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量子コンピューティングのビジネス応用の追求
〜挑戦、取り組み、展望〜

#量子技術

情報技術の未来を牽引する「量子コンピューター」。その計算能力は、従来のコンピューターがとても及ばない領域に達する可能性があります。その可能性を追求し、挑み続けることによって、我々の生活や社会、産業全体が大きく変わる未来を描くことができます。ソフトバンクの先端技術研究所は、そうした未来に向けた挑戦を進めています。
また、事を成すためには共に学び、共に挑戦し、共に成果を上げるパートナーとの連携が不可欠です。そのため、我々はアカデミア、企業、そして個々の研究者と共に、量子コンピューティングの未踏領域へ挑戦し続けています。

1.量子コンピューターの可能性と課題

量子コンピューターは、量子力学の基本的な性質である「重ね合わせ」と「量子もつれ」を活用することで、計算能力と情報量で従来のコンピューターを凌駕する可能性があります。具体的には「重ね合わせ」により、一つの量子ビットが同時に複数の状態を持つことができます。

さらに「量子もつれ」は、一度結びついた二つの量子ビットが、物理的に離れた場所に存在していても、情報を瞬時に影響し合う特性を持ちます。これにより、離れた場所にある量子コンピューターとの間で高速に情報伝達を行うことが可能となります。

量子もつれや重ね合わせの状態を利用し、かつ量子アルゴリズムを組み合わせることで、特定の計算問題において従来のアルゴリズムよりも大幅に高速に動作する(少ない計算回数で処理する)ことが期待されています。ただし、量子コンピューターが従来のコンピューターを全ての面で凌駕するわけではありません。

古典計算では問題が複雑化するに伴い指数関数的に計算時間が増えるが、
量子計算を用いることで少ない計算時間で解が求められる可能性がある

※ NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum):「ノイズの多い中規模量子」、数十から数百の量子ビットを持つがエラー訂正機能をもたない現在の量子コンピューター
※ FTQC(Fault-Tolerant Quantum Computing):「フォールトトレラント量子計算」、エラー訂正技術を駆使して計算中のエラーを訂正できる、より進化した量子コンピューター
※ QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm):組み合わせ最適化問題を解くために用いられる量子アルゴリズム
※ VQE(Variational Quantum Eigensolver):分子などの基底状態エネルギーを計算するために用いられる古典と量子のハイブリッドアルゴリズム
※ QSCI(Quantum-Selected Configuration Interaction):ノイズ量子デバイス上で多電子ハミルトニアンの基底エネルギーと励起状態エネルギーを計算するためのハイブリッド量子古典アルゴリズム
※ Shor's Algorithm(ショアのアルゴリズム):大きな数の素因数分解を効率的に行うための量子アルゴリズム
※ Grover's Algorithm(グローバーのアルゴリズム):未整列データベース内での検索問題を効率的に解くための量子アルゴリズム
※ Surface code(表面符号):量子ビットを2次元格子状上に配置し,特定のパターンで組み合わせることで量子エラー訂正を実現するアプローチの一つ
※ Toric code(円環符号):量子ビットをドーナツ形(トーラス)の表面に配置し,トーラス表面上で形成されるループ状のパターンを使用することで量子エラー訂正を実現するアプローチの一つ

こうした量子力学特有の性質を活用する量子コンピューターは、現行の技術水準の中で「NISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)デバイス」として取り扱われ、大きな課題すなわち「エラー」に直面しています。量子ビットは、微弱な環境ノイズや素粒子の衝突などによって生じるエラーに極めて敏感でなため、これらの影響を抑えながら量子計算を正確に行うことが重要な課題となっており、こういった課題に対する解決策の開発が急務となっています。

2. NISQアルゴリズムの量子化学への応用

ソフトバンクの先端技術研究所は、量子コンピューターの実用化と社会実装を追求するため、東京大学が運営する「量子イノベーションイニシアティブ協議会」や慶應義塾大学の量子コンピューティング研究センター(KQCC)など、国内外の研究機関との連携を強化し、量子コンピューティングの研究の高度化と深化を図っています。

量子の優位性を見出し得る問題の一つとして、量子コンピューターの量子的性質が量子化学の問題に適していると広く考えられていることを踏まえ、ボルン-オッペンハイマー近似を超えたアプローチ(Beyond Born-Oppenheimer)により、電子と原子核の間の相互作用(Nuclear Quantum Effects、NQEs)をより正確にシミュレートすることで、化学問題の解決に向けた新たな可能性を探る研究に取り組みました。

本研究では、状態ベクトルシミュレーターのみを用いた従来の研究とは異なり、ショットベースシミュレーター(実機を模倣するシミュレーター)に加えて実際のNISQデバイスを用い、NEO(Nuclear-Electronic Orbital)ハミルトニアンに対して変分量子固有値法(Variational Quantum Eigensolver、VQE)を初めて適用しています。

また、ハードウェア効率のよい初期推定としての波動関数(Ansatz)の選択、最適化の開始点の選定、初期点最適化の手法など、量子コンピューターの性質を考慮した効率的な手法の探索を行った結果、適切な初期値を選択することで、計算結果の品質と収束速度の両方を向上させる結果が得られました。

特に、VQEアルゴリズムでは、一般的に使用されるノイズの影響を受けやすいランダムな初期値よりも、NEOハミルトニアンに対し状態ベクトルシミュレーターを用いて事前に最適化された初期値を選択することで、蓄積されるショットノイズやハードウェアエラーが原因の誤差を大幅に削減し、より正確な結果を得ることが可能となりました。

量子・古典のハイブリッドアルゴリズムであるVQE

状態ベクトルシミュレーターのオプティマイザーに対する、高度な初期化(advanced)と通常の初期化(ordinary)の比較の一例
適切な初期値の選択により計算結果の品質と収束速度が向上

状態ベクトルシミュレーターによる評価結果
ショット数を増やすことによる精度向上を確認
「赤線」は、化学的精度のしきい値

このアプローチにより、計算プロセスの収束速度が向上し、バレンプラトー(Barren Plateau)という問題を避けることができることが確認されました。これは現実の量子デバイスにおいて、精密な化学的問題のシミュレーションの可能性を示すものになります。

一方で、今回の研究テーマにおける実機での演算では、問題の規模の大きさからくるゲート操作ノイズ、観測ノイズおよびショットノイズの影響が確認され、これに対する新たな研究テーマ(試行波動関数の回路最適化や変分量子回路の古典最適化手法の改善)などが明確になりました。本研究は量子コンピューターによる化学計算が将来的に可能であることを示すものであり、この分野における新たな可能性を探る大切な一歩となりました。

※ 状態ベクトルシミュレーター:量子力学における量子系の状態を数学的に表現した状態ベクトルを古典コンピュータ上で模擬するためのシミュレーター
※ バレンプラトー(Barren Plateau):量子回路のパラメーターを調整する過程で、勾配がほとんど0に近い平坦な領域に遭遇し、学習や最適化が進まなくなる状態のこと

3. 事業化に向けたプロジェクト始動

ソフトバンクは、量子コンピューターの事業化に向けたプロジェクトを理化学研究所と共同で開始しました。このプロジェクトでは、量子コンピューターとスーパーコンピューターのハイブリッドプラットフォームを開発し、量子コンピューターによる量子計算とスーパーコンピューターの驚異的な古典計算を組み合わせ、計算能力と価値の最大化を目指します。

その中で、ソフトバンクの先端技術研究所は、量子・古典ハイブリッドプラットフォームによる新たな量子アルゴリズムの有用性の検証、NISQの課題への対策として、ノイズによるエラーの抑制や量子回路の最適化、それらの応用によるハイブリッドプラットフォームの有用性検証など、早期実用化に向けた研究を行っています。

スパコンとの連携により、エラー抑制・緩和、アルゴリズム最適化、協調した計算、
といったメリットを活かし、実用的なアプリケーションへの適用を目指す

4. 次世代社会インフラへの量子コンピューティングの活用

AI共存社会を支える次世代社会インフラとして、モバイルネットワークにはより高度な通信品質や基地局リソースの最適化が求められますが、そのための莫大な計算を効率的に実行する手段として、量子コンピューティングの活用を模索しています。

特に量子近似最適化アルゴリズム(Quantum Approximate Optimization Algorithm, QAOA)やVQEのような量子最適化アルゴリズムは、古典コンピューターでは実現できない解空間の効率的な探索が可能であり、大規模な最適化問題であっても、量子コンピューターを用いることで古典コンピューターよりも効率的に組み合わせ最適化問題を解くことが理論的に可能であるとされています。一方で、現状の量子コンピューターの限られた量子ビット数や品質の中で、現実の問題に量子最適化アルゴリズムを適用することには課題があり、変数を削減し、量子回路を最適化する研究を行っています。

また、次世代社会インフラとしての通信基盤に対するニーズが大規模かつ複雑化する一方で、ネットワーク制御の柔軟性も重要な課題となります。AI/ML(機械学習)によるネットワーク運用の故障診断や復旧機能の自動化など、機械学習アルゴリズムの高度化に向け、量子コンピューティングの適用を図るべく研究に取り組んでいます。

量子機械学習アルゴリズムの一つである量子カーネル学習は、量子力学の原理を活用した超高次元な特徴量表現が可能であり、古典コンピューターに対して学習効率の観点で有利な点を持つと考えられています。商用システムのログから抽出したデータセットに対する故障事象の学習推論性能について、量子コンピューターによる優位性探索と早期実用化を目指しています。

※ 量子カーネル学習:量子コンピューターを活用した機械学習の手法の一つ。高次元のデータ間の類似性(カーネル関数)を効率的に計算することができ、これにより大量のデータセットや複雑な計算も高速に処理でき、より正確な予測や学習が可能になります。

5. 通信とデータ処理基盤の融合

量子コンピューターの研究開発が進む中、その驚異的な計算力を活用して、これまで難しかった問題に取り組み、新たな価値を創出していきたいと考えています。例えば、「分散コンピューティングネットワークの高度化」、「新素材の開発」、「次世代AIの開発」など、量子コンピューターがその能力を発揮できるフィールドは多岐に渡ります。

我々は、量子コンピューターが実現可能とするこれらの未来のビジョンを追求し続けていきます。これにより、量子コンピューターが社会全体に新たな価値を提供する一端を担いつつ、その可能性と未来に我々自身が挑戦し続ける機会を得られると考えています。

量子コンピューティングは、従来の計算手法の枠を超え、これまで解決不可能だった問題に対する新たな解を見出す可能性を秘めています。量子コンピューターが切り開くのは、常識を超える新しい領域、未知の地平です。ソフトバンクの先端技術研究所は、その探求と挑戦の第一線で未来を創造し続けます。

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研究概要