リテール業界におけるデータ利活用とは ~中部フーズがソフトバンクと取り組む小売DX事例~
2024年11月25日掲載
近年、小売業界においてもデータとAIの活用が注目されています。しかし、自社で何をすべきか迷っている経営者や、他社の取り組みを知りたいDX推進担当者も多いのではないでしょうか。本ブログでは、先日開催されたソフトバンクのリテール向けセミナー「小売業におけるデータ・AI活用の現状と今後の方向性」から、中部フーズ株式会社(以下、中部フーズ) 執行役員の大石氏とソフトバンクの藤本による事例トークセッションの様子をお伝えします。コスト削減や効率化、そして売り上げ拡大にどのようなアプローチを取っているのか、具体的な取り組みについて苦労話を含めお届けします。
本記事は、2024年8月2日にソフトバンクで開催されたリテール向けセミナーの対談「リテール業界におけるデータ利活用とは」を記事化したものです。
中部フーズの事業概要と課題
バローグループのお惣菜・お弁当・パン生地を専門に扱う中部フーズは、製造から販売まで一気通貫で行っている点が特徴です。直営店としてスーパーマーケットバローの中のデリカ売り場を、専門店では「にぎりたて」や「デリカキッチン」といったブランドも展開し、力をいれているところだと言います。
中部フーズにおけるサービス導入前の課題について大石氏は述べました。
大石氏:「まずお客さまに来店いただかないことには物を作っても売れないので、どこにお店を出すかは大きな課題です。正直なところ、これまで実際に出店している店舗の中には、当初の想定通りには売り上げが立っていない店舗もあります。売り上げの見込み精度を出店段階から上げていくことは大きな課題であり、『マチレポ』にも期待するところです」
藤本:「図の三角形で言うと一番ボトムのところにしっかりとした出店戦略の考え方があるということですね」
大石氏:「はい。それがないと成り立たないということになります」
不採算店舗については、契約上で方法検討に制約もあると言います。そのため、あらかじめ確度の高いデータで裏付けられた出店計画を策定できることは、出店戦略上で極めて重要だと語ります。
藤本:「三角形の真ん中のところについてはいかがでしょうか」
大石氏:「良い立地に出店できた後は、売り場運営と商品構成が次の課題になります。私たちは来店いただいたお客さまに『満足度の高い購買体験』をしてもらいたいと考えていますので、店舗に商品がしっかりとあり、店舗スタッフで売り場づくりがきちんとできていることを重要視しています。このとき、特に商品の発注は、時間的にも精神的にもスタッフの業務負荷が大変大きく、ここが高精度に自動化できると、商品充足とスタッフの時間確保が同時に実現できます」
藤本:「最近人手不足という話をほかのお客さま含め多く聞きますが、御社でもそのような課題感はありますでしょうか」
大石氏:「あります。人が集まりやすい名古屋の良い立地に出店をしたり、その際に比較的高めの人件費を設定していても、人材確保は課題になります。そのため、自動化ができるところは自動化し、必要なところに集中的に人材を投入していくことが重要だと考えています」
大石氏が実現したかったのは、「お店に来ても買える商品がなくて帰るというのが、お客さまにとっても私たちにとっても一番寂しいことであり、お客さまに来てよかったと思ってもらう店舗・売り場づくりをすること」だと言います。
そのために、効果的な業務時間活用や売り場魅力向上を実現するための手段として、精度の高い需要予測や、店舗の来店者予測ができないかをソフトバンクへ相談したと言います。
課題解決の打ち手としてソフトバンクが提案したサービス
いつでも欲しいものがある店舗づくりを実現するために、ソフトバンクは2つのサービスを複合的に提案しました。
1つ目は、AI需要予測サービス「サキミル」です。
「サキミル」は、ソフトバンクが持つ人流統計データと日本気象協会が持つ気象情報を基に共同開発した需要予測サービスです。小売店や飲食店などの店舗で活用することで、人に依存したオペレーションではなく、AI予測に基づいた均一化された店舗運営を実現し、効率化を図ることができます。
2つ目は、競合店分析・店舗開発に使えるエリアマーケティングツール「マチレポ」です。
スマートフォン由来のGPS情報で人流データを可視化することができるサービスで、新規出店候補地の選定や競合店の分析など、出店戦略から店舗開発まで幅広く活用が可能です。
中部フーズ様の事例
中部フーズ様では昨年度、約30店舗について「サキミル」をベースにした発注の自動化の取り組みを行いました。その取り組みについて、店舗側と工場側両方の目線で感じられた課題と効果についてお話いただきました。
抱えていた課題
大石氏は、売り場には商品特性に応じて“店舗で調理をする商品”と“工場で製造した商品”があり、まず工場で製造した商品にターゲットを当てて取り組んだと言います。
大石氏:「最初に分析をして驚いたのが、店舗では商品数の3分の1が16時前に売り切れている事実があることでした。累計すると10億円近い機会損失と言えます。しかし店舗では、定量的にはなかなか気付けない状況があります」
その理由として、店舗の運営はパート社員を中心にまわしており、開店のために朝早くから調理をはじめ、多くの店では16時ごろまでに仕事を終えて退勤することになるため、それ以降の売り場把握がどうしても弱くなると言います。さらに、店舗での調理に集中することが必要で、定番品として並べている商品の感度が弱くなったり、店舗によっては人が十分にいないこともあるからだと語ります。
また、店舗側の課題として値引きロスや廃棄ロスのほかに、店舗が行う発注についても課題があったそうです。
大石氏:「各店舗からの工場製造商品の発注は、店舗の規模により80~150商品に対して1週間分をまとめて行っています。基本は週に1回の発注ですが、日々の売り上げは変わるため、天気予報や店頭在庫なども確認しながら毎日見直すことになります。この見直しのために、各カテゴリーの発注担当者の延べ時間として店舗ごとに毎日45分程度を使っていました。発注を忘れると商品が来なくなるという大きなプレッシャーがかかる業務のため、発注作業が原因で離職してしまう人もいるなど、課題として捉えていました」
発注に関しては、工場側にも課題があったと言います。
大石氏:「店舗側で発注が日々変わっていくことで工場の生産量も変わります。そのため生産計画が生産前日の確定になり、シフト計画のほかに原料手配にも影響するので、ライン責任者の大きな負担になっていました」
これらを解決するため、今回の取り組みを実施したと語ります。
「サキミル」の活用方法
大石氏:「方法として『サキミル』の予測精度に合わせて1週間分の発注を確定するようにしました。毎週木曜日に翌週1週間分の数量を固定します。予約やエリアイベントは店舗で追加してもらいますが、その他は自動発注としたことで大きな業務効率改善にもなり、店舗の従業員に一番喜ばれました」
藤本:「工場側も今回の取り組みで見込み生産から受注生産に変えることができることになりますが、それによる工場側のメリットについてはいかがでしょうか」
大石氏:「これまで、調理工程が多い商品については、仕掛り品を見込みで作った後に発注数量が減って廃棄になったり、逆に見込みが少なかったために欠品させることがありました。これは原料の調達にも影響し、メーカーまで原料を直接取りに行くこともあります。廃棄については年間で100万円単位で発生しており、この損失を抑えることができるようになるのも大きな効果の1つだと考えています」
藤本:「もともと明確な予測ができなかったので見込み生産をするしかなかったが、ある程度の精度の担保ができることでリードタイムが長くできるので、見込み生産ではなくて、受注生産でも十分オペレーションが回るという判断ができたということですよね」
大石氏:「そうなんですよね。『サキミル』の来店者精度が高いというのが前提としてありました。弁当や惣菜は在庫型ではなく、多くの種類の商品を日々売り切ることを前提としているため、その日に何人が来店されるかが大事になります。『サキミル』でのスーパーマーケットの来店者数を事前に検証したところプラスマイナス3%程度の精度があり、他社のものと比較してもかなり精度が高かったことが、今回選ばせてもらった大きな背景です」
取り組みの成果
実際に取り組んだ結果について、大石氏は以下のように語ります。
大石氏:「店舗側と工場側の両方に結果が出ました。
店舗側の売り上げは2.3%上がりました。欠品がなくなり・ロスが減ることで、利益は5%近く上がっています。欠品回数は、17時以降に商品がない状態を回避できた回数と定義していますが、2割近く改善しました。商品の廃棄数も2割近く改善できています。
また、発注に関する時間は3割近く改善できました。この数字は試験期間中のアンケートによる実測値であり、最終的には50%近い削減が可能であろうと見込んでいます。
店舗側の売り上げが伸びると、工場の出荷も伸びます。工場も一定の利益幅をもって店舗に納めていますので、工場の利益も上がります。また、リードタイムのある受注生産となることで仕掛け品の廃棄は0となるため、これも大きい。生産計画の修正時間も2割近く減ることが見込めるため、売り上げと利益の向上に伴い、全体が非常によく回りだすという結果が出ています」
藤本:「機会ロスと廃棄ロスは、相反するような考え方だと思いますが、結果的に両方良くなった点についてどう感じられていますでしょうか」
大石氏:「ロスをなくすだけであれば結構簡単なんです。これは売り場の商品数を減らせばいい。定価で販売できる個数があがり、粗利率は上がります。その代わりに、商品が早い段階でなくなり、売り上げも次第に下がっていく。魅力のない売り場になり、次第にお客さまが来なくなるからです。
このような売り場にならないように、POSレジのデータを参照して早い時間帯で欠品しているものは積極的に発注数を増やします。これを来客数予測とPI数(※Purchase Index値:レジ通過客千人当たりの購買指数)との掛け算で算出しながら発注数を決めていくことで、うまく結果に結び付けることができたと考えています」
藤本:「カテゴリーもいろいろと分けさせていただいたと思っていますが、大型店と中型店と小型店、それぞれの傾向も違っていたと理解していますがそのあたりはいかがでしょうか」
大石氏:「試験展開においてカテゴリー分けをしたのは、全体展開したときに大型店は良かった・小型店は課題が残ったということにならないようするためです。店舗展開しているエリアを5つに分け、各々のエリアで大中小の店舗を2店舗ずつ選び、かつ同じエリア内で比較するための対象店舗も2店舗ずつ設定しました。きちんと先につながる評価店舗の設計としては、これがミニマム設計になるものと考えています。
その上で、やはり大型店は伸びやすく、小型店は伸びにくいという傾向があります。小型店はもともと最小ロットで商品が入っている場合が多く、人が予測してもAIが予測しても実は最小ロットになるという場合があると考えています。ただ、その中で伸ばせる店もあるということが見えたことも成果と思っています」
有効な出店計画、集客への取り組み
中部フーズ様とソフトバンクでは、有効な出店計画について「マチレポ」の検証も含め、今取り組んでいると言います。
「マチレポ」では携帯電話のGPSをもとに取得した数1,000万件の位置情報データを人流分析サービスとして加工し、お客さま向けに提供しています。
特長は高精細という点で、GPSの非常に細かいデータをベースに、業界最小の5mメッシュでお客さまに分析結果として描画させるようなサービスです。
藤本:「面白いのが、フリーハンドで地図上を枠で囲い、その中でどういう人の流れの傾向があるかを見ることができる点です。これは自社の店舗と競合店舗様も選ぶと、その2地点をセットにして描画しグラフ化して、競合他社との比較ができます。どういう属性の方がいるかもダッシュボード機能の中で見ることができるため、経営戦略や出店計画に生かすことが可能です。その属性データが35種類あるので、かなり細かな粒度でのデータの紐づけができ、人間の経験と勘では分からない有益な情報として活用できるのではないかと思っています」
「マチレポ」について実際に中部フーズで活用した感想を大石氏は述べました。
大石氏:「私でも使えました(笑)。簡単な作業で数時間後にはデータを見ることができます。それも商業施設単位の具体的な人流データが見られるので使い勝手が非常に良くく、すごいなと思いながら使っています。今回は、専門店の商業施設への出店評価を、既存店の実績をベースに検証しています。
商業施設から直接いただくデータは、情報が少し古かったり、来館客数の施設範囲が明確でなかったりなど、なかなかリアルタイム情報やトレンド情報にならず参考情報に留まっていたのですが、今回は『マチレポ』を活用し、実際の商業施設の人流データと売り上げとの関係を見ることができています。
結果として、想像したよりしっかりとした相関関係が出ていることが分かりました。これにより、次に入ろうと思っている商業施設に出店するべきか、かなりリアルな評価ができることになります。このリアルタイムさが非常に有用です。この評価情報に加えて、商業施設の中での人の動線や候補場所の視認性、お客さまが何を目的として歩いている場所なのか、という定性的な評価項目を掛け合わせてクロス評価をすることで、出店判断の確度が十分に高められるという手応えを持っています」
また、イオンモール熱田への出店例についても大石氏は語ります。
大石氏:「イオンモール熱田に出店しているおにぎり専門店『にぎりたて』では、ファミリー層の来店が多いことを把握しています。一方で人流データからは、まだ今見えていない販売機会があるのではないかという仮説も考えられます。例えば学生や単身層が結構多い。するとこの層に向けた商品のセット構成や販促方法なども、これらの商圏分析から仮説することができます。
店舗のメンバーは、今来ているお客さまは分かるけれど、今失っている機会は分からない。この仮説を導き出すことができる効果が期待できると思っています」
藤本:「今後、西日本へ出店展開されるお話も伺っていますが、そういったところでの活用イメージはございますか」
大石氏:「中部エリアと比較して土地勘がない場所になりますが、誰がどのように集まっているかが分かる、土地勘の付くツールですよね。出店評価の1つとして活用していきたいと考えています」
推進における苦労話
取り組みを進める上で苦労した点についても大石氏に語っていただきました。
大石氏:「やはり現場とのコンフリクトは出ます。現場の方が今やっていることと、今回AI自動発注を使いながらやっていることは一緒ではないからです。現場からすると、例えば、値引きのシールをたくさん貼らないといけなくなったという話が出たりします。でもそれは商品数が少なく、欠品もあったから値引き品が少なかっただけであって、きちんと売り上げを作ろうと考えたときにはそれではいけない。このような会話をしながら進めることが必要で、ここにも時間を割きました。
また、推進上の不手際として、ラインが長いところはどうしても言ったことが伝わりきらない場合があります。
2割は積極的に進めてもらいながら前向きな提案をもらい、6割はしっかりやってくれる。残りの2割には展開が伝わりきらず、初期段階では異常値が発生することがありました。
今回、数字として成果は出ていますが、もっと効果が出るはずです。今回の方法は全体の底上げにつながる方法であり、これがどれだけ実現できるかだと思っています」
藤本:「毎週アンケートを店舗から取り、結果を我々にフィードバックいただいて、それをデータで示すというのを繰り返しながら、店舗の方にも使う意義があると理解を深めてもらったように感じます」
大石氏:「意思決定の重要性の点についてですが、店舗は1週間あれば取り組みの良し悪しの判断が分かり、2週間あればそれを定量的に判断することができ、このPDCAをいかに回すかが重要になります。このためには現場とデータの両方をきちんと把握でき、適切に判断する人が必要です。この判断は、進める当事者側が責任を持って判断しないといけない。評価ができる設計とし、また様子を見るというような判断をしても事業全体に対するリスクがないような設計にしておかないといけない。ここをうまく回しきるかということが非常にポイントと思って進めたところになります」
藤本:「そこは大石さまの推進力のおかげでもあるかなと感じています。また、ソフトバンクをパートナーに選んだ理由をお話いただけますでしょうか」
大石氏:「大きく2つあります。1つは、総合的な提案力。
最初の問題認識に対して、どう解決するかを具体的に提示していただいたことに感謝しています。そして素晴らしいチームを組んでもらったこと。これにより解決しようとしたことを実行・達成できるような動きが実現できたこと。ここはソフトバンクさんの強みだと思っています。
もう1つが緻密な連携・伴走です。現場よりも現場のことを知ろうというスタンスがチームメンバーにあること。数字だけを見て良い悪いというのは簡単に言えますが、どうしてその数字になっているのか、そのイレギュラーはどうして起こっているのか、なぜ今までそういうやり方だったのか、などを理解することがとても重要で、これがないと数字だけでは人は動きません。例えば今回、メンバーには店舗回りをしていただいて実際にオペレーションをしている人にヒアリングし、その理由や背景を把握するところまで入り込んでもらいました。恐らく、弊社の生半可なメンバーよりも現場のことを知っていると思います。そこまで入り込んでいただく伴走力ですね」
中部フーズ様の展望
最後に、中部フーズとしての展望を語っていただきました。
大石氏:「既存店のパフォーマンスを最大限に上げたいです。経営企画として外せない役割は会社の業績を上げることであり、その方針の1つとして専門店展開は100店舗・100億構想というものがあります。今は50店舗を超えたところで、目標達成に向けて失敗をしない出店を1つ1つ進めていきます。
中期的に実現したいこととしては、4つの領域で日本一になること。そのうちの1つとして、スーパーマーケット内のデリカ部門運営会社としての売り上げ日本一があります。そのためには、デリカとして選んで来ていただける店舗にすることが必要で、商品や売場価値の高い店にしていく必要がある。それには業務効率化を高め、価値を高める仕事ができる時間を増やす状態にしていくことが必要だと考えています。また、専門店『にぎりたて』は日本一のおにぎりチェーン店数に手が届くところに来ています。日本一のおにぎり屋は間違いなく世界一。これを実現するできるように良い出店を続けていきます」
ソフトバンクと一緒に取り組みを続けながら、短期的、中長期的な目標を達成していきたいとの思いを語り、本セミナーを締めくくりました。
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