“熱意ある挑戦”―ブラザー工業が拓く共創
2026年5月15日掲載
ミシンやプリンターで広く知られるブラザー工業株式会社。その成長の裏には、社内外の「知」をつなぎながら新規事業を育ててきた挑戦の歴史があります。今回は、執行役員の安井邦博氏が出演し、シリコンバレーでの原体験からオープンイノベーションを根づかせてきた歩み、そして挑戦を支える“熱意”について語りました。この記事では、FMAICHIで2026年2月11日(水)に放送された「TOKAIリーダーズ・コンパス」におけるインタビューをもとに、彼らがどのように“共創から読み解いた挑戦”へ取り組んでいるのか。そのリアルなストーリーをお届けします。
TOKAIリーダーズ・コンパス
FM AICHIで放送中(2026年5月現在)の『TOKAIリーダーズ・コンパス』はソフトバンクが提供するラジオ番組です。日本のモノづくりの中心地である愛知県・東海エリアで「イノベーションに挑む企業」のキーパーソンに、挑戦へのストーリーをうかがっています。
放送局:FM AICHI(株式会社エフエム愛知 名古屋 FM80.7MHz / 豊橋 81.3MHz)
放送時間:毎週水曜 20:00~20:30
出演者紹介
シリコンバレーが開いた原点
大野:FMAICHIをお聴きの皆さん、こんばんは。大野泰敬です。
渡邊:FMAICHIパーソナリティ、渡邊晶子です。さて、本日お話をうかがいますのは、ブラザー工業株式会社 執行役員の安井邦博さんにお越しいただいております。本日はよろしくお願いいたします。
安井:よろしくお願いいたします。
大野:プロフィールを拝見しましたが、日本の中ではオープンイノベーションですとかスタートアップといった文脈において、かなり初期の頃から意識されているのではないかと思います。1997年のシリコンバレーの滞在というのは、やはりご自身の人生の中で結構大きかったのでしょうか。
安井:はい、大きかったですね。約2年間行かせていただいたのですが、いわゆるベンチャー企業、今で言うスタートアップの会合に参加していました。そういう取り組みの中で、ベンチャーキャピタルという業態があるのを知りました。要はベンチャー企業に出資することを生業にしている、お金を集めて出資する団体があるのですが、ベンチャーキャピタルとベンチャー企業のこのダイナミズムのようなものを、中央研究所のないブラザー工業で新規事業を立ち上げるときに活用できるのではないかというのを感じた場でもありました。
大野:97年に、シリコンバレーでは大手企業の人とスタートアップの人が上手く出会える場所作りだとか、そこに対して資金を投じてくれるというエコシステムがもう出来上がっていたのですね。
安井:もう完全に出来上がっていました。ベンチャー企業が集まるカンファレンスに参加すると、ベンチャーキャピタルに向けて、お金を出していただける所に売り込みをするんです。今、日本でもよく行われていますが、アメリカではもう90年代後半には盛んに行われていて、そういうものにすごく刺激を受けましたね。ドットコム・バブルが2000年に弾けるのですが、その前ですので、本当に盛り上がっている最中で、どんどんアパートの家賃が高くなっていくというようなときに滞在することができ、非常に良い時期にシリコンバレーに行けたなと思っています。
大野:その当時、日本のビジネス界隈でスタートアップとかシリコンバレーに関する情報って、メディアも含めて出ていたのですか。
安井:あまり出ていませんでした。私は、96年に日経新聞の一面で、シリコンバレーの日本人のベンチャー企業の社長さんの記事を見て、シリコンバレーってどんな所なのだろうと思って、96年の夏休みにプライベートでシリコンバレーに行こうと高校時代の友人と約束をしました。1週間ぐらい行ったのですが、それがシリコンバレーを知るきっかけでした。
大野:へえー。
安井:当時は地図を広げてシリコンバレーってどこにあるのか探したのですが、地域の名前なので載っていないんですよね。
渡邊:確かにそうですね。
安井:そういうことをしながら、ブラザー工業のOGの方を辿ったりとか、当時はやっとファックスでの仕事からPCが一人一人に与えられてメールを使えるようになったので、シリコンバレーの日本人社長の方に「こういう者ですが、夏に行くので会っていただけますか」とメールを送ったりました。そういう人ほど「来てください」という感じで、お会いすることができました。
当時はネットスケープ(Netscape)という一世を風靡したWebブラウザの会社があって、そういう所を見に行ったりとか、そのOGの方の車で色々な所へ案内していただいたりしました。一緒に行った友人とホテルに戻って「シリコンバレー、すごいね」と話したのを覚えています。プライベートで行ったのですが、レポートにまとめて当時の上司に提出したら、その上司が懇意にしているコンサルタントが独立をしてシリコンバレーに行くので、「ブラザーさんから一人面倒見てもいいよ」と言われまして。「そういえば安井君、レポート書いていたね。行きたい?」と言われて「行かせてください」となりました。
渡邊:では、そのプライベートのシリコンバレー訪問がなかったら、行かなかったということですよね。
安井:本当にラッキーだったなと思います。
大野:それで、シリコンバレーから戻られて、2006年にコーポレート・ベンチャー・キャピタル(以下:CVC)を立ち上げられた。その当時、まだベンチャーキャピタルという言葉が一般的ではないときに、伝統的で歴史のある会社でそういったものを立ち上げるのは、すんなりと理解してもらえたのですか。
安井:やはりなかなか時間がかかりました。2006年1月1日に立ち上げたのですが、2002年か2003年ぐらいからプロジェクトリーダーとして新規事業の立ち上げをやりつつ、隙間時間のようなもので当時の日本のベンチャーキャピタルを訪問して、「情報提供をいただけないでしょうか」とお願いしました。4社ぐらい回って、4社目で非常に好意的に色々な情報を出していただけるベンチャーキャピタルがいらっしゃいまして、そこから委任組合を組んでスタートしました。当時は副社長に「こういうことをやらせていただきたい」と出張レポートを出していたのですが、今では色々な会社が実施するCVCを、会社の方で認めていただいたときにはすごくうれしかったですね。
大野:それから約20年にわたってオープンイノベーションを推進されてきたと思うのですが、今は会社の方も色々変わってきて、スローガンでも新規事業やイノベーションを推進していこうという、会社を挙げての風土が高まってきたという感じですか。
安井:はい。「挑む未来へ、大胆に」というもので、中期経営計画の新しいテーマなのですが、新規事業も成長事業というものに位置づけていただくことができました。そういう意味では、以前と比べるとずっとやりやすいといいますか、話がしやすい環境になっているなと感謝しています。
大野:あとは、ブラザー工業という会社自体が昔から新しいものに挑戦しようという、それを許容していくような文化があったのではないかと感じたのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
安井:おっしゃる通りです。今は大体会社の売上の60%ぐらいがプリンティング事業なのですが、そのスタートは1971年に出したドットプリンターというものです。そのドットプリンターのエンジンというのが、当時のアメリカのベンチャー企業とも言える、8人ぐらいしかいないセントロニクスという会社のドットプリンターのプリントヘッドを、NDAを結んで共同開発したのがスタートです。そういう意味では当時から外部の技術を導入して新しい事業を立ち上げるということをやった会社でもあります。
渡邊:それまではやはり、ミシンの会社というイメージが本当に強かったと思うのですが。
安井:ミシンが全盛で、タイプライターというのが当時売り上げが上がってきていました。タイプライターって活字をパチパチ打つので、すごく印字が綺麗なんですよ。ドットプリンターって今の銀行通帳のジジジジッという、あの技術なので「何でこんな粗末なビジネスをやりたいんだ」ということで、共同開発のお金を出していただけなくて、3回の経営会議にかけて3回目でやっと出していただいたという逸話が残っています。でもそのチャレンジがなければ、今の8,000億のうち6,000億ぐらいのビジネスが生まれなかったかもしれません。その後、色々なエンジンを外部から取り入れて自分たちのものにして大きくしてきた、その先人の努力があって今まできています。そういうチャレンジ精神というのは昔からある会社なのかなとは思います。
新規事業を支える熱意の軸
大野:新規事業の組織を作っていかれるということで、その中の一つで課題としてあるのが、撤退基準だとか、どういう方向性で判断基準するのか、結構悩まれている方が多いのではないかと。安井さんはそのあたりはどうされていますか。
安井:撤退基準はすごく大事だと思っていて、ある程度しっかり決めなければいけないと思うのですが。新規事業って本当に道がない所を自分で切り拓いていく部分なので、もちろんお客さまに色々お聞きしたりして進めていくのですが、役員だからとか部長だから正しいのではなく、やはり進めている人が一番詳しいと思っています。私は、その起案者や進めている方の熱意がなくなったときが、撤退するときといえるのかなと思っています。そういうのはすごく大事にしているつもりです。
渡邊:数字には出てこない所の基準ですね。
大野:その「熱意が潰えたとき」という判断基準はすごく良い気がします。私も以前ある上場企業で新規事業の責任者をしていたとき、そのうちの一つの事業がまさに撤退するかしないかのところでした。その担当者が「どうしても最後までやらせてほしい。あと3カ月で駄目だったらもうやめます」と言ったのですね。なので社長に対して「あと3カ月、やらせてあげてください」と言って、結果どうなったかというと、MBOして上場しました、その会社。
安井:すごいですね。
大野:事業計画の数字だけ見てやめさせることは簡単ですが、その熱意という軸というのは今お話を聞いていてすごく腑に落ちました。
渡邊:発案者側で頑張っている方もリスナーの中にはいらっしゃるかなと思うのですが、どうやったら「この人はすごい熱意を持ってこのプロジェクトに取り組んでいるのだな」と評価してもらえるのでしょうか。
安井:そうですね、話をしないとやはり分からないと思いますし、判断をする方、トップの方との対話の場を作るというのが大事かなと思いますね。
渡邊:どれぐらい熱量を持っているかというのは、その人の言葉で「今こういうデータがあって、こういうことを考えていて」と出てくるということですね。
安井:はい、そうだと思います。
大野:そういう熱い思いのある方って、どの方向から質問したり指摘したりしても、返ってきますよね。
安井:そうなんです。やはり常に考えているので、どんな質問をされてもちゃんと受け答えができるということはあるのではないかと思います。
大野:熱意という軸、すごく重要なポイントだなと感じました。ブラザー工業さんでもどんどん新しいものが出てきているということですが。
安井:はい、今はスポットクーラーの事業とiPad のアプリの事業の2つが売り上げが順調に伸びていまして、そこに力を入れつつも、事業化していないテーマについても検討は続けていますし、新しいテーマの創出に向けて議論したりしているところも続けています。
社内外をつなぐ共創の仕組み
大野:その過程の中で、このオープンイノベーションのプラットフォームというのも自社で作られているそうですね。ほかの企業と比べると珍しいかなと思うのは、スタートアップとマッチングするというものを運営する事務局が、そもそも会社の中にある。これはかなり珍しいですよね?
安井:珍しい方だと思います。
大野:これはやはり、シリコンバレーでの経験のもと、自社の中でも作るべきではないかということで設置されたのですか。
安井:どちらかというと、ブラザー工業は先ほど申し上げた通り中央研究所がないので、ブラザー工業の中で新規事業を立ち上げていく仕組みを作りたいなと思っていた中で、できてきた機能が、「ブラザーオープンイノベーションブリッジ」です。社外だけでなく社内でも活用してくださいという形で2024年ぐらいから結構PRをしています。以前は、例えばベンチャーキャピタルのファンドに出資をして、ベンチャー企業の情報を得たりとか、企業との連携で色々な情報を得られていたりしたのですが、そういうものを「こういうのがありますよ」と以前はプッシュしていたのです。
大体そういうときは「知っているよ」とか「うちの方が進んでいるよ」ということが結構多かったのですが、2020年ぐらいから矢印の向きを変えて、我々が御用聞きになって「困っていることを聞かせてください」という、特に開発系部門の方にリエゾンを立てていただいて、その方々から困ったことをお聞きして、それに合ったものをご紹介する形になりました。
そういう意味ではベンチャー企業との情報だけでなく、色々なマッチングイベントに出たり、さまざまなオープンイノベーションの取り組みをこの20年間やってきたりしましたので、そういったものの中からこれが一番合っているのではないかというものを共有して、最近になって「ありがとう」と言ってもらえる数が増えたかなという感じです。
渡邊:各部署の課題や関心事を事務局の方で集約し、知財部と連携しながら色々な情報と照らし合わせて「こうしたらいいのではないか」みたいなところをサポートしてくれる。この機能が自社の中にあるというのがすごいです。
大野:これはやはり自社の中で作るというのはかなり意識されたことなのですか。
安井:やはり社内での困り事って、社外へは話しにくい内容があると思いますが、社内なら話も分かりやすい。今、事務局には自分と一緒に18年一緒にやっているメンバーもいまして、彼は色々な社内の困り事を聞いて回って「これが合うのではないか」ということをしてくれるので、上手く機能し始めているかなと思っています。
渡邊:さて、今日はブラザー工業株式会社 執行役員の安井邦博さんにお話をうかがいました。
大野:では最後に、一つお聞きしたいことがありまして。こうして色々努力をされ、チャレンジをされてきたと思うのですが、ご自身の道標となった言葉というのは、どういったものがあるのでしょうか。
安井:先ほど熱意というキーワードもお話しさせていただいたのですが、これに関して大切にしている3つの言葉があります。それは「創意を持って工夫する」「熱意を持って努力する」「誠意を持って実行する」という言葉です。全てに「意」という字が入っていますが、大事なのはこの「3つの意」を実際の「行動」に結びつけることで、思いを持つだけでは何も成し遂げられないので、思いを持った上で行動に移すという、そんな意味を込めて、この3つの言葉を大事にしています。
渡邊:安井さん、本日はありがとうございました。
安井:ありがとうございました。
まとめ
ブラザー工業 安井氏の言葉から伝わってきたのは、新規事業や共創を前に進める原動力は、制度や仕組みだけではなく、最後は「人の熱意」だということです。シリコンバレーで得た原体験を、自社の文化や現場の課題に結びつけ、長い時間をかけて形にしてきた歩みには重みがあります。挑戦を続けるために、創意と熱意と誠意を持って動く。その姿勢こそが、これからの企業変革を支える大きなヒントになりそうです。
AIによる記事まとめ
FM AICHIのラジオ番組「TOKAIリーダーズ・コンパス」より、ブラザー工業執行役員の安井邦博氏による、共創と挑戦のストーリーをお届けします。
同社は中央研究所を持たない背景から、外部の知見を活かすオープンイノベーションに早くから着手。シリコンバレーでの原体験を起点に、CVCの設立や社内マッチング基盤「ブラザーオープンイノベーションブリッジ」を構築し、現場の課題を解決するDXや新規事業を推進しています。
※上記まとめは生成AIで作成したものです。誤りや不正確さが含まれる可能性があります。
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