- 01.過酷な成層圏環境に耐えうる電池
- 02.成層圏模擬環境下での充放電試験
- 03.常圧/減圧下での安全性試験
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HAPS向けリチウム金属電池の評価手法の確立に向けて
~成層圏環境下での充放電試験・安全性試験~
#HAPS #成層圏通信 #高性能電池
2023.08.07
ソフトバンク株式会社


Blogsブログ
1. 過酷な成層圏環境に耐えうる電池
ソフトバンクの先端技術研究所では、成層圏通信プラットフォーム「HAPS(High Altitude Platform Station)」の商用化実現に向けて電池開発に注力しています。HAPSの実現には、成層圏環境での適切な動作をサポートする高性能な電池技術の確立が不可欠となっています。
(参考:ソフトバンクの次世代電池開発)
2023年1月には高重量エネルギー密度のリチウム金属電池セルの電池パックで成層圏環境での動作実証に成功しました。成層圏環境で優れた電池性能を発揮したことは、HAPSの実現に向けた重要な一歩となりました。
(参考:次世代リチウム金属電池セルの電池パックをソフトバンクが開発、成層圏で動作実証に成功)
成層圏は、高度10〜50kmに位置する非常に静穏で安定している空気の層で、雲や降水などが起こる対流圏より高い位置にあります。この環境は「低温低圧環境」であり、空気が非常に薄く、対流がほとんど起こりません。一般的な電池は低温によって内部抵抗が上昇し、充放電が困難になるなど性能が著しく低下することがあります。そのため、HAPS向け電池パックは低温環境での運用に対応するために、断熱材を外装に施し、内部にはヒーターを取り付けるなどの温度管理機能が必要とされます。これによって、電池の性能を維持しながら成層圏環境での安定した動作が確保されます。

2. 成層圏模擬環境下での充放電試験
成層圏環境での電池性能を評価するために「低温低圧チャンバー」を用いた充放電試験を行います。この評価により、電池パックが低温低圧環境にさらされた際の挙動や耐久性、温度制御機構の動作を評価することが可能です。マイナス60度の低温と真空近くの低圧(約4kPa)にさらされる試験条件では、成層圏の過酷環境を模擬し、実際の運用条件に近い状況で電池パックの性能を検証することができます。また、電池パック付近の空気対流を抑えるためにカバーを取り付けることで、さらに成層圏環境を再現し、評価の信頼性を高めることができます。

本評価で重要なポイントは以下の2つです。
1.ヒーターの消費電力:
ヒーターの電力は外部電源ではなく電池パックから供給されるため、できる限り電力量を抑える必要があります。放電時に発生する電池の発熱とヒーターを組み合わせて、ヒーターの消費電力量を最小限に抑えていくことが重要です。これにより、電池のエネルギー効率を維持しつつ、成層圏環境での長時間の運用が可能になります。
2.電池パックの温度分布:
電池セルの容量は使用時の温度によって変化します。例えば、電池パック内で断熱性が低く、ヒーターの熱も伝わりにくい場所があると、温度分布に徐々に偏りが生じ、低温にさらされた電池から充放電できる容量が減り始めます。そのため、電池パック全体を均一に保温できるようにヒーターのレイアウトを最適化する必要があります。
今後はさらなる成層圏に近い環境を再現するために、マイナス90度以下まで制御できる環境槽の開発も視野に入れ、より実際の運用条件に近い状況での試験を行うことを目指しています。
3. 常圧下/減圧下での安全性試験
HAPS向け電池パックは成層圏での減圧環境下で運用されるため、減圧下での安全性を確認することが必要不可欠です。減圧環境では、通常の常圧下とは異なる挙動を電池が示す可能性があります。そのため、この評価により、実際の運用条件に近い状況での電池パックの挙動を理解し、安全性を確保するための基準を確立することが重要です。
減圧下での安全性試験を実施するために、特注の「減圧チャンバー」を作製しました。(写真は電池セル向けのサイズで作製したチャンバー)
このチャンバーは電池セルが発火した際に耐えうる強度・サイズに設計されており、内圧がチャンバーの耐圧付近まで上がると、チャンバー上部にあるベント弁が開放される仕組みになっています。

電池セルの内部短絡を模擬した安全性評価には通常釘刺し試験が行われますが、減圧環境下での実施は設備の制約から実施が困難です。しかし、ソフトバンクはこの問題に対して新しい方法を開発しました。電池セル表面にヒーターを取り付けて局所的に加熱する手法です。具体的な手法として、下図のように槽内に電池セルを拘束板と断熱材で挟む構造を作ります。そして、電池セル表面にヒーターを密着させることで、短絡による発熱が拘束板から外部に逃げない仕組みになっています。試験時にはヒーターに電圧を印加させ、数分で電池セルのセパレータが溶けて短絡する温度まで上昇させます。この評価により、減圧環境下での安全性試験が実現できるようになりました。

写真のように、電池セルのリード部に電圧線、電池セル中心部に熱電対、ヒーターには電流線を取り付けています。

常圧下での安全性試験では、電池セルが発火した際に白煙が発生し、その後周囲の酸素を巻き込んだガス爆発が起こる様子が確認されました。白煙は、主に内部短絡による発熱によって気化した電解液やその分解物が原因とされています。この電解液成分と外部の酸素、電池セルから発せられた熱により、燃焼の3要素(可燃物、酸素、着火エネルギー)が全て揃ったことが発火の原因と考えられます。
一方、減圧下での安全性試験では、電池セルの発火は確認されましたが、常圧下で確認されたようなガス爆発は起こりませんでした。この違いは、電池セル内部において電解液、正極活物質から発生した酸素、短絡による発熱と燃焼の3要素が揃っているために発火したものの、減圧下では電池セルの外部において酸素がほとんどないため、炎の維持時間が短く、ガス爆発が起こらなかったことが考えられます。
このような結果から、減圧下ではガス爆発が発生しないため、HAPS向け電池パックの外装体の強度を下げて軽量化がさらに望めることが示唆されました。軽量化は、HAPSの運用において非常に重要な要素であり、HAPSのサービスエリアの拡大や搭載ペイロードの拡大に寄与します。
しかし、温度は数百度まで上昇するために、HAPS機体においてはその熱が伝わらないようにするための耐火・断熱構造は必須となります。
ソフトバンクの先端技術研究所では今後もHAPS向け電池パックの開発に加えて、成層圏環境に近づけた条件下での試験方法を開発し、HAPS用電池パックの安全規格の確立に向けて貢献していきます。