- 01.6G時代に求められる通信技術の革新とテラヘルツ通信の課題
- 02.ソフトバンクのこれまでの取り組み
- 03.テラヘルツ波の屋外伝搬実験の様子
- 04.テラヘルツ通信のユースケース実験
- 05.未来の展望:テラヘルツ通信の実用化
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テラヘルツ 連載シリーズ:第3回 ソフトバンクが切り開くテラヘルツ通信技術 〜6G移動通信への挑戦〜
#6G #光無線/テラヘルツ #テラヘルツ #テラヘルツ通信 #コセカントビームアンテナ
2025.03.14
ソフトバンク株式会社


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1. 6G時代に求められる通信技術の革新とテラヘルツ通信の課題
世界の通信インフラは現在も急速に進化しており、6G時代にはさらに高度な通信技術が必要になると予想されています。スマートシティの実現や自動運転車の普及など社会インフラの変化に合わせて、データ通信速度の向上、接続信頼性の確保、および高密度な都市環境や高速移動中でも途切れないサービスが求められています。
一方で、スマートフォンを中心とした通信トラフィックの量は毎年増加しており、将来の通信需要を満たすためには、既存の4Gや5G技術ではいずれ足りなくなると考えられています。4Gから5Gへの進化は、通信速度と同時接続数の向上に大きく影響しました。これに加え、6Gでは通信速度を向上させるために、周波数の利用効率を上げる研究が進められている他、さらに高い周波数帯域の活用が進められています。ここで注目されているのがテラヘルツ帯(0.1〜10THz)です。テラヘルツ通信は非常に広い帯域幅を持ち、より高速なデータ伝送を可能にします。
テラヘルツ通信は、スマートシティのインフラ、IoTデバイス、医療分野でのリモート診断など、多岐にわたる分野での応用が期待されています。ソフトバンクは、このテラヘルツ通信技術を移動通信に応用し、先進的な通信環境を構築することを目指しています。
テラヘルツに関して詳しく知りたい方は、過去のブログもご覧ください。

2024.09.19
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テラヘルツ 連載シリーズ:第1回 テラヘルツとは何か
#6G #光無線/テラヘルツ #テラヘルツ #周波数

2024.12.06
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テラヘルツ 連載シリーズ:第2回 テラヘルツの通信規格とそのポテンシャル
#6G #光無線/テラヘルツ #テラヘルツ
テラヘルツ通信の課題
テラヘルツ波を使った通信は多くの利点を持つ一方で、技術的な課題も抱えています。特に、下記の点が技術開発において重要な課題となっています。
電波の減衰の問題
図1に示すように、テラヘルツ波は、これまで通信に使われてきた電波に比べて、空気中の水蒸気、酸素分子などによって吸収されやすいという特徴があり帯域の中で大きく減衰量が変わる特性を考慮しなければなりません。通信距離は比較的短距離に制限されてしまう可能性もあり、アンテナの利得を上げるなどの技術的対策が必要です。
直進性と障害物
テラヘルツ波は直進性が高く、障害物に遮られると通信が途切れやすいという課題があり、利用シーンが限定されてしまいます。そのため、適材適所で有効活用することが重要です。
通信機器の実装
テラヘルツ波は波長が1mm程度と非常に短く、現在移動通信で主に使われている電波に比べて 1/100です。これは、アンテナなどの部品を1/100のサイズに小さくすることができる一方、製造と実装には非常に正確な加工技術が求められるという課題もあります。半導体技術では出力の大きなデバイスや高感度で受信できるデバイスの研究開発が進んでおり、今後の発展と実用化が期待されます。
ソフトバンクでは、これらの技術的な課題を考慮しつつ、テラヘルツ通信を実用化するための研究開発を行っています。

図1. テラヘルツの減衰グラフ(出展:NICT https://smiles-p6.nict.go.jp/thz/jp/decay.html)
2. ソフトバンクのこれまでの取り組み
ソフトバンクでは、テラヘルツを6Gの移動通信として利用することを目標に研究開発を進めてきました。最初の取り組みは、2018年にNICT(情報通信研究機構)との共同研究からスタートしました。
当初より、テラヘルツ通信をスマートフォンで利用することを目標に研究を進めており、2020年には 岐阜大学・NICT・ソフトバンクの3者共同で、スマートフォン向けの超小型誘電体アンテナ(DCA:Dielectric Cuboid Antenna)の開発に成功しました。
図2ではDCAの実物を示しています。このアンテナは220GHzから330GHzという広帯域に対応しており、その他のテラヘルツアンテナと比べて面積あたりの利得が高いことが特徴です。2021年にはこのDCAを使った実験室の試験で、17 Gbpsの速度でデータを送ることに成功しています。このアンテナをスマホメーカーが組み込むのはまだ先になりますが、テラヘルツ帯のスマホ利用という観点でアンテナの技術的測定にとどまらず、将来目標とするユースケースを多数想定することができました。

図2. 2020年に発表した超小型アンテナ(DCA)

図3. 2021年 ラボの中で実際に通信に成功
また、2022年には、屋外試験のために実験試験局免許を取得し、東京都港区周辺などで実験を実施しています。
3. テラヘルツ波の屋外伝搬実験の様子

図4. 屋外実験の様子(左:実際の様子、右:測定系の概略図)
ソフトバンクは、テラヘルツ波を移動通信へ応用することを目標としており、屋内実験だけではなく、屋外での通信実験を行うことで、実際の使用環境での性能確認を行っています。
まず最も重要な課題として、通信エリアの確認が挙げられます。
ソフトバンクが2022年に実施した屋外実験では、まずは電波がどの程度まで届いて、どの程度のエリアが確保できるのか?その特性を調査するため、電波伝搬実験を行いました。
この伝搬実験では300GHzの電波を使用し、距離特性を見るため、無変調波で実験を行っています。実験の構成は、送信側の車と受信側の車に分かれてそれぞれ屋根の上にテラヘルツの装置を設置し、送信側の車は停車した状態で、受信側の車が 徐々に送信側の車から離れていくことで、距離特性を取得しています。(図4)
図5に示すのは、東京都港区台場で実験したときの結果です。

出典(左):地理院地図(電子国土Web)を加工して作成
図5. 屋外測定の結果(左:試験を行った場所、右:測定結果のグラフ)
この実験は晴れた日に実験を行っていますが、空気中の水分の影響を加味しない計算とほぼ一致しました。これまで「テラヘルツ波は水分に吸収されてしまって遠くまで飛ばない」というイメージがありましたが、この結果から、路面に沿った小セルで利用する限りであれば、大気中の水分の影響はあまり大きくなく、雨天時の試験では、距離は制限されるものの、全く使えないほど狭くなることはないということがわかりました。
その他にも、走行中、路上に止まっている車を避けるために車線の変更などを行っていますが、電波の直進性にかかわらず、多少の減衰はあるものの、連続して受信ができていることもわかります。一般的にテラヘルツ通信ではそれぞれのアンテナが向かい合う軸を正確に合わせる技術が必要とされていますが、この距離であれば多少その軸がずれても影響は限定的であることがわかりました。
4. テラヘルツ通信のユースケース実験
実際にテラヘルツが利用されるシーンを想定してみましょう。
2024年時点ではテラヘルツ通信はまだ研究段階です。そのため送受信の装置が大きく、また、消費電力も最適化されていません。実際にスマートフォンに搭載されるにはまだ時間がかかりそうです。
その他のテラヘルツの特徴として、アンテナの指向性が高いことが挙げられます。通常、エンドユーザーが使うような端末は、どこから電波が来ても良いように、360度からの電波を受信できるようなアンテナ(オムニ指向性アンテナ)を用いることが多いのですが、テラヘルツ波の場合、ある限定された方向からの電波に対して感度を上げるために、この指向性に偏りができています。
スマートフォンでテラヘルツ通信を利用するには、端末のあらゆる方向にアンテナを搭載し、どこからでも電波を受信できるようにするか、通信をする際、リモコンのように基地局の方向に端末を向けるような使い方をする必要があります。
しかし、例えば車や電車のように、向きがほぼ決まっているようなものであれば、そういった対策が不要になります。
ソフトバンクでは、車両の特徴(走行する向きが決まっており、スマートフォンよりも大きなサイズのモジュールの搭載や大きな電源の確保が可能)に注目し、初期のテラヘルツ通信の利用シーンとして、車両向けのテラヘルツ通信の実証実験を行いました。
実証実験の様子

図6. 車両向け通信実験の様子(左:受信側から見た様子、右:送信側からみた様子)
実証実験は、東京都港区にあるソフトバンクの本社の横の直線道路で行いました。
実験では、3.9GHzの5G信号を300GHzに変換し、5G相当の通信を行うシステムを構築しています。歩行者用のデッキ(ビルの2階部分の高さ)に基地局に見立てた送信装置を設置し、車に搭載した5Gのエリア測定器で基地局の報知情報を受信することで測定を行っています。測定器として一般的に5Gのエリア測定にも使用しているものを使用することで、将来的にテラヘルツでどこまでエリアが広げられるか?を擬似的に判断することができます。
コセカントビームアンテナ
高速で移動する端末に向けて安定的に通信を提供するためには、一般的にビームフォーミングによる端末の追従機能が必要だと言われています。
しかし、テラヘルツ波をつかったビームフォーミング装置はまだ実用化されておらず、現時点でこの装置を組み上げると大型かつ高価になってしまう懸念があります。
また、安定した通信の実現のためには、受信レベルの変動もなるべく少ないほうが望ましいと言えます。
今回の実証実験では、ビームフォーミングによる端末の追従の代わりに、道路方向に広くエリアをカバーする方法を取りました。しかし、単純にエリアを広くするだけでは、大きなレベル変動が発生してしまうため、距離が離れても受信レベルが変化しないアンテナ(コセカントビームアンテナ)を開発し、今回の実験で採用しています。

図7. コセカントビームアンテナ(左:実験に使用したアンテナ、右:コセカントビームによるエリアの概略)
今回の実証実験の結果、直線道路の突き当たりまで(150m程度)の距離にわたって、通信可能エリアを構築できることがわかりました。これまでテラヘルツ通信というと、タッチ決済のような超近距離での通信などのユースケースが多く議論されてきましたが、この成果は、都市部や高速道路での実用化に向けた大きな一歩と言えるでしょう。
また、今回はシステムの制限で、片方向の通信しか実現できていませんが、双方向の通信が可能になればIPデータを乗せて実際に通信をすることも可能です。
5. 未来の展望:テラヘルツ通信の実用化
ソフトバンクは、テラヘルツ通信の実用化を見据え、研究開発をさらに推進しています。将来的には、テラヘルツ通信が広範囲に普及し、高速移動中の高速通信だけでなく、光回線の置き換えや、身の回りのさまざまなものが無線で接続され、高速・高品質なデータ通信が可能になると期待されます。
また、テラヘルツ通信は自動運転車やドローンなどの新技術とも連携し、革新的なサービスを提供する可能性があります。例えば、自動運転車と連携することで、リアルタイムな交通情報の提供や、緊急時の迅速な対応が期待されます。これにより、安全性の向上や物流の効率化が図れるでしょう。
第1回、第2回の記事でご紹介したように、テラヘルツ通信を実用化するためには多くの課題があり、6Gのモバイル通信として実用化できるかどうかを疑う人も多くいます。ソフトバンクではこれまでの研究で得られた知見を基に、モバイル利用にこだわって研究を進めることで、今回ご紹介したような実際の屋外で通信エリアを構築可能であるということを示すことができました。
これからもソフトバンクが培ってきた技術と経験を、将来の6G時代においても大いに活用し、より広範な技術進化とサービスの向上を目指します。