ソブリンAIを成長ドライバーに:
国産LLM開発がもたらす、
ソフトバンクの次なる飛躍
SB Intuitions(株) 代表取締役社長 兼 CEO
丹波 廣寅
ソフトバンクは、グループの総力を結集して国産大規模言語モデル(LLM)の開発に取り組んでいます。2024年度には4,600億パラメーターの基盤モデル「Sarashina」を完成させ、現在はその知見を生かしたモデル「Sarashina mini」の社内トライアルを進めるなど、商用化に向けた動きを加速させています。国産LLM開発の最前線を率いるSB Intuitions 代表取締役社長 兼 CEOの丹波 廣寅が、開発の現在地とその競争優位性、そして、このAI戦略がソフトバンクの企業価値向上にどうつながるのか、について説明します。
開発状況と商用化に向けた期待
Q. 2024年度に4,600億パラメーターのLLMを開発しましたが、この成果をどのように受け止めていますか?
この基盤モデルの開発は、日本のAI開発の未来を支える、重要な礎を築く取り組みだと受け止めています。今日のAI開発では、まず非常に高性能で大規模な「先生」役のAIを開発します。この「先生」役のAIは、膨大な知識を持つ一方で、動作させるには多くの計算資源と電力を必要とします。そのため、日常的な業務で利用するにはコストや応答速度の面で課題があります。そこで、この「先生」役のAIが持つ知識の中から、より軽量で高速に動作する省電力な「生徒」役のAIを開発します。実際に多くのお客さまにご利用いただくのは、この最適化された「生徒」役のAIです。
つまり、高性能な「生徒」を生み出し続けるためには、その源泉となる、より優れた「先生」が不可欠です。もし他国の「先生」に依存した状態であれば、ライセンスや規制の変更などによって、ある日突然、開発の自由が奪われるリスクを抱えることになります。SB Intuitionsが4,600億パラメーターという大規模な基盤モデルの開発に挑戦したことには、こうした背景があり、日本が独自のAI生態系を将来にわたって構築していくために不可欠な一歩だったと捉えています。
Q. 700億パラメーターの「Sarashina mini」を開発しましたが、その戦略的な意図はどこにありますか?
AIの社会実装を加速させることに加え、将来のLLMのさらなる高度化につなげることが、このモデルを開発した戦略的な意図です。
まず、応答の速度、回答の正確性、コストのバランスが取れたモデルは、多くの顧客企業がAIを実装していく上で不可欠です。「Sarashina mini」は、先に開発した大規模な基盤モデルが持つ高水準の性能を可能な限り維持しつつ、「蒸留」※などの技術を用いて、多様なニーズに応えられるよう最適化したものです。
しかし、このモデルの役割はそれだけではありません。「Sarashina mini」は、優秀な「生徒」であるとともに、それ自体が次世代のAIを生み出すための重要な構成要素にもなります。具体的には、得意分野の異なる700億パラメーターのモデルを複数組み合わせ、いわば「専門家集団」として、さらに強力なAIへと進化していきます。この「専門家集団」を継続的に学習させる手法で、短期間でさらに高性能な次世代の「先生」役AIを効率的に構築し、1兆パラメーター規模のLLM開発の加速を目指します。
- [注]
-
- ※蒸留:大規模で高性能なAIモデルで学習データを生成し、より小規模で軽量なモデルを高性能化・最適化する技術
Q. 「Sarashina mini」は社内でトライアルを進めているとのことですが、商用化に向けた手応えはどうですか?
確かな手応えを感じており、当初の目標であった2025年秋の商用化に向けて、着実に準備を進めているところです。日常的に「ChatGPT Enterprise」や「Gemini」といった最先端のAIを使いこなすソフトバンクの社員は目が肥えているため、正直に言うと、最初の社内からの反応は厳しいものでした。しかし、それはSB Intuitionsにとって非常に価値のある意見であり、社員から寄せられる高いレベルの要望も参考に、ほぼ毎週アップデートを繰り返してきました。その結果、社員の満足度は着実に向上しており、プロダクトとして良い方向に向かっていると実感しています。
競争優位性と「マルチLLM戦略」
Q. 海外製のLLMが浸透する中、改めて「Sarashina」の強みはどこにあると考えていますか?
「Sarashina」の強みは、「日本の言語や文化に根差した高品質なLLM」であること、そして「ソブリンAI」を実現できることです。
国産LLMであり、「日本の言語や文化に根差した高品質なLLM」だからこそ、日本語の複雑なニュアンスや文脈を正確に理解し、言葉遣いや専門タスクに適切に対応できます。例えば、AIが生成してはいけない不適切な表現や、見せてはいけない情報を制御する「ガードレール」のあり方は、国や文化によって大きく異なります。著作権に対する考え方一つをとっても、国によって基準が異なります。こうした法規制や社会通念、さらには日本語を母国語とする人々の感情にまで配慮したきめ細やかさは、国産LLMだからこそ実現できる強みです。この国産LLMを基盤として、顧客企業ごとの業務に寄り添う真にカスタマイズされたAIへと進化させ、顧客企業のビジネスに深く貢献したいと考えています。こうした取り組みはすでに始まっており、例えば、中外製薬(株)とは、新薬開発のスピードアップを目指し、製薬産業に特化したLLMやAIエージェントを共同で開発しています。また、(株)みずほフィナンシャルグループとは、金融に特化したLLMの共同研究開発を開始しています。
「ソブリンAI」であることは、AIが事業の中核を担うようになった場合、より重要性を増します。海外のLLMへの依存は、企業の機密情報が意図せず国外に渡ってしまう懸念だけでなく、事業の継続そのものに関わる深刻なリスクを伴います。例えば、製造業の生産ラインをAIがコントロールしている場合、ある日突然、海外の法律や国際情勢の変化によってAIの利用が制限されれば、工場のラインが止まってしまうといった事態も起こり得ます。ソフトバンクは、この課題を解決するために「技術」「データ」「運用」の三つの主権と自国の「法規」を重視しています。自社でLLMを開発し、どのようなデータをLLMに学習させるのかをコントロールする「技術主権」、お客さまのデータを国内のAIデータセンターで安全に管理する「データ主権」、そのインフラを国内の事業者が管理する「運用主権」、そしてAIの利用や開発に関するルールを、日本の法律や倫理観に基づいて定める「法規」。これらの要素を満たすソブリンAIを構築することにより、機密情報を扱う政府、大学、研究機関、そして企業の皆さまのニーズに高いレベルで応えることができます。
Q. ソフトバンクはさまざまなLLMを取り扱う「マルチLLM戦略」を掲げていますが、「Sarashina」をどのように使い分けるのですか?
ソフトバンクの「マルチLLM戦略」は、顧客企業が扱う情報のレベルに応じて、最適なAIを使い分けるという考え方に基づいています。
一般的な情報の要約や文章生成などは、優れた海外製のLLMを活用することも有効な選択肢です。一方で、社外秘情報や機密情報を扱い、業務の国内特性や情報の秘匿性が高まるほど、国産LLMの重要性が増していきます。日本の法律特有の言い回しや商習慣といった背景まで深く理解している「Sarashina」こそが、こうした業務でその真価を発揮します。さらに、業界の専門知識が必要な場合は、「Sarashina」を基盤に各業界向けにカスタマイズしたモデルやAIエージェントを提供していきます。そして、国益に関わるような最も機微なデータを扱う場合は、政府認証などにも対応可能な、真の「ソブリンAI」として活用することを想定しています。
このように、「マルチLLM戦略」とソブリンAI戦略は一体不可分です。ソフトバンクが顧客企業のパートナーとしてAI活用の全体をマネージすることで、顧客企業は海外製AIの利便性を享受しつつも、重要なデータや業務は「Sarashina」を中心とした最適な国産LLMで守ることができます。多様な選択肢を提供しつつ、その中心に国産の安全な選択肢をしっかりと持つこと。これこそが、ソフトバンクの目指すソブリンAIのアプローチです。
未来を創るソブリンAI構想
Q. ソフトバンクが「ソブリンクラウド」・「ソブリンAI」を構築する意義をどのように考えていますか?
この取り組みは、ソフトバンクが将来にわたって成長するための、新たな事業基盤を構築するものです。かつて日本の通信事業者は、自社のネットワーク上で、自社のサービスやネットワークに最適化された端末や、独自のコンテンツ配信サービスを提供するなど、強力なプラットフォーマーとしての地位を国内で築いていました。しかし、グローバルなスマートフォンのOSやアプリストアが登場したことで、その主権は海外のプラットフォーム事業者に移り、結果として日本の富が海外へ流出する「デジタル貿易赤字」が拡大しました。この、プラットフォーマーとしての地位を手放してしまった過去の苦い経験こそ、AI時代において繰り返してはならない反省点です。
AIが社会の根幹を担う今、この教訓を生かし、国益を守りつつ、次こそは自分たちの手で事業の主導権を握るという強い決意があります。ソフトバンクが構築する国産LLMやAIデータセンターなどの「デジタル公共インフラ」は、国内の巨大な市場を開拓し、そこで多様なサービスを展開するための基盤です。これにより、ソフトバンクの新たな成長機会を創出していきます。
Q. AIインフラの構築には巨額の投資が必要だと思いますが、投資回収をどのように考えていますか?
ソフトバンクの戦略は、インフラが全て完成してから収益化するのではなく、そのインフラ構築の過程で、AIソリューションやクラウドサービスといった個々の事業で着実に収益を上げながら進めていくというものです。これは、日本の私鉄のビジネスモデルをイメージするとわかりやすいかもしれません。彼らは、線路というインフラを最後まで引ききってから収益化を考えるのではなく、路線を延伸する過程で、駅ビルを建設してさまざまなサービスを提供したり、沿線の住宅地を開発したりすることで収益を上げてきました。ソフトバンクも同様に、この長期的な開発視点と短期的な事業性の両立こそが、持続的な成長を実現する鍵だと考えています。
Q. DeepSeekのような新興企業が少ない資金で高性能なモデルを開発するなど、技術進化の速さから投資回収を懸念する声もありますが、このリスクをどう考えていますか?
ソフトバンクでは、DeepSeekのような業界の動きをリスクではなく、むしろ戦略の正しさを証明する好機だと捉えています。
DeepSeekの事例は、AI開発の最先端の動向を示す好例であり、SB Intuitions内でも注目し、詳細な分析を行いました。従来、基盤モデルが基本的な学習を終えた後の「チューニング(調整)」では、人間が作成した問いと答えのセットをAIに学習させるのが一般的でした。しかし、彼らのアプローチの優れた点は、この問いと答えのセット自体を人間ではなくAIに生成させ、効率化している点です。これにより、答えが一つに定まる数学のような論理的な推論能力を、非常に効率的に高めることに成功しています。この「AIでAIを鍛える」という手法は、SB Intuitionsが推進してきた「先生役のAIが生徒役のAIを育てる」という開発戦略の有効性を、まさに証明するものです。
しかし、ここで重要なのは、このチューニング手法も、その土台となる強力な「先生」役のAI、つまり高性能な基盤モデルがあって初めて可能になるという点です。この基盤モデルをゼロから構築し、さらに継続的に進化させていくためには、やはり大規模なAI計算基盤への投資が不可欠です。モデルの性能を左右する根幹部分の開発競争においては、依然として、AI計算基盤の規模と質が勝負の鍵を握っています。
ですから、こうした業界の動きは、ソフトバンクが大規模なAI計算基盤へ投資し、高性能な基盤モデルを開発していることの重要性を、かえって浮き彫りにするものです。今回のDeepSeekが示した技術の進化は、ソフトバンクの戦略にとってリスクではなく、むしろその正しさを証明するものなのです。
Q. ソフトバンクの企業価値向上に向けて、SB Intuitionsはどのように貢献していくのでしょうか?
SB Intuitionsが開発する国産LLMは、ソフトバンクの今後の成長をけん引する、高付加価値な独自技術になると考えています。ソフトバンクは、国内最大級となるAI計算基盤の構築に大規模な投資を行っており、北海道や大阪府に巨大なAIデータセンターの開設も計画しています。SB IntuitionsのLLMと、ソフトバンクの最先端のAIインフラが一体となることにより、他社にはない競争優位性を持つ「ソブリンAI」「ソブリンクラウド」が実現します。
これまでのソフトバンクは、世界中の優れた製品・サービスをいち早く取り扱い、消費者・企業に広げていくことを得意とする事業者でした。これからはその強みに加えて、社会の基盤となる技術を自ら創造し、新たな市場を切り拓く「ものづくり」の能力を持った会社へと進化していきます。SB Intuitionsの挑戦が、グループ全体の持続的な成長と企業価値の向上につながるものと確信しています。




