【後編】光無線通信で実現できるNTNネットワークとは?大気を越えて宇宙へ

#HAPS #NTN #光通信

前編「宇宙と成層圏に作る新しい光無線通信技術とは?わかりやすい入門解説」では、光無線通信において、光ファイバ通信や電波との基本的な違いや通信方法、これまでに行われた実証実験などについて説明しました。後編では具体的に現在の技術でどのような光無線通信によるNTNネットワークが実現できるのか、また、今後どのような展望が期待されるのかについて述べていきます。

1. リンクバジェットで見る光無線通信

光無線通信が提供する大きな利点の一つに、伝搬先での高いエネルギー密度が挙げられます。これをリンクバジェットの観点で見てみます。リンクバジェット(Link Budget)は、通信システムにおいて、送信機から受信機までの信号経路におけるすべての利得(Gain)と損失(Loss)を足し引きして受信機側で十分な信号強度(電力)が確保できているかを見積もる手法です。十分な信号強度とは、通信の成立に必要な最低受信電力のことであり、これは主に光検出器の特性によって決まります。リンクバジェットの結果、期待される受信電力と、通信成立のために検出器が要求する電力の差分をマージン(Margin)と呼び、通信システムでは最低でも3dBを確保することが一般的です。

Pr [dBm] = Pt + Gt − Lt − Lfs − Latm − Lmisc + Gr − Lr (1)
受信電力 =送信電力+送信アンテナ利得−各種損失−自由空間損失−大気損失−その他損失+受信利得−受信側損失

Pr : 受信電力
Pt : 送信電力
Gt : 送信アンテナ利得
Lt : 送信側損失
Lfs : 自由空間伝搬損失 (Free Space Propagation Loss)
Latm : 大気損失
Lmisc : その他損失(Pointing Loss、Scintillation Loss等)
Gr : 受信アンテナ利得
Lr : 受信側損失

リンクバジェットのイメージ

図1. リンクバジェットのイメージ

ここで、光無線通信の衛星とマイクロ波回線がそれぞれどの程度の伝送能力を持ちうるか比べてみます。表1に示すように、比較するのは携帯電話基地局間をパラボラアンテナで結ぶバックホールの23GHzエントランス回線と、地上 - 低軌道衛星間の光回線です。それぞれリンク距離は10kmと500km、送信電力は1Wです。dB(デシベル)に親しみのない方は30dBで1000倍、40dBで10000倍と0の数が3個、4個とケタが増えていく数え方と思ってください。

表1. 電波と光無線通信のリンクバジェット例

表1. 電波と光無線通信のリンクバジェット例

光の場合、自由空間損失が−252.1dBと非常に大きい一方で、波長が極めて短い(周波数が極めて高い)ため、光学アンテナ(望遠鏡)によって大きなアンテナ利得を得られる点が最大の特徴となります。今回の比較では、23GHz回線の送受信利得が各38dBi程度であるのに対し、光無線通信では送信85dB、受信126dBという極めて大きな利得が得られています。その結果、500kmという長距離にもかかわらず、受信電力は約−28.7dBmあり、10kmの23GHz回線に遜色ない受信電力が届きます。電波と光では検波方式が異なるものの、それぞれGbps級のデータを運べるため、多数のユーザーが同時に使用できるような通信を提供できるレベルとなっています。

実は、上記で使ったLEO(Low Earth Orbit)から地上への光リンクの例はNICT(情報通信研究機構)が、光トランスポンダを搭載した50cm角のSOTA(Small Optical TrAnsponder)衛星を使った過去の実績と同等な結果となっています(図2)。ただしSOTA衛星では送信電力は35mW(15.40dBm)という小型のレーザーでした。波長1549nm、軌道高500km、リンク距離スラントレンジ1107km、地上受信口径1mの実験では、送信利得が約85dB、受信利得が約126dBと光学アンテナで大きな利得がありました。自由空間損失が約259dBと大きく、さらに指向損失(約5.70dB)、大気損失(約2.66dB)、送信受信の際の実装損失もあり、最終的な受信電力は約−50.18 dBmと計算され、実測値は−51.30dBm程度(フォトン換算6x10^10個/秒)であったようです。この電力でもフォトンを検出して1/0であらわされる2進数のデータ列として通信し、SOTA実験では10Mbps程度を実証しています(参考文献 [1])。このように光無線通信は高速化しやすいという特長がある一方で、高精度な追尾・指向制御が必要であり、雲や大気揺らぎの影響を受けやすいという課題もあります。

図2. 小型衛星 - 地上間でのSOTA衛星とさらに小型化したCube SOTAのイメージ

図2. 小型衛星 - 地上間でのSOTA衛星とさらに小型化したCube SOTAのイメージ

2. 通信波長の選び方

電波では900MHz(波長33cm)のプラチナバンド、1.5GHz(20cm)、2GHz(15cm)、その先はセンチ波、ミリ波までが実用化され、それぞれの波長の特性により使い分けられています。光無線通信ではμmオーダーの波長を使用します。このときの光の波長の選択について説明します。波長については、幾何学的には短いほど得であるが、大気を通る時には波長が短いほど損になるという特徴があります。
リンクバジェットの式(1)をより具体的なパラメータを使って書き下すと次式(2)のようになります。

Pr = Pt η (Dt Dr / (4 λ R))^2 (2)

Pr:受信電力
Pt : 送信電力
η:光学効率(送受信系効率)
Dt:送信側開口径(送信望遠鏡径)
Dr:受信側開口径(受信望遠鏡径)
R:通信距離
λ:波長

波長λが短いほど指向性が強く送受信の利得が上がり、自由空間損失も相対的に有利になるため、短波長であることが望ましいです。例えば波長を1.5 µmから1.0 µmに短くすると、同じ望遠鏡・同じ距離でもビームはより拡散しにくく、受信スポットも小さくなります。その結果、リンクバジェット上は約7dB分の利得が生まれ、送信電力を約5倍に増やすのと同じ効果です。しかし衛星 - 地上間での通信を考えたときには、大気による大きな損失が効いてきます。

大気を通る場合、短波長ほど乱流に起因する強度揺らぎ(シンチレーション)が強くなりやすく、さらに吸収・散乱や、昼間の背景放射の影響も相対的に重くなります。目安として、後述する乱流による強度揺らぎは波長の−7/6乗、エアロゾルや霧などの微粒子による散乱の減衰は、おおむね波長の負のべき乗であり、レイリー散乱では−4乗といったスケーリングであるため、基本的に波長が短いほど大気側損失が大きくなります。これは夕焼けを見れば、短い波長側の成分が少なく赤色になることから容易に体感することもできます。つまり宇宙空間だけのリンク(衛星間)なら短波長のメリットを得ることができますが、宇宙 - 地上リンクでは、波長を短くするのは必ずしも得策とは言えません。

実際の光無線通信では1.5 µm帯、1.3µm帯が一般的に利用されます(図3)。これには3つの大きな理由があり、1点目は地上ファイバ通信由来の部品資産が豊富で、高出力のアンプが利用可能なこと、また1.0 µmは将来期待される波長で高品質レーザーやコヒーレント系との相性が良く、宇宙空間主体のリンクでも使用可能であることが挙げられます。2点目は可視光を外れているので、アイセーフの安全性にも対応している点が挙げられます。3点目は大気の窓の存在です。散乱という現象に着目すれば短波長ほど不利になりますが、大気を構成する分子による吸収という観点では具合が異なります。前述の1.5μmや1.3μm、1.0μm帯は吸収の観点では比較的良好で、我々が認識できる可視光帯域より高い透過率を持つため、損失の観点からもここしかないという選択肢と言えるでしょう。

電波通信と光無線通信で使われる波長

図3. 電波通信と光無線通信で使われる波長

3. Cn²とシンチレーション

前述のように地上局を介した光無線通信リンクにおいて常に生じるのが吸収と散乱による減衰です。対衛星かつ晴天で仰角が十分あるなら、波長にもよりますが「数dB」程度の減衰で済むこともあります。

一方、気象状態によって出現する霧や雲は、濃霧ならば300dB/kmの減衰に達し、対流圏の薄い雲でも50dB/kmとされるように、リンクが全く成立しない時間が発生します。加えて大気乱流による受信光強度の変動も深刻な損失を与えます。電波の場合にはフェージングと呼んでいますが、光無線通信の分野ではシンチレーションと呼ばれ、波と波が打ち消しあったり強くなったりすること(自己干渉)に起因する現象です。つまり、シンチレーションの原因は、光が通過する大気中における速度場の乱れであり、これが温度差の対流混合を生み、光に直接作用する屈折率の時空間的にランダムな変動をもたらします。このような屈折率変動は伝搬する光の波面を歪ませ、我々が夜景や恒星を見た時のチラつきに代表されるシンチレーションを発生させます。シンチレーションの大きさは、大気乱流の強さの指標である、屈折率構造定数Cn²に比例します。つまり、Cn²を知ることはリンクバジェットの計算においてシンチレーションに起因する減衰を見積もるために有用な指標となります。

Cn²は大気乱流の強さですから、その値が高度ごとに異なることが容易に想像できます。地上付近が最も強く、高度が上がるにつれてCn²は小さくなり高度20km付近で急速にゼロに近づきます。すなわち、リンクの形態によって乱流の影響も異なります。地上からのアップリンクは伝搬の初期段階で光が強く乱されるため、まだらになった光の塊がばらばらに衛星に届き、シンチレーションは非常に大きくなります(図4)。ダウンリンクはほとんどの距離を理想的な状態で伝搬し、高度約20kmあたりから徐々に光が乱されるため、場所を選べばシンチレーションは比較的小さくなる傾向にあります。一方でラストワンマイル接続が想定される水平伝搬では、Cn²は定数となりますが、地上付近の最も強い乱流を伝搬するため、数kmの伝搬でもあっという間にシンチレーションが大きくなってしまいます。

この乱流に対して、光無線通信はある程度まで対抗するすべを持っており、図5に示すように通信レイヤーごとに多様な手法、異なる特性があります。補償対象は物理的な光とデジタルデータになったビット列の2つに大別されます。

まず、物理的な光を安定して受信するための代表的な手法として、精追尾機構があります。送受信光の角度を補正して安定的な光受信を維持する精追尾機構は、乱流に起因するシンチレーションのほか、システムの振動や追尾誤差をまとめて補正可能なので、多くの実証実験において基本的な対策として利用されています。これに対し歴史的に天文学の世界で利用されていた補償光学は、歪んだ波面を形状可変な鏡で補正し、効率的に光ファイバーへと光を結合します。また電波の世界ではアンテナ径の拡大が利得を獲得する手法として採用されますが、光無線通信では乱流の影響を平均化するという効果も発揮します。これは屈折率の空間的な分布が相関しない領域を伝搬した光を同時に取り込むことで、全体として変動を抑制します。

一方、受信後のビット列に対する補償としては、誤り訂正符号が挙げられます。誤り訂正符号はあらゆる通信システムにおいてスタンダードな利得の確保手段であり、光無線通信の領域でも例外なく利用されます。特に短いフェージング時間に対しては、前方誤り訂正符号と、ビット列をバッファリングして固定ブロックでランダマイズするインタリーバーの組み合わせによってある程度の長さのバースト誤りも効果的に補償できます。一方でこれらの動的な補償には補償可能な速度に限界があることや、高速なI/Oに耐えうる数十MB以上の長大なインタリーバーの実装の困難さ、遅延の増加などがあり、物理層のみの補償では目的のシステム稼働率を達成するには不十分であるというのが現状です。

そこで、より上位のレイヤーにおける対策も重要になります。通信システムである以上、TCP通信のように再送制御も考えることができます。光無線通信の世界ではARQ(Automatic Repeat reQuest)プロトコルが代表的であり、NASAとMITのリンカーン研究所による地上 - 低軌道衛星間の200Gbps光通信実証に採用されています(参考文献 [2])。濃霧や雲による遮蔽がある場合であったとしても、光空間通信を高い確率で利用できるようにするには、単局よりも複数局を使った運用設計を必要とします。ここで出てくるのがサイトダイバーシティーです。複数の地上局をネットワークとして持ち、悪天候の条件が相関しにくい距離を離して配置することで、どこかが晴れている確率上げます。雲量の相関は距離が80 kmを超えると下がりやすいという経験則もあり、地上局配置をネットワークとして最適化します。

このように、乱流に対処し、システム全体が目標とする稼働率を達成するためには、レイヤー横断的な対策手法が必要となります。

宇宙間における非対称なシンチレーション

図4. 地上 - 宇宙間における非対称なシンチレーション

通信レイヤーごとの対策

表2. 通信レイヤーごとの対策

4. HAPSレイヤーのあるNTNの未来

ここまでの話をまとめると、宇宙 - 地上間の光リンクを難しくしている最大の要因は、下層大気に存在する雲・霧と、乱流による揺らぎです。そのため、地上のサイトダイバーシティーが必要になります。もしHAPS自身がコンステレーションを形成し、このレイヤー内にNTNの光ネットワークすなわちHAPS間の光リンクを持つ場合、サイトダイバーシティーの意味が変わってきます。

地上局のサイトダイバーシティーは、基本的に“固定の地上局を何カ所持つか”という設備の規模を要求します。雲は局所性が強いので、離した局を複数持てばよいのですが、光地上局は高価になりがちで、数を増やすほど運用も大変です。これに対してHAPSレイヤーが光でメッシュ化されていると、サイトダイバーシティーはいま晴れている場所のHAPSをゲートウェイ(GW)として選ぶというネットワーク制御の問題になります。要するに晴天の地域のHAPSが、その瞬間のゲートウェイになればいいという発想が成立します。

この構成は、LEOだけでNTNを組む場合より、はるかに高い柔軟性を持つことになります。LEOだけでも光ISLで運べるとはいえ、地上への出入口すなわちGWは地上局の位置に依存し、さらに各衛星は高速で動くので、ある瞬間に「晴れている場所の上空にいる衛星」へ綺麗に合わせるには、地上局の候補数と配置、スケジューリングの制約が強くなります。加えて、衛星 - 地上では衛星の高速な軌道移動速度を補う先行角度調整が大きくなりやすく、大気乱流によるビームワンダの補償が難しくなるため、ビーム拡散を大きく取らざるを得ないという不利な条件も出ます。結果としてGW設計も運用も難しくなります。

HAPSレイヤーのあるNTN

図5. HAPSレイヤーのあるNTN

一方、HAPSコンステレーションがあると、宇宙側(LEOやGEO)から見た相手は“地上の点”ではなく“上空のレイヤー”になります。主リンクである衛星 - HAPS間は雲の上で完結し、低仰角での影響もなく下層大気の影響を主リンクから切り離せます。さらにHAPSレイヤー内で光ルーティングが可能になれば、最後に地上へトラフィックを落とす地点を、その時点で最も天候条件が良い地域に動的に変更できます。サイトダイバーシティーを、設備増ではなくルーティングの自由度で稼げる、というのが一番大きい差です。

そして最後のHAPS - 地上間はKaバンド等の電波も併用するという設計が現実的になります。ここで効いてくるのが距離です。HAPS高度が約20kmとし、水平距離100 km程度までのリンク設計で済むのであれば、宇宙 - 地上間のリンクと比べて、必要なアンテナ利得・追尾精度・送信電力の要求を大きく緩和できます。つまり、光通信によって大容量を運び、地上への出口では短距離RFによって可用性を確保するという役割分担が可能になります。

このようにHAPS光レイヤーを入れると、光NTNは専用リンクでの構成から、宇宙インターネットのような形に発展していく可能性があります。まだ検討の段階ではありますが、ソフトバンクは将来のNTNを見込んだ光通信とHAPSレイヤーからの光通信の双方に積極的に取り組んでいきます。

参考文献

[1] A. Carrasco-Casado, H. Takenaka, D. Kolev, Y. Munemasa, H. Kunimori, K. Suzuki, T. Fuse, T. Kubooka, M. Akioka, Y. Koyama and M. Toyoshima, "LEO-to-ground optical communications using SOTA (Small Optical TrAnsponder) – Payload verification results and experiments on space quantum communications," Acta Astronautica, vol. 139, pp. 377-384, 2017.
[2] Kathleen Riesing, Curt Schieler, Bryan Bilyeu, Jesse Chang, Ajay Garg, Noah Gilbert, Andrew Horvath, Robert Reeve, Bryan Robinson and Jade Wang, “Operations and Results from the 200 Gbps TBIRD Laser Communication Mission”, 37th Annual Small Satellite Conference, Aug. 2023.

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