スタートアップ、事業会社、インキュベーター対談! オープンイノベーションをビジネスで加速させるための秘訣とは
2024年8月28日掲載
近年、「オープンイノベーション」という言葉をよく耳にするようになりました。オープンイノベーションを起こすにはスタートアップ企業だけではなく、パートナーとしての事業会社やイノベーションを促進するためのインキュベーターの存在がポイントになります。
今回は、先日開催されたTECH BEAT Shizuokaより、スタートアップとして株式会社アンドパッドの稲田氏、事業会社として しずおかフィナンシャルグループの大塚氏、インキュベーターとしてSTATION Ai(ステーションエーアイ)株式会社の佐橋、そしてモデレーターとして株式会社 HEART CATCHの西村氏が登壇した講演のリポートをお届けします。
※本記事は2024年7月26日にTECH BEAT Shizuoka 2024で開催された講演「オープンイノベーションでビジネスを加速させるための秘訣とは」を記事化したものです。
各社のオープンイノベーションへの取り組み
西村氏
「オープンイノベーションに必要な人材として、スタートアップ、パートナーとしての事業会社、加えてインキュベーターやアクセラレーターと呼ばれるオープンイノベーションを加速する存在が必要です。今回は、それぞれの3社の立場からお話を伺っていきますが、まず各社がどのような取り組みをしているか教えてください」
STATION Aiの開業について語る佐橋
佐橋
「私はSTATION Aiの代表でもありますが、ソフトバンク株式会社の人間でもあります。STATION Aiはソフトバンク100%子会社で、今年10月に名古屋に開業する日本最大級のスタートアップ支援施設であり、オープンイノベーションの拠点です。ここを愛知県の皆さんと一緒に作り、開業後10年間に渡ってこの施設で事業を行っていきます。また、名古屋のWeWorkを拠点にすでに2年以上にわたりスタートアップ支援や投資も行っていて、現在の支援対象は426社ほどあります。
STATION Aiはスタートアップ支援だけではなく、オープンイノベーションを本命として掲げており、さまざまな事業会社にも入居いただきオープンイノベーションの支援が受けられる拠点になっています。
オープンイノベーションは、準備段階、ゴール設計の段階、スタートアップと事業会社をマッチングし事業を一緒に作っていく段階、最終的にグロースさせていく段階と大きく4段階あると思います。ステージごとに課題があるので、それぞれにあった支援を用意しています」
西村氏
「STATION Aiの『Ai』って人工知能のAIだとおもっていたのですが、実は違うんですよね」
佐橋
「フランスのパリにあるSTATION F(ステーションエフ)という世界最大級のインキュベーション施設をベンチマークに立ち上げていて、Ai(エーアイ)は実は愛知のAi(アイ)だったりします。もちろん人工知能のAIにもかなり注力はしています」
西村氏
「続いて事業会社の視点として、しずおかフィナンシャルグループ大塚さん、よろしくお願いします」
大塚氏
「しずおかフィナンシャルグループ(以下、しずおかFG)のチーフイノベーションオフィサー(CINO)の大塚です。実はこのポストが4月から新設されて着任したばかりで、思考錯誤しながら進めています」
しずおかフィナンシャルグループの大塚氏
西村氏
「初めてCINOができたということですが、しずおかFGとしてどんな世界を目指されているのでしょうか」
大塚氏
「2つありまして、1つはグループの事業領域を広げていくために新規事業開発をすることです。もう1つですが、組織の色々なところでイノベーションを必要としています。例えば、新しい事業を始めるだけではなく、既往のビジネスにもコスト削減のためのイノベーションの余地があります。組織の至るところでイノベーションが起きるような企業文化を作っていくことが私の役割なのではと思っています」
西村氏
「次はスタートアップ代表としてアンドパッド稲田さん、よろしくお願いします」
オープンイノベーション事例について語るアンドパッドの稲田氏
稲田氏
「弊社はスタートアップで、建築建設業界向けにソフトウェアを提供しています。産業特化でSaaSを行っている会社としては(日本で)一番規模が大きくなっています。
今回の講演は、オープンイノベーションということで4年間にわたって一緒に取り組んでいる愛知県を中心としたガス会社さんの事例をお持ちしました。弊社では施工管理などをスマートフォンやタブレットで完結するクラウド型建設プロジェクト管理サービスを開発・提供しています。ただ、プロダクトを作って業界向けに提供するだけでなく、その業界の事業会社の皆様とプロダクトを一緒に作ることも積極的に行っています。
例えば、道路の中に埋まっているガス管(埋没管)の測量はすごく大変なんですが、これを iPhone などで3Dスキャン撮影するだけで自動的に測量が終わるというアプリを作っています。ガス管に特化して業務の運用効率を向上させています。これが大きな事例になって、今はいろいろなガス会社に使っていただいたり、多くのガス会社さんが集まる勉強会を弊社が行ったり、大きな(ビジネスの)メッシュに結びついています」
オープンイノベーションに取り組む意義や経緯
モデレーターとして講演をまとめる、HEART CATCHの西村氏
西村氏
「まずはオープンイノベーションに取り組む意義や経緯についてです。必要だと分かっているものの、どこから手を付ければいいか分からない人もいらっしゃると思います」
大塚氏
「そもそもなぜイノベーションが必要かを考えると、未来は現在の延長線上にないと思っているからです。静岡のような地域社会では人口減少と高齢化が同時進行して、経済が縮小傾向の中で産業構造が大きく変わることが起こっています。例えば、自動車がEV化していくような変化の中で、預貸金や決済など我々の会社の伝統的な業務は利益を出しにくくなってきています。社会の在り方が大きく変わり、人々の価値観が多様化している中ではこれまでのやり方が通用しないということです。
引き続き社会に求められる存在であり続けるために何が必要かと考えると、新しく変化しつつある価値感に対応したものを顧客や社会に届けることが必要で、これがまさにイノベーションということだと思っています。
我々の中期経営計画の重要項目と我々が今持っている事業をマッピングしたものが写真の青色部分です。産業発展と金融イノベーションという項目に集中していますが、これから重要だと考えている赤色部分は広がりを見せています。いろんな価値観が広がっていますし、我々のできることも広がっていくだろうということなんです。
金融ではない方に活動の輪を広げていくので、新たな事業領域に必要なスキルやノウハウを持っていないという課題があります。人も足りないし時間的な余裕もない中で、銀行業界は確実なビジネスを確実にやっていくという『失敗は許されない』企業文化で育ってきているので、不確実性をマネジメントする経験は十分ではありません。
そのような背景の中で、異業種や異分野の技術やアイデアを活用して価値を創造する、これがこそがオープンイノベーションであり、我々が必要としているところだと思います」
西村氏
「リスクテイクしつつ企業のアイデンティティを変えていかないといけないときは、生みの苦しみがあると思います。オープンイノベーションを促進する立場として、事業会社側のマインドセットはどうすれば良いと思いますか」
佐橋
「新しい挑戦をしていくときって、社内リソースだけでやろうと思っても限界があります。何かやろうとなっても知識や人がいないとなってしまうことが多いと思うんです。だから、まずは『構え・体制を作りましょう』ということで、我々が入ってサポートさせていただくこともあります。
また、とあるスタートアップではスポンサー(事業会社)とマッチングしてその企業の方に社外取締役として来てもらったという話もありました」
スタートアップ経営視点でのオープンイノベーション
西村氏
「アンドパッドはゼロイチでオープンイノベーションを実際に生み出しています。事業会社にプロダクトを入れてもらうだけではなく、オープンイノベーションによってどのような価値が生まれますか」
稲田氏
「スタートアップ経営視点でのオープンイノベーションの価値というのはグロースで、エンタープライズの会社との取引に進出するために必要なゲートなんです。
SaaSビジネスにおいて、グローバルのセオリーでいうと50億ARR(Annual Recurring Revenue、年次計上収益)ぐらいに増えてくると、エンタープライズ向けの組織が作れると言われています。弊社もそれぐらいのタイミングでエンタープライズのチームを作りました。大手企業と共同で取り組む場合、今までの(中小企業向けの)プロダクトがはまるわけではないので、大手向けに転換する必要な一手だろうと捉えています」
西村氏
「スタートアップ側からみて、事業会社やインキュベータ側がこんなことをやってくれたら、よりオープンイノベーションが進みやすいというリクエストはありますか」
稲田氏「色々なリクエストがあると思いますしよく聞かれますが、僕の視点からするとスタートアップ側がもっと頑張ったらいいのにとも思っています。
大きな会社とスタートアップで新しいものを生み出していくというのは少なくとも3、4年ぐらいかかるものです。しかし、スタートアップ側の体力が持たない、あるいは大手企業の下請けっぽくなってしまうことがあります。そこを乗り越えるには、オープンイノベーションを始めるタイミングが肝だと思っています」
西村氏
「オープンイノベーションを始めるのは、どんなタイミングが良いのでしょうか」
稲田氏
「1つは、専任の担当者が置けるぐらいの企業体力をスタートアップが持ってる場合に始めるのが良いと思っています。2つ目が知財の観点です。大手企業側もソフトウェア、テクノロジー、データ、AIなどの知財の考え方を持っていらっしゃらない場合があって、こちらからお伝えしていたとしても途中で変わったりしてしまうこともあります。その場合において、どのように知財を考えるかというお互いの学習は大きなテーマであって、ここはしっかり押さえないといけないと思います。
そして、3つ目は長きにわたるプロジェクトになるので、先方の担当者も変わってプロジェクトのインプットが0になってしまうのは結構大変です。そのときに重要なのは先方の経営者の方に絶対にやりたいという気持ちをもってもらうことです。スタートアップ側としては経営者の方とちゃんとリレーションをもってプロジェクトを進めるところがポイントかなと思います」
事業会社(大手企業)にとってオープンイノベーションを進める際のポイント
西村氏
「オープンイノベーションを取り組むと決めてスタートアップを探すときに注意する点はどこでしょうか」
佐橋
「事業会社(大手企業)側は『何をゴールとするか』だと思います。大企業にとってもイノベーションの意義はたくさんあります。新しい事業を作る場合もあれば、既存事業の効率化やコーポレートトランスフォーメーションのようなものもあります。場合によっては優秀な人材を投入できるなどさまざまな動機がある中で、シンプルにそれを生かせるかどうかだと思います。
ただ先ほど稲田さんがおっしゃったように、スタートアップにとってタイミングは非常に重要です。大手企業の方がいろんなアセットを持っているため、例えば知財やレベニューシェアの料率などは大企業側の有利にしかならず、大手企業の下請けみたいになってしまうことがあります。
事業会社側のスタンスとして、スタートアップに成功してもらった先に自分達の成功もあるみたいな感覚でできるとより良いのではないかな思っています」
大塚氏
「一般論的な話になってしまいますが、一緒に組む相手を見つけることはすごく難しいと思っています。例えば、県内だけの企業であるとか、狭いネットワークの中で活動をしていると偶然の出会いを探すのは難しいところがあります。そのため、交流の場みたいなところに顔を出したり、ネットワークを紹介してもらわないとなかなか見つけられないということはあると思います。
また、大手企業側にもこんな会社を探したいという要望があると思いますが、自分達の興味の範囲内ではあまり広がりません。自分が気が付かないところの人達と出会うためには出会う数も大事なので、出会う機会を増やしていくということが重要だと思います。出会うチャンスが増えていくとオープンイノベーションがもっと進んでいくのではと我々の取引先などを見ていて思います」
PoCの成功は、ゴールを決めるかどうか
西村氏
「自分が見えてる範囲以外の方とも一緒に組んでやることがオープンイノベーションの醍醐味だという話で、一つの手法としてのPoCがあります。しかし、PoCをやったものの結局実現しないなど『PoC疲れ』の話も聞きます。スタートアップ側としてPoCをどう捉えれば良いと思いますか」
稲田氏
「PoCで終わるケースはやはり多いです。ある程度は仕方ないですし、PoCから案件が出てくるとも思っています。ただ、PoCでもしっかりとお金をいただくことは非常に意識しています。
スタートアップはリソース(人)を出すことそのものでリスクテイクしていますが、大手企業はPoCの中でどんなリスクテイクができるのかがポイントだと思います。PoCは共同で行っていくことが本質です。お互いにリスクテイクがあるとフェアというか本気度が出てくるので、条件が合ってない場合はできる限り行わないようにしています」
佐橋
「ゴール設定しないままPoCだけして終わるのが一番よくないと思っています。PoCはいわば新規事業の入口なので、当然うまくいくことの方が少ない。大手企業からするとやってみたものの、思っていたよりもマーケットが小さく投資できないねという判断で終わるのであれば、それは正しい判断だと思います。最初からちゃんとゴールを決めましょうというだけなのかなと」
稲田氏
「まさにその通りです。そのゴールを共有し合えるかという、長期的なゴールと目の前の1年単位とかの短期的なゴールを共有し合えるかだと思います。例えば、とある経営者が何万枚もある紙をゼロにしたいというゴール設定をされていた際、では、何年後にゼロにしますか、初年度はどうしましょうかという会話をしていってゴールを握っていきました」
スタートアップ、事業会社、インキュベーターの3社が一緒に取り組むとしたら?
西村氏
「最後です。これから大きなオープンイノベーションを起こしていく3つの立場が揃っています。もし一緒にこんなことできたら面白いねというご意見を一言ずつお願いします」
大塚氏
「とにかくオープンイノベーションの仲間を増やしたいですね。我が社だけではなくて、お取引先にそういう方々を紹介したいとも思っています。先ほどもお話した通り、自分の興味の範囲内で探すと広がりがありません。金融に関係ない方々もウェルカムなので、ご紹介いただいたり、お声掛けいただけたりすると大変ありがたいです。
もう1つは、我々が本格的にスタートしたばかりなので、メンターがいると良いなと思っています。STATION Aiにおけるコミュニティーマネージャーのような、慣れていない人達を上手にガイドしていったり、A社とB社のコミュニケーションのギャップを埋めるとか、腕のある人たちが動いていければオープンイノベーションのスピードが上がると思っています。メンターのフォローで我々のスキルも上がっていくと、サポートができる取引先がどんどん増えていき、役に立てるのではと思っています」
佐橋
「オープンイノベーションでも、知識や経験で乗り越えられる課題がたくさんあります。スタートアップ側には、大手企業はどういうふうに意志決定するのかとか、どこに障壁があるかは知っておいてほしいし、大手企業側にもスタートアップは資金調達して次の調達までの間に何をしなければいけないのか決まっていたり、時間=お金であるっていうことも理解してほしい。
あとは、過去にどういう事例があってどういうふうに乗り越えたのかというような経験の共有ができれば全体で知見を上げていきレベルアップできると思うので、ぜひ知識のシェアができたらうれしいです」
稲田氏
「先ほどSTATION Aiの竣工写真などを見てすごいなと感じました。私が起業したときにあったら入りたかったなと思いながら見ていました。お客さまだったり、同じぐらいの規模のスタートアップの人といろいろな出会いがあるというのは本当にすごく良いことだと思います。できればあの場を使って、スタートアップに成功してほしいと思っています。
スタートアップの立場からすると、どれだけ企業が大きくなるかがやっぱり目的でもあります。弊社もスタートアップではレイターステージという状況なのですが、少しでもコミュニティーに還元できるようになれば良いなと思っています」
西村氏
「みなさま、素晴らしいお話ありがとうございました」