ソブリンクラウドとは?必要性と展望: デジタル主権時代の基礎知識
2025年6月30日掲載
近年、デジタル技術の発展とともに、「ソブリン(Sovereign)」という概念がクラウドコンピューティングやAIデータセンターの分野で注目されています。
こうした背景から、「ソブリンクラウド」や「ソブリンデータセンター」といった取り組みが各国で進んでいます。本記事では、その基盤となる「データ主権」「システム主権」「運用主権」「技術主権」の4つの視点から、ソブリンクラウドの必要性を分かりやすく解説します。
あわせて、日本および海外における政策や規制の動向もご紹介します。ソブリンクラウドを取り巻く現状を正しく理解し、今後の方向性を考える手がかりとして、ぜひご一読ください。
記事執筆者のご紹介
1. ソブリンクラウドとは? デジタル時代に求められる主権の考え方
まず、ソブリン(Sovereign)とは、主権や独立性を意味する言葉です。国家が独自に統治する権利を持つように、デジタル領域でもクラウドやデータセンターの運用に関する主権が求められるようになりました。そのような中でよく聞くようになったのが、ソブリンクラウドやソブリンデータセンターという概念です。
ソブリンクラウドとは、各国の法律や規制に準拠し、データ主権を確保することを目的としたクラウドサービスのこと で、以下の主権が重要視されています。
データ主権
(Data Sovereignty)
システム主権
(System Sovereignty)
運用主権
(Operational Sovereignty)
技術主権
(Technology Sovereignty)
これらの主権を確保することで、企業や政府機関はより安全かつ柔軟なデジタル基盤を維持できるようになります。
2. データ主権とは? 各国が規制を強化する理由
データ主権とは、個人や企業、政府が管理するデータが他国の法律や規制の影響を受けないようにするための取り組み を指します。例えば、海外では法律によってクラウド上に保存されたデータにアクセスされてしまうリスクがあるため、各国はデータの保管・処理方法を厳格化しています。
例
日本の取り組み
海外の取り組み
また、金融や医療といった機密性の高いデータについては、国内に保管することが推奨される動きもあります。
・EU:
「GDPR(一般データ保護規則)」により、EU域内の個人データを海外に持ち出す際の規制を厳格化。
・米国:
「CLOUD Act(Clarifying Lawful Overseas Use of Data Act)」により、米国企業が管理するデータが海外にあっても米国政府がアクセスできる可能性がある。
・中国:
「サイバーセキュリティ法」「データセキュリティ法」により、国内で収集したデータを原則として中国国内で保存することを義務化。
https://www.digital.go.jp/policies/dfft
このように、各国がデータの保管・移転について厳格なルールを設けることで、データ主権を守る動きが加速しています。
3. システム主権とは? デジタル基盤の独立性を確保するために
システム主権とは、クラウドやITシステムの重要な部分を国内で開発・維持し、海外企業への依存を減らすこと を意味します。特に、基幹業務システムや政府のデジタルインフラが海外企業のサービスに依存しすぎると、セキュリティや運用面でリスクが発生します。システム主権を確立することで、企業や政府は長期的にデジタルインフラの独立性を確保し、経済安全保障のリスクを低減できると考えられています。
例
日本の取り組み
海外の取り組み
・フランス:
GAIA-X(ガイアエックス)というEU独自のクラウド規格が進行中。
・ドイツ:
SAPが「データ主権に基づくクラウド」を開発し、政府機関向けサービスを提供。
・中国:
国内クラウド市場を独自に発展させ、海外クラウドの影響を最小限に抑える政策を推進。
※2 参考
経済産業省「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて電子計算機(入出力装置を含む。)を他人の情報処理の用に供するシステムに用いるプログラムに係る安定供給確保を図るための取組方針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/cloud/cloud.pdf
内閣官房 内閣サイバーセキュリティセンター「政府機関等の対策基準策定のためのガイドライン」
https://www.nisc.go.jp/pdf/policy/general/guider6.pdf
4. 運用主権とは? システム管理の独立性を確保するには
運用主権とは、クラウドやデータセンターの管理・運用を国内で完結できるようにすること を指します。現在、主要なクラウドプロバイダー(AWS、Google Cloud、Azure、Oracleなど)は米国企業であり、これらのサービスに依存すると、米国の法律や規制に影響を受ける可能性があります。運用主権を確保することで、企業や政府はシステム障害やデータ漏洩のリスクを低減し、より柔軟な運用が可能になります。
例
日本の取り組み
海外の取り組み
また、国内クラウドプロバイダーの育成や、データセンターの国内設置を推奨する動きも加速しています。
・フランス:
OVH cloudなどのヨーロッパ系クラウド企業が成長し、GAIA-XというEU独自のクラウド規格が進行中。
・ドイツ:
SAPが「データ主権に基づくクラウド」を開発し、政府機関向けサービスを提供。
・中国:
BAT(Baidu, Alibaba, Tencent)が国内クラウド市場を独占し、海外クラウドの影響を最小限に抑える。
5. 技術主権とは?技術の自立性を確保する新たな視点
技術主権とは、国家や企業が基盤技術や研究開発体制、人材の確保において他国や外資系ベンダーに依存せず、長期的かつ自律的にIT基盤を維持・発展させる力を持つこと を指します。 技術主権を確立することで、外部の技術的制約やライセンスリスクに左右されない柔軟な技術戦略が可能になり、経済安全保障上の優位性を保つことができます。
技術主権を構成する4つの要素
技術主権を実現するためには、次のような構成要素が必要とされます。
①クラウド・OS・ミドルウェアなどのコア技術の掌握
仮想化、コンテナ、ネットワーク制御といった基盤技術の自国内製化やライセンス管理権の確保。
②高度IT人材の育成・確保
セキュリティ、AI、クラウドネイティブ技術に精通したエンジニアを国内で継続的に育て、維持する仕組み。
海外技術に過度に依存せず、自国でも開発・改良できる体制。
単年度では終わらない国家レベルでの研究資金や補助金。長期視点の技術支援。
例えば、クラウド基盤において仮想化技術やストレージ制御が特定の外資ベンダーに依存している場合、機能追加のタイミングやセキュリティ対応の柔軟性は大きく制約されます。災害・有事・制裁といったリスクに備える意味でも、独立性の高い基盤技術の確保が重要です。
例
日本の取り組み
海外の取り組み
日本では、技術主権の確保を経済安全保障の核心と位置付け、以下のような取り組みが進められています。
・先端半導体の国内生産支援
国家予算を投入し、先端ロジック半導体の製造拠点を国内に整備。
・国産AI基盤の開発支援
メガクラウドに依存しない大規模言語モデルやデータセンター整備の促進。
・経済安全保障推進法の整備
重要インフラにおける事前審査制度や、技術保護の枠組み構築。※3
・EU:
GAIA-Xと呼ばれる欧州独自のクラウド規格を打ち出し、加えて、AI規制法案(AI Act)ではリスクベースの規制を導入し、「倫理的かつ信頼できるAI」の実現を目指しています。OSS(オープンソースソフトウェア)への支援も進められており、技術的な透明性と欧州域内での主権確保を両立させる政策が進行中。
・中国 :
中国製造2025を掲げて、半導体・AI・ロボティクスなどの戦略分野で全面的な国産化を進めています。また、サイバーセキュリティ法やデータセキュリティ法により、国外へのデータ移転を制限し、国内保存を義務化。こうした法制度は、国家安全保障を最優先とする姿勢の表れであり、情報統制の強化を軸にした技術主権戦略が取られています。
※3 参考
内閣府 「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律(経済安全保障推進法)」
https://www.cao.go.jp/keizai_anzen_hosho/suishinhou/suishinhou.html
経済産業省 「経済安全保障推進法に基づく認定供給確保計画一覧」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/nintei.pdf
内閣府 「経済安全保障重要技術育成プログラム」
https://www8.cao.go.jp/cstp/anzen_anshin/kprogram.html
【参考】運用主権とシステム主権の考え方と違い
◆運用主権
運用主権とは、システムやデータの運用・管理において、誰がコントロール権を持っているかを示す概念 です。具体的には、以下のような要素が運用主権に含まれます。
- 運用拠点(国内か国外か)
- 障害発生時や緊急時の対応体制
- 運用チームの所在(自社/委託先)
- 運用ルールの策定・変更権限
- システム停止や保守のタイミングに関する決定権
例えば、海外ベンダーが提供するクラウドを利用している場合、障害対応や復旧プロセスが国外の体制に依存し、日本側が迅速に介入できないリスクがあります。これが「運用主権を持っていない状態」の一例です。
◆システム主権
システム主権とは、ITシステムの設計・構築・拡張・保守に関して、どの組織が主導権を持っているか を指します。特に、基幹業務システムなどの重要システムについて以下のような観点で主権が問われます。
- ソフトウェアやアーキテクチャの選定自由度
- カスタマイズ、拡張の可否と主体
- システム更新、保守のサイクルと主体
- 海外製ソフトウェアに依存しない選択肢の有無
システム主権が損なわれると、例えば海外ベンダーの仕様変更やライフサイクル戦略に日本側が追随せざるを得なくなり、独自の業務要件や政策方針に沿った柔軟な運用が難しくなります。
◆ 運用主権とシステム主権の関係
運用主権とシステム主権は密接に関連していますが、完全に同一ではありません。
- 運用主権は「日々の運用・維持」における主権
- システム主権は「仕組みそのもの」に対する主権
例えば、あるシステムが国内に設置され、日本企業が運用している場合、運用主権は国内にありますが、そのシステムが海外製のソフトウェアで構築されており、保守や更新が海外ベンダー頼みであれば、システム主権は失われている可能性があります。逆に、日本国内の企業が独自にシステムを開発し、設計・更新も自社で行っている場合は、システム主権と運用主権の両方を確保している状態といえます。
6. まとめ:日本におけるソブリンクラウドの展望
データ主権、システム主権、運用主権、技術主権の4つの側面を考慮すると、日本においてもソブリンクラウドやソブリンデータセンターの確立が急務であることが分かります。今後、日本がどのように国産クラウドやデータセンターの強化を進めていくのか、注目が集まります。
信頼できるデジタル基盤を構築するために、今こそ日本は「ソブリン」の視点を強く持つべき時代に突入していると言えるでしょう。
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