データは分析せず解釈せよ。未来のECが目指す顧客体験

Moonshot Inc. 菅原 健一 氏 ✕ ストライプデパートメント 佐藤 満 氏

データは分析せず解釈せよ。未来のECが目指す顧客体験

試着やスタイリストへの相談など、洋服を買うときは実店舗で買い物するメリットが多いのが現状だろう。そんな中、アパレル業界を牽引するストライプインターナショナルとソフトバンクが共同で立ち上げたストライプデパートメントは、データやテクノロジーを駆使し、ECサイトでの百貨店同様の顧客体験を目指して挑戦を続けている。

スマホの登場により、取得できるデータの量も質も向上している。そのデータを、より便利で心地良い買い物体験に活用するには、どのようなスキルが必要なのか。ストライプデパートメント事業を統括する佐藤満氏と、マーケティングやテクノロジーの第一線で活躍する菅原健一氏の対談を通し、「人に寄り添うマーケティング」を読み解いていく。

■本記事はNewsPicks Brand Designの制作のもと、2019年03月18日にNewsPicks上に掲載されたものです。

データで取れるのは、ユーザー行動の1%だけ

- STRIPE DEPARTMENT(ストデパ)は「百貨店同様の顧客体験」を掲げています。具体的にどのようなECサイトを目指しているのでしょうか。

佐藤:

「他のECサイトではなく、ストデパで買いたい」と思ってもらえる買い物体験を目指しています。そのために、まずは画面越しの接客レベルを高めることを掲げています。

具体的に行っているのは、8日間返送無料の試着サービスや、チャットでのスタイリング相談。チャット相談は、「結婚式に来ていける、2万円以内で高見えするドレスが欲しい」といった、ECサイトでの検索が難しい場合に使っていただいています。

もちろんお客さまが知りたい情報を、いかにストレスなく見せられるかということも重要です。例えば最初にサイト上でお客さまに見せる5つの商品を、単なる売れ筋ではなく、その人に最もマッチした5品にしたいんです。サイトに来てから商品を探させるのではなく、こちらから商品を提案する。

テクノロジーを使ってお客さま一人ひとりを知り、そのマッチングの精度をどう上げられるかが、まさに今のストデパのチャレンジ。「ストデパに来れば、新しいブランドやスタイルに出会える」と思っていただければと、試行錯誤しているところです。

佐藤 満

ストライプデパートメントCOO
前職のヤフージャパンで「ヤフーショッピング」「ヤフーオークション」「ロハコ」などのサービス企画に携わる。2017年2月のストライプデパートメント設立と同時に入社。専務取締役COO、事業統括本部長。2018年1月よりストライプインターナショナル執行役員グローバルファッションEC本部長を兼任。
菅原:

「お客さまを知る」というのは、B to Cビジネスでは特に重要ですよね。僕は今、Moonshot Inc.という、企業の10倍成長を目指すアドバイザリー会社を経営しているのですが、テクノロジーとマーケティングばかりを見て、ユーザーの変化を見られていない会社がたくさんあります。

マーケティングって実は、変化した後のユーザーしか見ていないんですよね。「なぜわが社の製品は売れなくなったのだろうか?」と頭を悩ませても、ユーザーは変わり続けているから当たり前。

ユーザー行動の「なぜ?」を突き詰めて、人がどう変化しているかを見極める視点が、必要なんです。

アパレルの例で言えば、最近ユニクロの中古の服が、定価より高い値段でメルカリで売買されていると話題になりました。一見「なぜ?」と思いますが、ユーザーは今や商品を買う時に、「これ、メルカリで売れるかな?」というリセールバリューを重視するように変化しています。

メルカリでユニクロの中古の服が売られているということは、自分が数回着た後もその価格で売れることの確証なんです。だから新品を店舗で買うより、メルカリの方が安心して購入できる。

菅原 健一

Moonshot Inc. 代表
2016年6月、スマートニュースに入社し、SmartNewsのブランド広告責任者(Head of Brand Advertising)を務める。スケールアウト(現Supership)にてデジタル広告プラットフォームのサービス開発とマーケティングを担当。スケールアウト、nanapi、ビットセラー3社が合併して生まれたSupershipのCMOとして、ブランド広告主の課題解決やアドテクノロジー、データドリブンマーケティングの啓蒙、事業展開に貢献。2018年7月から現職。

- データやテクノロジーを使うことで、ECを含めリテール業界はどのように変わってきたと思いますか。

佐藤:

正直、そんなに変わっていないと思っています。現状取れているカスタマーデータなんて、せいぜいお客さまの行動の1%くらいです。

今は実店舗に来店しただけのお客さまの情報は何も分かりませんし、検索ワードを蓄積しても一人ひとりの特性は見えてこない。それでお客さまを知った気になってしまうのは危険ですよね。

テクノロジーやデータを使って個人としてのお客さまを把握して、より快適な買い物体験をしてもらうというフェーズは、まだまだこれからだと感じています。

菅原:

検索ワードも結局は統計処理をされた後の情報ですからね。ユーザーの総意としてのキーワードだけを追いかけても、つまらないマーケティングになってしまいます。

僕はもともとエンジニアで、10年以上前のガラケーコンテンツ課金の全盛期に、携帯サイトを制作していたんです。その時にやっていたのが、ユーザーのアクセスログを見ながらサイトを作ること。ユーザーの一人ひとりがどのような経路でサイトに来て、どのように離脱してしまったのかを徹底的に見るんです。

そのデータをもとにサイトの課題を見つけて、その行動の原因の仮説を立てた上で、快適に訪れてもらえるようにサイトを作り変える。それを続けていたら、他の制作会社が作ったサイトより、僕たちの会社が作るサイトの方が、入会者数が10倍多くなったんですよ。

このように、データは取れば良いというものではなくて、いかに個としてのユーザーを知って、その後のアクションにつなげられるかが重要ですね。体重計で自分の体重が分かっても、運動しなければ痩せないのと一緒です。

ECは「買う理由」を提案する時代へ

- ストデパでは、どんなことを重視してデータを活用しているのでしょうか。

佐藤:

その商品を「買う理由」を作ることですね。なぜこの商品を選んだのかという理由って、ほとんどのお客さまが自分でも分かっていないんですよ。例えば、ストデパで10万円のジャケットが売れた際の購入データを追いかけたことがあって。

もちろん高価な商品なので1回商品を見ただけで購入されるお客さまは少なく、10回くらいサイトに来てから購入される方が多いのです。でもなぜ10回目で購入するのかは全然分からなくて、議論してもキリがない。

菅原:

10回目がたまたま、給料日だっただけかもしれませんしね(笑)。

佐藤:

そうなんです。だからこそ「こういう理由で買ってくれたのではないか」と仮説を立てて考えた上で、お客さまの購入を後押しできるようなサイトにすることに注力しています。

商品の情報が溢れている世の中で、お客さまにチョイスを迫る売り方は難しいと思うんですよね。ストデパは、「この商品を買えば、お客さまの生活はこんなに豊かになります」という風に、「買う理由」を提案していきたいんです。

ストデパでは、プロのスタイリストがコーディネートを提案するサービスもある。
菅原:

そうそう、人ってモノを買う「言い訳」が欲しいんですよね。例えば僕は、出張で福岡に行くと、たくさん服を買っちゃうんですよ。東京にはないユニークなセレクトショップがたくさんあって。「ここでしか買えない」「次に来た時はなくなっているかも」「ECもやってない」と、いくらでも言い訳を作って、買ってしまう。

人って結局、買い物をしたいんだと思います。いかに「他ではなく、この店で買わなくちゃ」と思ってもらえるかが鍵ですね。

佐藤:

その点はストデパも試行錯誤を重ねています。ストデパを立ち上げて1年のタイミングで、サイトを訪問してくれたお客さまにアンケートをとったのですが、何のブランドの服を買ったかは覚えていても、ストデパの名前を覚えていないお客さまが何割か存在しました。

ECサイトが乱立する中、サイトデザインや扱っている製品で差別化するのは難しい。だからこそデパートメントとしていかに付加価値をつけていけるか、挑戦しているところです。

菅原:

ECサイトも、割引率やスピード勝負ではなくなっているということですよね。その点で言うと、サイトをユーザーに定着させるための、コミュニティーマネージャー的な役割は必要かもしれないですね。

佐藤:

ストデパの場合だと、スタイリストがコミュニティーマネージャーの役割を果たしていますね。スタイリストが作るコンテンツが、お客さまとの接点になっていると感じます。

単なるサイトではなく、メディアとして価値あるコンテンツを提供しつつ、お客さまを知っていく。そうすることで初めて、お客さまとの関係性を築いていけるのだと思っています。

良きサービスは、良きユーザーが作る

- データから仮説を立て、改善策の実行まで担う。これらの一連のプロセスを回せるこれからのマーケターには、どんなスキルが必要なのでしょうか。

佐藤:

想像力ではないでしょうか。お客さまの思考回路や行動が変わっていく中で、どういった売り場を作っていけば良いのか、想像できる人材です。

AIはその補佐はできるかもしれませんが、AIに任せてしまうと最適解に収れんさせていく施策になり、どの企業も同じ方向に向かうことになるのではないかと思います。

菅原:

僕もデータを分析する力より、解釈する力がマーケターに必要だと思っています。データは単なる数字に過ぎなくて、それを解釈して実際の施策に変換するのは、まだ人間にしかできません。

僕はデータマーケター養成講座で講師をしているのですが、受講生には「もっと遊びなさい」と伝えています。やっぱりデータから仮説を導いて、良い製品やサービスを作るには、良いユーザーになるしかないと思うんです。

良いエンタメのサービスを作りたいなら、データ分析のスキルを身につけるより、Netflix廃人になった方が良いのでは、と(笑)。

- なるほど。5GやIoTの普及で、データを使ってできることの幅は今後広がっていくと思いますか。

菅原:

5Gになると、家にいる時間が長くなるという説がありますよね。電話会議の際の遅延もなくなるし、家から出て実際に人が顔を合わせなければいけない機会は、ますます減っていくと思います。

そうなった時代は、家にいる時間、つまり宅配を受け取れる時間が増えるので、買い物のEC化率は上がると思いますね。

佐藤:

お客さまに情報を伝える場所やタイミングは、さらにシビアに調節できるようになると思います。スマホのおかげで正確な位置情報が取れるようになり、この場所でこの行動をしているのなら、この情報は喜ばれるだろうという予測が立てやすくなりました。

これは精度が悪いと逆にマイナスなんですが、IoTと5Gによって精度が上がれば、お客さまが必要としている情報をタイムリーに提供できるようになるのではと思っています。

これはストデパの話ではないのですが、スマホでカートインと決済が行われている場所を調べてみると、電車沿いが多いんですよね。

そういったデータをもとに、電車に乗っているお客さまと、どのようにコミュニケーションを取っていくかなど、今後の広がりが期待できると思います。

- 買い物が便利になっていく反面、個人情報が取得されすぎることに、違和感を抱く人もいるかと思います。

菅原:

データの取得目的と利用用途が一致していなかったら、確かに不安に思いますよね。テレビのリモコンで入力したデータが、ウェブ上の広告とリンクしていたら気味が悪い。なので、個人情報を取得する時は目的と用途をきっちり合わせるべきだと思います。

ウェブ広告の例で言うと、B to BよりB to Cの会社が、情報収集をした方が良いのではないでしょうか。B to Cの会社の方がお客さまから認知されているのでコミュニケーションの接点があり、安心感を抱きやすいためです。

佐藤:

お客さまとのコミュニケーションを、より丁寧に取っていく必要性を感じています。例えばアパレルのECサイトでも、スリーサイズの情報を入力するのって、仮にそのおかげで最適なリコメンドが得られたとしても、抵抗がありますよね。

それよりは「クローゼットに入っている服を教えてください」と言われた方が、まだ心理的なハードルが下がるかもしれません。

試着サービスでも、服を返していただく際に「返品」ではなく「返却」や「お戻し」といった表現に変えようとしているんですよ。「返品」と聞くと、どうしてもお客さま側が罪悪感を抱いてしまうためです。

やはり現状ではECサイトで洋服を買うのは、お客さまにとって面倒なことが多いと思います。正直ストデパも、まだまだ課題だらけです。

それでもこういった小さな心配りを重ねて、人の心に寄り添ったサイト作りをしていく。そうすることで、よりお客さまに満足してもらえる買い物体験を目指していきたいと思います。

(編集・執筆:金井明日香 撮影:小島マサヒロ デザイン:九喜洋介)