2023年、空飛ぶ携帯基地局「HAPS」実現へ 空からの通信サービスで、世界はどう変わるのか

"DIGITALIZE JAPAN デジタル化で、日本を変えよう 食の課題をデジタル技術で打破したい めざす未来は課題“解決”先進国、日本"

北原 秀文氏

ソフトバンク株式会社
テクノロジーユニット・技術戦略統括
グローバル事業戦略本部
本部長

2005年現ソフトバンク株式会社に入社。固定ブロードバンドのエンジニアを経て企業買収のPMを担当してネットワーク子会社立ち上げと同時に4Gネットワークの戦略の責任者として従事。2015年米国スプリントへ出向。ネットワーク改善に向けた戦略を担当。2018年からグローバルビジネス戦略を担当し、グローバル通信と新規サービス事業戦略を担当。 HAPS モバイルの取締役、グローバル事業戦略本部長を兼務。

木場 弘子氏

フリーキャスター/千葉大学客員教授

1987年TBS入社。同局初の女性スポーツキャスターとして『筑紫哲也ニュース23』などで活躍。92年与田剛氏(現・中日監督)との結婚を機にフリーランスに。教育や環境に関わる仕事が多く、生活者の視点を大切に7つの省庁で幅広く審議に参加。各界トップへのインタビューは300人を超える。

(2020年4月13日 掲載)

■本記事は2020年3月31日に日経クロステックに掲載されたものです

世界中のあらゆる人々、あらゆる場所での通信を可能にする。その壮大な夢の実現に向けて動き出した会社がある。ソフトバンクの子会社であるHAPSモバイルだ。成層圏を飛ぶ無人航空機から地上に電波を届ける。これにより、人里離れた山間部でも通信が可能になるほか、モノの通信によるIoTサービスの可能性も大きく広がる。空からの通信サービスで世界はどのように変わるのか。フリーキャスターの木場 弘子氏が、ソフトバンクの北原 秀文氏に話を聞いた。

ネット未利用者は世界で37億人
情報格差を解消し、豊かな社会を

木場 ソフトバンクはHAPSモバイルという会社を立ち上げ、空から通信サービスを提供する事業のグローバル展開を目指していますね。この事業内容と目的について教えてください。

北原 日本をはじめとする先進国はインターネットを利用することが当たり前になっていますが、世界に目を向けると、それは決して当たり前のことではありません。世界人口70億超のうち、およそ半分の37億人がインターネットを利用できずにいるのです。アジアでは人口ベースで52%、アフリカでは72%の人がそうした状況です。
これによって平等な教育・医療・雇用の機会が損なわれ、格差が広がりつつある。この状況を解消するためには、世界中のどこでも、あらゆる人が等しく通信できる環境を整える必要がある。これがHAPSモバイルを設立した一番の目的です。
ソフトバンクは情報革命で人々を幸せにすることを目指し「Beyond Carrier」(通信会社という枠組みを超えていく)戦略を推進しています。通信事業の既存のビジネスモデルを超え、そこから生まれる価値を日本だけでなく世界に向けて発信し、社会課題の解決に貢献する。HAPSモバイルが目指す事業も、この戦略の一環として進めるものです。

木場 空からの通信サービスというと静止衛星を活用したものがありますが、これとは違うものなのですか。

北原 HAPSモバイルが事業化を目指しているのは「HAPS(High Altitude Platform Station)」といわれる成層圏通信プラットフォームで、宇宙空間にある静止衛星とは実は似て非なるものなのです。
一番の違いは高度です。静止衛星は赤道上空の約3万6000kmを周回していますが、HAPSは高度約20kmの成層圏と呼ばれる空域に無人航空機を飛ばし、そこから地上に電波を届けます。静止衛星よりはるかに地上に近いところにある。ここが重要なポイントなのです。

"成層圏とは"

成層圏を飛ぶ無人航空機
1機で半径約100kmが通信可能に

木場 静止衛星が3万6000kmだと聞くと、高度約20kmというのが急に近く感じられますね。国際線旅客機の高度が高いところで3万9000フィート(約12km)ですから、飛行機の飛んでいるところの倍くらいの高さですね。では、なぜ成層圏が適しているのですか。

北原 鉄塔タイプの地上基地局は、地上高40~50mぐらいにアンテナが設置されています。鉄塔を高くすればするほど、カバーエリアは広がりますが、それには限界があります。そこで基地局を空に持っていくことを考えたわけです。
高度約3万6000kmの静止衛星の場合、地上との通信には片方向だけで200ミリ秒(0.2秒)の時間が必要です。しかし、地上から約20kmの成層圏を利用するHAPSは、片方向で0.3ミリ秒(0.0003秒)しか時間がかかりません。
成層圏の環境も通信に非常に適しています。無人航空機はソーラーパネルの発電で、プロペラの動力、ペイロードと呼ばれる通信基地局設備の動力を確保します。成層圏は雲よりも高度が高く、年間を通じて比較的風が穏やかなため、効率よく太陽光を受けられるのです。昼間にバッテリーへ蓄電し、夜間はこのバッテリー電源を使うことで、数カ月単位の安定飛行が可能です。

木場 高速な通信が可能な上に、気流も安定し、常に太陽光を浴びて充電できる。だからこそ、成層圏でなければならないということですね。ところで、1機でどれぐらいのエリアをカバーできるのですか。

北原 半径約100kmのエリアが通信可能になります。地上基地局で日本列島全体をカバーするには何千、何万の基地局が必要ですが、HAPSならば約40機の無人航空機で済みます。
モバイル通信ができるのもHAPSの大きな特長です。静止衛星の通信は、衛星の電波を地上の基地局で受けて、それをユーザの端末に届ける仕組み。それに対し、HAPSのペイロードは基本的に地上で使っている基地局設備と同じものなので、ユーザの端末とダイレクトに通信できます。今使っているスマートフォンやモバイル機器をそのまま利用できるのです。地上の基地局とHAPSのペイロードの電波が混信しない技術も実装しています。

HAPSを新たな通信インフラに育て
「空の経済圏」の実現を目指す

木場 今使っているスマートフォンがそのまま使えるのは非常に便利ですね。基地局があるなしに関係なくどこでも使えるわけですから。大変気になるのは、このサービスがいつ頃、実用化されるかですね。

北原 無人航空機メーカ大手の米AeroVironment社の協力のもと、2019年4月に赤道からプラスマイナス30度の緯度まで飛べる無人航空機の開発に成功しました。全長は約78mで、ソーラーパネルを搭載した翼には10個のプロペラを備えており、平均して時速約110kmで飛行します。現在、実証実験を進めており、2023年末の実用化を目指しています。
日本の位置だと、第1フェーズではサービス提供が難しいのですが、第2フェーズ以降でより高緯度の空域でも運用可能な機体の開発を進め、日本列島をカバーするサービス提供を目指します。

"HAPSの無人航空機"

木場 HAPSが実用化されれば、どこでもインターネットにつながり、これまでできなかったこともできるようになる。そのメリットは計り知れないですね。

北原 世界には電力供給の問題、治安の問題など様々な事情により、インターネット環境の整備が後れている国や地域が多くあります。HAPSは低コストで広範なエリアに通信サービスを提供できるため、離島、山岳地帯、砂漠など未開拓の場所でも、インターネットを利用できるようになります。私たちの「当たり前」が世界共通の「当たり前」になる。情報格差の是正が進み、より良い社会づくりにつながると考えています。

木場 世界中の方がインターネットを使い、情報格差をなくせたら素晴しいですね。ただ、日本人としては日本でどんな活用が可能になるかも気になるところです。特に最近はセンサやカメラ映像を活用したIoTサービスが広がりを見せています。あらゆる場所で通信が可能になれば、IoTビジネスの可能性も大きく広がるのではないでしょうか。

北原 日本のLTEの人口カバー率は100%に近いのですが、面積当たりのカバー率はまだまだ及びません。IoTは人の住んでいないエリアでもモノの通信が発生するため、今のカバー率では対応できません。HAPSはこの面積カバー率を飛躍的に向上させます。
例えば、農業や酪農ではセンサを用いて様々なデータを収集し、科学的に生育管理や製品管理を行っています。HAPSを利用すれば、この取り組みをより広範囲に展開していけます。
また物流や設備点検・測量をドローンで行うなど、新しいサービスも始まりつつあります。未来の乗り物と思われていた空飛ぶクルマも、2025年ごろには実用化される見込みです。地上の基地局より高いところで通信するものは、より上空から電波を受けた方が通信も安定します。HAPSはドローンや空飛ぶクルマを支える新しい通信インフラになる。そこから新しいサービスや産業が生まれ、ビジネスチャンスが大きく広がるでしょう。HAPSを軸に「空の経済圏」を創出していきたいですね。

木場 近年、日本では大規模な地震や台風による被害が頻発しています。空から電波を届けるHAPSは災害対策としても有効なのではないでしょうか。

北原 もちろん災害対策としても有効です。実はHAPSの事業化を考えるきっかけのひとつが、2011年の東日本大震災だったのです。震災時は被災地の地上基地局が大きな被害を受けました。そこでソフトバンクでは避難所などの一角に櫓(やぐら)を立て、衛星から通信を受けることで被災地の通信復旧に努めたのですが、多くの人に通信サービスを提供するためには、何百ものアンテナやバッテリーを設置しなければならない。その手間と労力は大変なものでしたし、もう少し早く復旧できたならという悔しい思いもありました。空から通信を提供するHAPSなら、大規模災害でも継続的に通信サービスを提供できます。

木場 寸断されずに通信できれば、大切な人の安否もすぐに確認できるし、最新の被災状況や支援サービスも知ることができます。東日本大震災の時は、各避難所にどんな被災者がいらして、何の医療物資が必要なのかが分からず、混乱を極めた部分がありました。2019年の台風19号では川の上流の情報を知らずに、翌日になって氾濫に巻き込まれて亡くなった人もいらした。近年の自然災害は激甚化し、展開が早いため予測がつかない事態が発生しています。こうした大変な状況に陥ったときに、情報から孤立せずに済む。この安心感は何ものにも代え難いですね。

北原 IoTとHAPSを組み合わせれば、今後は遠隔で重機を動かし、人の立ち入れない場所でも救助や復旧作業が可能になるでしょう。火山や地滑りの危険が高いエリアをカメラやセンサで常時監視すれば、異変をいち早く察知することもできる。防災や減災の観点からもHAPSの果たす役割は大きいと思います。

技術・仕様の標準化活動を進める
「HAPSアライアンス」を創設

木場 世界をカバーするサービスとなると、多くのパートナーとの共創が不可欠ですね。

北原 その通りです。機体の開発は米AeroViroment社と共同開発をしていますが、これ以外にも同じ大志を抱いた企業とも手を携えていきます。Google社の持株会社である米Alphabet社傘下の米Loon社との提携はその象徴です。Loon社は、気流予測AIによる気球を使ったインターネット接続サービスを提供しています。HAPSモバイルとは思想は異なるのですが、成層圏で機体が受けるダメージデータなどの情報共有、機体管理システムの開発、周波数利用効率の向上、ペイロードの5G対応など協業できる部分も多い。
2020年2月には、Loon社のほか、世界の通信事業者や航空関連事業者など12社による「HAPSアライアンス」を立ち上げました。今後も多様な企業のアライアンス参加を募り、HAPS向け製品の仕様やHAPS向け周波数の国際標準化活動を展開していきます。

木場 無人航空機が基地局になって、空から通信サービスを提供する。お話を伺って、未来の新しいサービスの一端を垣間見た気がします。ただひとつ、ソフトバンクへ最後にお願いしたいこともあります。それは、世界にはまだ電気すら通ってない国が20%ぐらいあり、そうした地域のインフラ整備をした上で通信サービスを届け、豊かな暮らしを実現していただくこと。大変な事業となりますが、世界を舞台に頑張っていただきたいですね。

北原 おっしゃる通りインフラは非常に重要です。簡単なことではありませんが、まずはHAPSで世界中のモバイルネットワークに革命を起こし、国や地域を越えて誰もが高品質な通信サービスを享受できる豊かな社会づくりに貢献していきます。

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