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ソフトバンクの生成AI基盤モデル「Large Telecom Model」とは— ソフトバンクが描く次世代ネットワーク運用の姿
#AI-RAN #LargeTelecomModel #AITRAS
2025.05.13
ソフトバンク株式会社


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1. 通信のための生成AIとは - Large Telecom Model誕生の背景
近年、生成AIの急速な進化により、大規模言語モデル(LLM)が様々な業界で活用され始めています。 しかし、汎用的なLLMが持つ知識はあくまで一般的なものであり、通信ネットワークの運用のようにドメイン特化かつ実務知識が求められる分野においては、即戦力とは言いがたいのが現実です。
こうした課題に対し、ソフトバンク先端技術研究所は、通信業界における現場の知識と実運用のノウハウをAIに継承させることを目指し、「Large Telecom Model」を開発しました。 Large Telecom Modelは、一般的なLLMを基盤としつつ、ソフトバンクが保有する膨大かつ高度な運用データ、ドメイン知識、標準化文書、シミュレーション結果などを加えて追加学習を施した、通信業界向けに最適化された生成AIモデルです。
プレスリリース:通信業界向けの生成AI基盤モデル 「Large Telecom Model」を開発(2025年3月19日)

具体的には以下のような多様なデータが統合され、モデルのファインチューニングに活用されています。
● 基地局設定データ(例:位置、角度、周波数、各種パラメーター)
● パフォーマンスデータ(例:接続ユーザー数、スループット、電波強度など)
● パブリックデータ(3GPP/ETSI/IETF/ITU/ORAN/arxivなどからなる、ドメイン特化のパブリックデータ)
● シミュレーションデータ(シミュレーションで生成した、低レイヤーの信号データ)
こうしたあらゆるデータを統合的に学習することで、Large Telecom Modelは単なるインターフェースではなく、通信運用のエキスパートとして「考え、提案し、改善する」ことができるAIモデルとなっています。
2. Large Telecom Modelが可能にする「Human-AI」:専門業務の知能化と自動化
Large Telecom Modelの最も大きな特徴は、通信業界の運用業務において人間の知識や経験を補完・代替する「Human-AI」として設計されている点です。 従来のAIモデルでは、自然言語でやりとりする能力は持っていますが専門知識や経験を内面化していないため、実際の運用業務の代替には限界がありました。
一方、Large Telecom Modelでは、モデル自体が専門的なデータを理解したうえで、複雑な運用判断や設定、チューニングを遂行できます。 例えるなら、従来のAIが「頭は良いが業務経験の無い新任者」だったのに対し、Large Telecom Modelは「現場経験を積んだ実務のプロフェッショナル」に相当します。

活用領域として例えば次の3つが考えられます:
① 基地局設定の最適化
エリアやトラフィック状況に応じたRANパラメーター(例:セル選択閾値など)をLarge Telecom Modelが自ら提案。 設定の自動生成やチューニング業務を支援します。
② ネットワーク保守・障害対応
アラートログを分析し、異常の原因と対応策をLarge Telecom Modelが自動で提示。 従来は熟練エンジニアが時間をかけて行っていた判断を、リアルタイムかつ正確にサポートします。
③ セールス・マーケティング支援
顧客の声やトラフィック動向、過去の販促施策の効果などを学習し、ターゲティングや販促戦略の立案を一貫して実行可能です。

これらの適用により、Large Telecom Modelは省人化、作業の高速化、運用コスト(OPEX)の削減、そして判断の均質化といった多くの効果をもたらします。 さらに、これまで個別に属人化していた業務をモデルに内包できる点で、ナレッジマネジメントの観点からも大きな意義があります。
3. 実証ユースケースで見るLarge Telecom Modelの力
実際にLarge Telecom Modelは複数のユースケースで検証が進められており、特に以下の2つのシナリオで有望な成果が得られています。
(1)イベント時のRAN設定最適化
大規模イベント開催時のトラフィック集中に対応するため、Large Telecom Modelは基地局の設定変更を自動で提案します。 たとえば、スタジアムでの試合やコンサートの際、特定エリアに通信負荷が集中することがあります。

Large Telecom Modelはこれらを分析し、最適化すべきパラメーター(例:セル境界調整)と具体的な値を出力します。 実験では、ソフトバンクの実ネットワークでの最適化済みデータと比べて94%という高精度で実際に導入可能な設定を導出できることが確認されました。
(2)新設基地局のRAN設定自動生成
もう一つの注目ユースケースは、都市開発などで新たに電波の届きにくいエリアが発生した場合の対応です。 Large Telecom Modelは新設局の設置場所や初期パラメーターを自動で生成することが可能です。

これらに基づき、同様に91%の精度で新設局の設定提案が可能となり、従来必要だった設計・検証の工数を大幅に削減できます。
これらの成果は、モデルが単なる言語生成の域を超え、通信設計業務の高度な意思決定支援を担えることを示しています。
4. 展望:Large Telecom Modelが描く未来のネットワーク運用
Large Telecom Modelの活用は今後、次の3ステップで拡張されていく見込みです。
STEP01:コンセプト実証フェーズ
通信業務における代表的なユースケースを対象に、技術的な実現性とビジネス価値を検証します。
STEP02:スケーリングフェーズ
モデルの学習データとパラメーター数を拡大し、より多様なシナリオに対応可能な汎用性を獲得していきます。
STEP03:運用展開フェーズ
社内業務への本格導入を進めると同時に、AI-RAN統合ソリューション「AITRAS」との統合も視野に入れています。

ソフトバンクは、このLarge Telecom Modelを通じて、「AIと通信の融合がもたらす新しいインフラ像」を具現化しようとしています。 それは、単に効率化や自動化にとどまらず、人とAIが協調しながら次世代のネットワーク運用を構築する世界です。
Large Telecom Modelは、ソフトバンクが持つ通信インフラ運用の知見をAIに継承させることで、業務そのものの変革を実現しようとする取り組みです。 生成AIの力を、汎用性ではなく「産業特化型」に進化させるその一歩は、通信の現場に新たな知能をもたらすものです。
今後もソフトバンク先端技術研究所では、AIとネットワークの融合によって社会インフラを進化させる研究・開発に取り組んでまいります。