Future Stride

リアルで再現できない経験を、技を、仮想現実で継承する

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VR元年と言われた2016年からすでに3年。VRは家庭用ゲーム機やアミューズメント施設など、エンターテインメントでの利用を中心に普及してきたが、ここへ来てビジネスシーンでも徐々に存在感を高めている。

なかでも、早い段階からVRを活用しているのが、JR東日本である。電車の修理やメンテナンスを行う東京総合車両センターに導入されたのは、社員の安全意識向上を目的とした研修用VR。コンテンツの制作や運用方法の提案を行ったのは、ソフトバンクだ。

今回は、VRビジネスソリューションを手掛けるソフトバンクの小沢元氏、VRを現場で活用するJR東日本の岩原照実氏、そして、VRの更なる可能性を探る研究者の玉城絵美氏が、ビジネスにおけるVRの可能性を語り合った。

■本記事はNewsPicks Brand Designの制作のもと、2019年01月30日にNewsPicks上に掲載されたものです。

※記事中の写真では、撮影のため特別な許可を得てヘルメットを外しています。

VRでしか感じられない現場のリアリティ

H2L創業者
早稲田大学准教授
玉城絵美
博士、JSTさきがけ研究員、早稲田大学准教授。VRとAR内で触感や身体感覚を伝達するボディシェアリングを研究。2011年、コンピュータが手の動作を制御する装置「PossessedHand」を発表。CNNやABCで報道され、米『Times』誌が選ぶ50の発明に選出される。装置の普及を目指して2012年にH2L,Inc.を創業。2015年、筋肉の動きでVRゲーム内の手指を操作し、触感を再現するデバイス「UnlimitedHand」を発表した。
ソフトバンク
法人マーケティング本部
小沢 元
2007年、電子書籍の企画職としてソフトバンクに中途入社。2008年、iPhoneで産経新聞の紙面が全て読める無料アプリの企画を担当。2013年より新規事業部門で Google Glass 等のARサービスの企画開発を担当し、ARグラスやスマートウォッチを使ったウエアラブルナビゲーションサービスなどに携わる。2016年よりVRの法人向けソリューションの導入推進を担当。現在5Gを視野に入れたVR・ARサービスの検討も進めている。
JR東日本 東京支社 東京総合車両センター
総務科 科長
岩原照実
1977年、日本国有鉄道入職。1987年JR東日本入社。大井工場に配属。1999年、本社運輸車両部副課長。2004年、東京支社運輸車両部企画課グループリーダーを経て、2011年より現職。

- 鼎談に先だって、JR東日本が安全教育に使用しているVRコンテンツを視聴してもらいました。内容は、起こってはならない鉄道労災の代表格である「電車との触車」と「高所作業からの墜落」。加えて、工場内で多い「フォークリフトとの衝突」です。玉城さんは、どのように感じましたか。

玉城:

VRは、ただ危険な状況を映像で見せるだけではなく、一人称視点で頭を動かします。これは、インタラクションがある状態。自分で動いて、それに対する刺激が返ってくることで、身体所有感や主体感が生まれ、没入感が高まります。

この状態での体験は現実に近い体験が得られるので、なぜ安全確認をしないといけないのか、なぜ危ないのかを早い段階で理解できると思います。

今回のコンテンツで特に印象深かったのは、「音」です。触車や転落する時、ボトッという生々しい音がしました。これがとても効果的に働いて、VRをよりリアルに感じさせています。

実は、やったふりでVRを作ってしまうと現実感が薄くなり、かえって安全を軽視しかねません。細部まで作り込まれていることは、非常に重要です。ただ、実際にカメラを落下させて撮影したように見えたので、カメラが大丈夫だったのかが心配ですね(笑)。

小沢:

お褒めいただいてありがとうございます。ソフトバンクは2年ほど前から法人のお客さまに向けVRソリューションを提供しており、最初の導入がJR東日本様でした。「従来の安全研修はリアリティに欠けているのが課題。さまざまな研修用のコンテンツを制作しても、危険な事故が発生する状況を自分ごととして伝えることは難しい。従業員により真剣な姿勢で取り組んでもらう手法はないか」という相談から始まったのです。

玉城さんのコメントにもあった「リアルなVR」を実現するための制作にはこだわりました。

VRを使うことで従業員にどういう体験をしてほしいか、実際に起こりうる可能性がある重大事故にはどういったものがあるかなどのヒアリングを実施して、そこで出た要望をもとに撮影方法を工夫しながらコンテンツを制作しました。

その後は、どのようなハードや使い方で安全研修に取り入れるかの話し合いです。最終的に、ヘッドマウントディスプレーとスマートフォンを利用して、個別で視聴する現在の運用方法にたどり着きました。

岩原:

以前から安全研修は実施していましたが、どうしても机上の研修が中心になりがちで、実際に見たり、体験したりする安全指導は限られていました。

一方、日常の現場では安全への取り組みが徹底しているので、触車のような重大事故は発生しません。発生しない重大事故の恐ろしさをどう伝えればいいのか、という課題があったのです。

そこでまず、3年前に「安全体感道場」を設立して、できるだけ見たり触ったりする機会を増やすことから始めました。ただ、「安全体感道場」には、鉄道固有の重大事故である触車や墜落に関する設備はありませんでした。これらの重大事故をいかに自分ごととして社員に感じさせるかを悩んでいました。

なにか良いアイデアがないかとソフトバンクさんに相談したところ、VRを提案してもらい、試し撮りをしたら触車や転落の危険性がかなりリアルに表現できたので、導入に踏み切ったという経緯です。

現在、月に1時間は必ず安全教育を行っており、そこでVRを活用しています。ヘッドセットはコンパクトなので使う場所を選びません。作業の合間など時間があるときに使えるので、実施するタイミングは各部署に任せています。

現在、東京総合車両センターで働く従業員はグループ会社も含め約1200人いますが、ほぼ1年で1000人くらいがVRでの安全研修を体験しました。ほかにも、JR他社さんや鉄道業界関係者が視察にいらしてますね。

小沢:

昔は「身をもって危険を学べ」みたいなこともいわれましたが、今の時代には合わない。それでも、身の回りの危険がなくなったわけではありません。ケガをせずに危険を知ってもらう。これは、企業にとっては切実なニーズです。

マニュアル化できない経験を積む

- ソフトバンクがビジネス向けVRソリューションを提供し始めて2年。反響はいかがですか。

小沢:

今は年間で150件ほどの引き合いをいただくようになりました。多くは従業員1万人を超える大手企業様。テーマとして多いのは2種類。ひとつは、「安全な危険体験」、もうひとつは「希少事例の再現」です。

「安全な危険体験」は、まさにJR東日本様が導入したようなVRソリューションです。実際に危険な体験をすることはできないが、危険を体感してほしいという需要。2018年4月からは、JR西日本様でも導入されています。

鉄道業界以外では、高所作業が発生する業界などで、作業者に転落防止を伝達するツールとしても使われていますね。

「希少事例の再現」は、スカイマーク様と共同で取り組んだ事例があります。スカイマーク様は、羽田・新千歳空港間を運航しています。冬の北海道では雪が降るので機体の除雪作業が発生します。

新千歳空港の整備士は除雪作業に慣れていますが、東京や関西地域の空港で働く整備士の中には除雪経験がなく、まれに降る雪が積もると、気をつけなければならない機体箇所に液体の除雪材をかけてしまうリスクがあるそうです。

天候の再現は難しいので、機体に雪が積もった状態をVRで再現し、降雪の少ない地域の整備士に仮想空間で研修する可能性を一緒に探ってきました。

- 「危険事例」や「希少事例」をマニュアル化している企業は多いと思います。テキストではなく、VRを使用するメリットはどこにあるのでしょうか。

玉城:

マニュアルは基本的に言語で情報を伝達するもの。ただ、言語による情報伝達には限界があると感じています。

なぜかというと、言語とは基本的に、日常生活を表現するもの。それに対して、現場の作業は非日常です。その事例が希少であるほど、言葉でイメージを喚起することが難しい。つまり、珍しい事象や事故を防ぐために言語情報で注意を促すことには、そもそも無理があるんです。

VRの始まりはフライトシミュレーションだと言われています。飛行機の操縦という非日常のなかで、実際にはほとんど起こらない事故や事象を再現していました。理解させるのではなく、体験させることがVRの強みなのです。

岩原:

体験という意味では、VRを使ってベテランの経験を若手に継承する可能性も感じています。

例えば、電車の屋根にスパナを忘れた場合、走行中に落下して踏切が開くのを待っているお客さまを直撃する可能性があります。ベテランはちょっとした気の緩みがどういった不測の事態を引き起こすのかを想像できる。それは、大事に至らなかったとしても、ヒヤリとした経験があるからです。だから若手には厳しく注意をするし、実際に起きた不慮の事態を伝えています。

当センターでは、ベテラン世代の大量退職が始まっており、これから5年ほどで約3割が入れ替わります。そうやって社員が急激に入れ替わると、これまで伝わってきたことが途切れる恐れがある。そうならないように、伝えるべきことをVRでしっかり記録していきたいと思います。

玉城:

新人がベテランから教わることには、ノンバーバルコミュニケーションによるものがかなり大きい。そういった意味で、これからの一斉退職とそれに代わる新人の一斉採用は、技術力や品質の低下につながりかねません。ベテランが一気にいなくなる前にVRシステムを導入できたのは幸運だと思います。

私は大学で教鞭を執っていますが、どんな会社で働きたいかを尋ねると「しっかりした研修が行われること」を挙げる学生が多いです。人手不足の折、企業は働き手に選んでもらう立場になります。そのとき、VRを使った研修や技術の継承を行っていることは安心につながり、強みになるのではないでしょうか。

小沢:

それに、ベテランだからといって、教え方がうまいとは限りません。これまではベテランの勘に頼っていた部分を、ノウハウとして伝達可能な形にすることが重要です。昔はそれが、どの店でも同じサービスが受けられるファストフードのマニュアルだったのかもしれませんが、今後はVRが有力なツールになるはずです。

特に職人の世界では、厳しい徒弟制度への抵抗もあって、若い人は飛び込むのにちゅうちょしてしまう。理不尽に怒られず、VRで場数を踏みスキルアップできるとすれば、若者には魅力的なのではないでしょうか。

VRに身体感覚を持ち込めるか?

- 技術の継承に関しては、身体感覚も重要ですよね。玉城さんは手指の動きによってVRをコントロールしたり、VRから手にフィードバックを受けて触感を得たりする技術を研究されています。

玉城:

私の研究テーマは、「Body Sharing」。日本語にすると「身体の体験共有」です。「PossessedHand」というプロダクトは腕につけたベルトから筋肉に電気刺激を送ることで、コンピュータで指示した通りに手や指を動かすことができます。

また、「UnlimitedHand」は手指の動きでVRの世界をコントロールできるほか、腕がどの程度曲がったかを感じる「位置覚」と、何かを押したときに感じる「抵抗覚」、重さを感じる「重量覚」という3つの「固有覚」の入出力を行えます。

小沢:

我々も、こういう新しい技術を応用してVRを進化させる必要があると考えています。お客さまにVRを説明するときに「映像を体験に変える」という表現を使うことが多いのですが、本来は映像を体験に変える前に「体感」が必要です。体感できることで、初めて知識と感覚がひも付き、ノウハウや形式が身につくのだと思います。

どんな仕事でも技術を得るには場数が必要です。それには、当然時間がかかる。これまで、5年、10年かかっていた技術の習得をVRで短縮するのが、私たちの目標であり企業様の望みでもあります。

それを実現させるためには、今のVR技術を進化させて、よりリアリティを感じてもらうことが必要になるでしょう。

玉城:

私は、外界と作用する重要なインターフェースである手に着目して「体感」を再現しようとしています。

研究者として技術公開も行っていますが、現場に導入して、フィットさせていくのは本当に難しい。ソフトバンクさんやJR東日本さんのように、実際の現場で利用されている事例はとても参考になります。

少子高齢化が進むこれからの時代に、技術やノウハウの継承というニーズがあるのはおっしゃる通りで、これまで受け継いできた非言語情報を継承するためには、5年後10年後といった話ではなく、すぐにでも導入を進めないといけませんね。

小沢:

次世代通信規格である「5G」は、VRの普及を促進するでしょう。5Gの特長のひとつは、低遅延。それを生かした身体共有などの技術が実現すれば、手術のような繊細な手作業でも遠隔地に伝えられます。

VRの技術にはまだまだイノベーションの余地がありますから、ビジネスや社会課題を解決するソリューションとして、可能性を広げていきたいです。

(編集:宇野浩志 執筆:笹林 司 撮影:小島マサヒロ デザイン:星野美緒)

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