農家の「経験と勘」をデータで次世代につなぐ。農業IoT最前線 | 秋田県仙北市実証実験

2019年8月28日掲載

日本の農業における最も深刻な問題、それは高齢化と人手不足である。

農林水産省の統計によれば、過去9年で農業就業人口は65%に減少。平成30年時点での平均年齢が66.8歳と高齢化が著しいことから、今後も大幅な就業人口の減少が見込まれる。

農業就業人口の推移 出典:農林水産省

日本の農業の担い手はこのままいなくなるのか――。人手不足が深刻化していくなかで、現在一筋の光となっているのが、スマート農業化である。

これまで経験と勘によるところが大きかった農業にIoTを取り入れることで、生産性を向上させ、労働の負担を軽減し、そして収益化する仕組みができる。これらが、ひいては新規就農者の増加に繋がるのである。

秋田県仙北市は、市内の水稲農家にソフトバンクの農業向けIoTソリューション「e-kakashi」を試験導入した。本記事では、IoTの導入により農業がどのように変わっていったのか、現地の関係者への取材を通じて紹介していく。

目次

  • 日本の農業は高齢化に伴う人手不足が深刻化
  • 農業IoTによる労働生産性の向上と栽培ノウハウの伝承が求められる
  • IoTで取得したデータが農業に新たなノウハウをもたらす

人口減少都市・仙北市。ベテラン農家の経験と勘をIoTデータで継承

水深日本一の田沢湖、海外からも観光客が訪れる乳頭温泉郷。そして、春にはしだれ桜が咲き誇る角館町の武家屋敷――。

仙北市

秋田県随一の観光資源を有し、年間500万人以上の観光客が訪れるという秋田県仙北市だが、観光客で賑わう一方、市の人口減少は深刻な問題だという。

仙北市の地方創生・総合戦略室の明平英晃氏は市の現状について次のように語った。

「仙北市は少子高齢化どころか、高齢者すらも減少しはじめている自治体です。若者にとって魅力的な仕事がなく、地元を離れてしまいます。仙北市の重要な産業である農業を、若者にとって魅力的にしなければならない。市が農業IoT導入を推進しているのも、そのための取り組みの1つです」(明平氏)

仙北市は国家戦略特区(※)に指定されており、ドローンによる図書配送、農薬散布、自動運転などさまざまな取り組みが全国に先駆けて行われている。先端技術を市民のために活用するには――。そう考えたとき、仙北市の基幹産業のひとつである農業分野への適用に至ったという。

※地域や分野を限定し、規制・制度の緩和や税制面の優遇を行う制度

「農家の課題の1つとして後継者問題があります。後継者がいないことで、耕作放棄地が増加していくのに加え、これまで培ってきた農家の経験や勘がそこで途絶えてしまう。

農家の経験や勘をデータで残すことで、新規就農者でもデータを見れば農業をできるようになる。仙北市としてはそこを目指しています。

また、農業は重労働なので、若者がなかなかやりたがらない。IoTの力で作業負担を軽減することで、新たな雇用が生まれてほしいという思いもあります」(明平氏)

仙北市は農業IoT導入支援に本格的に取り組もうと、2019年4月にパートナー企業を公募。そこでソフトバンクの農業IoTソリューション「e-kakashi」が採択され、今回の実証実験に至った。

「すでに全国で実績があるという点と、なにより管理画面を見たときに分かりやすかった。仙北市の農家は高齢の方が多いので、分かりやすいというのはとても重要です。

また、ソフトバンクの『e-kakashi』のチームには農学系博士が2名もいて、ITだけではなく農業データを活用する知見があることも、決め手となりました」(明平氏)

農業IoTソリューション「e-kakashi」とは?

「e-kakashi」は田畑にセンサを設置し、取得した栽培・環境データをアプリの管理画面で見える化するソリューション。

取得したデータはわかりやすいGUI(グラフィカルユーザインターフェース)やグラフで表示される。さらに、データを蓄積すると、過去のデータをもとにAIから農作業に関するアドバイスを受けることもできる。

全国の多様な土地・作物のデータを取得し、そこにソフトバンクが有する農学や植物科学の知見を掛け合わせることで、これまで経験と勘に基づいていた農業に科学的アプローチが可能となる。

これにより、既存農家にはこれまで経験と勘ではたどり着けなかった気づきを、新規就農者には蓄積した農業のノウハウをそのまま提供することができるようになる。

データで変わる農業の未来 -農業IoT実証実験-

今回の仙北市農業IoT導入プログラムでは、仙北市の水稲農家2戸に「e-kakashi」を試験導入した。概要は以下の通り。

育苗ハウスへのIoT機器設置

育苗ハウスの温湿度管理のため、2戸の農業事業者に対し、IoT機器を設置し、あらかじめ設定した温度(上限・下限)に達した場合、タブレットに通知するしくみとした。

計測項目:「温度」「湿度」「日射照度」「地温」「水温」

圃場(ほじょう)へのIoT機器設置

圃場の水位・水温管理のため、1戸の農業事業者あたり、1ヘクタール(10,000㎡)ごとに機器を2ヵ所、2ヘクタールを対象とし合計4ヵ所にIoT機器を設置し、あらかじめ設定した水位・水温(上限・下限)に達した場合、タブレットに通知するしくみとした。

計測項目:「水位」「水温」「温度」「湿度」「日射照度」「地温」「土壌体積含水率」

近年、仙北市では複数の農家がパートナーシップを組み、法人化して事業を運営する流れにあるという。今回試験導入をした農業組合法人・生保内南もそのうちの1つ。

代表理事を務める荒木田氏は、これまでの農業のやり方を変えていく必要があると語る。

「うちの法人で作付をしているのが約90ヘクタール。そのうちの63ヘクタールが水稲です。組合員は6名(うちパート2名)と農業法人としては割と大きな方だと思いますが、高齢化も進んでおり、この人数で回すのは正直とても大変です。

1人当たり20ヘクタールほどの田んぼを見なくてはならないと考えると、温度チェックなどの間接的な管理の仕事を減らさないと、直接田んぼに手を加えるような仕事ができなくなってしまう。育苗ハウスにしても、以前はハウスの中に温度計を設置して、それを直接見に行ってました。

それが、(e-kakashiのアプリを使うと)データを更新するだけで、すぐに現在の温度が把握できるようになったわけです」(荒木田氏)

人の手が行うべき作業とIoTに任せられる作業――。水稲栽培においては、代掻きや田植えなどはまだ農家ごとのノウハウによるところが多く、IoTに任せきりにはできないという。

一方で、温度管理などの業務はその限りではない。限りある人材リソースの有効活用を考えれば、IoTに任せることで生産性の向上につながる。

また、正確なデータを計測できるようになったことで、新たな気付きも得られたという。

「これまでの農業は『こぶしの花が咲けば種まき桜だ』なんて言い伝えがあったり、駒ケ岳の雪型で田植えの時期を判断したり。でも、それでは新規就農者にはなかなか伝わりません。やはり、今後はデータを蓄積して、説得力のある数字を持って説明していかなくてはいけないでしょう。

これまでもさまざまな統計データは出ていますが、ピンポイントで私たちの田畑の場所ではどうなのかはわかりませんでした。私たちの田畑があるのは標高約200m。統計データを計測している場所とこれだけ高低差があると、同じエリア内でも作物の出来はまったく違います。

これまで計測していなかった、地温・水温も新しい発見でした。これまで気温を基準に警報が出ていたりしたけど、実際の地温・水温がどうなのかが大事なので。

仙北市には栽培暦という年間の農作業工程の目安があるのですが、おそらく地温・水温までは測っていなかったでしょう。これからもっと、数値やデータ・科学的分析に基づいた指導書ができあがってくるのだと思います」(荒木田氏)

最後に荒木田氏はIoTによる農業の変革について、次のように期待を寄せた。

「これからの農業はIoTを駆使していかなければできない。お金なのか、やりがいなのか、農業をする喜びは一人一人違うけれど、昔と同じような働き方をしたくて農業に飛び込んでくるという若者はいないでしょう。

どうすれば、若者にとって農業が魅力的になるのか。私たち先人は、後から来る若者のことを考えていかなくてはなりません。

農業をやりながら、わくわくできたり、モチベーションが上がるようなことに取り組みたい。今が、これまでの農業のやり方を変えていくチャンスなのだと思います」(荒木田氏)

後記

日本の農業にIoTの力で変革を――。ビジョン実現のためには、IoT事業者と農家、そしてその土地の指導的な立場にある組合や自治体による三位一体の体制が不可欠となる。

そのためにIoT事業者ができること。それは一方的にIoTの利便性を説くだけでなく、その土地で長く培われたノウハウに耳を傾け、科学的アプローチとの調和を図ることである。

荒木田氏へのインタビューには農業IoTに関わる研究で博士号を取得しているソフトバンク・戸上氏(学術博士)が同行し、出穂までの積算温度と実際の生育状況が戸上氏の知見とおおよそ一致していることから、出穂時期の予測にデータが活用できることに、戸上氏と荒木田氏が共感しあう場面があった。

IoT、農学、そしてその土地で働く人々の声。これらをひとつなぎにすることで、農業改革はその最初の一歩を踏み出す。

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