5G SIB9が実現する屋内高精度時刻同期

#デジタルツイン

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1. 時刻同期の重要性

私たちの社会生活において、時計は欠かせない存在です。会議の開始時刻に合わせて行動したり、伝票や報告書に日時を記録したりと、日常のあらゆる活動が「時刻」を基準に成り立っています。
もしもその時計が正確でなければ、迅速に行動しても遅刻したり、早く到着してしまい会議室の開放を待つ羽目になったりするかもしれません。また、記録の時刻が正確でない場合、複数人のデータを集計した際に整合性が取れず、混乱を招く恐れもあります。
この「正確な時刻合わせ」は、ネットワークで接続されたシステムにおいても同様に重要です。特に以下のような分野では、マイクロ秒レベルの高精度な時刻同期が要求されています。

正確な時刻合わせ

さらに、IIoT (Industrial Internet of Things) やCPS(サイバーフィジカルシステム)におけるAI活用の広がりにより、サブミリ秒レベルの時刻同期が重要性を増しています。
センサーフュージョンにおける多変量時系列データのタイムスタンプ整合によるAI精度向上、フィジカルAIを活用した複数ロボットの協調制御効率化、さらにはマルチAIエージェント(エージェント型AI)のタスク管理やログ分析・セキュリティ監査への応用も期待されます。

高精度な時刻同期が求められる分野

図1. 高精度な時刻同期が求められる分野

時計がズレる理由 - クロックドリフトとは

時計がズレる主な原因は、時計内部の振動子の周波数変動にあります。温度変化や経年劣化により、わずかに発振周波数が変化するためです。例えば、スマートフォンに搭載される水晶振動子の精度は約±20ppmであり、1秒ごとに最大20µsズレることを意味します。1時間放置すればズレが蓄積し、最大72msのズレが生じる計算です。
この現象をクロックドリフトと呼びます。ドリフトを補正し、外部基準時刻に合わせるための技術こそが「時刻同期」です。

クロックドリフトの概念図

図2:クロックドリフトの概念図

2. 従来の時刻同期技術と課題

現在広く利用されている時刻同期手法には、NTP・PTP・GNSSの3つがあります。

NTP (Network Time Protocol)

NTPはIP (Internet Protocol) ネットワーク上で時刻同期させるためのプロトコルであり、インターネットに接続できる環境では比較的容易に協定世界時 (UTC) との同期が可能です。しかしながら、その精度は数十ミリ秒程度にとどまり、無線ネットワークでは100ミリ秒程度まで悪化することもあります。この原因は、NTPではクライアントとサーバーの間で時刻を交換する際の通信遅延を往路と復路で等しいと仮定しているため、ネットワーク機器が生むそれらの遅延差が誤差を生じ、特に無線では顕著となるためです。したがって、NTPは高精度な時刻同期を必要とする用途には不向きです。また、IoT機器など低消費電力が求められる端末において、NTPで時計の精度を数百ミリ秒以内に維持するには数時間おきにNTPサーバーとの送受信を行う必要があり、通信モジュールの起動等によるオーバーヘッドを含む消費電力の増加が課題となります。

PTP (Precision Time Protocol)

PTPはIEEE 1588で規定されたプロトコルであり、LAN (Local Area Network) 内でスレーブクロックをマスタークロックにマイクロ秒以下の高い精度で同期させることが可能です。PTPでは、ハードウェアレベルでのタイムスタンプ取得や、境界クロック (Boundary Clock) ・透過クロック (Transparent Clock) といった遅延の影響を抑制するネットワーク機器の利用により、NTPでは実現できない高精度な時刻同期を可能としています。しかしながら、そのような機器への対応が不十分なインターネット上でPTPを利用することは困難であり、UTCとの同期にはGNSS等の外部基準と同期できるグランドマスタークロック (GMC) がLAN内に必要です。

GNSS (Global Navigation Satellite System)

GNSSは複数の人工衛星から送信される電波を受信することで受信機の測位および時刻同期を可能とするシステムの総称です。代表的なGNSSとして、アメリカのGPS (Global Positioning System)、欧州のGalileo、日本のQZSS (Quasi-Zenith Satellite System) があります。GNSS信号を利用することで数十ナノ秒オーダーの非常に高精度な時刻同期が可能です。しかしながら、屋内や地下、トンネルなどでは衛星電波の受信が困難であるため、屋外に外部アンテナを設置しケーブルを敷設する必要があり、コストおよび設置制約が大きな課題です。また、ジャミング(妨害電波)やスプーフィング(なりすまし)に脆弱であると言われています。

従来の時刻同期技術の比較

図3:従来の時刻同期技術の比較

3. 5G SIB9による時刻同期 - 無線で実現するマイクロ秒精度

これらの課題を解決する技術としてソフトバンクが注目しているのが、5G SA (Stand Alone) におけるSIB9 (System Information Block Type 9) を利用した時刻同期です。5G SIB9では、5G SAが利用可能な環境であれば、屋内や地下でも無線でUTC時刻同期が可能です。アプリケーションレイヤーよりも低くハードウェアに近いレイヤーを活用することによりマイクロ秒精度の時刻配信を行います。その仕組みを解説します。

5G SIB9による時刻同期の仕組み

図4:5G SIB9による時刻同期の仕組み

基地局の時刻同期

5G基地局はGNSSやRAN (Radio Access Network) 上のPTPを用いて時刻同期されています。もしも時刻同期できていなければ5Gの無線通信にいくつかの問題が生じてしまいます。例えば、上りと下りを時間で分ける時分割複信TDD (Time Division Duplex) において、隣接基地局間で干渉が発生してしまいます。周波数割当の観点においても、TDDバンドでは事業者間でガードバンドが設定されていないため、隣接事業者の基地局が時刻同期できていなければ干渉が発生する懸念があります。そこで、事業者間で共通の時刻系に基地局を同期させることが必要となり、UTCに変換可能な時刻系への同期が必須とされています。

端末での無線同期

5G基地局から送信される同期信号を用いて、5G SA端末は基地局と無線フレームの同期を行います。無線フレームはUTCに変換可能な時刻に同期した周期的構造をしており、1フレームは10ミリ秒の長さを持ちます。その後、基地局と端末間の無線伝搬遅延に応じて決まるTiming Advance (TA) という値を取得します。TAは、複信方式を問わず、複数の端末の上り通信が基地局に到達するタイミングを揃え、干渉を防ぐために用いられます。Wi-FiではCSMA/CA (Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance) により非同期型の無線通信を行う一方で、5Gではこのような同期型の無線通信を行うことがモバイルネットワークの特徴の一つです。

端末での5G SIB9による時刻同期

以上が既に現在利用されている5G通信の同期の仕組みです。以降では5G基地局と端末がSIB9に対応し利用している場合の仕組みを説明します。5G SA端末はSIB9メッセージを受信し、直後の無線フレーム境界に対応するUTC時刻を取得します。SIB9メッセージにはUTC時刻(10ms単位)の他に、GPS時刻との変換に用いるうるう秒の情報も含まれています (3GPP TS 38.331 §6.3.1)。SIB9メッセージは基地局が設定した周期で定期的に報知されるため、5G SA端末はその情報を取得してUTC時刻との同期を維持できます。その正確度は端末と基地局の距離の影響を受けるため、TAを用いた補正により正確度を向上させることも可能です。時刻同期された5G SA端末は、1PPS (Pulse Per Second) やPTPといったインタフェースを通じて、接続された時刻クライアントをUTCにマイクロ秒オーダーで時刻同期することが想定されています。

5G通信サービスを支えている基地局の時刻同期を5G SIB9でお客様に開放することにより、通信事業者は時刻同期インフラとして社会に貢献すると同時に収益化を図ることができます。

なお、モバイル網による時刻同期技術としてNITZ (Network Identity and Time Zone) という方法も存在します。しかし、NITZは時刻の分解能が秒単位でしかなく無線フレームと同期されていないため、NTPよりも精度が劣ります。

4. キャンパステストベッドでの実機検証

ソフトバンクは慶應義塾大学SFC研究所と共同でデジタルツインキャンパスの活動に取り組んでおり、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス (SFC) に5G SAの実験環境を構築しています。今回、ソフトバンクはSIB9による高精度時刻同期の評価用端末を試作し、SFCの5G SA実験環境において実機検証を行いました。

・測定項目: GNSS基準信号発生器に対する1PPS時間差(遅延)
・評価項目: 平均値、標準偏差、最大値
・測定地点: 屋内4地点
・測定時間: 各地点で1時間
・無線伝搬遅延補正: なし

慶應SFCでの5G SIB9による時刻同期誤差の測定条件と結果

図5:慶應SFCでの5G SIB9による時刻同期誤差の測定条件と結果

結果として、屋内にて1.5µs未満の誤差で同期可能であることを確認しました。TAによる無線遅延補正を適用すれば、さらに高い正確度が見込まれます。

5. ユースケース実証 - 屋内ローカル5Gの時刻源として

ソフトバンクはNHKテクノロジーズと共同で、屋内ローカル5Gの時刻源にパブリック5G SAのSIB9を利用するユースケースの実証を行っています。ローカル5Gとは、通信事業者ではない企業や自治体が独自に構築・運用する5Gネットワークです。NHKテクノロジーズは、スポーツやイベントの会場におけるワイヤレスIPカメラシステムにローカル5Gを活用した構成の検証に取り組んでいます。ローカル5Gは専用に割り当てられた周波数を使用できるため、観客や来場者のスマートフォン等からの通信が混雑する環境において、Wi-Fiやパブリック5Gと比較して安定した通信が可能となります。

ローカル5Gの複信においてもパブリック5Gと同様に時分割複信TDDが採用されており、ローカル5G基地局はUTC±1.5マイクロ秒の誤差で時刻同期を行うことが必要となります。そのため、従来はローカル5G基地局に併置されたGNSSアンテナを接続して時刻同期を実現していました。しかしながら、屋内や地下にローカル5G基地局を設置する場合、GNSS信号の受信が困難であるため屋外にGNSSアンテナを設置する必要があり、設置工事費用や運用コストが課題となっていました。特に、屋内体育館・プールや屋内イベント会場にローカル5Gを用いたワイヤレスIPカメラシステムを構築する場合、会期のみの臨時構築となるためGNSSアンテナの常設工事はできません。そのため、仮設の屋外GNSSアンテナから屋内に引き込むケーブルの取り回しにかかる調整・作業が必要となったり、あるいはローカル5Gの利用中にGNSSアンテナと接続させない場合はGMCのホールドオーバー精度を維持するために会期中の利用時間外に毎日、数時間にわたりGNSSでGMCの時刻同期を行う必要があったりと、運用面での負担が大きくなっていました。

そこで、本共同研究では、NHKテクノロジーズが構築・運用するローカル5G基地局の時刻源を、GNSSに基づくGMCとソフトバンクのパブリック5G SA SIB9に基づくGMCの2つに冗長化した構成を構築しました。最適な時刻源はPTPのBMCA (Best Master Clock Algorithm) により自動選択されるため、GNSS信号が受信できない状況においてもSIB9に基づく時刻同期を利用して柔軟かつ安定にローカル5Gを運用できます。シールド環境での検証の結果、時刻源が切り替わった場合でも継続的にローカル5Gによる映像伝送が可能であることが確認されました。

ローカル5G基地局の時刻源として屋内外シームレスにGNSSまたはパブリック5G SA SIB9をBMCAにより自動選択する時刻同期構成

図6:ローカル5G基地局の時刻源として屋内外シームレスにGNSSまたはパブリック5G SA SIB9をBMCAにより自動選択する時刻同期構成

本共同実証につきまして、Inter BEE 2025に出展いたします。ぜひブースにお越しください。

会期:2025年11月19日 (水) ~21日 (金) 10:00~17:30(21日のみ17時終了)
会場:幕張メッセ
展示ブース:NHKテクノロジーズ「ローカル5Gの可能性」(ホール8 小間番号8501)

6. まとめと今後の展望:TaaS実現に向けて

5G SIB9は、GNSSの電波が届きにくい屋内環境でも無線で高精度な時刻同期を実現できる数少ない技術です。5Gは同期型の無線方式であり、運用中のパブリック5G基地局がUTCに同期していることを利用して、5G SA端末に高精度なUTC時刻を配信できます。こうした既存インフラを時刻サービスとして活用できる点が強みです。

キャンパステストベッドにおける実験試験局を用いた実機検証では、屋外基地局に対する屋内受信環境において時刻同期誤差が1.5マイクロ秒未満であることを確認しました。また、NHKテクノロジーズとの共同研究では、屋内ローカル5G基地局の時刻源としての有効性を実証しました。

人間の社会生活が腕時計や壁掛け時計の時刻合わせで成り立っているように、これからのAI・ロボットの協調も共通の時間を前提に動きます。センサーのタイムスタンプや制御のスケジューリングにはミリ秒未満の精度が求められ、高精度で信頼できる時刻同期は不可欠です。こうした仕組みはデータセンターや工場にとどまらず、街や家庭、モビリティなど私たちの身近な環境へ広がっていくことでしょう。その基盤として、屋内外に高精度な時刻を届けられる5G SIB9は有力な選択肢のひとつです。

今後は、5G SIB9を活用したTaaS (Timing as a Service) の商用化を目指し、商用基地局での検証やさらなるユースケースの探索、ビジネスモデルの検討を進めてまいります。



執筆者:後藤広樹

参考文献

・Nokia, "5G time service," Nokia White Paper, 2023. https://www.nokia.com/asset/210965/.
・Andrea Dalla Torre (u-blox Italia), “Accurate time distribution using Cellular radio signal,” ATIS Workshop on Synchronization and Timing Systems (WSTS), 2023. https://wsts.atis.org/presentation/accurate-time-distribution-using-cellular-radio-signal/..
・D. P. Venmani, F. Zerradi, F. Hamma, B. Jahan and K. Singh, “Timing-As-A-Service (TAAS): Over-the-Air Synchronization method for Industrial IoT,” 2024 IEEE Virtual Conference on Communications (VCC), NY, USA, 2024, pp. 1–6, doi: 10.1109/VCC63113.2024.10914433.

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