機能性フィルムが拓く新型HAPSとNTNの未来

#HAPS #NTN #LEO

1. 超軽量HTA型HAPSとは

ソフトバンクは、太陽光によるエネルギーを活用した「空飛ぶ基地局」HAPS(High Altitude Platform Station)の実用化を目指しています。低軌道(LEO)衛星が存在する宇宙空間と地上の中間にある成層圏は、NTN(非地上系ネットワーク)の性能向上において、さらに重要な空間となりつつあります。

この記事では、ソフトバンクがTOPPANホールディングスと共同開発している、軽量化と耐久性を実現するHAPS翼用膜材の開発経緯と、ソフトバンクが開発を進めるHTA(Heavier Than Air)型※のHAPS機体「Sunglider」(図1)への活用について解説します。

※HTA(Heavier Than Air)型とは、飛行機などのように揚力を持って滞空するHAPSのこと。

ソフトバンクが開発中のHAPS機体「Sunglider」

図1. ソフトバンクが開発中のHAPS機体「Sunglider」

2. 材料が切り開く新しい通信の時代

これまでも通信技術の飛躍的な進化は、常に材料のブレークスルーによって起きています(図2)。1970年頃に研究開発が始まった超低損失シリカを活用した光ファイバーにより、光の減衰を桁違いに下げることができ、銅線では不可能だった大容量・長距離通信が現実になりました。これが現在のインターネットや海底ケーブル網に利用されています。

また、ワイヤレス分野では、窒化ガリウム(GaN)が持つ高出力・高効率という特性により、電力増幅器の性能向上が進み、携帯電話基地局の省エネルギー化と高出力化を支えています。つまり通信の進化はそれを可能にする材料で起きるとも言えるでしょう。

ソフトバンクでは早くからフィルムがHAPSにおけるブレークスルー技術の一つであると考え、フィルムの耐久性の向上を追求してきました。HAPSの機体技術は1990年代に成熟したもので、2020年代の大きな通信機を搭載するには、より高性能な素材が必要なほか、フィルムの張り替えを飛行場(機体整備場)で行うことを前提に、半年またはそれ以上の耐久性が求められます。

この技術課題に向け、TOPPANホールディングスと議論を重ねたところ、既存の市販フィルムのままでは難点があることが判明し、新たなフィルムの開発を行うことになりました。

材料のブレークスルーによる通信の飛躍的進化

図2. 材料のブレークスルーによる通信の飛躍的進化

3. 翼面荷重とHAPS

次にどのようなフィルムが求められるのかについて説明します。飛行機の翼面は荷重によりさまざまですが、例えば旅客機ボーイング747は多数の乗客と荷物を載せる必要があるため、翼面荷重は約800kg/m2にもなります。このような荷重面積の大きい機体に揚力を与えるには、ジェットエンジンによる莫大な推進力が必要であり、1時間に約10キロリットルもの燃料を使用します。

一方で「Sunglider」の翼面荷重はその約1/100です(図3)。これはアホウドリやハクチョウなど大型の鳥の翼面荷重と同程度です。鳥に近い翼面荷重のHAPSであれば、化石燃料を使わず、太陽エネルギーと充電池によって飛行を継続できる可能性が出てきます。

面積あたりの翼面荷重の違い

図3. 面積あたりの翼面荷重の違い

4. 軽量のHAPSを実現するフィルム

軽量のHAPS機体を実現するためには、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)構造を多用し、翼面には薄いフィルムを貼ります。なぜなら通常の航空機のように翼面まで板材を使うと機体重量が増えてしまい、エネルギー収支が厳しくなるためです。また、フィルムは最上面となるソーラーパネルの層も支えます。このアイデアは、米国Aerovironment社の創業者Paul MacCready(ポール・マクレディ)氏が提案したものです。

マクレディ氏は、最初からHAPSを作ろうとしたわけではなく、極端に軽い飛行体とは何かを一つずつ実証していく過程の中でブレークスルーを起こしました。それは、剛性で成立する航空機から、軽さで成立する機体へと発想を転換することでした。出発点の一つは、1979年のGossamer Albatross(ゴッサマー・アルバトロス)です(図4)。これは人力飛行機で、ドーバー海峡の横断に成功しました。一般的に航空機は、アルミニウムや複合材で剛性の高い翼をつくり、荷重に耐える構造物として設計されます。しかしマクレディ氏は、カーボンロッドやワイヤーで最小限の骨格だけを作り、その上に極薄のフィルムを張りました。翼はしなり風でたわみますが、圧倒的に軽くなり、必要な揚力も推力も極端に小さくなり、「壊れないような強度の設計」ではなく、「そもそも壊すほどの力がかからない設計」に到達しました。次に1981年のSolar Challenger(ソーラー・チャレンジャー)(図4)では、飛行エネルギーを太陽エネルギーにしました。こちらも、構造はフィルムと細い骨組みで、翼の上に太陽電池を貼り、発電した電力だけで飛び続けました。当時のソーラーパネルは効率も低いため、機体はさらに軽く、さらに大きな翼面積を必要とします。ソーラー・チャレンジャーは英仏海峡を太陽電池だけで横断し、この考え方が単なる実験ではなく、実用的な飛行機として成立することを示しました。

ゴッサマー・アルバトロスとソーラー・チャレンジャー(出典:NASA)

図4. ゴッサマー・アルバトロスとソーラー・チャレンジャー(出典:NASA)

そして、HAPSとして一つの到達点となったのが、1990年代後半から2001年にかけて開発されたNASA(アメリカ航空宇宙局)のHelios(ヘリオス)です(図5)。ヘリオスは翼幅約75mという巨大な機体ですが、胴体のないフライングウイングそのものです。ソーラーエネルギーの地産地消で多数の小型プロペラモーターを並べ、CFRP構造とフィルムを採用しており、翼面全体に太陽電池を敷き詰め、高度20km以上の成層圏で科学観測のため滞空することを目指しました。ヘリオスの翼面荷重は約4kg/m2です。NASAのプロジェクトは成層圏到達までで終わりましたが、ソフトバンクはこれに十分な電池を搭載した成層圏通信プラットフォームとして「Sunglider」を開発し、2020年に成層圏での飛行に成功しました。一方で、使われていたフィルムは1990年代の技術であるため耐久性には課題があり、ペイロード(通信機器)を搭載して十分に長く滞空するためには、より軽く、より耐久性があるフィルムが必要になりました。

NASAのヘリオスは1990年代HAPSの成熟形(出典:NASA)

図5. NASAのヘリオスは1990年代HAPSの成熟形(出典:NASA)

5. HAPS用フィルム材における主要な課題

成層圏で用いるHAPSフィルムに対する主な課題は、下図のように厳しい成層圏の環境に起因しています(図6)。

成層圏におけるフィルムに対する主要な課題

図6. 成層圏におけるフィルムに対する主要な課題

図7のようにカーボンフレームとともに構成されるフィルムは具体的には次のような要件を満たす必要があります。

1)軽量、柔軟かつ機械的な強度が十分であること
2)極低温で用いることができること
3)成層圏の短波長紫外線(UV-C)、オゾンなどの化学的環境に耐性があること

まず第一に、機体全体の成立性を左右するのは軽量性です。フィルムは軽いようにも思えますが翼面が大きいため、僅かな重量増加が全体に大きく影響します。同時に機体が大きくしなる構造を許容するための柔軟性と、突風の風荷重や成層圏の下の対流圏、ジェット気流を通過するときの乱流にも耐えるだけの強度を併せ持つ必要があります。

第二に、成層圏の温度は−100℃にも迫る極低温環境であるため、材料の性質が変わり、脆化しないこと、またCFRPに組み合わせて許容される線膨張係数を持つことが不可欠です。これは、簡単に説明すると温度によってあまり大きさが変わらないカーボンフレームにおいて、図8左のように貼られたフィルムが低温により収縮して過度にパツパツにならないようにするということです。

第三に、地表よりもはるかに強い紫外線やオゾンによる化学反応に長期間さらされるため、光分解や酸化に対する高い耐性も求められます。図8右のような暴露試験を繰り返し、保護層を追加するなどの工夫も必要になります。耐久性のある材料の場合に、大きく重量が増えてしまうなど相反する特性を持つ場合も少なくありません。さらに、翼を大量生産する際の作業性など、量産への配慮も必要です。

HAPS向けに軽量化したフィルムによる翼面構成の模式図

図7. HAPS向けに軽量化したフィルムによる翼面構成の模式図

成層圏で起きる膜材の収縮、初期に実施したUV-C暴露加速試験

図8. 成層圏で起きる膜材の収縮、初期に実施したUV-C暴露加速試験

今回は、フィルム材の試験方法も新たに開発しました。HAPS試作機ではフィルムを検証するフライトの回数も限られているため、地上での低圧、低温、強力なUV-C、高濃度オゾンなどにさらされる成層圏の環境を組み合わせ、地上で再現することを実現しています。今回、TOPPANホールディングスの社内に専用の設備を用意してフィルムを検証した結果、候補となる複数の基材と強化層を用いて、成層圏での耐久性に優れたHAPS向けフィルムの開発に成功しました。

6. 未来へ向けた技術への挑戦

今回TOPPANホールディングスと共同開発したフィルムは、ソフトバンクが開発する「Sunglider」の次世代機で活用する予定です。次世代機の最終設計審査までにさらなる改善とテストフライトを行うことを、今後の目標としています。また、商用化までには型式認証などのハードルもあり、開発者自身による性能評価と妥当性を航空当局に提示することが求められます。

本開発のような新たな機能性フィルム技術は、スマートフォンの表示器や保護カバーから、6G通信インフラそのものを支える重要な基盤技術になりつつあると考えています。今後もさまざまなパートナーとの協力により、技術を大きく発展させていきます。

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