6G時代に向けたCSIセンシング技術とAI活用の実証実験

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本ブログでは、過去の記事で紹介した、無線センシング技術における、CSIセンシングに関する技術の詳細を紹介します。

障害に強いモバイル通信を目指して

2024.03.22

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6G時代の新しい電波の使い方~通信とセンシングの融合~

#6G #光無線/テラヘルツ

1. CSI方式での電波センシングについて

6Gの時代ではモバイル通信の使い方を拡張しようとする動きがあり、特に新たに加わったテーマとして、「センシングと通信の融合」「AIと通信の融合」「ユビキタス通信」の3つが挙げられます。
電波を使ったセンシングの方式として、大きくレーダー方式とCSI方式の2つに分類されます。この2つの技術の違いについては、過去の記事で紹介していますが、今回はCSI方式について詳しく紹介します。

電波センシング方式の比較

図1. 電波センシング方式の比較

<CSIセンシングの原理>

LTEや5Gなどのモバイル通信や、無線LANなどの無線データ通信では、受信した電波の信号からデータを取り出すための復調という処理が行われます。この無線データが空間を伝わる間に、さまざまな要因によって電波の波形が変化します。この波形の変化によって信号品質が劣化すると、うまくデータ通信ができなくなり、通信速度の低下につながります。
この信号の品質の劣化を補正するために使われるのが、参照信号(リファレンス信号)です。最近の無線データ通信の規格では、ほぼ全ての規格にこの参照信号が設定されており、受信した端末側で、空間を電波が伝わる間にどういった変化が起きたか?を推測することができるようになっています。

特に、我々が日常的に利用しているLTEや5G、無線LAN(IEEE 802.11nなど)の通信規格では、OFDMと呼ばれる変調方式が採用されており、CSI(Channel State Information)もその規格の中で定義されています。
CSIは信号の変化に関する情報が入っており、ビームフォーミングやMIMOの品質を上げるためなどに活用されています。

CSIセンシングでは、このCSIの値を基に電波が伝わる空間(以下「チャネル」)の状態を推測します。例えば、それまで誰も居なかった部屋に人が入ってくると空間の状態が変化し、このときに生じる電力(電波の振幅)や、到達時間(電波の位相)の変化を観測し、読み取ることでその空間にどのような変化が起きているかを計算・推測する技術が「CSIセンシング技術」です。

CSIセンシングの原理 検知イメージ

図2. CSIセンシングの原理 検知イメージ

このCSIセンシング技術は、空間分割MIMO技術と同様、空間の変化の情報を利用するため、アンテナ数が多ければ多いほど、周波数幅が多ければ多いほど、より多くの情報を取得することができるようになります。

<CSIセンシングの特徴>

CSIセンシングは電波の振幅や位相の変化を基に、無線機の間で起きた変化を把握する技術ですが、何を知りたいか?によって、アプリケーションも変わります。一例として、異常などの変化が起きたことを知得する「検知」、そこに何があるのかを判定する「判別」、その数を数える「カウント」などが挙げられます。
例えば、部屋の内にデータ通信用の無線機が置かれているとして、誰もいない室内に何かが入ってきた場合、電波の影となる部分ができたり、電波を反射する物体が増えるため、受信側では振幅や位相の変化が起こります。変化が起きたことを「検知」するだけで良ければ、受信側の振幅や位相に何かしらの変化が起こるので、「何か変化があった」と判断できます。一方で「判別」や「カウント」の場合は、部屋に入ってきたモノや人ごとに異なる、振幅や位相の変化量の違いを細かく分析して、判断する必要があります。

このCSIセンシング技術は2010年頃から研究開発が進められてきましたが、近年のAI技術の進化に伴い、再び注目を集めています。「判別」や「カウント」を高精度に判定するためには、信号の変化を時系列の細かいパターンに分別し判定することが必要であり、この要求がAIとの親和性が非常に高いことに着目されたためです。
加えて、このパターンは周囲の電波の反射状況によって変わってくるため環境依存性が高く、汎用的にシステムを使うことが難しいため、室内などの変化が少ない環境で、防犯や見守りに活用される事が期待されています。

2. 世界で進むCSIセンシングの実用化と標準化動向

近年、無線LANのCSI情報を活用した、人の検知ソリューションが登場しています。
最近、商用製品として出てきたのは「検知」の特徴を生かしている、車内の児童置き去り防止のソリューションや、屋内の防犯に用いるソリューションです。[1][2]
また大学の研究では、「判別」や「カウント」、さらに高度な推定を行う研究が実施されており、カーネギーメロン大学の研究チームは、2023年に発表した論文で、無線LANのCSI情報とカメラの情報を組み合わせた、人の骨格検知に成功しています。[3]
標準化に関しては、IEEE 802.11bfにおいて、CSIセンシングを前提に規格が検討されており、Wi-Fiの電波を利用して高精度な位置情報を取得可能となり、既存のWi-Fi規格との互換性も担保されるものとなる予定です。IEEE 802.11bf規格は 2025年に最終合意される見込みです。[4][5]

[1]https://www.inspirecorp.co.jp/news/pressrelease/origin-20240710
[2]https://ai6.jp/
[3]https://arxiv.org/abs/2301.00250
[4]https://fst.sophia.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2024/02/k105_12_1466.pdf
[5]https://www.ieee802.org/11/Reports/tgbf_update.htm

3. CSIセンシング × AIモデル の開発と検証

ソフトバンクは、屋内外の基地局の電波を使ったCSIセンシングアプリケーションの実用化を目指して、まずは社内の会議室でCSIセンシングの開発と検証を行いました。
今回は人の姿勢を判別するAIの開発を目標とし、無線LANのCSI情報を用いて実験を行いました。下図が試験システム概要図と実際に試験を行った社内会議室の様子です。

姿勢判定システム概要図

図3. 姿勢判定システム概要図

試験を行った会議室

図4. 試験を行った会議室

今回の実験における無線に関する諸元を以下表に示します。

無線に関する諸元

表. 無線に関する諸元

CSIの値を取得するのに採用したツールは、Linux 802.11n CSI TooをインストールしたLinuxPCです。
参考:https://dhalperi.github.io/linux-80211n-csitool/

<AIモデルの開発>

AIモデルは5つの機械学習モデルをベースに構築しました。
1つ目は線形判別分析(LDA)です。このモデルは多クラス分類問題に広く使われる統計手法であり、主に異なるクラスに属するデータを分離する最適な線形境界を見つける目的のために使われます。LDAはクラス間の違いを最大化し、同じクラス内の違いを最小化することで分類の精度を高めており、計算が効率的で解釈も容易なため、さまざまな応用分野で使用されています。
2つ目はナイーブベイズサポートベクターマシン(NB-SVM)です。このモデルは、ナイーブベイズ分類とサポートベクターマシン(SVM)を組み合わせたアルゴリズムです。今回のCSIのような高次元データを扱うのに適しており、特にテキスト分類などで優れた性能を示します。NB-SVMでは、まずナイーブベイズを用いて各特徴の確率情報を抽出し、その情報をSVMに入力して最終的な分類を行います。これにより、特徴の効率的な処理能力とSVMの分類力を融合させて高精度な姿勢認識を目指しました。
3つ目はカーネルサポートベクターマシンです。このモデルはカーネル法を利用したサポートベクターマシン(SVM)であり、線形では分離しにくいデータを高次元空間にマッピングして分離を可能にする手法です。カーネル関数により計算の複雑さを抑えながら、非線形的な分離が必要である複雑な分類問題に対応できます。本実験では最適なカーネル関数を選択して、より高い精度で姿勢認識を行うモデルを構築しました。
4つ目はランダムフォレストです。このモデルは複数の決定木を組み合わせて予測を行う強力なアンサンブル学習アルゴリズムです。各決定木は非線形のパターンを捉える能力があり、ランダムフォレストではこれらの決定木の多数決により最終予測を行います。決定木を複数使用することで過学習を防ぎ、モデルの汎化性能を高めています。本研究ではランダムフォレストを用いた姿勢認識モデルを構築してさまざまな姿勢パターンを高精度かつ 頑健に分類できるようにしました。
5つ目がディープラーニング(深層学習)です。今回のケースでは画像識別でよく使われる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)をベースにモデルを作りました。

本実験では、CSIデータの特性に合わせてCNNモデルの入力形状を最適化しました。まず、従来の5次元データ構造から位相データを除外し、振幅データのみを使用して4次元構造に変換しました。この変換は、振幅 と位相の異なる特性を同時に学習することによる不安定性を避け、モデルの収束性を高めるために行いました。
次に、送信アンテナと受信アンテナの組み合わせを統合して、3次元のデータ構造へと変換し、その後、 バッチ処理と次元の再配置を通じて最終的な入力形状に変換しました。今回作ったCNNモデルの全体アーキテクチャは下図の通りです。このモデル構成により、CSI データに内在する時間的および空間的な特徴を効果的に捉え、高精度な姿勢認識が期待されます。また、この方法により従来のCSIベースの姿勢認識手法と比較して、より堅牢で多様な特徴表現が取得できることを目指しました。

CNNモデルの全体アーキテクチャ

図5. CNNモデルの全体アーキテクチャ

テストデータは、取得したCSIデータからノイズの影響を取り除くために時間方向に平均化処理を行い、1次元配列に加工した後に、AIモデルに入力します。出力は、「Standing(立っている状態)」「Sitting(椅子に座っている状態)」「Sleeping(床に寝ている状態)」の3種類としました。

<AI学習データの取得>

今回の実験では、人の姿勢判別を目標として、人が立っている状態、椅子に座っている状態、床に寝ている状態の3つの状態に対して、それぞれ2000サンプルのデータを取得しました。また人を代えてデータを取得することで、モデルの汎用性をもたせています。
取得したデータ数は、6000サンプル(3姿勢×2000サンプル)で、そのうちの90%を学習データ、10%をテストデータとしました。

4. CSIセンシング × AIモデル の判定結果と課題

AIモデルの判定結果として、最良の結果が出たのはディープラーニング(深層学習)のCNNモデルで、86%の正確性を記録することができました。次いで、NB-SVMでも85%程度の正確性を記録することもできました。下の映像はCNNのモデルを実際の試験系に組み込んで実行したときの様子です。

CSIセンシングを使った姿勢判定モデルのデモ映像

動画. CSIセンシングを使った姿勢判定モデルのデモ映像

この結果から、屋内の会議室でCSIセンシング技術を用いることで人の姿勢の判別に成功しました。
今回は実際に被験者を使って教師データを取得したので、データの取得に大半の時間を要しましたが、教師データの取得とアノテーションを自動化する手法の確立、または少量のデータでファインチューニングしてモデルを構築することができれば、開発期間も短縮することができ、さまざまな場所で応用が広がると期待されます。
一方、環境を変えて開発したモデルを動かしてみたところ、深層学習モデルおよびその他の機械学習モデルともに、正確性が大きく低下してしまいました。このことから、CSIセンシング技術においては、複数環境の教師データを用い、環境差分を吸収することの重要性が伺えました。

5. CSIセンシングの実用化に向けた今後の展望

本記事では、CSIセンシング技術の実用化に向けたソフトバンクの研究開発を紹介しました。
今回の実験では人の姿勢を判別するAIモデルの開発に成功した一方で、今後の課題としてCSIセンシングの環境依存性などの課題も見えてきました。
現在、モバイル通信の世界では、6Gに向けて通信技術とセンシング技術の融合が議論されています。
ソフトバンクでは、今回の実証実験の経験を活かして今後も6Gの実現に向けた研究開発を行っていきます。

執筆者:船越 水祥, 田中 朝哉, 矢吹 歩

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