被災地からのメッセージ

2012年12月18日公開

果てのない未来に立ち向かう、海辺の町の小さな笑顔たち NPO法人亘理いちごっこを訪ねて 赤い羽根 災害ボランティア・NPO活動サポート募金(ボラサポ)第5次中長期助成団体 ※ボラサポの助成金の一部に、チャリティホワイトの寄付金が使われています。

果てのない未来に立ち向かう、海辺の町の小さな笑顔たち

「今日の夜は、はらこ飯にしようと思うのだけどいいかな?」。満面の笑みで迎えに来てくれた、NPO法人「亘理(わたり)いちごっこ」代表理事、馬場さんとの出会いはこんなところから始まった。はらこ飯とは、亘理の郷土料理で、鮭を煮た醤油だしで炊き込んだごはんの上に、鮭といくらが所せましと詰められるどんぶり飯のこと。新幹線に乗って仙台駅に辿り着き、常磐線に乗り換えて降りた初めての亘理駅。出会って一言目のその問いに、あっけにとられつつも、なんだか急にほっとして心が和む。馬場さんは、はらこ飯はちょうど今が旬だと教えてくれた。
はらこ飯

あたたかな食事を届けることから始まった心の支え

 今回訪れたのは、宮城県亘理郡にあるNPO法人『亘理いちごっこ』。カフェ、学習室、お話聞き隊(傾聴活動)、手作り工房などが活動の中心である。
 亘理地区は、仙台空港のある名取市の少し南に位置する海辺のちいさな町。施設名の由来ともなっている"いちご"の栽培が盛んな土地でもあった。東日本大震災によって、海側の多くの家が津波で流され、94%の農家が被災、また300人以上の方が亡くなられたところでもある。海からおよそ3キロ離れたところに海岸線に沿ってひかれた常磐自動車道は、海抜から5メートルほどの高さにあり、亘理の町を大津波から守ったとも言われる。しかし、常磐道よりも海側の地域には、一度去った津波がその「壁」にぶつかって戻り波が押し寄せ、一体は壊滅的な被害を受けることとなった。
 『亘理いちごっこ』は、その混乱の真っただ中にあった昨年5月初めに発足する。厳しい環境にありながら「あたたかい食事を届けたい」と立ち上がった、地元の方々の想いから動き出したのだ。
 町内の集会場で始まった食事の提供は、被災者もボランティアも、ひとつの部屋でテーブルを囲み同じ時間を過ごすというもの。そこはやがて、離ればなれになった人との偶然の再会や、安堵の涙、また地域内外の架け橋として新たな出会いを生み出していく。この地に関わるたくさんの人との心を『亘理いちごっこ』が支えることとなったのだ。

あたたかな食事を届けることから始まった心の支え
お母ちゃんたちの笑顔が町の力に

お母ちゃんたちの笑顔が町の力に

 「地域の人はもちろん、遠くからやってきた方だって、きちんとしたご飯と休める場所があって、初めて力を出せるはずでしょ。」と馬場さん。
 家族のように迎え入れられるこの場所が恋しくて、当時ボランティアに来ていた人々が今も「ただいま」と、訪ねてくるのだとか。

 話しを聞きに伺った私たちにも、「亘理いちごっこ」のあたたかい想いは変わる事なくそそがれた。カフェに到着すれば、すぐにお昼のメニューが手渡され、ペンもノートも出さないまま、本日のランチ「タラの香草蒸し」を食べるという、何とも不思議な取材 (?)となったのだ。
 傍らで、何やらキャッキャと準備をしていた地元のお母さんたち。聞けば「私たち、お話し聞き隊です」と教えてくれた。専門家の指導を受けた地元お母ちゃんスタッフが、行政の手の行き届かないみなし仮設※1や被災家屋を定期的に訪ね、コミュニケーションをはかる取り組みを続けているのだそう。10カ月の赤ちゃんを抱えたママは「子どもが3カ月の時から、おんぶして回っていますよ」と、こともなげに笑う。
 それでも実は、お話し聞き隊8名中約半分の方は、自身も仮設住宅に暮らしながらの活動だと聞いた。彼女たちは、小雨の降る亘理の町に、いちごのマークが描かれた赤いジャンバーを羽織って、颯爽と繰り出して行く。まるで、雨雲をかき分けて現れた太陽みたいに。

  • ※1
    みなし仮設(住宅):住居を失った被災者が、プレハブ等の仮設住宅ではなく一般のアパートに戻ったり実家に帰ったりして暮らす場所のこと。通常の仮設住宅と同様に、国からの手当を期限付きで受けることができる。

町の魅力、人の魅力を集めて

 お昼ご飯を終えて一息つくと、「食べていって」と、今度は亘理で育った真っ赤ないちごがのったショートケーキと珈琲が届けられる。そのまま気を抜くと、親戚のおばちゃんの家みたいに、すっかりくつろいでしまいそうになるのだ。
 その空気はいたる所にちりばめられている。施設の中には、自慢の術を持ち寄ってできた特製の手作グッズや、寄付で集められた本がずらりと並ぶ。壁にはカメラ好きさんが撮ったと言う、宮城の美しい風景写真が飾られ、訪れた人の目を楽しませていた。
 「この写真はね、始めは一冊のファイルで届けられたの。だけど、せっかくならもっと素敵な形でみんなに見てほしいじゃない。そう伝えたらね、こうして綺麗な額に入れて、定期的に写真を交換しに来てくれるようになったの。」と、茶目っ気たっぷりな馬場さん。

町の魅力、人の魅力を集めて
地域・世代を越えて、つながる想いと生まれる未来

地域・世代を越えて、つながる想いと生まれる未来

 夕方になり、仮設住宅で行われているという、子どもたちの学習指導活動「寺子屋いちごっこ」を訪ねた。学校帰りの子どもたちの元気な声がこだまして、辺りに明るい雰囲気を届けていた。
 将来、何になりたい?――
 野球選手!野球選手!野球選手!と、子どもたちの屈託ない夢が飛び交う。
 念願のはらこ飯を頂きながら、子どもたちの指導にあたる東北大学の学生ボランティアの代表、熱海(あつみ)さんに話を聞いた。
 彼は、今年春に亘理を訪れ、子どもたちの声を聞き、ひとりでこの学習指導活動を始めることを決めたと言う。それから同じ大学の学生を口説き、現在は17人で活動を続けている。
 「ひとりでも希望がある限り続けていきたい。」と、心強い声が返ってきた。

 時に『復興』という言葉を頭で描き、向う先の大きさと照らし合わせてみると、今できることの小ささに途方に暮れてしまう事がある。けれど、ひとりの喜び、ひとりの生きる力は、確かな希望へとつながるのだと、亘理の人たちは言葉なく語りかけている。
 そう―。お料理好きな人、お話し好きさん、勉強の得意な人、力持ちさんがいて、町は魅力で溢れているのだ。みんなの好きや上手をいっぱいに集めたら、未来はキラキラと輝きだすのかもしれない。

ダンテ・カーヴァーさんの訪問 ダンテ先生の英語授業 今日は、CMでおなじみ白戸家のお兄さんこと、ダンテ・カーヴァーさんが「寺子屋いちごっこ」で、一日講師を務める事になりました。町に突然やってきた有名人に「本物だぁ~」「サインください!」「いい匂い」と、子どもたちは大はしゃぎです。その様子を見ているお母さんたちも、なんだかとっても嬉しそう。いつにも増して賑やかになった「寺子屋いちごっこ」。さてさて、どんな授業、触れ合いがあったのでしょう。

寺子屋に集まる小学生はみんな素直でとっても元気

寺子屋に集まる小学生はみんな素直でとっても元気

授業を受けた中学生と最後にハイポーズ!

授業を受けた中学生と最後にハイポーズ!

小学生と自己紹介の練習です

  • 突然訪れたダンテさんは、子どもたちに囲まれて、さながら撮影会となりました。突然訪れたダンテさんは、子どもたちに囲まれて、さながら撮影会となりました。
  • 「Nice to meet you! My name is Dante Carver.」「Nice to meet you! My name is Dante Carver.」
  • みんなで、英語で挨拶の練習をしました。みんなで、英語で挨拶の練習をしました。
  • 記念写真もいっぱい撮ったね記念写真もいっぱい撮ったね
  • 子どもたちに大人気のダンテさん子どもたちに大人気のダンテさん
  • 「おんぶさせて~」と、力持ちの男の子。「おんぶさせて~」と、力持ちの男の子。
  • 子どもたちに漢字を教わりながら、サインを何十枚と書くダンテさん。子どもたちに漢字を教わりながら、サインを何十枚と書くダンテさん。
  • 寺子屋の会場となっている集会場には、全国から寄せられたメッセージが飾られていました。寺子屋の会場となっている集会場には、全国から寄せられたメッセージが飾られていました。

中学生とはゲーム方式の授業をしました

  • ワクワク、ドキドキ!まずは、東北大学の学生さんからルールの説明。ワクワク、ドキドキ!まずは、東北大学の学生さんからルールの説明。
  • 和やかな様子で授業は進みます。和やかな様子で授業は進みます。
  • 先生姿がすっかり板についているダンテさん。先生姿がすっかり板についているダンテさん。
  • みんな上手にできるかな?分からない事があったらダンテ先生に尋ねてね。みんな上手にできるかな?分からない事があったらダンテ先生に尋ねてね。
  • そろそろ発表の時間です。みんな元気よく手をあげてくれました。そろそろ発表の時間です。みんな元気よく手をあげてくれました。
  • 「What actress do you like?」子どもたちから、こんな質問も飛び出しました。答えは???「I like Ueto Aya san」と返事がかえると、教室に一気に盛り上がります。「What actress do you like?」子どもたちから、こんな質問も飛び出しました。答えは???「I like Ueto Aya san」と返事がかえると、教室に一気に盛り上がります。
  • 上手に会話のできた子どもたちと、ガッチリ握手を交わすダンテ先生。上手に会話のできた子どもたちと、ガッチリ握手を交わすダンテ先生。
  • みんな今日の授業は最高だったよ。みんな今日の授業は最高だったよ。
何も無い景色から見えてくるもの

ダンテさんと初の被災地訪問で――

 ダンテさんは、震災後早い時期に、ボランティア活動に参加しようと動き出すも、いろいろな事情が重なって実現しなかったという経緯もあり、今回の亘理訪問への想いはひとしおだった様子。寺子屋で授業が始まる前に、馬場さんの案内で、亘理の町を案内してもらうことになった。

何も無い景色から見えてくるもの

 「浜から5キロのところまで津波がきました。この何もない野原一帯に、元は家がたくさんあったんですよ。」
 常磐道を境に、一変する海側の街並み。視界は、取り残されたようにぽつりと残る数軒の家と、ようやく再建し始めたいちごのビニールハウスがいくつかだけ。何も無い土地のように見えるが、よくみると家の土台だけがそこかしこに残されている。そこに賑わいのあった姿を想像するには、いまとはあまりに遠すぎる風景だ。あったであろう暮らしの様子が遠ざかるほどに、わたしたちの心に痛みとなって突き刺さってくる。
 がれきはきれいに処理されたが、またくるかもしれない津波に備えて、この土地に新たな家が建つこともないし、賑わいも戻ってこない。畑にしようにも塩害で作物が育たない。この寂しい景色は、いつまで続くの?ダンテさんは言葉を失い、ただただその景色を見つめていた。

痛み、悲しみ、喜び・・・。ThinkからFeelに

 16時をすぎて、太陽が少しずつ傾き始め、亘理の港を照らした。さっきまで雨雲に覆われた亘理の空に突如現れた太陽のまぶしい光。ゆっくりと揺れる港の船を照らしたその日の空は、「so beautiful」とダンテさんからもため息がもれるほど、とても美しかった。
 同時に、傍観者のようにしてここに立つ自分をどう位置付けたらいいのだろ。これに何の意味があるのだろうという無力感が押し寄せる。
ぶしつけにも、同じ問をダンテさんに投げかけてみた。すると言葉をつまらせながら、ゆっくりとこんな風に話してくれた。
「頭で考えることと、こうして来て感じることの違いを実感しています。これほど大変な出来事があったのだと改めて思いましたし、その中で出逢った亘理の方々の人柄に救われました。」と。

痛み、悲しみ、喜び・・・。ThinkからFeelに
同じ空の下、共に生きている

同じ空の下、共に生きている

 いちごっこのカフェに戻ると、あたたかい珈琲と手作りのシフォンケーキが待っていた。ダンテさんとたわいもない話しをした。ダンテさんは先日第一子を授かりお父さんになったばかりだと教えてくれた。だから余計にこの町の子どもたちが、可愛くて仕方がない様子。目を細めると、窓の外に、雲の切れ間から一筋の光が注ぐのが見える―。
 亘理に来て私たちは、海に映る夕暮れの太陽が美しいこと、亘理の人が作るいちごは真っ赤で大きくて甘いことを知った。
 彼らの日々に思いを馳せ、つながりをみつけていくこと、感じ続けていくことがここで見つけた一歩だった。

撮影:齋藤政之

取材者紹介

木下真理子
木下真理子

福島県福島市生まれ。福島県内で発行のフリーマガジン「dip」の編集長を創刊より7年に渡り務める。主に同世代向けに、福島での暮らしの楽しみを伝えてきた。 3.11をきっかけに、福島の現状をそとに向けて等身大の声として伝えるべく活動を始める。2012年2月、会社を退社。現在は、フリーでライターやディレクションの仕事に従事している。

●Meets 福しま http://fukushima.apbank.jp/

取材感想

~取材者として。福島県民として、今感じること。~

先日、東北地方を中心に大きな地震がありました。私の住む福島市も大きく揺れ、慌ててテレビを見ると、津波警報が発令されています。その時、とっさに浮かんだのは、亘理のひとたちのことでした。思う事しかできないけど、思う事はできるようになった。小さな出会いは、確実に私に変化を与えました。今度は「ただいま」と言って、もう少し成長した自分の姿を馬場ママに披露したいと思います。

  • これまでに紹介した被災地からのメッセージを見る
  • チャリティホワイト特設サイトトップに戻る