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ソフトバンクのAI for RAN技術紹介 ~セルエッジ通信の高速化とネットワークリソース最適化を実現する3つの革新技術~
#AI-RAN #AI-for-RAN #AI
2025.04.28
ソフトバンク株式会社


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1. AI-RANの3本柱の1つ『AI for RAN』-実環境での進化とその成果-
AIと無線アクセスネットワーク(RAN)の融合によって、次世代の社会基盤の構築を目指すAI-RAN。ソフトバンクはこの新たなアーキテクチャの開発を通じて、AIと通信が一体となった新しい社会インフラの実現に取り組んでいます。その中でも、AIの力で無線通信を高度に最適化する取り組みを「AI for RAN」と定義し、実用化に向けた研究と実証を重ねています。
このAI for RANに関しては、すでに2024年2月に開催されたMWC Barcelona 2024において、初期成果をシミュレーションベースで発表しています。そして2025年3月に開催されたMWC Barcelona 2025において、さらなるアップデートとして、実際の無線(OTA:Over The Air)環境における評価を実施し、通信性能が大幅に向上したことを発表しました。
プレスリリースはこちら:https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2025/20250303_06/
本記事では、AI for RANの取り組みの中でも、今回の実証を通じて明らかになった3つのコア技術について、その技術的背景、そして社会実装に向けた可能性を詳しくご紹介します。
① アップリンクチャネル補間
② AIを活用したMACスケジューリング(MAC-Scheduler)
③ サウンディング参照信号の予測(SRS Prediction)
2. アップリンクチャネル補間でセルエッジの通信性能を50%向上
5Gネットワークでは、基地局から離れた「セルエッジ」と呼ばれるエリアで通信品質が大きく劣化する傾向があります。これは、端末から基地局へ向けての電波が距離や障害物の影響を受けやすく、特にアップリンク(上り通信)においてチャネル状態の正確な把握が困難になるためです。
この問題に対し、ソフトバンクはAIを活用した「アップリンクチャネル補間」を開発しました。昨年時点ではシミュレーションベースでの検証でしたが、今回は実際にサーバーの上で動かしつつ、無線での検証を行いました。具体的には、基地局にAIモデルを組み込み、アップリンク時のチャネル推定精度を高度化することで、複雑な電波伝搬状況を正確に把握し、通信精度を大幅に改善しています。
OTA環境でのAIモデルと従来の非AIモデルの検証を図1に示しており、右図ではスループットが低い時間がセルエッジ相当の環境(赤丸部分)を表し、スループットが高い時間はセルセンター相当の環境(青丸部分)を表しています。 この結果、AIモデル(緑の線)ではOTA環境での検証において、非AIモデル(黄色の線)と比較して、セルエッジ相当の環境(赤丸部分)で通信スループットが最大で50%向上することが確認されました。

図1. AIモデルと非AIモデルでのアップリンク(UL)スループットの違い
3. AIを活用したMACスケジューリング(MAC-Scheduler)で平均スループット10%向上
都市部などユーザー密集地域では、基地局に対して多数の端末が同時に接続されることにより、通信の遅延や速度低下が発生しやすくなります。この課題に対してソフトバンクが開発しているのが、MU-MIMO(Multi-User Multiple-Input Multiple-Output)を用いたMACスケジューリング技術です。
MU-MIMOとは、一つの基地局が複数のユーザーに対して同時に異なる電波ビームを送ることで、通信効率を大幅に高める技術です。ソフトバンクでは16レイヤーのMU-MIMOに対しAIを用いて通信リソース(時間・周波数・空間)の動的割り当てを最適化できないか検証を進めています。

図2. MU-MIMO(Multi-User MIMO)の概要図
図3では、MU-MIMOの概念とスケジューリングの動きを示しています。MU-MIMOでは時間と周波数で構成される無線リソース一つに対し、複数のユーザーが入っていることがわかります。AIがどのユーザー同士を一つの無線リソース上で多重するかを判断しています。さらに、図4ではスループットの数値改善効果をグラフでまとめており、約10%の性能向上が定量的に示されています。この結果、混雑時間帯でもユーザーごとの待機時間が短縮され、ストリーミングやビデオ会議などのリアルタイムアプリケーションでも体感速度が向上します。
また、通信容量が拡張されることで、基地局1つあたりの処理能力が高まり、インフラ投資を抑制できるという副次的な効果も得られます。

図3. 横軸:時間 縦軸:周波数でのリソースブロックのスケジューリング

図4. MU-MIMOを使ってどれくらい効果が出ているかの結果
4. サウンディング参照信号の予測(SRS Prediction)で高速移動時の通信品質を向上
高速移動中の端末、たとえば自動車や電車などの利用者にとって、通信が途切れることなく安定して行えるかどうかは重要な課題です。セルエッジにある端末は、ビームフォーミングと呼ばれるアンテナから発信する電波の指向性を調整し特定の端末に向けて集中させる技術により通信速度の向上を図っています。セルエッジにいてかつ高速移動をしている端末へのビームフォーミングの精度を向上させるために、ソフトバンクはAIを活用して、受信しないタイミングのSRS(Sounding Reference Signal)の予測を行うことで、通信性能改善の検証を実施しました。
SRSは、端末と基地局の間の無線の状況を把握するための信号ですが、ユーザー数が増えると端末から送信されるSRSの送信間隔が広がり、リアルタイムな無線状況の把握が困難になります。AIによるSRS予測では、過去の送信履歴や移動傾向をもとに、今後の位置を高精度で予測し、タイムラグのあるSRS情報に頼らずとも最適なビームフォーミングを実現します。
図5には、SRS予測導入時と非導入時のビーム制御の差がダッシュボード形式で示されており、時速80kmで移動中の通信速度改善が明確に表現されています。これにより、移動体向けサービスにおいても安定したネットワーク接続が可能になり、特に今後普及が予想される自動運転やスマートモビリティへの適用が期待されます。

図5. サウンディング参照信号の予測の評価結果
5. AIで実現を目指す:5Gの進化と6Gへの布石
これら3つのAI for RAN技術は、いずれも5Gの枠内で導入可能なソフトウェア進化型の技術でありながら、通信品質の根本的な改善を実現しています。端末で新たな技術をサポートする必要がないため導入のハードルが低く、かつ効果が大きいため、商用ネットワークへの迅速な適用が可能です。
MWC Barcelona 2024での発表以降、ソフトバンクはOTA環境でのさらなる評価を進めており、国内外の通信事業者との連携による標準化、さらには6G時代に向けたアーキテクチャ設計への応用が視野に入っています。AIを活用した無線最適化は、通信業界にとって“新たな常識”となる可能性を秘めており、今後の展開に注目が集まっています。
さらに、AI for RANが担う役割は通信品質の向上にとどまりません。ネットワークのキャパシティが向上すれば、既存の基地局設備でより多くのユーザーのトラフィックを収容できるようになります。これは、通信事業者にとっては設備投資の抑制に直結する非常に大きな成果です。
今後、スマートシティ、自動運転車、ドローン物流、メタバース通信といった多様化・高度化するユースケースへの対応が求められる中、リアルタイムにネットワークを最適化できるAI制御は不可欠です。AI for RANは、まさにその課題に応える基盤技術として期待されており、次世代ネットワークの構築において中核的な役割を担うでしょう。
AI for RANの技術群は、6Gにおいても重要な機能を果たすと見込まれており、ソフトバンクはこの分野において社会実装を見据えたリーダーシップを強化していく方針です。