加価値を創出しなければならないわけです。
そこで、ソフトバンクではAI、IoT、ロボットの活用とその安全を担保するセキュリティ事業を強化するとともに、さまざまなパートナー企業と新しい挑戦を行っています。ヤンマーアグリと共創を進める農業分野もそのひとつです。

木場  農家の後継者不足、労働力不足は本当に深刻ですよね。農林水産省の「農業構造動態調査」によれば、2019年の農業就業人口は168万人。直近の5年で4分の1も減少している上、平均年齢も2018年時点で66.8歳と高齢化が進んでいるようです。たった5年で全体の約25%も減少するというのはさすがに厳しい。ヤンマーアグリでは、農業を取り巻く状況をどのように見ていますか。

農業就業人口の推移
農業就業人口の推移
出典:農林業センサス、農業構造動態調査 (農林水産省統計部)

日高  当社はヤンマーグループの一員として、農業機械の販売やメンテナンス事業を展開しています。直に農家の方と接する機会も多いため、高齢化や人手不足はひしひしと感じています。減少する一途の農業生産者が、何とかしてグローバルに増え続ける食料需要を支えている。これが日本の農業の現実です。今こそ、農業のあり方そのものを変えていかなければなりません。

測位誤差数センチの精度で無人のトラクターが農作業を行う

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木場  危機的状況の解決に向け、両社はどのような取り組みを行っているのですか。

日高  ソフトバンクが開発した高精度測位サービス「ichimill(イチミル)」を、当社が販売する自動運転トラクターに活用し、商用化に向けた共同検証を進めています。あらかじめ作業ルートを設定しておけば、土づくりや肥料・農薬の散布、種播き、草刈り、収穫、作物の運搬などの重労働を無人のトラクターが行えるように推進しています。人の負担が減り、何日もかかっていた作業を短時間で完了できる。農作業の生産性は劇的に向上します。

藤長  ichimill は衛星から受信した信号とソフトバンクの無線基地局を活用して誤差を補正する仕組みを採用。基地局と農機に搭載した移動受信機で情報をリアルタイムにやりとりして精度の高いRTK測位という方法を用いています。これにより、測位の誤差はわずか数センチ。超高精度なピンポイント測位で、作業も極めて正確です。

高精度測位サービス「ichimill(イチミル)」概要図

日高  実証実験を経て、この仕組みは既に実用段階にあります。今年4月から農家の方に試験的に使ってもらい、10月からの本格稼働を目指しています。

木場  無人で農作業を進めてくれるとは驚きですね。私は3年前に日高さんの勤務地、ヤンマー中央研究所に取材に行きましたが、その際にもIoTの話題が出ていました。それが今回、農業機械メーカと通信・ICTベンダの共創という形で実を結んだのですね。

日高  ヤンマーグループは先進のデジタル技術やデータを駆使し、品質や収量の安定を目指す「精密農業」の実現を支援しています。そのためには、新しい農業に対するビジョンを共有し、デジタルに関する高い技術力や知見を持つパートナーが不可欠。これをあわせ持っているのが、ソフトバンクだったわけです。

藤長  日本の農業はデジタル技術の活用という点では、未開拓の分野。それだけに可能性も大きい。農業のデジタル化に向けて、既に当社でもさまざまな取り組みを進めています。日本の農業の明るい未来を築きたいという共通のビジョンが、今回の共創の土台になっているのだと思います。

日高  ビジョンを具現化する技術を持っていることも大きなポイントになりました。農機の自動運転は乗用車と異なる独特の難しさがあります。土壌の硬さや水田の水位の深さなど農地の状態が場所により大きく異なるからです。その状況下で、耕運、田植え、施肥、収穫などの作業をこなす必要がある。測位誤差があると、作付け密度が低下したり、作物を踏みつけたりする恐れもあります。その点、ichimill なら、この課題を解決できます。
また当社の自動運転トラクターは、もともとの作業可能エリアが半径5km。日本は就農人口が減る一方、農業法人が跡継ぎのいない農家の土地を再活用するなど大規模化が進んでいますが、複数の農家の土地を利用するため、飛び地のような形で農地面積が広がっている。一ヵ所に広大な農地が集約されているとは限らないので、半径5kmの稼働エリアでは足りないのです。

藤長  全国で ichimill を利用できるように、3,300ヵ所の基地局を活用しました。これにより、携帯電話が使える屋外のエリアなら、全国ほぼどこでも農機の自動運転が可能です。

日高  稼働エリアを全国に広げる対応力とそのスピードには驚きました。当社側で設備構築や煩雑な設定を行うことなく、すぐに使える環境を短期間で整備してくれたことは本当に感謝しています。

匠の技を可視化し技能伝承を支援 生育状況の確認にドローンも活用

木場  農業分野では、ほかにもさまざまな最新テクノロジーの活用を模索されているそうですね。

藤長  ソフトバンクは農業向けIoTソリューション「e-kakashi(イーカカシ)」を提供しています。圃場の気温、相対湿度、水温などをセンサで把握してグラフ化します。このデータをベテラン農家のやり方と比較することで、“匠の技”をデータに基づいて習得できます。また、環境データの見える化に加え、植物科学に基づくAIがデータを分析して、最適な栽培をナビゲートするため、経験の浅い農家の方でも品質や収穫量の向上が期待できます。離れた圃場の状態も手元のタブレットで把握できるので、見回りなどの作業負担も軽減できます。
e-kakashi は既に多数の農家、自治体で導入されています。あるイチゴ農家は年間売り上げが15%アップし、技術指導にあたる某自治体では5年かかる技術習得が2年になったと評価いただいています。
ドローンを活用した実証実験も進めています。広大な圃場を空からドローンで空撮することで、作物の生育状態の確認を効率化します。ドローンは播種、農薬や肥料の散布のほか、農産物の運搬、鳥獣被害対策などにも応用できるでしょう。

日高  当社も農業でのドローンの活用に取り組んでいます。この分野でも互いの知見を持ち寄り、共創を加速していきたいですね。

木場  農業を持続可能な産業へと発展させていく取り組みも重要ではないでしょうか。また、その先に今後の海外展開を見据えたグローバル化も期待しています。

日高  同感です。農業の生産性を向上させるだけでなく、加工・販売まで含めた“儲かる農業”を目指す。つまり、農業を「食農産業」へ発展させていく。その実現に向け、ヤンマーグループでは、産地から食卓までをつなぐ「食のバリューチェーン」の確立、作期分散や販路マッチングによる「食料生産の最適化」などを支援しています。

デジタル技術とパートナーとの共創を軸に
産業の枠を超えた社会課題の解決に尽力

木場  お話を伺っていると、ご紹介いただいたテクノロジーは農業以外でも様々な形で活用できそうですね。今後、どんな広がりが期待できますか。

藤長  ソフトバンクでは、既に基地局の鉄塔など高所での設備点検作業にドローンを活用しています。自動航行にも対応しているため、作業者の負担が減り、危険作業が少なくなったことで事故も減っています。
先ほど紹介した ichimill は、自動運転のコアテクノロジーとしても注目を集めています。低遅延な5Gと組み合わせて活用することで、自動車の位置情報を非常に高精度に取得し続けることが可能になるからです。
また高精度な位置情報とドローンの自動航行を組み合わせることで、建設現場での応用が期待されています。人が立ち入ることが難しい災害現場の状況確認、トンネルや橋脚など社会インフラの点検作業などにも活用できるはずです。

木場  ひとつのテクノロジーは、ひとつの課題解決だけにとどまらず、産業の枠を超えて、いろいろな社会課題の解決に応用できるわけですね。ただ、テクノロジーの可能性はそれだけではないように思います。

藤長  農業を食農産業へ発展させていくためには、AIやIoT、5Gなどの最新テクノロジーの活用が欠かせません。これからは、あらゆるモノがネットにつながり、産業を再定義していくでしょう。それを安全に制御する通信やプラットフォームを提供するのは、ソフトバンクの責務だと考えています。人手不足のような農業が抱える課題は、日本の産業全体に共通するもの。今後もデジタル時代の新たなビジネスやサービスを多くのパートナーとデザインし、より良い社会の実現に貢献していきます。

木場  今回のお話を伺って、日本が課題先進国から課題解決先進国へと向かう、明るい兆しが見えてきたように思います。今後も両社が互いの強みを生かし、産業の発展をリードしていくことを期待しています。

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