パブリッククラウドを活用したモバイルコアの大規模検証

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2022年に米国の通信事業者であるDish Networkが商用のモバイルネットワークをAWS上に構築したことを皮切りに、モバイルネットワークにおけるパブリッククラウドの利活用が本格的に始まりました。しかしながら、数千万の端末を抱える既存の通信事業者が、これまでのサービス品質を維持しながら、パブリッククラウドを利用することができるのかは未知数でもあります。そこで、本稿では一千万台の端末を収容するモバイルコアにおいて、パブリッククラウドがどの程度の性能を発揮するのかを検証した結果について解説します。

1. モバイルネットワークへのパブリッククラウド活用の利点と通信事業者の責務

今日までに、モバイルネットワークをパブリッククラウド上で動作させることによるさまざまな運用上の利点が提唱されてきました。例えば、クラウドコンピューティングの特徴であるPay as You Go型のサービスを利用した、動的なリソース量を調整することによるコストの最適化、Infrastructure as Code型のサービスを活用した高度な自動化、AI(人工知能)/ML(機械学習)モデルのサービスを活用したネットワークの状況把握と最適化など、さまざまなメリットが考えられます。

しかしながら、いかに多くのメリットがあろうと、通信事業者として果たすべき最も重要な責務は安定したモバイルネットワークの運用です。通信事業者は公共の財産である電波を利用した事業を営む責務として、電気通信役務の提供を停止または品質を低下させた事故が発生した場合には、速やかな復旧と当該省庁への報告義務を負っています。(例えば、緊急通報を取り扱う音声伝送役務について、3万人以上に対して1時間以上のサービス停止が発生した場合は、総務省に対して速やかな状況報告と詳細報告が必要です。)

ソフトバンクは、このような通信事業者としての社会的な責任を果たしながら、パブリッククラウドがモバイルネットワークにもたらす数々のメリットを享受するために、商用のモバイルネットワークでの運用を想定し、パブリッククラウドを利用したモバイルコアの性能を評価する検証を行いました。この検証では、NEC製の5GモバイルコアをAWS上に展開して実施しました。

2. パブリッククラウドを活用したモバイルコアの構成

図1に全体の構成図を示します。今回利用したNEC製の5Gモバイルコアは、いわゆるクラウドネイティブと呼ばれるアーキテクチャを採用しています。このアーキテクチャでは、モバイルコアが3つのパートに分割されて構成されています。一つ目は無線基地局や交換機との接続を行うプロトコル終端部、二つ目は実際の呼処理信号を処理するロジック部、三つ目はロジック部で取り扱うデータ(顧客情報や端末の状態)を管理するデータストア部です。

クラウドネイティブなモバイルコアの構成 | パブリッククラウドを活用したモバイルコアの大規模検証

図1: クラウドネイティブなモバイルコアの構成

このようなクラウドネイティブなアーキテクチャは、図2に示す3GPPで標準化されているリファレンスアーキテクチャを見慣れた方々には奇妙に映るかもしれません。3GPPのリファレンスアーキテクチャでは、AMFやSMFと呼ばれるさまざまな機能を持つNetwork Function(NF)によって構成されますが、クラウドネイティブなモバイルコアにおいて、これらは単一のコンピュータやソフトウェアで動作しているわけではありません。各NFを構成するさまざまな機能がマイクロサービスと呼ばれる細かなソフトウェアに分割され、それぞれが必要とされる処理性能に応じて動的に数を増減させることによって呼処理の性能を調整します。特にロジック部に相当する部分は、5GからHTTPを利用したService Based Architecture(SBA)に対応したことによって、Kubernetesをはじめとしたクラウド利用される大規模なシステムを支える(仮想化)基盤技術との親和性が高く、マイクロサービスのリソース利用状況に応じてオートスケールさせることが可能です。

3GPPで標準化されているリファレンスアーキテクチャ | パブリッククラウドを活用したモバイルコアの大規模検証

図2: 3GPPで標準化されているリファレンスアーキテクチャ
(出典:3GPP, 5G System Overview

さらに、これらのモバイルコアはパブリッククラウドのマネージドサービスを活用することによって、リソースを使った分だけ課金されるPay as You Go方式のビジネスモデルを適用することができます。例えば、プロトコル終端部やロジック部のマイクロサービスを動作させるためのKubernetesや、データストア部ではAWSが提供するさまざまなデータベースのマネージドサービスを活用しています。

図3にAWSにおける今回の検証の構成図を示します。Kubernetesを活用したコンテナ管理にはAmazon Elastic Kubernetes Service(Amazon EKS)を活用し、図1で示したプロトコル終端部とロジック部をKubernetesのPodとして動作させています。また、コンテナを動作させるAmazon EKSのWorker Nodesの仮想マシンにはEC2を活用しています。データストア部においては、顧客データなどを格納するリレーショナルデータベースにはAmazon Relational Database Service(Amazon RDS)、端末のステートを格納する高速なインメモリーデータストアにはAmazon ElastiCache、UEコンテキストやネットワークスライス情報などを格納するKey Value StoreにはAmazon DocumentDBを活用しました。これらのマネージドサービスは、冗長化等の運用も含めて、利用したリソースに応じて課金する形式でのサービス提供をしています。そのため、モバイルコア目線ではこれらのキャパシティープランニングや冗長化と言った非機能要件の設計や運用から解放されるため、よりお客さまにとって価値あるサービスの提供など、事業上の重要事項に集中することができます。

AWSにおける今回の検証の構成図 | パブリッククラウドを活用したモバイルコアの大規模検証

図3: AWSにおける今回の検証の構成図

3. パブリッククラウドを活用した商用規模のモバイルコアの評価

本検証では商用のモバイルネットワークでの運用を想定し、パブリッククラウドを利用したモバイルコアの評価を行い、十分な規模性と呼処理性能を発揮することが確認できました。具体的には、一千万台の端末を収容するモバイルコアを構築し、30分以内に全端末の位置情報の登録をして通信可能な状態になるような呼処理性能が発揮できることが確認できました。

また、クラウドネイティブなモバイルコアの評価として、オートスケール機能の評価を実施しました。具体的には、夜間など呼処理性能の需要が小さい状況を想定し、ピーク時の20%のリソースに縮小した状態から、需要の増加に従ってピーク性能を発揮するところまで自動的にスケールアウトが可能であることを確認しました。

4. パブリッククラウドに向けた挑戦とこれからの未来

今回の検証を通して、パブリッククラウドは商用のモバイルネットワークの規模においても、クラウドが持つさまざまなメリットを享受できることがわかりました。一方で、現在の電気通信事業法においては、通信事業にかかる設備を完全に他者(パブリッククラウドを含む)に預けることに関しては、仮想化技術の発展に伴って、現行制度の見直し等が議論されている最中です。今後はこのような議論にも積極的に参加しながら、お客さまにとって安心してご利用いただけるモバイルネットワークの運用に向けて、技術と法制度の両面から挑戦を続けていきます。


執筆者:堀場勝広

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