Blogsブログ

エネルギー観点でのHAPSロングフライト

#HAPS #成層圏 #太陽光発電 #太陽光スペクトル

Scroll

ソフトバンクの開発する成層圏通信プラットフォーム (High Altitude Platform Station、以下「HAPS」)は、高度20kmの成層圏に通信機器を載せた無人航空機を飛行させ、地上に向けて、高速・低遅延な通信を提供することを目指しています。そのため、高度を維持するにはエネルギーが必要となります。また、長期間飛行するには太陽光発電などを用いて飛行したままエネルギーを賄い続ける必要があります。今回はこのHAPSの実現に向けてエネルギーの観点から解説します。

1. 成層圏の太陽光スペクトル解析と発電ポテンシャル

HAPSが飛ぶ成層圏は雲より上に位置し天気の影響を受けません。しかし、衛星よりは地球に近いため、地球が太陽を隠す夜間が存在します。この宇宙と地上の中間である成層圏で太陽光発電をするとどうなるか、これまで詳細な実測データがほとんどありませんでした。ソフトバンクは複数のパートナーと協力し、成層圏で発電量および太陽光スペクトル ※1 を実測しました。その結果、大気による太陽光の減衰は僅かであることを確認しました。成層圏の太陽光は地表(Air Mass 1.5)※2 と比較して約1.36倍もの光エネルギーを有し、400nm以下の紫外光領域が特に強いことを確認しました。この性質はまだ大気が十分あるにもかかわらず宇宙空間(Air Mass 0)とほぼ同じであると言う事です。

※1:太陽光スペクトルは、太陽から放射される光の波長ごとの分布を表したものです。このスペクトルは主に紫外線(UV)、可視光(Visible)、赤外線(IR)の三つの範囲に分けられ、太陽光を利用する技術や研究、特に太陽電池や気象学、農業などで重要な要素となっています。

※2:AirMass(エアマス)は、太陽光が通過する大気の厚みや距離を表す指標です。基本的に、太陽が真上(天頂)にある場合の地表をAirMass 1(AM1)と定義し、太陽が低くなるにつれてAirMassの値は増加します。この値が大きくなると、大気中の粒子や水分によって太陽光の散乱や吸収が多くなります。中緯度地域の日中の一般的な条件はAirMass 1.5(AM1.5)とされており、太陽電池の性能評価の基準に用いられています。宇宙は大気が全くないためAirMass 0(AM0)となります。

太陽光スペクトルの実測 | エネルギー観点でのHAPSロングフライト

2. 高精度発電シミュレーションの重要性とキャリブレーション

HAPSは動力の全てを太陽光発電で賄う性質上、発電量の不足は飛行継続に影響する重大なリスクとなります。そのため、事前に発電量を予測する高精度シミュレーションが不可欠です。HAPSの発電量をシミュレーションするには、例えば車載用の太陽光発電シミュレーターが利用できます。大気モデルと日射モデルを成層圏に適したものに修正して、地上で発生するような日陰の影響は除外し、3次元運動と機体のたわみを計算に追加します。高い精度を求める場合、実測値によるキャリブレーションが必要です。ソフトバンクでは、独自に収集した成層圏での実測データを基に、機体形状や太陽電池のスペック、緯度、経度、日時を考慮して、任意の地点において成層圏飛行する際の発電量を高精度に予測しています。

発電シミュレーション | エネルギー観点でのHAPSロングフライト

3. HAPSの消費電力シミュレーション

一般的な航空機は飛行速度や移動距離の最大化を目指しますが、HAPSは一定の空域に長時間留まる旋回飛行に最適化することが目的です。そのため、機体は推進エネルギーを最小限に抑える設計とされており、人力飛行機や高性能グライダー、競技用模型飛行機に類似しています。

ここで飛行高度を一定の20kmとした場合の消費電力を計算してみます。機体のスペックは以下のように設定します。翼幅は80m、翼面積は200㎡、揚抗比は32、揚力係数は1.0、電気ー機械変換効率は(0.85*0.95)。さらに、高度は20,000m、空気密度は0.0726、対気速度は34.5m/s、そして機体の総重量は1000kgとします。

消費シミュレーションの数式 | エネルギー観点でのHAPSロングフライト

この機体の常時消費電力は約14kWとなります。1日に必要な電力量は336kWhとなります。飛行する座標と日時においてこれ以上のエネルギーを得られれば飛行可能であり、不足する場合は機体スペックを見直す必要があります。

4. HAPSのエネルギー収支を図解:発電と消費のバランス

以下はエネルギー収支のイメージ図です。この図では、発電量とバッテリー残量の推移が表現されています。日中は発電しつつ高度を維持し、余剰エネルギーはバッテリーの充電に用います。日没後、バッテリーからの放電が開始され(時刻A)、日の出まで続きます。予期せぬ強風などのリスクに備え日の出(時刻B)を迎える際にフル放電せずに残量Cを確保します。

エネルギー収支 イメージ図 | エネルギー観点でのHAPSロングフライト

5. 今後の展望

本稿では、成層圏でHAPSを運用する際の基本的なエネルギー収支に焦点を当てて解説しました。ソフトバンクが開発しているHAPSは、ソーラープレーンの機体翼面に複数の太陽電池パネルを装備することで、持続可能な長期自律運航を行います。過去にも類似のコンセプトに基づく機体はありましたが、当時の技術水準ではエネルギー収支が厳しく、実用段階に至ることは困難でした。しかし、太陽電池および蓄電池の技術的革新と、機体の省エネ設計や先進材料による軽量化が相まって、全体として顕著なエネルギー効率の向上が達成されています。この成果により、HAPSによるサービス提供は現実的な選択肢となっています。

ソフトバンクは、今後もさらなる革新を目指し、HAPSの早期実現に向けて研究開発に取り組んでいきます。

執筆者:岡田 行平

Research Areas
研究概要