「MaaS経済圏」の誕生。都市のコントローラーは誰の手に?【後編】

MaaS Tech Japan 日高氏インタビュー

「MaaS経済圏」の誕生。都市のコントローラーは誰の手に?【後編】
  • 日本でもさまざまな企業がMaaSに取り組み始めている
  • MaaSが日本で普及するための協調領域
  • 異なる産業との連携により生まれる「MaaS経済圏」

(2019年3月27日)

MaaS(Mobility as a Service)は日本でも実現可能なのか。そして、MaaSの誕生が我々にもたらすものとは——。

複数の交通サービスを1つのパッケージとして利用できるようにすることで、利用者にシームレスな移動体験を提供するというMaaS。国土交通省の統計によれば、数え方にもよるが日本の鉄道事業者数は200超、バス事業者も乗合バスだけで2,000超、さらにハイヤー・タクシー事業者はなんと5万を超える。これらを統合するには当然莫大なコストがかかるだろう。

それにもかかわらず、すでにいくつかの企業が日本でもMaaSへの参入を表明している。MaaSの先には、そのコストをかけるだけのビジネスインパクトがあるという目論見だ。

「MaaS Tech Japan」代表取締役の日高洋祐氏による、全2回のMaaS講義。後編となる今回は、日本におけるMaaSの現在地と、これからMaaSと共に生まれる新しい経済圏について紹介していく。

日高洋祐 株式会社MaaS Tech Japan 代表取締役

日高洋祐

株式会社MaaS Tech Japan
代表取締役
東京工業大学総合理工学部卒業後、JR東日本に入社。在職中に東京大学大学院学際情報学府でMaaSをテーマに研究。JR東日本のモビリティ戦略の策定に関わった後、2018年11月に株式会社MaaS Tech Japanを創業。2018年12月に一般社団法人JCoMaaS理事に就任。著書に『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)。

日本におけるMaaSの現状は?

MaaSパッケージの提供事業者となる「MaaSオペレーター」には、日本でもいくつかの企業が名乗りを上げている。

■鉄道系MaaS

JR東日本
東日本旅客鉄道(JR東日本)は2016年11月発表の「技術革新中長期ビジョン」のなかでモビリティ革命の実現を宣言。翌17年に「モビリティ変革コンソーシアム」を設立した。MaaSという言葉こそ使ってはいないが、「解決が難しい社会課題や、次代の公共交通について、交通事業者と、各種の国内外企業、大学・研究機関などがつながりを創出し、オープンイノベーションによりモビリティ変革を実現する場」とする思想はMaaSのそれにも近い。

小田急電鉄
同じく鉄道会社では小田急電鉄もまた、2018年4月発表の中期経営計画(2018〜2020年度)の「未来フィールドに基づく具体的施策」の項目でMaaSについて触れている。同年12月には企業間連携による「小田急MaaS」実証実験の開始を発表した。

■自動車系×通信系MaaS

MONET Technologies
トヨタ自動車とソフトバンクの両社は2018年10月、新たなモビリティサービスの構築に向けてMONET Technologies(モネ テクノロジーズ)を設立した。コネクティッドカーの情報基盤「モビリティサービスプラットフォーム」(MSPF)と「IoTプラットフォーム」を連携させ需要と供給を最適化することで「移動における社会課題の解決や新たな価値創造を可能にする未来のMaaS事業」を展開していくと表明している——。

日本版MaaSに向けた“協調領域”の取り組み

日本版MaaSの実現は、フィンランド発「Whim」のMaaS Globalのように、MaaSオペレーター(プラットフォーマー)が重要な鍵を握っている。日本版MaaSでもそこが大きな争点だ。しかしそのときの懸念事項として日高氏は次の点を指摘する。

日本版MaaSに向けた“協調領域”の取り組み
日高:

MaaS時代が到来したときの企業の本音は、おそらくみんな「プラットフォーマーになりたい」でしょう。想定される予想図としては「どこか1社がひとり勝ち」「交通事業者が連合を組む」「誰でも市場参入できる」のいずれかです。

理想をいえば3番目「誰でも市場参入できる」——すなわち、みんなオープンに参加できるエコシステムをつくることなのですが、そのためのガイドラインが日本には整備されていません。

これがないと資金力のある企業が市場を席巻し、結局は「1社ひとり勝ち」の状態を引き起こしてしまいます。

その帰結として、他の交通事業者にメリットがなくなれば、MaaS自体の存続が危ぶまれる。以上を踏まえ、日高氏が特に注視するのは「MaaS市場のコントロール」。その理想のかたちについて、海外の動向をもとに説明する。

日高:

海外では、新しい市場をつくるときに「協調領域と競争領域に分けて考える」という考え方が浸透しています。土台を決めるまでは協力し合う、例えば「AIを使って見たことのないようなサービスを展開する」といった競争は、土台ができあがってからやればよい。

MaaSのガイドラインとはすなわち、その土台の部分もしくはその土台を適切に維持していく仕組みにあたります。しかしそれは国だけで決めていくものではありません。民間企業や交通事業者らの多様なプレイヤーが膝を突き合わせながら、日本のMaaSのあり方を話し合う必要があります。

「協調によるガイドラインづくり」という意味では、国土交通省が2018年10月より有識者懇談会を定期開催している。2019年2月19日までにすでに7回の懇談会が開かれ、ここには大学機関や民間企業が参加。

国交省はこの活動の目的を「都市・地方が抱える交通サービスの諸課題を解決することを目指し、日本型MaaSの将来像や、今後の取組の方向性などを検討する」としている。

日高:

フィンランドでは2018年、それまで鉄道、バス、タクシー…と移動種別ごとに存在していた輸送サービスに関わる法律の一元化を進めました。

同時に、日本でいう国交省と、通信を管轄する総務省を統合した新しい省庁もつくっています。国や行政の最初の役割とは、協調領域の取り組みが円滑になる環境をつくり、その後に企業どうしが自由競争をうながす仕掛けを施すことなのかもしれません。

交通と他サービスの統合から創出される「MaaS経済圏」

MaaS研究の世界では、スウェーデン・チャルマース大学の研究チームによる「MaaSのレベル定義」という考え方がある。

MaaSの統合レベルを表したもので、「レベル0」とは事業者が個別に行うモビリティサービスが敷かれた段階。異なる交通手段の情報が統合されれば「レベル1」、マルチモーダルな移動に予約・決済のサービスが加われば「レベル2」、事業者どうしが連携し、1つのサービスとしてパッケージ化や定額制が備われば「レベル3」とステップアップしていく。現段階で、日本のMaaSはほぼ「レベル1」の段階である。

MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ
引用:『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)
日高:

レベル3では、交通と他サービスも統合することで、新たなサービス・産業が創出されます。交通と他サービスの親和性は高いと言えます。不動産価値を高めるためのMaaSとの連携、自動車を所有しない時代の新しい保険の提供、地域通貨の決済機能との組み合わせ。ライドシェア(相乗り)サービスであれば、同じ目的地に向かうことでコミュニティとしての価値が生まれる可能性もあります。

MaaSで生まれる新たなサービス・産業

MaaSは、利用者の移動手段以外にも、さまざまなところへ効果を波及させる。今後の予測も含めて、レベル3のMaaSで新たに生まれるであろう産業について、いくつか紹介する。

■不動産×MaaS
MaaSによってこれまで交通の便が悪かった場所の移動の問題を解決すれば、不動産価値を向上させることができる。サンフランシスコにあるタウンホームと共同住宅の複合施設「Perkmerced(パークマーセド)」では、住人に対して「Car-free living」プログラムを提供。「Clipper(Suicaのような交通系電子マネー)」「Getaround(カーシェアサービス)」「Uber(ライドシェアサービス)」に使用できる月額100ドルの交通費補助を実施。自動車なしで生活できるコミュニティを提供している。

■保険×MaaS
MaaSによって、自動車を所有しない時代がくると、これまでの自動車保険のあり方も変わる可能性がある。個人ではなくモビリティサービスを提供する法人向けの商業用保険への需要が増加する。MaaS時代の保険は、自動車ではなく、移動やサービスそのものを補償するようになる。また、ユーザの移動データと連携した保険も登場するだろう。

■小売・物流×MaaS
MaaSによって生活者の移動のプラットフォームができあがれば、もちろんそれを利用して店舗へ集客することが可能だ。ドア・ツー・ドアで店舗への送迎もできる。またMaaSの移動プラットフォームは物流にも生かすことができる。効率的な運搬を行うことで物流コストは下がっていくだろう。店舗やサービス自体を運搬するということも考えられる。MONET Technologiesはモビリティサービス専用EV「e-Palette」の構想を発表している。

■SNS×MaaS
オランダ・アムステルダムに本社を構えるHERE Technologiesは2019年の1月にソーシャルモビリティアプリ「SOMO」をローンチ。目的地までの最適な移動手段を選択できる基本機能に加え、自家用車や連携している交通系系サービスに知り合いを誘って相乗りできる「ソーシャルライドシェアリング機能」、移動の目的を共有してサークルのメンバーを募ることができる「ギャザリング機能」を備える。移動の体験価値を高め、新たにコミュニティを生み出している。

MaaSレベル4に到達したサービスはない

MaaSレベル4に到達したサービスはない

実はこの「MaaSのレベル定義」にはさらに上位のレベルがある。日高氏は著書のなかで「レベル4」について、「交通の最適化や制御、都市計画を担い、予測評価やモニタリングに活用するシミュレータの存在も重要」「個々人の移動の最適化だけではなく、都市全体を最適化するために、交通の制御やマネジメントにより、人やモノの流れが適正にコントロールされる社会」と綴っている。そしてまだ「まだ世界でも該当するサービスがない」とも。

都市のヒト・モノ・コトのすべてを司り、コントロールする存在。この高みに到達するのは、どの国の、どのサービスなのだろうか。もしもそんなサービスが現れたとすれば、それは次なるGAFAに等しい存在であることは想像に難くない。

後記

フィンラング・ヘルシンキのMaaSアプリ「Whim」を提供しているMaaS Globalはそのノウハウを輸出し、バーミンガム、アントワープ、アムステルダム、シンガポールでも事業を展開している。これから他国に類を見ない人口減少と高齢化社会を迎える日本。MaaSによってこれらの課題を解決することができれば、それは貴重な先進事例になるだろう。日本のMaaSノウハウが海外で活躍する日が訪れるかもしれない。一方でダイムラー社傘下の「moovel」が伊豆エリアでの実証実験に参画するなど、海外のMaaS企業も日本のマーケットに参入し始めている。MaaS業界の覇者となるのは誰か。動向を注視したい。


参考:『MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ』(日経BP社)

MaaS基礎講座 前編についてはこちら

海外事例から学ぶMaaS基礎講座。モビリティ革命がもたらすもの【前編】