AI時代の次世代インフラと産業 SoftBank World 2024 講演レポート
2024年11月28日掲載
ソフトバンクは来るべきAI時代に向けた最先端テクノロジーの研究開発を「先端技術研究所」という組織で取り組んでいます。「6G」「AI-RAN」といったこれからやってくる新たなテクノロジーによって、私たちのビジネスやライフスタイルにどのような変化がもたらされるのか。先端技術研究所の所長である湧川が、その技術開発の最前線を語ります。
本記事は、2024年10月3日に開催されたSoftBank World 2024での特別講演を編集したものです。
ソフトバンクの事業成長を支える「先端技術研究所」
2022年4月に設立されたソフトバンクの先端技術研究所は、事業会社としてのソフトバンクの特性を生かし、技術を基盤に新しい事業を創出することを重視しています。
「先端技術研究所は、研究所といっても主に論文を書くことに集中するような組織ではなく、技術を羅針盤にソフトバンクの事業に直結した活動を行っています。注力テーマとしては、無線やネットワーク、コンピューティング、自動運転、HAPS※1など、約70の多岐にわたるプロジェクトが進行しています。
研究所における直近の大きな成果として、HAPSの成層圏への飛行試験が挙げられます。2024年8月、ニューメキシコで実施されたこの実証試験は、高速かつ大容量のモバイル通信を安定的に提供できるHAPS向け大型無人航空機「Sunglider(サングライダー)」を使用し、機体開発パートナーであるAeroVironment社と米国国防総省とのコラボレーションにより実現したものです。HAPSプロジェクトは、ソフトバンクが長年にわたり推進してきたもので、今回の実証実験は商用化に向けた大きなマイルストーンとなりました」
AIが融合する次世代通信技術「6G」
続いて、標準化に向けて目下議論が行われている次世代通信技術「6G」の現況について説明しました。
「6Gのコンセプトは、5Gが持っている『高速大容量、多接続、低遅延』をさらに進化させ、新しい要素として、『AIと通信の融合、センシングとAIの融合、ユビキタス接続』を実現するものです。ソフトバンクでは、先ほどご紹介したHAPSや後ほどご紹介するAI-RANなどを含め、新要素に関わるさまざまな活動を行っています。
業界全体の取り組みとしては、6Gで使用する周波数帯域の特定が進められており、まずは6GHz以上のセンチ波と呼ばれる周波数帯域を使った展開を進めるべく検討を始めています。ロードマップとしては、2027年くらいから6Gの標準化が始まり、2030年頃から実用化が進められていくと見込まれています」
無線技術の進化への期待がある中で、6Gの時代には切り離せない技術となるのがAIです。AIが中心となる社会では、それを支えるための通信(6G)に加えてデータや計算処理能力の向上が必要になってきます。
「AI社会においては、大量のデータを処理するために高い計算能力が必要になります。AIのデータ処理にはGPUを使いますが、AIサービスが拡大していくと、推論(プロンプト)の処理に膨大なGPUが必要になります。こうした状況からソフトバンクでは、この増加するデータ処理に必要な計算能力や電力の確保、処理が都市部に集中しているインフラ構造の抜本的解決に向けて、分散型AIデータセンターをはじめとした日本全国にAIを支える基盤を構築しています。
そこで研究所としては、通信インフラとAIを調和させて技術をどのようにプロダクトに落とし込んでいくのかを考え、AI-RANという新しい技術を推進しています」
AIーRANによる無線ネットワークの高度化
AI-RANは、ソフトバンクが開発を進めるAIと無線アクセスネットワーク(RAN)を同じコンピューター基盤の上に統合する新しいアーキテクチャーです。
講演内では、AI-RANによってモバイルネットワークを最適化する技術を紹介する動画が流れ、そのコンセプトを湧川が語りました。
「AI-RANは3つの領域から構成されます。
1つ目が『AI-and-RAN』です。これはAI向けの設備をRANと共用することによって、我々が元々持っている設備の利用効率を向上させるものです。
重要なインフラであるモバイルネットワークは高い信頼性が求められるため、ピークトラフィック時に耐えられるようにリソースを設計していますが、そのピークは1日のうち限られた時間です。つまりピーク時以外はリソースに余剰がある状態です。このほとんど使われていないリソースをAIに活用できないかと考えています。AIに必要な計算機はGPUであり、このGPUでAIもRANも動かせるようにすることで、時間に応じたリソースの割り当てができるようになります。
2つ目は『AI-on-RAN』で、エッジサーバーに置かれたAIアプリケーションで新しいサービスを生み出すというコンセプトです。実はここには5Gでの課題が隠れています。ユーザーが使うサービスは基本的にクラウドに設置されているため、どれだけ5Gによって無線区間を高速化しても、クラウドを含めたend-to-end(端から端まで)の通信区間は大きな遅延が発生してしまいます。これは、クラウドにあるアプリケーションをエッジサーバーに寄せることで解決できます。つまり、AIとRANが一緒に動くエッジサーバーを設置することで、ユーザーはクラウドを使用せずに低遅延でサービスを受けることができるのです。
3つ目の『AI-for-RAN』は、無線通信の周波数の利用効率をあげる仕組みです。
無線通信では音声や画像の信号処理を行いますが、電波の干渉などによって信号が壊れることがあり、そのたびに再送信や輻輳(ふくそう)を繰り返します。この壊れた信号は復元ができないものですが、AI画像処理による超解像技術を応用して復元を試みたところ、我々の試験においてデータ転送量が30%向上するなど非常に効果がありました。モバイルインフラに高度な進化をもたらす技術だと感じています」
こうしたAI-RANの技術検証は、NVIDIA社やArm社と連携し研究や議論を開始しています。AIの潮流によって各社のもつテクノロジーも進化し、そのテクノロジーを以て一気にAI-RAN実現の現実味が増したと語りました。
しかし、AI-RANの実装という大きなテーマを成し遂げていくためには、この3社だけでなく業界全体を巻き込む必要があります。そこでAI-RANのコンセプトを持ったプロダクトを生み、エコシステムの構築を目的に、AI-RAN アライアンスの立ち上げを発表しました。
このアライアンスには、すでに通信機器の主要ベンダーやAI関連企業、大学などが参加しており、ソフトバンクがリード役を務めながら、AI-RANによるネットワークのさらなるトランスフォーメーションを起こすべく活動を行っていると話しました。
AI-RANを軸としたAI社会インフラのユースケース
このAI-RANが実装された世界が、どのようにビジネスの環境に影響していくのか。いくつかのユースケースを交えて解説しました。
・ファクトリーAI ロボティクスやロジスティックスの最適化を図る際に、AIによる映像処理を行うといったことも、パブリッククラウド経由では遅延が懸念されますが、AI-RANであればプライベート5Gなどと合わせて高速かつ低遅延での運用が可能です。
・インフラ設備の点検 パイプチェックや橋梁点検など、スマートフォンのカメラをかざすと作業ガイドさせるような重い処理を行うソリューションなどを使用する場合でも、高度かつ高速なAI診断ができます。
・見守り ドライブレコーダーや監視カメラといった街中にあるIoT機器などにもAIでの推論を行うチップを搭載することで、高齢者や子どもたちの安全を確保する見守りシステムの高度化が可能になります。
・マルチモーダルAIによる自動運転監視 これまでのAIでも画像認識や人物・車両検知などが可能でしたが、マルチモーダルAI※2を活用することで、例えば認識した人物や車両が「(タクシーを待っているから、スマホを見ているから)止まっている」などの状況把握をすることが可能になり、自動運転監視や制御の自動化に大きく貢献できます。この環境を実現するには、画像データ、センサーデータなどの大量のデータをマルチモーダルAIで処理する必要があり、AI-RANによる低遅延でエッジデバイスでの高速処理能力などの技術が活用できます。
・センシング 電波を使って物体の位置を検知するセンシング技術は、カメラを使った場合とは違いプライバシーを保護しながら高精度な位置情報を提供することができます。例えば、家の中での動きをリアルタイムで監視し、カメラが設置できないような場所でも異常が発生した場合には即座に通知するシステムが考えられます。こうした技術もインフラリソースを大きく使用するため、AI-RANが実現されることで必要なコンピューターリソースを得られる環境になります。
AI-RANの早期実用化に向けて
湧川は、講演の最後を次のように締めくくりました。
「ここまでご紹介したように、さまざまな研究開発を行っておりますが、特にこのAI-RANは来るべきAI社会に向けて早期に実現させようと積極的に取り組んでいます。この新しいアーキテクチャーは多くの産業で新たなビジネスチャンスを作り出すものと考えております。ぜひ皆さまのご協力を得ながら、このAI-RANを推進していきたいと思います」
AI-RANの技術開発やAI-RANアライアンスの立ち上げなど、着々とAIの社会実装に向けた取り組みを進めていく先端技術研究所。さまざまなAI社会インフラのユースケースが示されたことで、AI-RANが実現する社会への期待感が醸成される講演となりました。
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