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機能性ビーム成形レンズアンテナで屋外エリア化を検証
#6G #MassiveMIMO
2026.03.19
ソフトバンク株式会社
1. メタサーフェスレンズ技術の応用による基地局アンテナの簡素化
年々増加する通信トラフィック量に対応するため、5G(第5世代移動通信システム)のサービス開始以降、ミリ波のような広い帯域幅が利用可能な周波数帯での商用サービスが開始されています[1]。周波数が高くなるほど電波が到達可能な距離が減少するため、基地局アンテナには、アンテナから放射される電波を強めるとともに、ユーザーの移動方向に追従可能な「ビームフォーミング」機能を有する構成が求められます。
一方、この要件を満たすためには、電波の強度や放射される方向を制御するための制御用IC(集積回路)を多数備えたアレーアンテナを基地局アンテナに採用する必要があります。しかしながら、このようなアンテナ構成は、素子数および制御用ICの増加に伴い、回路規模の増大・複雑化、および消費電力の増加という課題を有しています[2]。
これらの課題を解決するためには、電波伝搬特性を考慮したうえで、アンテナ構成の簡素化を図ることが重要です。ここで、ユーザー端末の移動方向の傾向に着目すると、基地局から見て水平方向には頻繁にさまざまな方向へ移動する一方で、垂直方向への移動は限定的であることが知られています[3]。このような特性から、「水平方向はビームフォーミング技術の利用が不可欠であるが、垂直方向はビームフォーミングを使用せず、アンテナビームを工夫することで通信エリアを形成できるのではないか」という着想に至りました。
次にアンテナ構成の簡素化を目的として、アンテナ近傍にメタサーフェスレンズを配置する「レンズアンテナ(トランスミットアレーアンテナ)」に着目しました。このアンテナ構成は体積が増加するものの、これまでの構成よりも少ないアンテナ素子数および制御用ICで、放射される電波を強め、多様なアンテナビームを実現できるという利点があります。さらに、メタサーフェスレンズはレドームの裏面などへの配置が可能であり、既存の基地局の構造を大幅に変更する必要がありません。したがって、メタサーフェスレンズ技術を活用して通信エリア形成が可能なアンテナパターンが実現できれば、従来の基地局アンテナにおいて必要とされていた制御用ICによる垂直面のビームフォーミングを不要とし、簡素かつ省電力なアンテナ構成が可能になると考えられます。
本記事では、AGC株式会社の保有するメタサーフェスレンズ技術を基地局アンテナに応用し、垂直方向におけるアンテナ素子数および制御用ICの削減を目指した検討結果を示します。具体的には、エリアシミュレーションを通じてアンテナビームによる特性の違いを評価し、コセカント2乗ビームを有するアンテナビームを実現することで、垂直面のビームフォーミングに依存することなく、通信エリアが形成可能であることを示します。さらに、実際にコセカント2乗ビームに近い形状の放射特性を実現する「機能性ビーム成形レンズアンテナ」を開発し、屋外環境における評価を実施したため、その結果について説明し、本技術の有効性を示します。
図1. 本開発のコンセプト
2. エリアシミュレーション:屋外ホットスポット
垂直方向のビームフォーミングに依存せず、通信エリア形成が可能かを確認するためにNVIDIA Sionna [4]を用いてエリアシミュレーションを実施しました。図2にシミュレーションエリアを示します。今回は通信トラフィックが集中する屋外ホットスポット環境を想定し、東京都の新橋駅周辺の60m×60mの受信エリアのSNR(信号対雑音比)特性を評価します。基地局アンテナに使用する垂直面のアンテナビーム特性を図3に示します。今回は垂直方向のビーム特性として、以下の3つを検討しました。
・2つの方向にビームフォーミング可能なアンテナ
・地上方向に 5˚電気チルトした固定ビームアンテナ
・コセカント2乗ビームを有する固定ビームアンテナ
なお、水平面は図4に示すように、-60°〜60°の範囲でビームフォーミングが可能なものとします。
※コセカント2乗ビーム:距離による電波の減衰を補償し、基地局の近傍から遠方まで受信電力をできるだけ均一にするアンテナパターン
図2. シミュレーションエリア
図3. 基地局アンテナに使用するアンテナビーム特性(垂直面)
図4. 基地局アンテナに使用するアンテナビーム特性(水平面)
図5に各ビーム特性のエリアシミュレーション結果を示します。併せて、エリアカバレッジ改善の指標として用いられる累積確率の50%値と10%値を表1に示します。図5より、2つの方向にビームフォーミング可能なアンテナは、ユーザーの位置にほぼ正確にビームを向けることが可能なため、その他のビーム特性と比較すると全体として高SNR領域が広く、最もエリア特性は良いです。
次に、地上方向へ5˚電気チルトを適用した固定ビームアンテナは、基地局-端末間の距離が遠い地点はSNRが高いです。一方、基地局-端末間の距離が近い地点ではSNRが0dB付近まで低下する地点が多く見られます。
コセカント2乗ビームを有する固定ビームアンテナは、基地局-端末間の距離が近くなるような地点においてもSNRの極端な落ち込みはなく、安定した受信エリアが形成されています。表1を確認すると、コセカント2乗ビームを有する固定ビームアンテナは、2つの方向にビームフォーミング可能なアンテナと比較して、50%値、10%値共に1dB以内の差に留めることができています。従って、このようなビームを有するアンテナを簡易な構造で実現できれば、従来のMassive MIMOアンテナに近いエリアカバレッジを実現しながら、基地局の設置や運用の負担を軽減できる可能性があります。
図5. エリアシミュレーションの結果
表1. 累積確率50%値、10%値の比較
3. 垂直面ビーム成形を実現する機能性ビーム成形レンズアンテナの試作
基地局アンテナ構成の簡素化を目的として、メタサーフェスレンズを用いた機能性ビーム成形レンズアンテナの設計および開発を、AGC株式会社と共同で実施しました。図6にAGC株式会社が開発した機能性ビーム成形レンズアンテナを、図7に開発アンテナの放射特性を示します。図6、図7より、水平面は8素子アレーアンテナによるビームフォーミングが可能で、垂直面はコセカント2乗ビームに近い形状の放射特性が得られる機能性ビーム成形レンズアンテナを実現しました。
このアンテナにより、垂直面のビームフォーミングを使用せずにエリアを形成することが可能となり、ビーム方向を制御する回路を削減可能となります。開発した機能性ビーム成形レンズアンテナは、同規模のエリアカバレッジを達成するMassive MIMOアンテナと比べて、アンテナ素子数および制御用ICを8分の1以下に削減可能となります。そのため、文献[5]の制御用ICを使用した場合の消費電力の試算に基づくと、Massive MIMOアンテナが約50Wの消費電力となるのに対し、開発アンテナは約6Wまで消費電力が低減できる見込みです。さらに、消費電力の大幅な低減が見込まれるため、制御用ICからの放熱量も減少し、排熱に必要なヒートシンクの重量を低減できる可能性もあります。
図6. 機能性ビーム成形レンズアンテナ
図7. 開発アンテナの放射特性
4. 5GNR信号を用いた屋外測定評価
開発アンテナを用いた場合に安定した通信エリアが形成可能であるかを評価するために、屋外環境においてSNR特性および16QAMを用いたMIMO伝送特性の測定を実施しました。図8に測定サイトを示します。当社が汎用測定器を組み合わせて構築した3GPP準拠信号の評価システム[6]を用い、アップリンク用の処理系に書き換えた構成で評価を行いました。開発したアンテナは基地局相当のアンテナとして、高さ約8mの位置に設置しました。ユーザー端末に相当するアンテナにはダイポールアンテナを用い、移動しながら測定を行いました。ユーザー端末相当のアンテナからは無線周波数29.7GHz、帯域幅100MHzの5G NRのアップリンク信号が2ストリーム分送信されます。開発アンテナで受信されたデータは、アレー受信装置を介して制御PCへ転送され、制御PC内で水平方向のビームフォーミング処理が行われます。そして、ビームフォーミング処理後のデータに復調処理を行うことでSNR、MIMO ストリームのコンスタレーション特性が得られます。
開発アンテナを用いた屋外測定の結果を、図9に示します。図中の点は、各測定地点におけるSNRの値を示しており、色が赤くなるほどSNRが高く、色が青くなるほどSNRが低いことを表します。開発アンテナを用いることで全体的に高いSNRが得られており、受信アンテナと送信アンテナの距離に依存せず、測定エリア全体で安定したSNR特性が確認されました。次に、基地局から近い地点と遠い地点の中から任意に2点を選択し、受信したMIMOストリームの復調を行い、シンボル点を描画しました。その結果、2つのストリーム共に16通りの場所に集まっていることが確認できました。これは16QAMの理想的なシンボル点位置とほぼ一致しており、MIMO技術を用いたデータ伝送が可能であることを示しています。このことから、機能性ビーム成形レンズアンテナは部品点数を削減しながらも安定した通信エリアが提供可能であると言えます。
図8. 測定サイト
図9. 屋外測定結果
5. 今後の展望:基地局運用費や設置難易度の低減
今回は、基地局アンテナへのメタサーフェスレンズ技術の適用により、垂直方向におけるアンテナ素子数および制御用ICの削減を目指した検討結果について示しました。開発した機能性ビーム成形レンズアンテナは、Massive MIMOに近いエリアカバレッジを実現しながら、消費電力や重量などの低減に寄与できる可能性を秘めています。したがって、基地局運用費の低減や設置難易度の低減に貢献できるものと期待されます。さらに、ビームフォーミングアンテナで課題となるビーム探索にかかるオーバーヘッド[7]の削減効果も期待できます。今後は開発したアンテナと実際の基地局装置を接続した屋外検証を行い、社会実装に向けてさらなる検討を進めていきたいと考えています。
参考文献
[1] Ericsson, “Leveraging the potential of 5G millimeter wave,” 2018.
[2] F. Rusek et al., "Scaling Up MIMO: Opportunities and Challenges with Very Large Arrays," in IEEE Signal Processing Magazine, vol. 30, no. 1, pp. 40-60, Jan. 2013.
[3] 3GPP, “Study on channel model for frequencies from 0.5 to 100 GHz,” TR 38.901 (Rel. 18), V18.1.0, 2025.
[4] NVIDIA Corporation, Sionna, https://developer.nvidia.com/ja-jp/sionna
[5] Analog devices,ADMV4828, https://www.analog.com/jp/products/admv4828.html
[6] S.Tabuchi, et.al,. “Construction of a Multi-Antenna Evaluation System Using 3GPP-Compliant Signals,” 2025 International Symposium on Antennas and Propagation(ISAP), Fukuoka Japan, October 2025.
[7] W. Attaoui, K. Bouraqia and E. Sabir, "Initial Access & Beam Alignment for mmWave and Terahertz Communications," in IEEE Access, vol. 10, pp. 35363-35397, 2022.