Blogsブログ

パブリッククラウド上で作るサーバレスな5Gコアネットワーク

#コアネットワーク #5G #AWS #クラウドネイティブ

東京大学大学院情報理工学系研究科の関谷研究室とソフトバンクの先端技術研究所は、次世代のモバイルネットワークにおけるCN(Core Network:移動体通信の制御部)の共同研究を実施してきました。これまでに、既存のCNが抱える規模性や堅牢性と言った課題を解決するため、クラウド技術に適合したモダンなウェブアプリのアーキテクチャを応用した「コアネットワークのステートレス化」に取り組んでいます。本稿では、このステートレス化したCNにアマゾン ウェブ サービス(以下、AWS)のマネージドサービスを適用することによって、さらに経済性や弾力性に優れたCNを実現した事例を紹介します。

執筆者:明石邦夫・関谷勇司(東京大学)、渡邊大記・堀場勝広(ソフトバンク 先端技術研究所)

1. ウェブ業界と通信業界で異なる「クラウドネイティブ」の概念

約10年ほど前から、通信業界ではNFV(Network Function Virtualization)と呼ばれるネットワークの仮想化が進んできました。NFVの初期はネットワーク装置を仮想マシン化したVNF(Virtual Network Function)が主流でしたが、近年のコンテナ技術の流行に伴ってCNF(Cloud-native Network Function)が主流となり、5G SA(Stand Alone)に導入されたService Based Architectureに裏打ちされたマイクロサービスや、Kuberenetesに代表されるコンテナのオーケストレータを中心としたクラウドネイティブなNF(Network Function)が実現されていると言われています。

「クラウドネイティブ」の概念 | パブリッククラウド上で作るサーバレスな5Gコアネットワーク

ここで一点注意が必要なのは、本来のクラウドネイティブという言葉は「システムの構築や運用にクラウドの機能を最大限に活用することによって、スケーラブルなアプリケーションを構築および実行するための能力」を意味し、特定の技術の採用・不採用を意味しません [1]。つまり、コンテナや Kubernetes、Service Based Architectureといった技術を採用しているからといって、そのアプリケーション全体がクラウドネイティブであるとは限らないということです。

翻って通信業界におけるクラウドネイティブを振り返ってみると、「クラウドネイティブと呼ばれる技術群を用いてNFを構築・運用すること」と解釈されていることがしばしばあります。つまり、コンテナや Kubernetes を採用した NF によって構築されるCNを指してクラウドネイティブなCNと呼ぶことが多いということです。この解釈では、単にNFの実装に用いる技術群を変更したに過ぎず、CNが本来目指す規模性や堅牢性を実現しているとは言えません。もちろん、コンテナやKubernetesを採用したことによって、CN構築の迅速性や柔軟性といった利点を享受することはできますが、本来の「クラウドネイティブ」で目指していた特性を実現しているとは限りません。アプリケーションとしてのCN全体の開発体験や構築体験、運用体験がクラウドネイティブが目指す要件に適応することで、クラウドが本来備えている規模性や堅牢性をそのまま享受したシステムを実現できると言えます。

一方で昨今のパブリッククラウド上で実装されているモダンなウェブアプリは、より高い規模性や堅牢性に加えて経済性や弾力性の確保を目的として、サーバレスと呼ばれる考え方が積極的に活用されています。サーバレスとは、クラウド事業者がアプリケーションに必要なリソースを管理し、アプリケーションの最小構成単位である関数が要求するリソースを動的に割り当てる計算モデルです。サーバレスにおける課金モデルは、事前に確保したリソース量に基づく請求ではなく、実際に利用したリソース量に基づいた請求が行われます。その結果、サーバレスを適用したモダンなウェブアプリは本来の「クラウドネイティブ」なシステムを実現していると言えるでしょう。

2. ウェブ業界に倣った「クラウドネイティブ」なモバイルコアネットワーク

そこで我々は、以前に提案したプロシージャ型5GCのアーキテクチャをさらに進化させ、パブリッククラウド上の PaaS(Platform as a Service)機能を用いてCNを実現する、本来の「クラウドネイティブ」を実現したCNを構築しました。具体的には、AWSのPaaSとして提供されている、メッセージキューのAmazon SQSやデータベースのAmazon DynamoDB、それを連結するためのサーバレスアーキテクチャのAWS Lambdaを用いて、UE(User Equipment)からの処理要求に対して、必要となる「手続き (プロシージャProcedure)」をAWS Lambdaを連結することで構成し、応答を行います。

このアーキテクチャでは、クライアントからの要求をメッセージキューが吸収し、メッセージの種類に応じて後続のサーバ側の処理がリアクティブに呼び出される、さながら ウェブアプリケーションのようにCNが動作します。標準的な5Gシステム と互換性を持たせるためのグルーがAmazon EC2上に存在しますが、基本的にはシグナルを処理するAWS Lambdaファンクションのプログラムとマネージドサービスをそのまま組み合わせるだけで5G互換のCNを構築することができます。

本実装では、各クラウドサービスを特殊な用途で組み合わせたりマネージドサービスが提供しないプラグインを独自に導入したりしていません。この研究成果は、「IEEE The 38th International Conference on Information Networking(ICOIN 2024)」に論文として投稿され、採録されました [2]。
また、2024年1月17日 から3日間、ベトナムで開催された ICOIN 2024 にて本論文について口頭発表を行い、通信事業者と大学が協力して CN のアーキテクチャを抜本的に見直す研究として注目されました。

「クラウドネイティブ」なモバイルコアネットワーク | パブリッククラウド上で作るサーバレスな5Gコアネットワーク

3. 今後の展望

本研究開発の成果である、パブリッククラウドを用いたCNアーキテクチャをCloud5GCと名付け、各種検証を行っています。Cloud5GCは、パブリッククラウドが持つ特性である規模性と分散性、プロシージャ型5GCが持つステートレス性および耐障害性といった利点をそのまま享受することができるアーキテクチャとなっており、サービスの規模に応じた柔軟な規模性と、単一の障害に影響されない堅牢性を有しています。

このCloud5GC のアーキテクチャは「ETSI NFV#44 Telco Cloud Executive Roundtable」の基調講演として発表を行い、参加者から新たなアーキテクチャとして関心を得ました。現在、この Cloud5GCを実際の5G ネットワークのCNとして機能させるべく、実験に向けた準備をしています。

参考文献

[1]. Cloud Native Computing Foundation (CNCF), “CNCF Cloud Native Definition v1.0”, https://github.com/cncf/toc/blob/main/DEFINITION.md#cncf-cloud-native-definition-v10

[2]. K. Akashi, S. Yamamoto, H. Sakurai, K. Ito, T. Ishihara, and T. Iimura (The University of Tokyo, Japan); H. Watanabe, K. Shima, and K. Horiba (SoftBank Corp., Japan); Yuji Sekiya (The University of Tokyo, Japan), “Cloud5GC: Design and Implementation of Scalable and Stateless Mobile Core System on Public Cloud”, In Procedure of IEEE International Conference on Information Networking 2024 (ICOIN 2024).

Research Areas
研究概要