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HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

#HAPS #太陽電池 #ソーラーパネル

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1. HAPSにおける太陽電池の重量問題

(HAPSの解説はこちら
ソフトバンクの先進的な取り組みの一つである「空飛ぶ基地局」、HAPS(High Altitude Platform Station)は、高度20kmの成層圏を飛行します。成層圏は環境変化が殆どないため、そこを飛行するために必要なエネルギー(需要)は常に一定です。一方、太陽電池によるエネルギー(供給)は、太陽の日射に依存するため、季節や場所で変わってしまいます。

(HAPSのエネルギー収支の解説はこちら
約半年間飛行し続けるHAPSは、自ら発電し確保できたエネルギー分でしか活動できないことから、機体のあらゆる箇所に太陽電池を配置します。大型機体では太陽電池モジュール数は数千枚にもなるため、太陽電池モジュールの一つ一つが微かでも重くなると、飛行性能に大きな影響を及ぼします。大型機体では100g/㎡の重量増で飛行可能な範囲が2度近くも低緯度に減少するため、太陽電池モジュールの軽量化は極めて重要な課題となっています。

2. 一般的な太陽電池とHAPS用太陽電池の比較

地上や屋根に設置される一般的な太陽電池は、ガラスや金属製のフレームで保護されており、その重量は11~17kg/㎡です。ガラスを薄くした軽量モジュールの重量は6.5~8.0kg/㎡、ガラスを樹脂に置き換え、フレームを省略した超軽量フレキシブルモジュールの重量は3.0~4.7kg/㎡程度です。一方、HAPSが要求する重量は0.3~0.6kg/㎡になります。地上用の超軽量モジュールから更に1桁軽量化する必要があります(表1)。

太陽電池モジュールの重量比較 | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

表1. 太陽電池モジュールの重量比較

このため、ソフトバンクが取り組むHAPS向け太陽電池モジュール開発プロジェクトでは、重量削減を重要指標の一つとして開発しています。プロジェクトの最初のモジュール重量目標は700g/㎡以下に設定しました。この700g/㎡という値は、ソーラーカーレースなどで利用される超軽量結晶シリコンモジュールが800〜1000g/㎡程度であるため、まずはそこを下回ることを目標としました。

3. 目標達成のための設計・開発ポイント

まずモジュール重量のシミュレーションを実施した結果が表2です。 さまざまな部材・厚みで試算した結果、セル厚みが80µm、封止材厚みが150µm、保護材厚みが50µmの時に概ね700g/㎡に達すると試算できました。

軽量モジュールの重量試算(g/㎡) | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

表2. 軽量モジュールの重量試算(g/㎡)

太陽電池セルの選択

現在最も軽量で高性能な太陽電池は、宇宙用の化合物系太陽電池ですが、高価で製造期間が長いという課題があります。このため今回は1/1000程度の価格で手に入る高効率な結晶シリコン系セルに限定し、太陽電池メーカー協力のもと現在製造可能な実用サイズセルの中で最も薄く軽く高効率なセルの開発を目指しました。

構成部材の選択

表面や裏面の保護材には極薄で耐候性の高い樹脂を使用し、セル同士の直列接続やラミネートには、出来るだけ細い配線部材と極薄の封止材を用いました。使用環境や重量要件、コスト要件は、地上用太陽電池とは大きく異なることから、通常用いられない高性能部材も候補になるため幅広く検討しました。

4. 超軽量高効率を実現する高い技術

太陽電池セルは、世界最大手の太陽電池メーカーであるLONGi社(本社:中国 西安市)による開発、モジュール化技術は、軽量太陽電池モジュールのメーカーであるフジプレアム株式会社(本社:兵庫県姫路市)の協力による開発、という3社共同体制としました。

超薄型SHJ(Silicon Hetero Junction)セル外観 | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図1. 超薄型SHJ(Silicon Hetero Junction)セル外観

超薄型SHJ(Silicon Hetero Junction)セル

今回使用したセルは、LONGi社が開発したセル厚み80µm(通常の地上用セルの約半分の厚み)の182mm×91mmの超軽量SHJ(Silicon Hetero Junction)セルです(図1)。LONGi社は、2022年11月にSHJセルでシリコン太陽電池としての世界最高セル効率26.81%を達成しております。今回用いた80µm厚のセルも世界最高効率セルと同様の技術を採用しており、この薄さ・サイズにもかかわらずセル効率は25%以上です。一般的にシリコン太陽電池セルを薄くしていくと光の吸収量が少なくなり効率が落ちていきますが、このトレードオフを高い技術力で乗り越えており、現在手に入る最高製品の一つです。

超軽量モジュール化技術開発

フジプレアム株式会社は、同社が得意とする精密貼合技術を用いて、複雑な大画面のフラットディスプレイや、地上用の軽量モジュールの開発と生産を行ってきました。今回この技術と知見を生かし、HAPS向け超軽量モジュール化の技術開発を行いました。
セル同士の直列接続には直径250µmの細い銅ワイヤを選択し、低融点のはんだで接続しました(図2)。今回のセルやワイヤは製造機材が対応していないため、熟練技術者による手作業での工程となりました。

極細ワイヤの低融点はんだによる接続 | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図2. 極細ワイヤの低融点はんだによる接続

セル以外の構成部材の厚みは、表面保護材は25µm、封止材は一般的な地上用製品の約1/4の150µm、裏面保護材は50µmを採用しました(図3)。表側保護材と封止材の総厚175µmは、配線用ワイヤの直径250µmより薄いため、隙間なくラミネートするためにはワイヤなどが作り出す凹凸にピッタリ沿う必要があります。特に、25µmの表面保護材は僅かでも条件を誤ると図4のようにしわや剥離が生じ、これが極薄の80µmセルにとって致命的なダメージとなります。このような難しい条件下で隙間なくラミネートできる条件の割り出しに注力しました。

保護材と封止材のラミネート | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図3. 保護材と封止材のラミネート

しわが生じたモジュール | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図4. しわが生じたモジュール

5. 完成した超軽量モジュール

超軽量ソーラーモジュール外観 | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図5. 超軽量ソーラーモジュール外観

図5が完成した超軽量ソーラーモジュールの写真です。モジュールのサイズは563×584mm、重量は218.5gです。このことから、単位重量は665g/㎡を得ることができ、目標の700g/㎡以下を達成しました。この軽さはシリコン太陽電池モジュールにおいて世界トップクラスであると評価できます。

また、モジュール化する際の配置・温度など最適化されたことで、しわや剥離も無い、均一で高品質な仕上がりを達成しました。

さらに、目には見えないダメージがないかどうかEL(Electro Luminescence)測定も行いましたが、図6のようにセルの割れや配線の剥がれもないことを確認しました。

モジュール性能は、AM1.5下のI-V測定(図7)において、最大出力(Pmax)71.1Wを得られたことから、実効面積(563×568mm²: cell間隔は2mm、縁面距離は6mm)に対して、モジュール実効効率は22.2%を得ることができました。超軽量シリコン太陽電池モジュールとして、重量目標だった700g/㎡の達成に加えて、効率においても世界トップクラスを達成することができました。

EL(Electro Luminescence)測定結果 | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図6. EL(Electro Luminescence)測定結果

I-V測定テスト結果(AM1.5) | HAPS用超軽量ソーラーモジュールへの挑戦

図7. I-V測定テスト結果(AM1.5)

6. 今後の展望

本研究開発においては、LONGi社とフジプレアム株式会社のご協力のもと、世界最高のSHJ(Silicon Hetero Junction)セル技術とラミネート技術が合わさって、目標のモジュール重量700g/㎡を大きく凌ぐ665g/㎡を得ることができました。しかし、本研究開発の最終的な目標は500g/㎡以下のため、今後はこれを目指し、モジュールの各構成部材のさらなる薄型化と高性能化、配線技術やラミネート技術の向上に向けて開発を進めていきます。

執筆者:岡田行平

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