医療MaaS最前線。長崎県五島市が進める、通院困難者を救うモバイルクリニック事業とは?

2023年12月1日掲載

医療MaaS最前線。長崎県五島市が進める、通院困難者を救うモバイルクリニック事業とは?

地域医療における課題解決の先端事例として、長崎県五島市が進めている「モバイルクリニック事業」。

「テクノロジーの新潮流。今、世界が動きだす。」をテーマに開催されたソフトバンクとして最大規模の法人向けイベント「SoftBank World 2023」において、五島市の福祉保健部 国保健康政策課 課長補佐 尾崎氏が登壇し、全国の移動困難な患者 への解決策として五島市の最新の取り組みについて講演を行いました。


本記事では、講演後に行った尾崎氏への直接インタビューを交え、五島市が抱えている課題やモバイルクリニック事業実施の経緯、今後の期待についてまとめています。

五島市役所 福祉保健部 国保健康政策課 課長補佐 尾﨑 美千恵 氏

尾﨑 美千恵氏

長崎県 五島市役所 福祉保健部 国保健康政策課 課長補佐

目次

五島市における医療MaaS「モバイルクリニック事業」とは?

五島市では、若者の流出が止められず、65歳以上人口が総人口に占める割合(高齢化率)は41%を超えています(国の高齢化率は28%)。少子高齢化の波は住民生活に大きな影響を与え、特に医療・介護の分野での課題解決は住民から大きな期待が寄せられていました。尾崎氏は五島市の課題を次のように語ります。

「人材不足の影響で、バスの減便、タクシー会社の撤退が進み公共交通機関は衰退。結果、住民の移動の負担が高まっていました。また、医師の数が相対的に不足している地区では、定期的に診療が必要な方でも通院困難な状況が続いています。この課題解決には、オンライン診療などの活用が最適であるのは確かなのですが、高齢者自身でオンライン診察を使いこなすのは難しいのが現状です。さらに、五島市では二次離島(本土から直接行くことができない島)を多く抱えていることからも、天候に左右されない医療体制の提供が求められていました」

 この課題解決のために、五島市では医療MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)を活用したモバイルクリニック事業を開始しました。医療MaaSは、「医療」と「モビリティ」を掛け合わせ、患者や医療従事者に医療関連の移動手段を提供するサービスです。モバイルクリニック事業について尾崎氏は次のように語ります。

「モバイルクリニック事業では、専用車両が患者さんの自宅付近まで移動し、車両内で看護師のサポートを受けながら、院内の医師からオンライン診療が受けられます。結果、これまでは片道30分以上、中には1時間近くかけて通院している患者さんの移動にかかる費用負担、身体的苦痛の軽減につながりました。また、医師は訪問診療にかかっていた移動時間を外来患者の診療に充てることができるため、医師側にとってもメリットがありました」

五島市の医療MaaS事業の概要

なぜ五島市には医療MaaS「モバイルクリニック」が必要だったのか?

少子高齢化、人材不足の課題は全国的に共通しており、さまざまな対策を打たなければならない中で、五島市ではモバイルクリニック事業に踏み切りました。その背景を次のように語ります。

「五島市では、自家用車が島民の移動手段として不可欠であり、公共交通機関の衰退で一番打撃を受けたのは自分で運転できない高齢者でした。加えて、市民アンケートを通じて、毎年50%以上の市民が『医療サービスの充実度』に満足していないという状況も認識していましたので、移動に関する支援を通じて、医療サービスと生活支援の充実を目指すという方針に至りました。
その手段を検討する中で、モバイルクリニック事業が有力な解決策として挙がってきました。『いつかはやらなければならない』と考えていたときに、デジタル田園都市構想交付金の発表があり、一気に実現に向けて進むことができました」

国の交付金も活用し、事業を推進した五島市。車内にはポータブルエコーや遠隔聴診器など、遠隔であっても医療サービスが提供できるようさまざまな医療機器が搭載され、住民ニーズに合った医療支援体制が整備されました。
一方で実施前には、市民から「多額の事業費をかけるよりも、タクシー代の補助をすれば良いのではないか」という指摘もあったそうです。しかし実際に事業を進めていくことで、タクシー代の補助では対応できない患者さんがいることが分かったようです。

「ある夫婦の患者さんで、旦那さんの体に少し硬直があるため、通院が大きな負荷になっていました。通院にはタクシーを使うのですが、体の不自由な方には乗りづらく介助が必要のため、奥さんが身支度から乗り降りまで対応されていました。身体的な負荷に加えて、通院時間も半日かかる状況であったため、とても苦痛だったようです。
それが自宅で診療が受けられるようになったことで、負担が減り、夫婦ともに喜んでいるというお話を聞き、タクシー代の補助では課題解決に繋がらない患者さんがいることに気づかされました。

定期通院の課題は田舎だけではなく、都心部でも例外ではないと思います。モバイルクリニックが広がることにより、多くの患者の課題解決に繋がれば良いなと考えています」

医療MaaS導入までの道のり

モバイルクリニック事業を開始するにあたり、五島市は10を超える関係機関と協議や調整を行ったそうです。調整で苦労した点について、尾崎氏は以下のように語ります。

「医療の分野では、まだ対面診療が主流だという考えもあります。地元の医療機関、医師会、薬剤師会などで、意見はそれぞれ異なりますので、何度も足を運び、説明会も実施しました。そんな中、代診をしてくださっていた長崎大学医学部の先生方に協力いただけたことでスムーズに進めていくことができました。地元医師会のバックアップがあったことで、オンライン診療について一定の理解が得られたことは、今後の事業拡大に向けていい風が吹いてきたのではないかと思っております。
運行業務と看護業務についても、調整に苦労しました。原因は人材不足で、具体的には、運行業務において本事業に充てられるタクシー運転手がいないという点でした。そんな状況ではありましたが、何度も関係者間で協議を進めていき、具体的な事業内容や対価が定まったことで、なんとか対応してもらえることになりました」

苦労の末、関係者との調整ができたことで、事業開始後にさまざまな事業展開を検討できるようになったようです。その中で実現に至ったのが、五島市独自の取り組みであるオンライン栄養指導です。

「事業開始に向け、関係者と協議を重ねていくうちに、医療機関からの提案がありました。それがオンラインの栄養指導です。モバイルクリニック事業に関わる医師が糖尿病専門医だったこともあり、患者さんの重症化予防のため栄養指導をモバイルクリニックで実施できないか検討を重ね、同意のあった患者にモバイルクリニックでの栄養指導を実施しています。現在は4名の患者さんへ、慢性腎臓病や糖尿病性腎症などの指導を行っております」

五島市の医療MaaSの事業体制

医療MaaS導入の効果

このモバイルクリニック事業を進めたことによる最大のメリットは、看護師が車に乗って診療を補助することで、医師が遠隔から診察できることです。その具体的な内容を、尾崎氏は次のように語りました。

「医師が訪問診療を行う場合は、往復の移動時間と診療時間で約57分。この場合は1名しか診療できません。モバイルクリニックの場合は、移動に要していた時間に2名ほどの診療が可能になりますので、結果としては5名の診療ができるということになります」

医療支援業務の効率化に成功した五島市。一方で、導入前には、本当にこの事業が患者のためになるのか、という不安もあったと尾崎氏は語ります。しかし、導入後の患者からの満足度を聞いて不安は解消されたようです。モバイルクリニックを利用する患者の声を尾崎氏は次のように紹介します。

「これまで二次離島同士でも、タブレットとタブレットのオンライン診療は実施していたのですが、その場合は診療所に行ってオンラインでつながるだけなので、普段の診療とは大して変わりませんでした。一方で、モバイルクリニック事業の場合、患者さんは『私のために来てくれてありがとう』と言ってくれます。
モバイルクリニック事業では、車が到着すると看護師が『車が来ましたよ。行きましょうか』と迎えに来てくれて、車に乗る介助をしてくれます。車中で医師とオンラインで繋がるまでは、看護師と話もできるんですね。診療後は『またね。さようなら』と言って、看護師が家まで送ってくれます。
普段の診療よりも先生や看護師さんと喋れる時間が多いためか、モバイルクリニックのほうが満足感が高いことが分かり、さらに事業を推進していきたいと思えるようになりました」

五島市医療MaaSの導入効果

見えてきた医療MaaSの新たな課題と今後の展望

モバイルクリニック事業は、2024年には五島市全エリアをカバーできるよう進められています。今後の展望について尾崎氏は次のように語ります。

「ドローンを活用した薬の配送も検討していくことになると思います。五島市では、すでにドローンを使って医薬品卸業者から二次離島の調剤薬局へ薬品を配送しています。患者さんの処方箋については、安全に確実に患者さんの手元に届く仕組みを構築する必要があるため、もうしばらく検討する必要があるかと思っていますが、ドローンは間違いなく、離島の生活を支えるツールになると思います」

また、事業を開始し、対応する患者数が増えたことで、当初はなかった医療MaaSの懸念点も見えてきたとのことです。

「場所によっては、通信会社各社の電波を駆使しても、電波環境が悪いこと。このことでオンライン診療に支障が出ることが分かりました。その電波環境を改善するため、9月に衛星から電波を拾う衛星ブロードバンド『Starlink Business』の実証実験を開始しました。初回の実証では電波が安定したことが確認されています。気象条件がサービスの速度に影響するため、一貫性がないことが欠点とも言われていますので、引き続き検証を行っていこうと思っています」

五島市医療MaaS StarlinkBusinessの取り組み

これから医療MaaSを検討する自治体職員の皆さんへのメッセージ

一つずつ課題を解決し、モバイルクリニック事業の拡大を続ける五島市。最後に尾崎氏より全国の自治体職員へエールが送られました。

「私はガチガチのアナログ人間で、事業を推進していくことがとても不安でした。モバイルやオンラインを使うクリニック事業に対して、否定的な意見もあると思います。ただ、事業を実施してみて、今後はオンラインを使った事業が当たり前になることを痛感しました。『そんなのは無理』『やれとも言われていない』という意見で事業が進んでいかないこともあると思いますが、そんなときはぜひ、五島市まで視察に来てください。実際に見てもらえれば、効果がよく分かると思います。モバイルクリニック事業が広がり、地域課題解決が進んでいくことを願っております」

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