2021年の中国AI業界の動向まとめ
2022年1月13日掲載
2021年は新型コロナウイルス(COVID-19)が引き続き猛威を振るいました。2022年が始まった今、中国のAI産業はどうなっているか、この1年間の典型的な出来事をふまえていくつかの側面から見てみたいと思います。
超大規模のAIトレーニングモデルがさらに進化
この1年間、機械学習、深層学習、コンピュータビジョン、音声認識・合成、自然言語処理、ナレッジグラフなどのAI技術が発展する中で、超大規模のAIトレーニングモデルが注目を浴びています。
2021年6月に北京人工知能アカデミー(BAAI、Beijing Academy of Artificial Intelligence)は、独自の生成的深層学習モデルである「悟道(Wu Dao) 2.0」を発表しました。悟道2.0は、画像や音声など様々な入力情報を利用する「マルチモーダルAI」を適用。テキストと画像で言語処理モデルのトレーニングを実施し、進化していきます。顔認識など特定のタスク以外に、エッセイ・詩歌を創作したり、文章に基づき画像を作成したりすることもできます。
BAAIでは悟道2.0をベースに、超大規模AIトレーニングのエコシステムを構築し、モデルオープン化サービス、APIサービス、カスタマーサービスなどの形で企業利用者・個人利用者に提供し、モデルの利活用に取り組んでいます。
AIの浸透率が少しずつ高まり、新たな利活用法が模索される
CCTVのAI手話バーチャルアナウンサー
2021年にAI技術は安全・セキュリティー、カスタマーサービス、ファイナンス、教育、医療、都市管理、リテールなどの領域で利活用が進んでいます。特にコロナウイルス対策(顔認識、マスクチェック、体温測定、診断支援など)でも活躍しています。このほか、バーチャルキャラクター、メタバース、古書籍デジタル化などへの応用も模索中です。
バーチャルキャラクターへの利活用
中国中央電視台(CCTV)は、AI手話バーチャルアンカーを立ち上げ、冬季オリンピックでリアルタイムに放送することが予定されています。音声認識や機械翻訳などのAI技術を使用してAI手話バーチャルアンカーが非常に理解しやすい手話表現を持つようにします。聴覚障害のある観客に手話サービスを提供し、イベント情報をより迅速に入手することができますし、テクノロジーで暖かい温度を与えます。
なお、中国名門校の清華大学(Tsinghua University)では、2021年に中国国内初のバーチャル女子学生「華智氷(Hua Zhibing)」が入学しました。コンピューター科学・技術学部に所属する学部生として「継続的な学習能力」を備え、文書や画像、動画のデータを学びながら「成長」し、認知能力は6歳程度ですが、1年後に12歳レベルになるとされています。
メタバースへの利活用
2021年は中国でもメタバースブームが巻き起こり、メタバース元年と言われました。2021年12月27日にAIを戦略としたバイドゥは、メタバースプラットフォーム「希壤(Xirang)」を発表。年に一回の「Baidu Create」イベントも、この「希壤」で行なわれました。バイドゥのほか、テンセント、バイトダンス、ネットイースなどの会社も、メタバースに参画する動きが見受けられます。
古書籍デジタル化への利活用
アリババ、四川大学、米・カリフォルニア大学バークレー校、中国国家図書館、浙江図書館などが協力して海外に流出した古書の輝きを取り戻させる「漢典重光・古典籍デジタル化」プロジェクトを進めました。第一弾の成果として、米・カリフォルニア大学バークレー校が所蔵する貴重古書40種前後を含んだ古典籍20万ページが公開されました。
そのために開発した古典籍認識システムは、文字を認識しながら認識モデルをトレーニングするやり方で、古書デジタル化のインターラクティブトレーニング、古書全文検索、古書漢字辞書などの機能を備えるようになりました。現在では文字認識率が97.5%に達し、ハイクオリティで古書のデジタル化に貢献しています。
AIチップは研究開発が進み、バージョンアップが盛り上がっている
AIチップ専門の上場企業「Cambricon(キャンブリコン)」
Cambricon
AIチップ専門の上場企業「Cambricon(キャンブリコン)」は、クラウド・エッジ・ターミナル向けのプロセッサー製品ポートフォリオを持っており、AIチップのパイアニアとして注目を集めています。今年1月に、クラウドトレーニング用のAIチップ「思元370」及びそのアクセラレーターカード「MLU290-M5」を発表。11月にクラウド推理用のAIチップ「思元370」、及び「思元370」に基づいたアクセラレーターカード「MLU370-S4」「MLU370-X4」を発表。INT8のコンピューティング能力は256TFLOPsで、機械学習、コンピュータビジョン、音声処理、自然言語処理などに利用されます。
Horizon Robotics
エッジ側AIチップに専念するAIベンチャー「ホライズンロボティクス(Horizon Robotics)」は、2021年5月に自動運転向けエッジコンピューティング用チップ「徴程(Journey)5」を発表。これは「徴程」の3世代目のチップであり、1チップで最大128 TOPS(Tera Operations Per Second)の AI演算能力を持っており、16台カメラのコンピューティングをサポートします。「AI on Horizon 」戦略を掲げ、エッジ側人工知能アルゴリズムとチップ設計に重点を置き、「人工知能チップ+アルゴリズム+クラウドサービス」といった事業内容にフォーカスしており、自動運転・スマートシティ・スマートリテール向けのソリューションを提供しています。
Enflame Tech
AIチップセットの設計を専門とするAIベンチャー「燧原科技(Enflame Tech)」は、2021年7月にデータセンター向けAIトレーニング用チップ「邃思(Suisi)2.0」、及びこれを基にしたトレーニング用アクセラレーターカード「云燧(CloudBlazer)T20」とトレーニングモジュール「云燧(CloudBlazer)T21」を発表。2021年12月にAIクラウド推理用チップ「邃思(Suisi)2.5」及びこれを基にした推理用アクセラレーターカード(推理性能を増強する拡張カード)「云燧(CloudBlazer)i20」を発表。これでEnflame Techは、高性能クラウドトレーニングとクラウド推論AIチップの両方を持つベンチャーとなり、中国AIチップ領域の重要なプレイヤーになっています。
Tencent
SNS大手のテンセントは2021年11月にAI推理用チップ「紫霄」を発表。このほか、動画デコード用のチップ「滄海」、スマートNIC(ネットワーク・インターフェース・カード)用のチップ「玄霊」、クラウドネイティブシステム用のチップ「遨馳」も一気に発表されました。「紫霄」は、HBM2Eメモリと連動し、コンピュータビジョンアクセラレーター、動画デコードアクセラレーターを統合し、画像や動画の処理、自然言語処理、サーチ&レコメンテーションをサポートします。
このほか、ファーウェイ、バイドゥ、アリババ、バイトダンスなどもAIチップに取り組んでおり、ボトルネックとなっているこの領域において、何とか努力している姿が伺えます。
AI技術のオープンソース化がますます進む
Github PaddlePaddleプロジェクト
技術の繁栄は、技術の研究開発、利活用、産業、投資などに関わる全ての要素から構成されるエコシステムに依存しています。このエコシステムを構築するには、技術のオープンソース化が非常に重要なファクターとなっています。アンドロイドOSのように、オープンソース化することにより、繁栄・進化していきます。中国のAI領域においては、オープンソース化がますます顕著になってきています。たとえば、中国インターネット大手BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)は、2021年に以下の典型的なものをオープンソース化しました。
PaddlePaddle
PaddlePaddleは、PArallel Distributed Deep LEarningの略称で、バイドゥが公開した深層学習・機械学習のフレームワークであり、2021年に産業向けのバージョン「2.2」が発表されました。
ERNIE
ERNIEは、バイドゥが2021年に公開した知識強化に基づく継続学習セマンティックを理解するフレームワークであり、大量のテキストの語彙、構造、セマンティクスなどの知識のトレーニングをサポートします。
DeepRec
DeepRecは、アリババが2021年に公開した超大規模な分散トレーニング機能を備えるトレーニングエンジンであり、数兆のサンプルと1,000億の組み込み処理のモデルトレーニングをサポートします。スパースモデルのシナリオでは、CPUおよびGPUプラットフォーム全体で詳細なパフォーマンスの最適化が実施されており、検索、広告、推奨などの価値の高いビジネスで広く使用されています。
Proxima
Proximaは、アリババが2021年に公開したビッグデータの高性能類似性検索を実現するマルチモーダルベクトルサーチエンジンであり、ARM64、x86、GPUなどの複数のハードウェアプラットフォームをサポートし、エッジコンピューティングからクラウドコンピューティングまでの組み込みデバイスと高性能サーバーをサポートします。
TNN
TNNは、テンセントが2021年に公開した軽量型ニューラルネットワーク推理フレームワーク。深層学習のアルゴリズムをモバイル側にも適用させることで、AIアプリをより簡単に開発することができます。顔認識、物体認識、姿勢認識、文字認識などの機能を備えています。
AI投資:ベンチャーに熱視線だが、上場は依然として厳しい
センスタイム(商湯科技・SenseTime)
2021年に投資家は、相変わらずAIベンチャーに熱視線で、資金を惜しまず多くの投資を注いでいました。とりわけAIチップ、自動運転、AIプラットフォーム関連の投資が目立っています。
Horizon Robotics
エッジ側AIチップの専門会社として、2021年にラウンドCで総額15億ドルを調達し、今年中国AIベンチャーで最大の資本調達でした。自動車向けAIチップの需要が旺盛で、自動運転向けエッジコンピューティング用チップ「徴程(Journey)5」が発表されることなどで、その業績を押し上げ、投資家に注目されています。
4Paradigm
AIプラットフォームと技術サービスプロバイダーとして、2021年にラウンドDで総額7億ドルを調達。ソフトウェア定義のコンピューティングプラットフォーム、エンタープライズ向けAIOS、マシンラーニングプラットフォームなどの製品の開発、エンタープライズレベルのエコシステムの構築、AI人材の育成などに力を入れています。
Hesaitech
LiDAR(ライダー)プロバイダーとして2021年にラウンドDで3.7億ドルを調達。ハイブリッドソリッドステートライダー及び高性能ライダーチップの開発に資金投入します。
Momenta
自動運転会社として、2021年にラウンドCで9億ドルを調達。自家用車向けの高度自動運転ソリューション「MPilot」及びタクシー・自家用車向けの完全自動運転ソリューション「MSD(Momenta Self Driving)」で自動運転業界の主要プレイヤーとして活躍しています。
SmartMore
スマート製造業向けマシンビジョン技術を専門としたAIベンチャーであり、2019年12月に設立され、2021年にラウンドBで2億ドルを調達。次世代AI技術、ソフトウェア&ハードウェア一体化製品の開発に取り組み、製造業のデジタル化とインテリジェンス化に力を入れています。
上場前の資本調達が盛んに行われている一方で、上場できた会社はまだ少ない状況にあります。センスタイム(商湯科技・SenseTime)、メグビー(曠視科技・Megvii)、イトテック(依図科技・YITU)、クラウドウォーク(雲従科技・CloudWalk)といった中国コンピュータビジョン領域のBig 4は、コロナウイルス拡散対策で画像認識技術とサーモグラフィー技術を生かした体温測定・マスク着用チェック・ CT画像分析などに向けたソリューションの需要が旺盛でありながら、赤字経営の状況が続いています。このBig 4はいずれも上場を申請しました。商湯科技は2021年12月30日に香港証券取引所に上場を果たしましたが、その他の3社はまだまだ時間がかかりそうです。
上記のように、2021年は、コロナウイルスの影響を受けながら、AI技術の研究開発やその利活用が順調に進んでいた模様。中国のAI産業全体としては、比較的に安定的な発展段階に入っており、産業への浸透も少しずつ高まっています。今後は、しばらく穏やかに発展していくのではないかと思います。引き続き注視していく所存です。
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