試してわかる量子アニーリング〜量子コンピューターを用いたアレーアンテナ設計法〜

#6G #量子技術 #量子アニーリング #量子コンピューター #アレーアンテナ

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1. 量子コンピューターを用いたアンテナ設計とは

ソフトバンク先端技術研究所は、量子コンピューターをアンテナ設計に用いる研究を行なっています。表1に示すように現在のコンピューターの世界は従来型デジタルコンピューターと量子コンピューターに分類できます。量子コンピューターはさらにゲート型とイジング型に分かれ、イジング型は組合せ最適化問題に特化した量子コンピューターです。従来型デジタルコンピューターは汎用プロセッサであるCPU型と、GPUやベクトルプロセッサなどの加速器(アクセラレーター)を付加したアクセラレーター型に分けられます。

最適化手法と量子コンピューター

表1. 最適化手法と量子コンピューター

アンテナをはじめ多くの科学計算において、様々な最適化手法が用いられています。今回用いるアニーリングをはじめGA(遺伝的アルゴリズム)、PSO(粒子群最適化)、ACO(蟻コロニー最適化)が用いられており、とりわけ、アンテナ設計最適化に関してはGAが多用されていますが、変数が多くなると組合せ爆発が計算に支障をもたらします。

アンテナ設計最適化における組合せ爆発の例を図1に示します。ここでは、自動車のボディにアンテナを取り付ける場合を考えます。アンテナ取付候補地点が300箇所ある場合に、統計的・平均的に最も受信電力が高くなる地点を探す問題です。このとき、一般には300箇所にそれぞれアンテナを設置して300回の電磁界計算を行い、平均受信電力が高いアンテナ設置場所を特定すれば良いと言えます。

アンテナ設計最適化における組合せ爆発の例

図1. アンテナ設計最適化における組合せ爆発の例

では、次に300箇所の候補地点に8個のアンテナを設置する場合を考えます。アンテナは相互依存性があるため受信電力上位8つのアンテナを選択しても必ずしも最大になるとは限りません。このため、平均受信電力が最大となる8個のアンテナの組合せを全て計算する必要があります。この場合のアンテナ計算の組合せ数は300C8 ≃ 1.48×1015となり莫大な計算負荷が掛かり、これは計算不能な問題といえます。
以上の背景を踏まえ、本記事では従来計算法では計算不能となるアンテナ設計における最適化に対して、量子アニーリングを駆使することにより、効率的に設計できることを示します。具体的な取組みとして、アレーアンテナの複数ビーム生成法を例にあげ、給電位相の量子化法を用い、複数ビームが安定して生成されるような制約項を考案することで、最適な設計が実現できることを示します。

2. 量子アニーリングについて

ここで、量子アニーリングの概要を最小限のモデルで簡単に述べます。量子アニーリングは図2に示すように磁性体のスピン(微小磁石のN極の向き)でモデル化されます。微小磁石の向きが上向きの状態を+1、下向きの状態を-1の量子ビットとして取り扱います。量子アニーリングマシンは磁性体のエネルギーが最小となるように動作する物理エミュレータであり、微小磁石が3つ配置された場合に、系全体のエネルギーが最小となる微小磁石の向きを決めることが、問題を解くことになります。
ここではイジング形式でモデル化します。微小磁石自体は上向きか下向きになりやすい傾向を有し、これを自己作用(hi)といいます。他方、互いの微小磁石は、同方向に向くか逆方向を向くかの相互作用(Jij)を有します。
図2では、以下の条件の系とします。

①微小磁石1の自己作用h1:+2(下向きになりやすい度合い2)
②微小磁石2の自己作用h2:+1(下向きになりやすい度合い1)
③微小磁石3の自己作用h3:-3(上向きになりやすい度合い3)
④微小磁石1-2間には相互作用J12:+2(逆向きになりやすい度合い2)
⑤微小磁石2-3間には相互作用J23:-2(同じ向きになりやすい度合い2)
⑥微小磁石1-3間には相互作用J13:-2(同じ向きになりやすい度合い2)

この系に自己作用しか働かないとすると、微小磁石1、2は下向き、微小磁石3は上向きとなります。しかし、系全体としては相互作用も存在するため、上記6つの条件は全てを同時に満たすことができない「フラストレーション状態」となります。このとき、各作用の強さに応じて条件の効き方が変わってきます。これをエネルギーの式で表現すると3元2次関数として表すことができます。

量子アニーリング(3量子ビット)

図2. 量子アニーリング(3量子ビット)

この式の設定を量子アニーリングマシンに入力すると、量子ビットの自己作用と相互作用が設定され、マシンは「自然に任せて」エネルギーが最小となる動作をし、そのときの量子ビット値とエネルギー値を答えとして返します。一般的な計算機と異なり、プログラミングは不要であり、この作用係数を設定すること自体がプログラミングに相当します。
今回は3量子ビット(変数)のため、8通りの組合せとなり、手計算してみると図2の表の結果となります。そのため、
σ1=-1、σ2=+1、σ3=+1、H=-6
の時にエネルギーが最小となることがわかります。体験用エクセルで自己作用・相互作用の数値を変え、その結果の変化を見てみましょう!

体験用エクセルはこちら

次に、この数理モデルの具体的な応用例を見てみましょう。ここでは、3名が旅行に行く計画をしています。量子ビットとして鎌倉に-1を、箱根に+1を割り当てます。各個人の希望行先と希望度合いは、

①Aさんの鎌倉に行きたい度合い2
②Bさんの鎌倉に行きたい度合い1
③Cさんの箱根に行きたい度合い3

です。互いの同行希望具合は、

④AさんとBさんの別の場所に行きたい度合い2
⑤BさんとCさんの同じ場所に行きたい度合い2
⑥CさんとAさんの同じ場所に行きたい度合い2

となります。この旅行スケジュール問題は、前述の磁性体のエネルギー問題と数理的に等価な問題となります。つまり、世の中のあらゆる問題を磁性体モデルに焼き直すことができると、社会問題としての組合せ最適化問題を量子アニーリングマシンで効率良く解くことが可能となります。

3. アレーアンテナ複数ビーム生成法

ここでは、アレーアンテナの複数ビーム生成・設計法を応用例として示します。この研究はソフトバンク先端技術研究所と福井大学(藤元美俊教授)との共同研究の成果として、電子情報通信学会英文レター誌ComEX[1]に掲載されたものです。この技術のポイントは、(A)アレーアンテナ給電位相に用いる複素指数関数をOne-hot符号化により1次関数化したこと、および、(B)等利得の複数ビームを安定して生成するために付加ハミルトニアン定式化を考案したことです。

技術(A): One-hot符号化による複素指数関数の1次関数化

量子アニーリングでは、ハミルトニアンは量子ビットの2次関数で定式化されます。アンテナ指向性の設計において、ハミルトニアンは実質的に電力となるため、電界は1次関数で表記される必要があります。一方、アンテナ設計には電磁界解析手法が用いられるため、位相を考慮したベクトル合成が必要であり、そのためには複素指数関数が用いられます。したがって、量子アニーリングで指向性合成などのベクトル合成を行うためには複素指数関数の1次関数化が必須となります。これを実現するために、図3に示すようにOne-hot符号化により、2進符号化ではできない1次関数化を実現しました。

複素指数関数の1次関数化

図3. 複素指数関数の1次関数化

技術(B) :アレーアンテナの複数ビーム生成法

量子アニーリングでは、複数の条件を満足させるためには、それぞれが満たすべきハミルトニアンを記述し、足し込むことにより実現できます。図4はN素子アレーアンテナにM階層の位相を適切に与え、-10°方向と40°方向に電力を集中させるモデルでハミルトニアンを設定した計算例(N = 40, M = 4)です。従来法である(a)では、2つのビームは生成されず、一方のみに集中した単一ビームとなっています。分析の結果、複数のビームを生成した場合より、単一のビームを生成した方が、ハミルトニアンがより小さくなることがわかりました。そこで、(b)に示すように指定した数のビームが生成されるように制約項(赤枠)を新たに付加しました。これは、複数のビームの電力差を最小化するための制約項となり、これを適用した計算結果が(b)となります。-10°と40°に利得差がなく、ビーム生成されていることが確認できます。これにより、提案技術を用いることにより量子アニーリングがアレーアンテナビーム設計に有効であることが示されました。

アレーアンテナの複数ビーム生成

図4. アレーアンテナの複数ビーム生成

4. 応用分野について

今回のブログでは、アレーアンテナ設計の例を示しましたが、表面の位相変化を与えることで、電波の反射方向を変化させるRIS(Reconfigurable Intelligent Surface)[2]の素子設計にも適用可能です。加えて、複素指数関数の1次関数化は広く波動工学に適用できるため、同じ電磁界問題であるEMC(ElectroMagnetic Compatibility)やマイクロ波技術のみならず、応用分野は多岐にわたるものと考えられます。

参考文献

[1] Kayako Yuda, Mitoshi Fujimoto, Ryo Yamaguchi, Kazuma Tomimoto, and Tomonori Ikeda, "Multiple beamforming of array antenna using quantum annealing," IEICE Communications Express, Vol. 14, No. 12, pp. 1-4, Dec. 2025.
[2]RIS技術を用いた基地局アンテナの実現とRISアンテナの特性について、
https://www.softbank.jp/corp/technology/research/topics/112/, October,2024.

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