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5GCによるMECアプリケーションのサービスポリシー制御を可能とする新たなアーキテクチャーを提案
#コアネットワーク #MEC #5GC
2025.04.07
ソフトバンク株式会社


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1. MECとサービスポリシー
MECとは何か?
MEC(Multi-access Edge Computing)は、ユーザー端末(UE:User Equipment)に近いネットワーク内の計算資源を活用して演算を実行する技術の総称です。従来、データ処理はクラウドやデータセンターで行われていましたが、これにより通信の遅延や帯域の制約が発生していました。MECはこれらの問題を解決し、遅延の低減、帯域の効率的な利用、場所に応じたサービス提供などの利点をもたらします。これにより、ゲーム、XR(Cross Reality / Extended Reality)、自動運転、スマートシティ、IoT(Internet of Things)などでの活用が期待されています。
サービスポリシーの重要性
MECを利用したサービス提供では、サービスポリシーが重要です。これはアプリケーションごとに通信品質(QoS)、セキュリティー、リソース配分を規定する概念です。具体的な制御項目には遅延、帯域、セキュリティー、サービス適用範囲などがあります。特定の場所に特化したサービス(例:スポーツスタジアムでの支援アプリケーション、空港・駅でのリアルタイムな情報通知)が提供され、最適なポリシーが適用されることで快適なサービス体験が実現できます。
このように、MECは単なる分散配置だけでなく、場所に応じたアプリケーションの提供を可能にし、ネットワークの利便性を向上させる技術です。しかし、現在のネットワークでは、MECと5GC(5G Core)の両者にわたる一貫したポリシー適用が難しいという課題があります。
2. 現状のモバイルシステムにおけるMECとポリシー管理の課題
モバイルシステムのC-PlaneとUEポリシー管理
モバイルシステムでは、5GCのC-Planeがポリシー管理を担当します。C-Plane(制御プレーン)はUEのセッション管理、認証、QoS制御を行い、動的な制御を可能にします。5GCは図1に示すように複数のネットワーク機能(NF:Network Function)で構成されています。

図1. 5G System Architecture
特に、以下の主要なNFがポリシー管理に関わっています。
・SMF(Session Management Function):セッションの確立・管理、UPFの選択、ポリシー適用
・PCF(Policy Control Function):QoSや課金ポリシーの適用
・UPF(User Plane Function):ユーザーデータへのポリシー適用と転送
これらの機能により、5GCはN3インターフェース(図1のRANとUPFの区間)までの通信に対して、一貫したポリシーを適用することができます。PCFがQoSポリシーを決定し、それをSMFを介してUPFに適用することで、遅延や帯域、優先度などの通信要件が制御されます。
たとえUEが移動してアクセスネットワークの環境が変化しても、5GCはUE上で動作するアプリケーション(UEアプリケーション)に対して一貫したポリシーを維持する仕組みが整備されているといえます。
MECサービスへのポリシー適用の課題
一方、MECサービスへのポリシー適用には大きく2つの課題があります。
A. MECを含めたネットワーク全体にわたる一貫したポリシー制御
UEからMECにわたるネットワーク全体に一貫したポリシー制御を適用することで、MECの効果を最大化することができます。しかし、通常、MECは5GCの外側(N6インターフェース)に配置されます。そのため、5GCによるポリシー制御がそのままMECアプリケーションに適用されることはありません。
5GC側とMEC側の2つのポリシー制御機構が必要となります。さらに、ネットワーク全体にわたる一貫したポリシー制御を実現するには、両者のポリシー制御機構を密に連動させなければならず、複雑なシステムと運用が求められます。
B. MECアプリケーションへのポリシー適用機能の実現
MECアプリケーションへのポリシー適用機能を実現するには、アプリケーションにポリシー適用機能を実装するか、MECアプリケーションが動作する基盤(例:Kubernetes)がアプリケーションにポリシーを適用する機構を持つかの2パターンが考えられます。前者には Camara API のような5GC を間接的に利用するフレームワークがあります。厳格なポリシー制御がされていないアプリケーションはこうしたフレームワークを利用することでMECサービスに対応することができますが、既存のアプリケーション資産に変更を加える必要があり、開発コストがかかります。後者は、5GCを全く意識しないアプリケーション資産をMECサービスに対応させることができますが、MEC基盤と5GCとの間で一貫したポリシー管理をする必要があり、Aで述べた課題に突き当たります。
3. 5GCによるMECアプリケーションのポリシー制御機構の提案
これまでに述べたように、MECアプリケーションは通常5GCの管理外にあり、UEアプリとは異なるポリシー適用の仕組みが必要でした。これが原因で、MEC基盤ごとに個別のQoS制御や認証が必要になり、ネットワーク全体の管理が煩雑になっているのが現状です。
そこで、MECアプリケーションを仮想的なUE(vUE)上で動作するアプリケーションとして扱い、5GCのC-Planeを活用するアーキテクチャーを提案します。図2にアーキテクチャーの概要を示します。
このアーキテクチャーではUEアプリケーションもMECアプリケーションも同じ仕組みでサービスポリシーを適用できるようになり、ネットワーク全体で一貫したポリシー管理が可能になります。

図2. 提案する新たなアーキテクチャーの概要
MECアプリケーションを5GCで管理する仕組み
MECアプリケーションを5GCの管理下にするには、いくつかのステップが必要です。
1)MECアプリにIMSIを割り当てる
まず、サービス事業者が提供するMECアプリケーションを5GCの下で管理できるようにするために、MECアプリケーションごとにIMSI(国際移動体加入者識別番号)を発行します。IMSIは本来UEを識別するためのものですが、MECアプリケーション(≒vUE)にもこれを持たせることで、5GCのポリシーを適用することができます。これは、みなさんが通信事業者との間で通信サービスの内容(ポリシー)を確認して契約し、SIMカードを発行してもらう(≒IMSIを発行してもらう)行為と類似しています。IMSIは、UDR(統合データリポジトリ)に登録され、QoSやセキュリティーポリシーが自動的に適用される仕組みになっています。これにより、MECアプリケーションは従来のUEアプリケーションと同じ形でポリシー管理ができるようになります。
2)MEC基盤内に仮想gNB(vgNB)を展開
MECアプリケーションが5GCとやりとりするために、MEC基盤内に仮想gNB(vgNB)を設置します。vgNBは、MECアプリケーション(≒vUE)からの通信を5GCに転送し、通常のUEと同じように5GCのC-Planeに登録される仕組みになっています。現状、vgNBは現在の5GCとの互換性を保つためにのみ存在します。
3)MECアプリケーションの登録と回線確立
MECアプリが起動すると、5GCに対してRegistration(登録)を実施し、ネットワークに参加します。その後、PDU Session Establishment(PDUセッション確立)を行い、通信が可能な状態になります。これにより、MECアプリケーションは契約したポリシーの内容に従って通信の可否が制御されます。
4)5GCによるポリシー適用
MECアプリケーションが5GCに登録されると、QoSや帯域、セキュリティーポリシーが適用されます。これは、5GCのC-Planeを通じてPCF(ポリシー制御機能)がポリシーを決定し、SMF(セッション管理機能)を介して適用される仕組みです。
MECアプリケーションの通信もUEアプリケーションと同じ仕組みの下で管理され、MECサービスを構成する通信に対してネットワーク全体で一貫したポリシー適用が可能になります。
4. MECアプリケーションを5GCの制御下にするメリット
従来は5GCとMECのそれぞれでポリシー管理をし、それらを密に連動させる必要がありました。MECアプリケーションが5GCのC-Planeの管理下に入ることで、MECごとに異なるポリシー制御機構を運用する必要がなくなり、通信事業者の運用負担が軽減されます。
また、アプリケーション開発者やサービス事業者にとっても大きなメリットがあります。従来のMECアプリケーション開発では、5GCのポリシーを適用するために個別の設定やAPIの実装が必要で、モバイルネットワークのコアの仕組みを理解することが求められていました。一方、提案する仕組みでは、例えばKubernetesのマニフェストファイルに、図3に示すような形式でIMSIをラベルに指定するだけで、契約時に設定したポリシーが自動的に適用されます。

図3. MECアプリケーションのマニフェストの例(提案手法)
この仕組みを使えば、アプリケーションをKubernetesにデプロイするときと同じ作法で、5GCのポリシーをアプリケーションに適用できます。通信やネットワークに関する専門知識がなくても、適切なQoS制御やセキュリティー管理を容易に適用できるようになり、アプリケーションの設計や運用の手間が大きく軽減されると考えられます。
キャリアの伝送網(TN:Transport Network)には、あらかじめ顧客やサービス特性などの単位で分離されたネットワークが展開されていることがしばしばあります。これを5GCが扱うネットワークスライスに対応させるようにコンフィグレーションすることで、UEアプリケーションとMECアプリケーションが同じネットワークスライスにN6インターフェイスで接続することができます。端末とMECサービスが同じポリシーに属する契約を交わすことで、5GC による一貫したポリシーを自動的に MEC サービスに適用することができるようになります。
PoCによる検証
今回は、5GCとしてfree5GCを、gNBおよびvgNBとしてUERANSIMを、UEおよびvUEとしてUERAMSIM UEを、それぞれ仮想マシン(VM: Virtual Machine)上に展開してPoC(Proof-of-Concept)の検証環境を構築しました(図4)。MEC基盤には k8s (Kubernetes)を採用しました。

図4. PoCの検証環境
UE1とUE2は、それぞれポリシーAとポリシーBに加入しています。2台のUEは、VM3上のgNBを経由してVM1上の 5GC C-plane との間で登録と回線確立を済ませます。これにより、2台のUEはVM4上のUPFを経由してDNと通信できるようになります。
MEC アプリケーションは、ポリシーBに加入しています。図3に示すようなマニフェストを受け取ったk8sは、CNI(Container Network Interface)プラグインとして実装した vUE を起動します。vUEはvgNBを経由してVM1上の5GC C-plane との間で先述の手順を実施し、登録と回線確立を済ませます。これにより、MECアプリケーションのPod が vgNBとVM6上のUPFを経由してDNと通信できるようになります。
このとき、UE2とvUE(≒MECアプリケーション)は同じポリシーBに加入しているためDNを介して通信可能であり、UE2はMECサービスが利用可能な状態を実現しました。一方、UE1とvUEは同じポリシーに加入していないため通信不可能であり、UE1はMECサービスが利用できない状態を実現しました。これは、MECアプリケーションを5GCの制御下に置くことで、MECサービスにおいて重要なサービスポリシーの制御が可能であることを簡易的に示したことになります。
5. MECサービスの展望
UEアプリケーションと同様にMECアプリケーションも5GCの制御下でポリシーを適用することで、ポリシー制御機構が簡素化され、サービス事業者とキャリアオペレーターの両者に恩恵があることを示しました。今回、PoC環境での実装と動作確認をし、基本的な要件を満たしていることを確認しました。本内容は、電子情報通信学会ネットワークシステム研究会にて発表されました[1]。
今後は、加入者情報(IMSI)だけでなく、ユーザーのエリア情報(TA:Tracking Area)に応じてアプリ利用を制御するといった、具体的なポリシーの実現に取り組みます。これにより、特定エリアでのアプリ提供や利用制限に柔軟に対応できます。また、5GCからのポリシー制御がアプリケーションに与える影響や、ネットワークの運用効率性を確認する予定です。
これらを通じて、通信事業者ならではのMECサービスをより簡単に構築可能になる世界を目指します。今後の多様なサービス要求に対応するため、MECとモバイルシステムが親和したアーキテクチャーの実現に向けて、今後も検証と改善を続けます。
参考文献
[1]. “5GCによるアプリケーションサービスポリシー管理に対応したMECアーキテクチャ”, 石原 匠, 渡邊 大記, 堀場 勝広, 植原 啓介, 信学技報, vol. 124, no. 310, NS2024-158, pp. 86-91, 2024年12月.
執筆者
渡邊 大記、石原 匠