データ活用の現在地。マーケと製造の谷に、ビッグデータは橋を架けるか?

データ活用の現在地。マーケと製造の谷に、ビッグデータは橋を架けるか?

IoTやビッグデータの活用といわれて久しいが、実際のビジネスではデジタル領域ばかりが先行していて、リアルでどのような生かし方があるのかがなかなか見えてこない。デジタルマーケティングで急速に広まった機械学習やディープラーニングは、なぜものづくりの世界でスローダウンしてしまうのか。


その課題について、「インダストリー4.0」の発信地ドイツにヘッドクォーターを置くローランド・ベルガーの長島聡氏に聞いた。聞き手に立つのは、データマネージメントソリューションを提供するトレジャーデータの堀内健后氏と、ソフトバンクIoT事業推進本部の金子隆大氏。異なる立場でデータを扱う三者から、現在地と今後を語ってもらった。

なぜ製造業のデータ活用は進まないのか

IoTは言葉としてはよく耳にしますが、その全体像とプレイヤーを意識することがあまりないのが実情です。データ活用社会においてどのように関わっているのか、まずはトレジャーデータさんからご紹介いただけますか。

堀内:

トレジャーデータは2011年に3人の日本人がシリコンバレーで創業し、2018年、イギリスの半導体企業・Arm社に買収されました。

ECなどのウェブから得られるデータだけでなく、機械やセンサーから発生するあらゆるログデータを貯めて分析するためのクラウドプラットフォームを提供しています。

プラットフォームといってもイメージしにくいかもしれませんが、自分たちがデータを収集して持っているわけではなく、ユーザー企業が自社で集めたデータを管理するための「箱」のようなイメージです。

堀内 健后

トレジャーデータ
マーケティングディレクター
プライスウォーターハウスクーパースコンサルタント(現・日本IBM)で業務改革、システム改革のプロジェクトに多数参画。2006年にマネックス・ビーンズ・ホールディングス(現 マネックスグループ)に入社し、 業務・システム刷新プロジェクトをはじめ、組織改革や投資先支援、顧客向けWebサービスの企画・開発にプロジェクトマネージャーとして携わる。2013年2月、トレジャーデータ入社、日本法人の立ち上げから参画し、国内での事業展開を進めている。

Armはソフトバンクグループが2016年に買収し、世界的な話題になった企業ですね。

堀内:

そのため、トレジャーデータも広く捉えればソフトバンクグループの仲間入りをしたことになります。ただ、買収される前からソフトバンクはお客さまであり、デジタルマーケティングの基盤として、当社のサービスを利用していただいていました。

ソフトバンクはどのようにトレジャーデータのプラットフォームを活用しているんですか。

金子:

当社ではこれまでもIoTの普及に向けた通信サービスを拡充してきましたが、現在は携帯電話の基地局から得られるデータをより広く活用できるように準備を進めています。

基地局につながっている携帯電話からは、契約者情報と紐づいた形で位置情報がわかります。これを政府のガイドラインに沿って個人を特定しない形にすれば、100m四方のメッシュで、性別や年齢層などの属性を含んだ人の流れを捉えられます。これが、携帯キャリアが持っていてまだ活用されていないデータの一例です。

これを各企業が集めたIoTデータと組み合わせて分析すれば、よりパーソナライズされたサービスやマーケティングなど、新しい価値を提供できますよね。そのようなデータ分析の基盤として、トレジャーデータのプラットフォームを使わせてもらおうと考えています。

金子 隆大

ソフトバンク
IoT事業推進本部
AI/プラットフォーム統括部 データエンジニアリング部 部長。2006年ソフトバンク入社。サーバ・ネットワークの設計・構築に携わったのち、モバイル事業のデータベースのコンサルティングや技術サポート、分散システムの技術検証に携わる。2012年よりPepper開発プロジェクトにてバックエンドシステム開発リーダーを担当。2015年よりAI・データ分析を主業務とする組織に参画し、現在に至る。
長島:

そのデータベースは、デジタルマーケティング以外でも使われているんですか?製造業などのBtoB領域でどんな使われ方をしているのかが気になりますね。

金子:

正直、まだ製造業では十分なデータが集まっておらず、どんな活用ができるのかも見えていないんです。BtoBでは、ビルマネジメントやモビリティ、スマートシティなどのソリューションを検討している段階です。

堀内:

私たちも6年前に日本法人を立ち上げた当初は、デジタルマーケティングとIoTの二本柱で導入が進むだろうと期待していたのですが、ふたを開けてみるとマーケティングでの利用がほとんどです。

IoTに取り組まなければ日本の製造業は世界に取り残されるといわれていましたが、工場の生産工程から得られるデータを活用しようという動きは、非常にゆっくりしか進んでいないと感じています。

今日は、インダストリー4.0に詳しい長島さんに、なぜ製造分野でのデータ活用が進まないのかを率直にお聞きしたいと考えてきました。

7割の確率は、製造現場では通用しない

日本の製造業を見てきた長島さんの感覚では、いかがですか。

長島:

日本で製造業へのコンサルティングを行うなかで、当初はインダストリー4.0に懐疑的だった企業も、少しずつ取り組みを進め始めていることは実感しています。

ただし、現在本格的に取り組んでいる企業の多くは、まずは機械をインターネットにつないでみて、それからどう生産性の向上に役立てるかを考えようと大きく構えていられる企業。つまり、お金と人を投資する力のある大規模な会社です。

あるいは、製品の売り上げが伸びていて、生産量を増やすために工場のIoT化に取り組む中小企業もあります。人手不足に対処するために自動化を進めるとともに、人間の業務や意思決定をサポートしようというわけです。

たとえば金型の見積もりなど、特定の人がボトルネックになっていた部分のロジックやパラメーターの算出方法を形式知にしてAIに任せたり、作業によってはAIで自律的に動いたりするロボットも珍しくなくなっています。

長島 聡

ローランド・ベルガー
代表取締役社長
早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手を経て、ローランド・ベルガーに参画。自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジーから現場のデジタル武装まで数多くのプロジェクトを手がける。自動車産業、インダストリー4.0やIoTをテーマとした講演・寄稿多数。近著に『日本型インダストリー4.0』『AI現場力』(ともに日本経済新聞出版社)。経済産業省「自動車新時代戦略会議」委員。

では、なぜトレジャーデータでは、IoTよりマーケティングでの利用が先行していると思いますか。

長島:

一つは、製造機械のIoT化の方が、先行投資のコストが高いということ。特に中小では、成功事例が蓄積され、データを使って何ができるかが明確にならないうちは取り組めないという会社は多いですね。

もう一つはもっと本質的な問題です。そもそも、製造現場が求めているデータの質は、小売業と根本的に異なるのではないでしょうか。

今、世の中に普及しているデジタルマーケティング領域でのデータ活用は、レコメンデーションを起点に行動を起こしてもらうような使われ方が多く、すごく単純化して言うと確率論で済む領域の活用法だと思っています。

それがデジタルであれリアルの動線であれ、ある行動をした人が自社商品を7〜8割の確率で買ってくれるとわかるなら、人の直感よりも確率が高いから使うでしょう。その場合、3割は外れたとしても問題ないからです。

金子:

そうですね。デジタルマーケティングの方がマス広告よりも売り上げが伸びることが見えて一斉に導入が進みましたが、そこでは100%の予測は求められない。位置情報や人流解析も、マーケティングに使うのであれば多少の誤差は問題になりません。これまで見えていなかったことを可視化し、傾向をつかむことに意味があるからです。

堀内:

デジタルマーケティングで扱うデータは、ウェブや広告、モバイルアプリなどへの接触ログ。要するに、人の行動の結果を見える化しています。

7割の確率でドライブが好き、旅行が好き、この車を買ってくれそうといった傾向を機械学習で分析できれば、必要な情報を、必要な人へ届けることができます。長島さんがおっしゃった「製造で求められているデータ」は、こういうものではないということですね。

長島:

たとえば、「7割の品質」「7割の確率でうまくいくオペレーション」「7割の歩留まり」。こう当てはめてみればわかると思いますが、これを製造業で採用するのは現実的ではありません。職業病とも言えますが、職人というのは99.99……%と非常に細かいディテールの部分で勝負している人たちです。おそらくそこに、製造にAIや機械学習を導入するための一番のハードルがあります。

デジタルマーケティングでは、人に紐づいたビッグデータで確率を上げていける要素が大きいでしょうが、製造現場では必要なデータに固有性が高く、かつ限られていますし、万が一予測を外してしまったときの損失も大きい。確率をベースとした議論を機械の作業や品質に単純に当てはめるのは難しいと思います。

匠の技は、データ化できるか?

金子:

たとえば画像認識などの統計処理は、製造工場のなかでも使われ始めていますよね。製造現場に必要なデータとは、どういうものですか。

長島:

そうですね。たとえば不良品を画像認識によって検知しようとすると、特定の製造ラインにおいて「何が不良品なのか」というデータが必要です。ところが、今の製造技術はかなり洗練されていますから、不良品がほとんど出ない。機械学習させるために必要なデータの母数が極めて少ないのです。

極端にいえば、データがありすぎると逆に困る。決められたことをきちんと遂行するだけならAIの長所である「人間が気づかなかった相関を見つける」ことの必要はあまりなくて、最小限の、使えるデータだけが欲しい。これが製造業の本音ではないでしょうか。

それに、AIの得意な画像認識でも、製造ラインでは光の具合によって影響を受けるなど簡単ではありません。些細な異常を検出する能力は、なぜか人間の方が優れていることもあります。

堀内:

それはよく聞きますね。機器の故障前に検知しようと考えても、そもそも故障する前にメンテナンスしているから故障のデータがないという話もあります。

長島:

もちろん、異常な振動や音をセンサーで捉えて故障を予測することに一定の効果は出ていて、常時人が監視しなくてよくなるので格段に便利にはなります。

ただし、そのときに必要なのは、その機械の振動の波形など限られたデータだけ。ビッグデータは必要ありませんし、しかも変化したときがわかればいい。必ずしも時系列でのデータの蓄積やトレーサビリティが必要なわけではありません。

というのも、設備機械は作られた年代によっても剛性が違ったりして、同じプログラムを使っても同じようには製造できないんです。一つの機械に最適なスピードを算出しても、もう一つの機械で同じスピードを出すと装置が壊れる、みたいな世界。

それに、熟練の職人さんになると、その日の気温や湿度に合わせて機械を調整する。工場に来たときに感じる変数が言語化できるものだけで600以上あるらしいんですよ。

堀内:

なるほど。リアルなものづくりにデータ解析を適用することの難しさがよくわかりました。それだけ複雑な作業になると、必要なパラメーターも工場によって変わりますし、現段階で一律に使えるモデルを作るのは難しいでしょうね。

「需給予測」は製造を変える?

素人考えですが、全てに当てはまるモデルは難しくても、共通する項目が半分でもあれば、それをベースにして残りを各工場でカスタマイズする……みたいなことはできないんでしょうか。

金子:

データモデルを組み合わせて活用するといったことは、あまりやらないですね。一般的にデータモデルを生成するときは、分析に必要なデータ全体を使って分析します。

堀内:

それに、ものづくりでは共通項ではない部分こそが競争力の源泉になっている以上、ある会社のモデルを他に展開することもできない。製造工程を丸ごとAIに最適化して、3Dプリンタに置き換えるくらいのイノベーションが起こらない限り、企業が主体となって地道に工程を見直しながら改善するしかないでしょうね。

工場の中でビッグデータが活用されるのはもう少し先かもしれませんが、これからマスカスタマイゼーションが進むと需給予測などには使えませんか?

長島:

もちろん、その需要はあります。製品の場合は、どれくらいのパターンが必要なのか、またどれほどの納期を確保できるのかがカギになるでしょう。あらかじめ30種類のパターンを見込み生産しておくならデータによる予測は有効です。でも、それが3000種類となると、受注生産でないと難しい。もしくは、モジュールの持ち方がカギになります。

もっと効果的なのは、材料の需給予測です。マスカスタマイゼーションで受注生産が増えるとすれば、一番問題になるのが部品や素材の調達です。物と量によっては調達に数ヶ月かかりますし、製造のリードタイムが1日しかないとすれば、2〜3日先を予測しながら用意する必要がある。

それに、この場合の予測というのは、3割が外れても大きな問題にはならないんですよ。一時的に在庫は増えますが。

堀内:

確かにそうですね。材料が足りないことで機会損失が生じることは、どの業界でも避けないといけませんし、錆びる材料や鮮度が重要な食料品でなければ、余っても次回の注文で調整すればいいわけですし。

長島:

さらには、広告によって需要を供給側の都合に寄せていく技術もあるとありがたいですよね。一つの商品がバズりすぎても供給が追いつかなくなるから、隣の余っている商品の広告を増やして売り切りたい、みたいなことはよくあります。そこが調整できたら、メーカーも消費者も、みんなが幸せになれる(笑)。

これはマーケティングの一部ですが、製造側の状況がわかっていないと最適化はできません。そのためには、工場や物流との接続が重要になります。

金子:

確かにそうですね。ソフトバンクとして、どうお客さまの需要を読み解いて適切な商品やサービスを届けるかということは考えていましたが、提供側の都合も含めて最適化するということが必要なのだと思いました。

社会全体の最適化を目指す

金子:

先ほどの在庫の話とも通じますが、データを読み解くだけでなく、そのデータを可視化することで人の行動に働きかけることもこれから増えていくでしょう。

ソフトバンクは、パシフィックコンサルタンツさんと共同で「次世代交通調査サービス」を提供する予定です。ソフトバンクの基地局から得られる人流データは、たとえば商圏分析などに活用できます。

それだけでなく、特定のエリア、特定の時間帯に、どんな属性の人が何人いるか。これが見えれば、社会インフラをどういうふうに改善していくか、混雑をどう減らしていくかといった議論もできるようになります。

長島:

「行動誘導」は、間違いなく今後のキーワードになってくると思います。社会全体を見たときの最適化につなげるには、インセンティブをつけて行動を誘導する概念も必要です。

堀内:

何のためにデータを集めるのかというと、生活者を便利にするためです。人が多くて店が足りないところに店ができる、というのも便利の一つですね。さらに進んで、満員電車に乗らなくていい世界、テーマパークで待たなくていい世界みたいなことも考えられます。

そうやって誰もが少し先の情報を得られるようになり、今の不便を解消できるようになることが、データ解析の価値だと思います。

長島:

そうですね。製造業に限らず、働く人のメンタルヘルスをケアするには、通勤のストレスを避けられるに越したことはありません。健康のためにもう少し歩いた方がいい、夜勤は控えた方がいいといったアラートをAIが出してくれると、ヘルスケアも改善されます。

堀内:

そういった働き方改革の部分も、ビッグデータ解析による7割の予測が役に立つ領域ですね。精度や確率の向上と、全体最適。これから私たちの技術をどんな分野に生かせるのか、ヒントをいただけたように思います。

(編集:宇野浩志 構成:加藤学宏 撮影:林和也 デザイン:Seisakujo)