“フルオートメーション化”の教訓を得て、5Gで目指す「コマツのスマートファクトリー」

2021年4月15日掲載
(取材日:2021年3月16日)

人手不足、業務の効率化、技能の伝承といった課題に直面している日本の製造業。こうした課題の解決策として注目されているのが5Gの活用だ。すでに、5Gを取り入れた“未来の工場”のあり方を具体的に描き、準備を進めている企業も多くある。大手建機メーカの株式会社小松製作所(以下コマツ)も、その1つ。

コマツでは2020年から全国の工場に先駆けて、主要工場の1つである石川県小松市の粟津工場で5Gネットワークの実証実験を開始。敷地内にソフトバンクの5Gアンテナを立て、スマートファクトリー化に向けた取り組みをスタートさせた。

コマツは5G導入をどのように位置付け、スマートファクトリーの実現に向けてどのようなビジョンを描いているのか。同社執行役員で粟津工場長の岡本望氏に話を聞いた。

目次

岡本望 氏

株式会社小松製作所
執行役員
生産本部 粟津工場長(取材当時)

人の技能を生かしたオートメーション化

コマツ粟津工場は建設機械の車体設計から製品評価、実際の製造、販売までの全ての工程を手がけており、国内に4つあるマザー工場の1つである。創業の地ということもあり、2,800名以上が働く同社でも最大規模の工場だ。

コマツの建機メーカとしての特徴に、建設機械の設計だけでなく、エンジンやギアといったコンポーネントの開発までも国内工場で自社開発していることが挙げられる。コマツ粟津工場は、建機設計や生産をトータルに手がけることに加えて、コンポーネントの中でも主にトランスミッションを一手に開発、生産し、全世界に供給。いわば、「コマツの心臓部」ともいえる工場だ。

コマツ・粟津工場 コマツ・粟津工場

同社のものづくりの考え方について、粟津工場長の岡本氏は、「開発と生産を一体でやるというのがコマツの強いポリシーです。開発の段階から必ず自社工場の生産ラインを使います。その理由は、量販時にスムーズな生産を可能にするため。そして、品質を作り込んで他社と差別化するため。自社の量産ラインで長年培ってきた技術があるからこそ、部品の強度や品質を保ち、他社がマネできない機械の開発につながっているのです」と話す。

こうしたコマツ独自の製造方式を今後も続けていくためには、業務を効率化し、生産コストを下げていくことが求められる。そのためにコマツが取り組んでいるのがスマートファクトリー化だ。

日本の多くの工場と同じように、コマツも人手不足という課題を抱えている。人の手による高度な技術力が強みであるコマツにとって、人材が集まりにくい今の状況は深刻だ。そして、人の技能は残しつつ、誰でも行える業務をオートメーション化することで人手不足を解決しようという結論に至る。

実はコマツでは30年ほど前に完全自動化した工場を作ったことがあるとのこと。定着はしなかったものの、そこから得られた教訓があるという。

「過去に、部品が届くと作業者のもとまで自動で運ばれていくフルオートメーションの工場を作りました。しかし、こうした仕組みは初期投資が膨大になりますし、維持するのも大変です。また、一度作ってしまうとシステムが硬直化してしまうため、改良したくても柔軟に変更することができません」(岡本氏)

こうした過去の経験をふまえて、コマツが現在目指しているのが5Gを導入したスマートファクトリーだ。

人とロボットを有機的につなぐ工場を目指す

現在のコマツの生産ライン 現在のコマツの生産ライン

「現在の粟津工場は工程がセルごとに分散していて、その間を人が運転するフォークリフトが動いているという状況です。

各セルで行われている作業には、人の技術によって成り立っているものとロボットで自動化されているものがあります。将来的にこれらを有機的に1つにつなげるシステムがほしいと、ずっと考えてきました。人とロボットが有機的につながる設計にしなければいけない。そこが私たちの次の課題だったんです」(岡本氏)

人の技能とロボットの効率性、両方の良さを生かしながら、さまざまな変更に耐えるしなやかさを持つ工場──。そう考え、コマツが着目したのが「5G通信」のテクノロジーだった。

「5Gによって画像認識の精度が向上することで、工場内のあらゆる人、モノ、コトを精緻に把握できるようになります。すると、それらをAIによって制御することもできるようにもなる。つまり、5GとAIを使って、工場内のセルがリアルタイムにつながり工場一棟をまるごと制御できるようになる。それが、私たちが目指すべきスマートファクトリーの形だと考えました。

そこで、ソフトバンクさんの協力のもと、5Gの基地局を粟津工場の敷地内に整備しました。まだ本格的な運用はしていませんが、粟津工場の敷地内にAGV(自動搬送車)やAGF(無人フォークリフト)を走らせ、工場内の物流改革に着手していきます」(岡本氏)

コマツは5G利活用を、まずは実証事業という形でスタートさせ、「5Gを工場で使うための信頼性、安全性を確立したい」という。

「事前にソフトバンクさんに5Gに関する講習会を何度も開いてもらいました。当初は私たちも5Gで何ができるかをあまり分かっていなかったのですが、講習会を通してメリットがたくさんあることが分かりました。一方で、今はここまでしかできないということも見えてきました。

今後5Gが製造業の土台を支えるインフラになることは間違いありません。まずは先行投資をして実際に使いながら、できること、できないことを見極めていきたいと考えています。

品質や安全性にも大きな影響を与えかねないため、工場で5Gを本格導入するにあたっては検討すべきことがたくさんあります。実際に5Gを使いながら、コマツなりの活用方法を見極めていきたいと思います」(岡本氏)

5Gの活用で工場の自由度が高まり、トレーサビリティに寄与する

5GやAIといった新しいテクノロジーによって、「工場で働く人たち自身がロボットのプログラムを制御し、臨機応変に制御する時代がやってくる」と岡本氏は語る。

「今はロボットを購入する段階で、ロボットをどう制御するかまでメーカが細かくプログラムしています。しかし、これでは臨機応変にプログラムを変更したくても、中身がブラックボックスになっているため、私たちは踏み込めません。

5GやAIが一般化することで、ロボットのハードだけを購入すれば、工場を運用する自分たちでプログラミングすることも可能になるでしょう。すでにコマツでは、自分たちでロボットの位置制御をプログラミングしたり、画像認識システムにデータを読み込ませたりする作業を自分たちで行っている拠点もあります。5Gは、これまでロボットメーカ側にあったプログラムの主導権を、工場側が持つことにつながるのではと考えています」(岡本氏)

また、5Gによって工場全体を把握、制御できるようになるということは、これまで以上にあらゆるデータがコマツに蓄積するということを意味する。これもまた5G活用のメリットだと岡本氏は語る。

「生産工程のあらゆるデータが取得できるようになるため、トレーサビリティにより一層の厚みが出てきます。『お客さまが使っているこの機械は、いつ、どこの工場で、どういう条件下で作られたものです』とお伝えできるようになる。そうなると、今まででとはまた見える世界が変わってくるはずです」(岡本氏)

コマツは描いたビジョンの実現に向けて、いよいよ本格的なスマートファクトリー化を進めていく。

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