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(2020年1月15日掲載)
働き方改革の2つのキーワード「労働時間」と「生産性」。
しかし、「生産性」を明確に指標化できていることは少なく、労働時間の是正目標と変わらない仕事量に頭を抱える、というのが日本の働き方改革の原風景になりつつある。
そんな中、IoTでこれまで計測できていなかった働き方に関するデータを取得しようとする動きが活発化している。
大手設計事務所の梓設計は、2019年8月に天王洲オフィスと羽田オフィスを統合し、新たに羽田に新本社を移転。それに伴いオフィスの徹底したIoT化に踏み切った。収集したデータを分析することで、働く人の生産性を向上し、心身ともに健康な状態を保てるオフィスを実現しようとする試みだ。
また、会員制ワークスペースを展開するThink Labはメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」で計測した集中度のデータに基づき、オフィス環境を研究している。
IoTを取り入れることで、オフィスとその先にある働き方はどのように変わっていくのか。
梓設計の新オフィス設計を担当した岩瀬功樹氏と、Think Lab取締役の井上一鷹氏の対談で探っていく。
――お二人は、なぜIoTとオフィスというテーマに取り組みはじめたのでしょうか。
井上:私たちがThink Labのプロジェクトを開始した背景には「働き方改革」があります。
しかしこの「働き方改革」という言葉は、とてもあいまいです。日本では30年ほど前から、オフィスや事務所などで働くいわゆる「ホワイトカラー」の労働者の生産性が、他国と比較して圧倒的に低いと指摘されています。他方で、工場などで働く「ブルーワーカー」の仕事は、世界的にも非常に高い生産性だという評価を受けています。
何が違うかというと、日々の「カイゼン」活動です。工場では明確な数値的指標に基づいた業務改善を常に行っていますが、ホワイトカラーの場合、頭脳労働などの定量化できない業務が占める割合が大きい。
計れないと改善もできないので、数値としてわかりやすい「労働時間」を減らそうという単純な話に終始してしまうのです。
生産性向上のために、労働者の時間あたりのパフォーマンスをデータとして抽出し、きちんと定量化すること。それを可能にするのがIoTです。
岩瀬:建築業界においても、すべての建物がIoT化してくことは必然です。
世の中でIoTなどの新しいテクノロジーが次々と生まれて進化しているのに対して、「建物」の進化はまったく追いつけていないというのが実情でした。
今後、10年で「建物」がどうなっていくのか。テクノロジーとの融合によって生まれる建築物の可能性を追求するため、私たちが取り組んだのが、自分たちの職場を創造的なワークプレイスにするための実験場にすることです。
岩瀬:2019年9月から、天王洲アイルの旧オフィスにて実証実験をしつつIoTを駆使した新本社オフィスでのプロジェクトが始まりました。
私たちが目指したのは「成長するオフィス」。建てて終わりではなく、そこで働く人たちの行動や思考、感情などを分析しながら、オフィスを更新し続けていくというものです。
人の動きや顔の表情、声などを感知する人感センサと、JINS MEMEなどのウェアラブルデバイスを使って、人の感情や集中度、心拍数などの「働く人のステータス」を可視化。
あわせて、オフィス内に配置した各種センサで取得する温湿度や照度、騒音、匂い、気圧などの「環境データ」と照合し、両者の相関関係を分析します。
例えば、暑い会議室と涼しい会議室では、人の行動はどう変わってくるのか。その状態で会議が1時間以上続けばどうなるのか。
今までは感覚的に理解してきたことを、データを元に詳しく検証し、理想的なオフィス環境の指標となるものを探っていくという試みです。
井上:私たちジンズが個人のパフォーマンスという「人」を起点としてプロジェクトを始めたのに対して、梓設計は建物という「環境」から始まっている。この違いはすごく面白いですね。
――例えば、どのようなオフィスならばコミュニケーションが生まれやすいか、ということもデータ分析できるのでしょうか。
岩瀬:イノベーションを生むには、異なる考え方を持つ人たちがコミュニケーションをとることが不可欠で、それを促すのも建物や空間の役割です。
井上:会議室のレイアウトもコミュニケーションを促進する重要な要素ですよね。
一般的な会議室のレイアウトで打ち合わせをすると、デスクを挟んで向かい合うようになる。すると、どうしても対立構造が生まれて、相手を打ち負かす「ディベート」になってしまいます。
それがこうして横に並べば、お互いが意見を出し合って共通の結論を目指す「ディスカッション」にしやすい。1つのものに対してみんなが同じ方向を向くので、一緒に解決していこうという気分になるからです。
細かいことですが、そういうことを1つずつ検証して、働き方を変えていかないといけない。梓設計のオフィスは、Think Labよりも多くの指標のデータで検証できるので、素晴らしいですね。
岩瀬:20項目のデータを計測できるので、それはそれで扱いに困ることもあります。ただ、それだけ取り組みがいのあるテーマだと思うようになりました。
これまでのオフィスは「快適性」だけを求めて、そこから本当にクリエイティブなアイデアが生まれているのかは評価されていませんでした。これからは、イノベーションが生まれる場所をデザインしていかなくてはならないという責任を感じています。
井上:Think Labでもメガネ型ウェアラブルデバイス「JINS MEME」で計測したデータに基づき、イノベーションが起きる環境を研究しています。
アイデアが生まれるのは、昔から「三上(枕の上、トイレの上、馬の上)」と言われるのですが、それはつまり揺らぎがある場所に1人でいる時間です。
人工物で整理された空間ではなく、自然物に囲まれた環境でアイデアは生まれやすくなります。一方で論理的な思考でドキュメントをまとめるような仕事のときは、視野が狭い環境で下を向いている方が良いという説が有力です。
Think Labでは「Deep Think」と呼んでいますが、こういった思考を深める環境と、コワーキングスペースのような交流しながらブレストできるような環境が両方備わることで、イノベーションは起きると考えています。
――IoTによって、働き方はどのように変わっていくと思われますか。
井上:もしも「体重計」が存在しない世界があったとしたら、おそらく人類は今よりずっと太っていたことでしょう。この世にストップウォッチがなかったら、100メートルを10秒かからずに走りきれる人間は現れていないかもしれません。データを計測した瞬間から、私たちはそのデータを意識して、現状をより良く変える努力を始めます。これは人として極めて自然な行動です。
働き方をウェルビーイングな方向に変えていくために、どの時間に起きて、どこで仕事をして、いつ寝れば最大限のパフォーマンスを発揮できるのか。働く人自身がデータをきっかけに、自分と向き合える社会になっていくのではないでしょうか。
岩瀬:今回の新オフィスのコンペで、私たちのチームが最初に提案したテーマが、「カスタマージャーニー」ならぬ「ワーカージャーニー」でした。
朝起きて調子が出ないときには照明が変わったり、疲れすぎているときには「少し休んでください」と音声が流れる。ワーカーの最高の1日をソフトウェアでサポートし、デザインしていくというアイデアです。
井上:先の話にはなるかもしれませんが、自分の状態に合わせて働く環境が変わる時代が来るかもしれませんね。データに基づいて、集中したい時に今いる場所が書斎に変わったり。
――同時に、オフィスのあり方も変わっていきますか。
井上:今、企業と個人の関係は、社員にミッションと設備を提供することで成り立っています。
しかし、副業が解禁されることで企業と個人の関係が1対1からN対Nになれば、企業が個人に設備を提供する必然性はなくなります。
企業と個人はミッションだけの関係になり、オフィスをはじめとする設備は個人が選ぶものに変わっていく。個人がそれぞれのデータに基づいて、その時々に最大限のパフォーマンスを発揮できるオフィスを選ぶようになります。オフィス側は選ばれるようにテーマを先鋭化していかなくてはいけない。オフィスは超競争時代に突入していくでしょう。
働く人のデータを計測することが一般的になった、その先に訪れる未来。岩瀬氏、井上氏に共通するのは、データに基づきパーソナライズされた最適なワークエクスペリエンスの実現であった。ECやマーケティング業界で起こっている事象が、今後ワークプレイスの分野にももたらされるのかもしれない。働く人のデータを有効に活用できるのはまだ先の話かもしれないが、その第一歩はデータを計測することからはじまる。
ホワイトペーパー
「ICTを活用した働き方改革
トレンド・導入状況とその課題」
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