【GOVTECH】地方行政のDX、自治体が担うべきは「信頼」の担保

2020年11月17日掲載

行政を国民へのサービスと考えるならば、私たち国民の対面となるサービス提供者は地方自治体であることが多い。生活の中で市区町村の役所に行くことはあっても、霞が関まで出向くことはない。

中央政府と地方自治体は別の人格であり、地方ごとに異なる方針の下、異なる政策を実行する。そのため、「 日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)」と言っても私たちに提供される全ての行政サービスを全国で一斉にDXするのは難しい。実際は都道府県、市区町村ごとに取り組みを行い、その輪が徐々に広がっていくというのが現実解だろう。中央政府はその後押しをする役割を果たす。

では日本の地方行政の現場では、何が起こっているのか。さいたま市では、スマートシティ構想の一環として、市民のパーソナルデータを預かり管理する「情報銀行」の取り組みを開始している。行政のDXをテーマにした連載企画「GOVTECH ─政府のニューノーマル─」。第三回は、さいたま市長の清水勇人氏とパーソナルデータ活用実証事業を担当する有山信之氏にお話を伺った。

目次

清水 勇人氏

埼玉県 さいたま市長

有山 信之氏

さいたま市

環境未来都市推進担当主幹

さいたま市が進める「スマートシティさいたまモデル」構想

埼玉県さいたま市は、全国的にも先駆けてデジタル化に取り組んでいる自治体の1つ。2015年からは「スマートシティさいたまモデル」の実現に向けて、自治体と民間企業、大学や研究機関といった「公民+学」が連携して社会課題の解決に取り組む事業をスタートさせた。

その事業の一環として進められているのが、データ利活用型スマートシティの基盤となる「共通プラットフォームさいたま版」だ。新たに区画整理を進めているさいたま市の副都心でもある美園地区を先導モデル地区として、さまざまな街のデータを収集、管理、活用するための情報共通基盤を構築。民間の事業者が情報共通基盤上のデータを利活用し多様な市民生活に応える生活支援サービスを提供する、というスキームである。

さいたま市はどのような経緯で「共通プラットフォームさいたま版」をスタートさせたのだろうか。

清水市長:「共通プラットフォームさいたま版」はスマートシティ構想の一環として開始しました。そもそも、「スマートシティさいたまモデル」は環境問題への取り組みから始まったものです。まずは2009年からCO2排出量の削減のため、次世代自動車の普及施策として「E-KIZUNA Project」を発足。その後、2011年の東日本大震災を教訓として、災害に強く、暮らしやすい街を作っていこうと、「次世代自動車・スマートエネルギー特区」の認定を受けて、国に先駆けて、災害に強い、レジリエントなまちづくりに向けた取り組みを開始しました。これが2015年からスタートした「スマートシティさいたまモデル」の原点です。

さいたま市の人口は順調に増えていますが、2030年をピークに減少に転じると推計されています。また、急激な高齢化などを要因として、社会保障費が財政を圧迫することが予想され、あわせて公共施設の老朽化などの課題も出てきます。

そうすると、行政サービスの質を高めながら歳出を抑えていく必要性があります。一方では、市民のニーズは多様化・複雑化しており、市民のQOL向上には、現状を速やかに把握し、効果的な施策を効率よく提供していかなければならない。そのためには、データを利活用することが不可欠です。

そこで、様々な社会課題を解決し、持続可能な都市を目指し、データを利活用したスマートシティの実現に向けて、まずは美園地区でデータ利活用に取り組んでいき、その後に、全市域へ展開していくことを考えています。

市が市民に対してデータを提供してもらうことへの信頼を担保

現在、美園地区では「アーバンデザインセンターみその(UDCMi)」がまちづくりの拠点となり、街のデザインやメンテナンス、新たな生活を支援するサービスの提供、コミュニティづくりの分野で先進的な取り組みを行っている。

事業の核となっているのが、データの利活用だ。「共通プラットフォームさいたま版」を活用して、ヘルスケア、エネルギー、環境、交通、観光といった広範囲のデータを集め、新たな生活を支援するサービスとして提供する仕組みを構築。複合的にデータを組み合わせることで、データ価値を高めることを目指している。

運営母体となる一般社団法人美園タウンマネジメントをさいたま市とは別組織として立ち上げ、エリアマネジメントとプラットフォームの活用を連動させて迅速な取り組みを行っている。

清水市長:行政はビッグデータの宝庫ですが、それを有効活用できていない部分もありました。財政が硬直化する中、市民のニーズは多様化・複雑化しており、市民のみなさんにもっと質の高い行政サービスを提供するためには、まずは、市の副都心である美園というエリアで分野横断的にデータを活用できる仕組みを構築し、全市へ展開していくことが必要でした。そのためデータを利活用する仕組みの構築を「公民+学」で一体となって取り組んでいます。

データ基盤が整えば民間の事業でビジネスとしてきちんと成立するものが出てきますから、行政がやるべき分野が限定され、財政の節約につながります。また、行政がハブになり、企業が業界の枠を超えて連携することで、イノベーションを創出し、新たなサービスの提供にもつながると考えています。結果的に、市民のみなさんは便利なサービスを利用でき、民間企業は利益を得られて、行政マネジメントの効率化も図れるのです。

では、行政が果たせる役割とは何か。それは「信頼」の部分です。

これまで日本のデジタル化が進んでこなかった背景には、信頼の問題がありました。市民としては企業にプライベートなデータを提供するのは二の足を踏んでしまう部分があります。そこには信頼が必要です。「スマートシティさいたまモデル」の事業では、さいたま市がデータ利活用のための「つなぎ役」を担っています。

データを集める過程でさいたま市という身近な行政機関が入ることで信頼を高め、その信頼の下で民間企業と行政で議論しながら質の高いサービスを提供するための環境を作っていく。民間企業にも入っていただくことで、市民のみなさんにとってもより便利で安心で、親しみのあるサービスの提供を実現できます。

パーソナルデータ活用実証事業「ミソノ・データ・ミライ」

そして、「共通プラットフォームさいたま版」の実証事業として、2019年に実施されたのがヘルスケア分野のパーソナルデータ活用に特化した「ミソノ・データ・ミライ」プロジェクトだ。

美園地区の住民など100名に参加してもらい、購買情報、スマートウォッチや体組成計の情報、血液や歩き方のデータなどに加え、取り扱いに配慮が必要な健康診断の結果など、リアルなパーソナルデータを提供してもらう。取得したデータは「共通プラットフォームさいたま版」に蓄積し、民間企業に提供。各企業はパーソナルデータを新たなサービスの開発や提供に生かし、参加者に価値を還元するという仕組みだ。ソフトバンクも共通プラットフォームの運営事業者として、本実証事業に参加した。

「ミソノ・データ・ミライ」について、同実証事業を担当するさいたま市 環境未来都市推進担当 有山信之氏は次のように話す。

有山氏:数年にわたって「共通プラットフォームさいたま版」に取り組む中で意識していたのが、マネタイズです。財政が硬直化していくなかで、データの利活用を自治体の負担だけで持続させることは困難なので、事業を持続させるためにもマネタイズしていくことが重要でした。当然、市民生活の質の向上につなげていくことが我々の使命ですので、両立させやすい事業として、ヘルスケア分野から取り組みをスタートしました。

住民など100名からさまざまなパーソナルデータを提供していただきましたが、健康診断結果のようなデリケートな情報もあり、これらを企業に提供するのは住民にとっても不安があるはずです。

その不安を解消するのが自治体の役目。「ミソノ・データ・ミライ」では、データの取り扱いについて、弁護士に規約を監修していただいたほか、参加者がパーソナルデータの利用について承諾した後も、自らデータの利活用先を変更できるVCRM(Vendor and Customer Relationship Management)という管理システムを導入し、さらに、安心感につながる仕様としています。このVCRMが「共通プラットフォームさいたま版」の大きな特徴でもあります。

参加企業は、保険会社、流通、薬局、健康関連サービスを提供する企業などです。取得した情報をもとに、一人一人の購買履歴やニーズに基づいた商品の提案、食事改善サービスの提供などに活用することを目指しました。

また、どのようなビジネスモデルが描けるかという点についても検証する実証だったのですが、結果として、パーソナルデータの利活用に対する社会の反応が良いとは言えない今の社会情勢では、民間企業がパーソナルデータを活用して収益を上げていくことはまだハードルが高いという側面も見えました。

しかし、参加市民へのアンケートでは、「参加して自身の健康増進に役立ったか?」という質問に対して、「非常に役立った」「少し役立った」をあわせると9割近くに達しました。また、「自身の健康情報や購買情報を提供することへの不安は?」という質問に対しては、「非常にあった」「少しあった」と回答は1/3ほどでした。

興味深い結果が出たのが、市民が提供する情報の価値についてです。「情報を提供したくない」という人はごく少数で、情報の対価を聞いてみると、0円〜1万円以上と回答はばらけているものの、多くの方がご自身が考える適正価格であれば情報を提供してもいいと思っているという傾向が見えてきました。

こうした事業に参加していただくには、最初の一歩が難しいと思います。市民の不安をどう取り除き、データをどう利活用していくか。今回の実証を通して、「データを利活用することが当たり前の時代なんだ」という社会情勢になるまで、我々が自治体として取り組んでいく必要があると改めて実感しました。

そして、デジタルデバイドを引き起こさない「データ利活用型のスマートシティ」を実現することで、住民生活の質の向上や、高齢者の社会参画、そして行政サービスの効率化につなげていきたい。

市民生活を向上させるデータ利活用モデルを追求

さいたま市では、2020年度から新たな取り組みを開始した。次に着目したのが、スポーツ分野でのデータ利活用だ。また、その先を見据えた事業構想もすでにあるという。

有山氏:新たなマネタイズの方法として、今年度はスポーツ選手や、指導者に向けたパーソナルデータを活用したサービス提供に取り組んでいます。

「共通プラットフォームさいたま版」と連動させたアプリを開発し、企業ではなく個人単位で、アプリ利用料金をいただくビジネスモデルを検討中です。

例えば、今年度は、新型コロナウイルスの影響もあったため、なでしこリーグ2部の選手に協力をいただき、女性アスリートの3主徴といったスポーツ選手の悩みを解消する機能の開発を検討していますが、今後、いわゆる使い過ぎ症候群といった子どもたちのスポーツ障害などは、データにもとづく指導により発症リスクを軽減させる可能性があります。すべての指導者が、効率良く子どもたちのデータを取得し、活用できるようなサービスを目指しています。

将来的には、「共通プラットフォームさいたま版」をさいたま市内の中小企業に活用していただけるようにしたいと考えています。中小企業が独自でデータを取得し、活用するのは難しいと思いますが、「共通プラットフォームさいたま版」でデータを収集、分析したものを企業に提供することで、事業規模を問わず、データ利活用が可能になります。

日本の行政のデジタル化は進むのか

コロナ禍を経て、ようやく日本のデジタル化が加速しつつある気配を見せている。さいたま市の取り組みは日本のほかの自治体にどんな影響を与えるのだろうか。自治体のデジタル化の必要性について、清水市長は次のように話す。

清水市長:さいたま市に限らず、どこの自治体も今後は財政が厳しくなってきます。その中で、各施策の効果を上げ、市民に豊かさを提供していかなければなりません。そのためにはデジタル化が必要です。

デジタル化の利点として、作業スピードがアップするのはもちろんですが、リアルタイムで現状を把握できることが挙げられます。

行政の場合、人口などのデータはつかめますが、細かな変化はリアルタイムでつかめません。課題を見つけて分析するのに1年、解決策を検討し、施策を打ち出すまでにさらに1、2年かかっているのが現状です。

今後、行政は現状をいち早く分析して先を見据えた施策を速やかに実施していくスタイルに変わっていく必要があります。そのためにも、デジタル化を進めて、PDCAサイクルを早いスピードで回していくことが求められると思います。

現在、美園地区で取り組んでいる「スマートシティさいたまモデル」は、最終的にさいたま市全体に実装していくこととしていますし、そのモデルを日本全国、世界に発信していく考えです。また、さいたま市ならではの特性を生かして独自の施策を進めながら、都市間で協力できる部分は連携し、より良い都市マネジメントに取り組んでいきたいと思います。

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