- Blog
- ネットワーク
自律分散モバイルシステムの解説 〜加入者情報の冗長化によるモバイルシステムの可用性向上〜
#コアネットワーク #自律分散モバイルシステム
2024.11.20
ソフトバンク株式会社


Blogsブログ
1. ソフトバンク先端技術研究所の提唱する「自律分散モバイルシステム」
モバイルシステム(移動通信システム)は、現代の生活に欠かせないインフラストラクチャーとなっており、安定稼働することが極めて重要となっています。しかし、現在主流となっている第5世代移動通信システム(5G System:5GS)をひも解くと、制御部であるコアネットワーク(Core Network:CN)が輻輳しやすい、基地局システム(Radio Access Network:RAN)とCN間の分断に弱いといった性質があります。平常時であればさほど大きな問題になりませんが、機器の故障や設定ミス、自然災害や事故などにより、これらの性質が通信障害を甚大、そして長期化させる要素となる懸念があります。
一方で、電気通信事業者は、設備の劣化や自然災害に起因する設備故障による障害からは逃れられません。どれだけ対策しても、障害を完全になくすことは困難です。利用者に対する通信サービスの可用性を最大化することがオペレーターの究極的なミッションだとするならば、可用性を高めるための耐障害性が今後のモバイルシステムにおける重要な指標になるといえます。
ソフトバンクの先端技術研究所では、これら2つの性質を克服するために「自律分散モバイルシステム」を提唱しています。自律分散モバイルシステムでは、CN機能が統合されたRANをAutonomous Decentralized RAN(AD-RAN)と呼び、AD-RAN が自律分散的に協調することでモバイルシステムとしての機能を成立させます。自律分散モバイルシステムについては、こちらの記事で詳しく説明しています。

2024.03.28
Press Release
障害に強いモバイル通信を目指して
#コアネットワーク
2. 自律分散モバイルシステムにおける加入者情報の可用性の課題
モバイルシステムでは、CNが加入者データベース(Subscriber DB)に保存されている加入者情報(ポリシーデータ)を用いて利用者の認証を実施して通信サービスを提供します。また、CNは通信サービスの利用状況に基づくアカウンティングも実施しています。CN機能は、加入者情報を受け取らない限り、利用者に通信サービスを開始することすらできません。
自律分散モバイルシステムにおいては、加入者情報を管理するUser Data Repository(UDR)は、従来のCN設計と変わらず中央に配置されます。1,000万以上の加入者情報を管理するデータベースシステムをRANと同様に広域に分散させることは、主に運用の利便性とシステムの規模性の2つの観点からあまり現実的ではないと考えられます。しかし、各AD-RANから地理的に隔たれた中央のみに加入者データベースが存在する状況は、AD-RANと加入者データベースの間のTransport Network(TN)に障害が発生することを考慮できていません。このままでは、障害に強いという自律分散モバイルシステムの設計を十分に満たしているとは言えません。そのため、中央に位置するUDRを想定しながらも、可用性の高い加入者情報取得システムが必要になります。
3. 加入者情報の可用性向上のためのReplication Layer
各地に分散されたAD-RANと中央に位置するUDRに変更を加えるのは得策ではありません。そこでソフトバンクの先端技術研究所では、加入者情報の可用性を高めるための層 ”Replication Layer”をUDRとAD-RANの間に挿入することを検討しています[2]。
図1にReplication Layerの仕組みを示します。Replication Layerは、各AD-RANからUDRに送信されるリクエストを全て代理受信し、AD-RANに代わってUDRにリクエストを送信します。Replication Layerは、UDRから返送される加入者情報をキャッシュデータとして保存(複製)します。また、Replication LayerはAD-RANにUDRと同じインターフェースを提供します。そのため、AD-RAN がUDRにリクエストを送信すると、Replication Layerを透過的に利用することになります。一度利用された加入者情報は必ずReplication Layerを通過するため、同じ加入者情報が再び要求された場合はReplication Layer上のキャッシュにヒットします。キャッシュにヒットした場合、AD-RAN からのリクエストは中央のUDRに送られることなく、Replication Layerがその加入者情報をAD-RANに返送します。

図1 Replicaton Layerによる加入者情報のキャッシュ(複製)
図2に示すように、UDRとの間の通信あるいはUDR自体に一時的な障害が発生したとしても、Replication Layer内のキャッシュされたデータを利用することで、AD-RANから加入者情報へのアクセスが可能となります。これにより、利用者端末(User Equipment:UE)のネットワークへの位置登録や回線確立などの手続きを提供することができ、利用者は通信サービスを継続することができます。

図2 障害発生時におけるReplicaton Layerの挙動
さらに、Replication Layerのノードを各地に分散して配置することで、AD-RANがより近い場所に展開されたノードを利用することも可能となります。AD-RANからより近い場所にReplication Layerを実装したノードを設置することで、中央に位置するUDRを利用するよりも応答遅延が小さくなる効果や、UDRへの負荷集中を分散させる効果も期待できます。以上のことから、UDRやAD-RANに対して透過的に動作するReplication Layerは、加入者情報の可用性を向上させ、モバイルシステム全体の耐障害性の向上に寄与すると考えられます。
4. Replication Layerと運用ポリシーへの影響
Replication Layerを挿入することはすべての問題を解決することにはなりません。ここでは、Replication Layerが加入者情報を流通させることによって新たに発生する議論を整理します。
中央に位置するUDRのみが加入者情報を扱う場合、常に一貫性のある加入者情報が運用されている前提を敷くことができます。一方、UDRに加えてReplication Layerも加入者情報を扱う場合は、一貫性をどの程度保つべきなのかという議論があります。加入者情報は読み出しだけではなく、更新を伴う書き出しの対象にもなります。そのため、各地に分散配置されるReplication Layer上の加入者情報が更新されたとき、データの親元であるUDRとの間に不一致が発生する可能性があります。オペレーターはUDRを加入者データベースとして扱うため、端末の状態(Replication Layerに保存されている状態)とUDRの状態に差があることをある程度許容することが必要になります。また、Replication Layerは本来UDRにしか存在しない加入者情報を複製して網内で流通させる点において、従来の加入者情報の運用ポリシーと大きく異なります。このように、モバイルシステムの耐障害性の向上は、加入者情報の運用ポリシーにも変更を与えるような影響の大きいテーマです。
5. モバイルシステムの耐障害性向上に向けた今後の展望
モバイルシステムにおける耐障害性の向上は、今後ますます重要になっていきます。今回は、加入者情報を網内で複製・流通することで可用性を高めるReplication Layerを設計しました。
また、Replication Layerが実運用されることを想定し、1,000万台規模の端末を収容することに耐えうるかどうかを定量的に評価する予定です。さらに、TNの障害を模擬した実験シナリオを作成し、Replication Layerがどのような障害ケースに対応することができるのかを検証する予定です。今後は、加入者情報だけではなく、CN機能が加入者情報から生成するコンテキストと呼ばれるデータの可用性の議論も進めていきます。
参考文献
[1] ソフトバンク先端技術研究所, “障害に強いモバイル通信を目指して”,
https://www.softbank.jp/corp/technology/research/story-event/046/, 2024年3月.
[2] 髙田 敦生, 渡邊 大記, 島 慶一, 堀場 勝広, 宇多 仁, 篠田 陽一, “自律分散モバイルシステム環境における分散AAA”, 信学技報, vol. 123, no. 397, NS2023-209, pp. 220-223, 2024年2月.,
https://ken.ieice.org/ken/paper/20240301tcBd/
執筆者:髙田 敦生、宇多 仁、篠田 陽一(北陸先端科学技術大学院大学)、渡邊大記 (ソフトバンク 先端技術研究所)