10兆種類のカスタマイズが可能な自動車製造「上汽大通」のスマート工場

2021年3月24日掲載

上汽大通のライトハウス南京工場 上汽大通のライトハウス南京工場

世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)によって2017年から結成された「グローバルライトハウスネットワーク(Global Lighthouse Network)」では、第4次産業革命をリードする世界で最も先進的な工場「ライトハウス(Lighthouse、灯台)」の認定を行っています。現在、既に認定されている工場は世界で54社です。

今回は、中国自動車業界でライトハウスに認定された上汽大通(SAIC Maxus Automotive)の南京工場を紹介したいと思います。

上汽大通の南京工場は、2016年12月に設立され、年間約10万台の自動車を生産できる能力を持っています。現在も自動車のC2B型※マスカスタマイズ生産基地として、データ化、IoT化、インテリジェント化、フレキシブル化を中核に、デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)が進められています。
※C2B:Customer to Businessの略で、顧客・消費者側から企業・ビジネス側へ取引の条件を設定するビジネスモデルを指します。

WEFは、この南京工場を「ライトハウス」に認定した理由について次のとおり説明しています。

「中国自動車会社である上汽大通のデジタル・ソリューション・アプリケーションは、カスタマイズ型自動車のマス・プロダクション(大量生産)を劇的に改善し、ユーザーへの新しいサービスレベルとしてオーダーからデリバリーまでの期間を4週間以内に抑えています。
特に市場投入までの時間の短縮(-35%)、生産リード時間の短縮(-20%)、高い構成精度(99.8%)、工具と切り替える大幅な時間削減(-30%)を実現させたのはとても衝撃的です。ユーザーはWebやアプリを使用して自分でカスタマイズを行って注文した後、車の生産状況を追跡できます。工場は3Dシミュレーションとデジタル・ツイン・デザインを生かし、ユーザーの注文に従って車をつくります。そこで効率的なデジタルサプライチェーンを生かすことによって、車の構成および生産スケジュールなどの情報がサプライヤーに連携され、ジャスト・イン・シーケンス(Just-in-Sequence※)出荷を開始します。
自動化されたスマート・エンジニアリング・システムは何千も異なる構成を処理し、正しい製造プロセスを確保します。またAI品質確保ツールは、製造の進行状況を継続的にチェックし、エラーなどを特定します。」
※Just-in-Sequence:作業タスクのスケジュールをリアルタイムに調整し、需要の変化や工場のイベントに柔軟に対応すること
上汽大通の南京工場に対するWEFの評価(世界経済フォーラム報告書より) 上汽大通の南京工場に対するWEFの評価(世界経済フォーラム報告書より)

上汽大通は、以下のCtoB(C2B)ビジネスフレームワークの通り、ユーザーのニーズを起点にした「デジタル・ユーザー・オペレーション」、マーケティング・セールスを中心にした「デジタル・マーケティング・オペレーション」。モノ作りを中心にした「デジタル研究開発&製造オペレーション」といった3つのオペレーション体系に、Maxusビッグデータプラットフォームを加え、C2Bを実現しています。

上汽大通社のデジタルマーケティンオペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成) 上汽大通社のデジタルマーケティンオペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成)

ユーザーはWebまたはアプリの「カーコンフィギュレーター」で、価格を確認しながら、好きなスタイル・部品・資材などを選定し、自分好みのマイカーを「デザイン」することができます。多彩多様な選択肢を組み合わせながら、自分にあった最適なものを創り出せるのです。

選定後、トータル金額、予測納期などの情報が提供されるので、ユーザーはそれを確認して、正式に注文するかどうかを決めます。注文後は、マイページ画面でリアルタイムにその進捗状況を確認できるのです。

「カーコンフィギュレーター」のイメージ(出典:上汽大通Webサイト) 「カーコンフィギュレーター」のイメージ(出典:上汽大通Webサイト)

C2Bビジネスフレームワークの中で、デジタル・マーケティング・オペレーションは極めて重要視されています。ユーザーのオーダー情報を中心に、車のオーダーからデリバリーまでのフルライフサイクルを管理するもので、オンラインで全ての情報を確認・追跡できる仕組みとして、ユーザーエクスペリエンスがよく実現できています。

上汽大通社のデジタルマーケティンオペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成) 上汽大通社のデジタルマーケティンオペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成)

デジタル研究開発&製造オペレーションでは、サプライチェーンも含め、研究開発と製造のデジタル化、フレキシブル化、コラボレーション化、モジュール化を図り、スマートファクトリーの柔軟な製造プロセスを構築しています。

上汽大通社のデジタル研究開発&製造オペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成) 上汽大通社のデジタル研究開発&製造オペレーション(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成)

スマートファクトリーは、「カーコンフィギュレーター」からのオーダーをベースに、各部品・色・素材・スタイルなどの組み合わせで10兆以上の車種の生産をサポートするそうです。オンラインで全体的な生産状況を俯瞰したり、個別生産の進捗状況を確認したりすることができます。

上汽大通のスマートファクトリープラットフォーム 上汽大通のスマートファクトリープラットフォーム

オーダー情報が工場に入ってきたら、工場でプレス、溶接、塗装、組み立てなどの作業を自動的に組み合わせることで、いよいよ各オーダーに合わせた「マイカー」が完成していきます。スマートファクトリーの設備などは必ずしも最先端のものとは言えませんが、製造プロセスのデジタルコラボレーションがよく活かされています。

上汽大通の南京工場の生産イメージ 上汽大通の南京工場の生産イメージ

上汽大通はC2Bカスタマイズ生産を実現するために、生産のスマート化を重視しています。ユーザーのオーダーからデリバリーまでのプロセスでは、サプライヤーとのやりとりや品質確保も含めて極力デジタル化を実現しているのです。

上汽大通社のスマート製造体系(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成) 上汽大通社のスマート製造体系(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成)

上汽大通では、今までのデジタルトランスフォーメーションの経験やノウハウをDT&T(Digital Technology & Transformation)フレームワーク「D-MAXUS」としてまとめています。

上汽大通社のDT&Tフレームワーク「D-MAXUS」(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成) 上汽大通社のDT&Tフレームワーク「D-MAXUS」(CDO吴鋼氏の講演をもとに筆者作成)

「D-MAXUS」では、競争に勝ち取るには特に6つの能力が必要不可欠だとしています。

  • デジタル戦略とプラットフォームの青写真策定能力(Strategy)
    従来のウォーターフォール型情報化手法と比べ、今は、アジャイル式で迅速にシステムのイテレーションを目指す情報化手法が重要となります。そこで車の設計・運営・イテレーション、データ分析などのプロセスで、迅速な開発と検証ができるよう、全体の青写真を策定する能力が求められています。
  • デジタルアーキテクチャーの構築能力(Architecture)
    インターネット時代に入ってから、技術アーキテクチャーが急速に発展し、オープンソース化してきています。アーキテクチャーはオープン化しつつ、より広く利用されるように各種技術規範や方法論を確立する能力が求められています。
  • ユーザー中心の製品デリバリーおよびサービス能力(User)
    ユーザーを中心に据えて考えられた、デジタル・インタラクティブ・エクスペリエンスのデザインとデリバリー、そしてデジタル製品のサービスとオペレーション能力がより重要になっています。
  • 将来を見据えたデジタル技術の蓄積と応用能力(Digital)
    人工知能、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、5Gなど新しいデジタルテクノロジーがビジネスの成敗を左右するものであり、これらの技術をいかに蓄積・利活用できるかが、ビジネスの今後につながります。
  • プロジェクト管理とデータセキュリティ能力(Management)
    プロジェクトマネジメント、デジタルセキュリティの計画・制御、デジタル・リスク・マネジメントなどの能力が挙げられます。
  • リソースの統合と輸出能力(eXtend)
    今の世界では、ビジネスを成し遂げるには、自社のリソースだけでは足りません。ビジネスエコシステムの各リソースをうまく統合しつつ、社内のビジネスユニット、サプライヤー、パートナーに迅速に提供する能力が求められています。

上汽大通は、ユーザーを中心に据えたC2Bカスタマイズ生産を、ビジネスモデルとしてうまく進めていると感じられました。スマートファクトリーなど個別の領域では、それほど強いとは言えないものの、ユーザーのオーダーからデリバリーまでのフルプロセスをカバーしたデジタルトランスフォーメーションの底力は、ライトハウスとして認められています。

自動車産業は、自動運転や新エネルギー利活用の波が押し寄せてきており、世界的にも激変の戦国時代に入っています。デジタルトランスフォーメーションが、この激変の時代に生きていく必須条件であり、これに取り組むスピードや真剣さがますます重要になります。今後もDXについて各業界の事例を紹介しながら、皆さんに情報共有していきたいと思います。

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