被災地からのメッセージ

2013年7月24日公開

子ども達と共に歩み、一歩ずつ、少しずつ、未来へ NPO法人『ビーンズふくしま』を訪ねて

赤い羽根 災害ボランティア・NPO活動サポート募金(ボラサポ)第5次中長期助成団体

  • ボラサポの助成金の一部に、チャリティホワイトの寄付金が使われています。
ビーンズふくしま
雨の日が続く7月の東北。一面に広がる田んぼの稲穂には雨露が残り、緑が一層輝きを増している。その間をくぐり抜けた小高い丘に、プレハブの家々が並んだ町がみえた。夕方になると、どこからともなく子どもたちが集まって来て、笑い声がこだまする。顔見知りのお兄さんお姉さんを見つけると追いかけっこが始まって、「時間ですよ」のかけ声とともに、皆一斉に町の中心にある集会場へと向かって行った。

子どもの支えとして、ふみだした一歩

 顔見知りのお兄さん、お姉さんの正体は、東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所の事故により避難生活が続く仮設住宅にて、子どもたちの放課後学習指導にあたるNPO法人『ビーンズふくしま』のスタッフたちの姿である。現在、今回おじゃました福島県二本松市の仮設住宅に加えて、全7ヶ所の仮設住宅での支援をおこなっている。
 『ビーンズふくしま』の活動は、多岐にわたり、県の中心部、中通りと言われる地方を中心に、様々な問題に直面する子どもたちの支援を長年にわたり続けてきた。発足より14年を迎え、不登校やひきこもり、ニートといった状況が、大きな社会問題となった頃から、たくさんの若者たちと真剣に向き合ってきた。
 有志3人で始めた活動も、現在は40名のスタッフを抱え、フリースクール、心の不安を個別で相談できる部門や、職業支援なども行っている。

 「学習指導とは言っても、最初は、静かにしている事、机に座らない事からの指導でした。二本松市の仮設住宅には、原発事故の避難区域にあたる浪江町の方が暮らしています。混乱の中での避難は、元あったコミュニティーを崩し、地域での子育てが難しくなっている状況があります。さらに、住み慣れない家での生活で、親御さんもストレスを抱え、その歪みが子どもへと向かうこともあります。子ども達は心の中を声に出す事は殆どありません。ですので、週に2回の学習指導を通して、彼らの想いを感じ、受け止めてあげるのが私たちの仕事だと思っています」と、スタッフの新山さん。
 ちなみに、子ども達に"ししょう(師匠)"の名で親しまれる新山さんは、宮城県在住で片道35キロの通勤を躊躇なくこなす、情熱の持ち主。退職の後の現在、教員としての経歴を活かし、仮設住宅での学習支援全体の指揮官役を担っている。
 『ビーンズふくしま』の活動は、震災後は特に、こうした熱きメンバーの想いに支えられてきたのだ。

  • 仮の住まいの暮らしが、日常になりつつある。
    仮の住まいの暮らしが、日常になりつつある。
  • お勉強前の和みのひととき。
    お勉強前の和みのひととき。
  • 始めは新山さん(師匠)より、本日の説明。
    始めは新山さん(師匠)より、本日の説明。
  • 学生ボランティアさんも慕われ、大活躍。
    学生ボランティアさんも慕われ、大活躍。
  • 中鉢博之さんは、14年前の設立時より運営に携わる。
    中鉢博之さんは、14年前の設立時より運営に携わる。

終わりの見えない避難生活の中で見えてくること

 彼らに見守られながら、集会所では、漢字の練習や算数のドリルなど、それぞれの課題を机に広げ、勉強に励む子ども達の姿がある。無邪気な笑顔が印象的で、甘えん坊かつ人懐っこい。取材に訪れた私たちを寛容に受け入れてくれるのは、浪江の穏やかな風土が子ども達にも受け継がれているからだろうか。出会ってまもなく、カメラマンは"ヒゲ男くん"、同行のスタッフは "モヒカン君"とあだ名までつけられてしまう始末だった。

 「いわゆる学級崩壊の様な状態の時期もありましたが、今ではだいぶ落ち着きを取り戻しています。挨拶もできますし、靴も上手に並べられるようになりましたよ。年齢が違う子ども達が一緒に学習しますので、下の子の面倒をみたりという関係が築いていけるのもここの特徴です」と新山さん。
 一方、理事を務める中鉢博之さんは、震災より2年以上が過ぎた現在の苦悩をこう話す。
 「緊急対応時が過ぎて、生活という視点での継続的な支援が必要となってきいています。そういった活動をする上で、特に私たちは、子ども達、親御さん、地域の方々との信頼関係を積み上げていくことが重要になるので、スタッフの育成にも時間を要します。しかしながら、震災に対する世間の関心は薄れつつあり、その中で人員確保や資金維持などの問題は、時間を追うごとに大きくなっています」。

複雑に重なり合った課題に向き合い続けていく

 集会所の外に出て、辺りを見渡すと、家をぐるりと囲むように置かれたプランターが数多く目に映る。そこに植えられ緑たちは、夏本番を待たずして、トマトや茄子が立派に実りを迎えていた。もの言わぬ植物は、自然溢れる浪江の風景、彼らが育んだ豊かな暮らしの数々、故郷への想いを強く語りかける。それらを受け止めるには、小さなプランターはあまりに窮屈だ。
 「長引く避難生活で疲れ果て、ここに暮らす人の力は弱り続けていきます。ゆえに問題は声になることなく、見過ごされていきます。復興住宅、仮の町など、様々な話を耳にしますが、一向に見通しがたたないというのがここでの実感です」と新山さんは伏し目がちに話す。
 決して平坦ではない復興への道のりにおいて、こうした地域に根ざす『ビーンズふくしま』の取り組みは、その大きな一助を担っている。現在は、仮設住宅での放課後学習指導と個別のカウンセリングを軸に、他団体との連携を計りながら、変化する状況を素早くキャッチできる体制も整えている。

  • おじいちゃんから手渡されたトマト。
    おじいちゃんから手渡されたトマト。
  • 浪江では、10棟のビニールハウスで野菜を栽培していたと教えてくれた。
    浪江では、10棟のビニールハウスで野菜を
    栽培していたと教えてくれた。
  • おどけて見せるとってもお茶目な子どもたち。
    おどけて見せるとってもお茶目な子どもたち。
  • 子どもたちが駆け寄ると、表情もゆるやかに。
    子どもたちが駆け寄ると、表情もゆるやかに。

心の襞に寄り添い、共に歩んでいく

お勉強をひとしきり終えると、お待ちかねのおやつタイムがやってきた。ほっと一息して、じゃれ合いながらお菓子を頬張る様子は、他のどの町の子どもと変わりはない。しかし、彼らが見せてくれた笑顔の裏では、心の襞が何層も重なり合い、東北人ならではの慎ましさとともに、素顔は覆い隠されてしまう。
 そして、この言葉にならない、心の奥に秘められた苦悩と葛藤は、「被災地」という大きな枠によっても曖昧なものへと変っていってしまうのではないか。
 そこに暮らすひとりひとりと向き合いながら、心の襞を読み解く彼らの姿は、愛に満ち、勇ましくもあった。

 施設名となっている「ビーンズ」を日本語に訳せば「豆」となる。豆は、水や土、太陽の光が加わって芽を出し、成長を続けて行く。ひとつの可能性を前に、皆が力を出し支え合うことができたなら、いつか、芽は葉を付けて幹となり、大きな青空へと向かいすくすくと育っていく事ができるのだろう。

NPO法人『ビーンズふくしま』

  • 宿題や自主学習に励む子どもたち。
    宿題や自主学習に励む子どもたち。
  • 靴、上手に並べられたかな?
    靴、上手に並べられたかな?
  • とっても穏やかな表情で子どもたちに話しかける中鉢さん。
    とっても穏やかな表情で
    子どもたちに話しかける中鉢さん。
  • 丁寧に手入れされた花壇たち。
    丁寧に手入れされた花壇たち。
  • 学習の後は、それぞれの家へと向かう。
    学習の後は、それぞれの家へと向かう。
  • ここに、ひとりひとりの暮らしがある。
    ここに、ひとりひとりの暮らしがある。

取材者紹介

木下真理子
木下真理子

福島県福島市生まれ。福島県内で発行のフリーマガジン「dip」の編集長を創刊より7年に渡り務める。主に同世代向けに、福島での暮らしの楽しみを伝えてきた。 3.11をきっかけに、福島の現状をそとに向けて等身大の声として伝えるべく活動を始める。2012年2月、会社を退社。現在は、フリーでライターやディレクションの仕事に従事している。

●りんご畑の樹の下で https://www.facebook.com/gingo.fukushima2012

取材感想

~取材者として。福島県民として、今感じること。~

福島市に暮らし、自分自身、様々な不安や悩みを抱え暮らしている一方で、もっと根の深い現実的な問題に直面し続けている毎日がありました。それらは、レイヤーのように何層にも重なって、すぐお隣の出来事も、見えにくくなってしまう様に思います。今起きている様々なことに目を向けていくこと、感じる力が必要なのだと、心を新たにするきっかけをいただきました。

撮影:齋藤政之

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