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障害に強いモバイル通信を目指して
#コアネットワーク #モバイル通信 #5G #耐障害性
2024.03.28
ソフトバンク株式会社


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1. 通信システムにおける可用性の重要さ
現代社会では、個人がスマートフォンを当たり前のように所持し、さまざまなアプリケーションを利用しています。今後は今まで以上に、電子決済や公共サービスといった社会生活に欠かせないサービスがアプリケーションとして普及していくことが予想されます。しかし、こうした便利なサービスを最大限活用するためには、そもそも通信がつながっていることが大前提となります。言い換えれば、可用性が極めて重要であるといえます。可用性が低ければ、便利なサービスの価値が低下してしまいます。
一方で、電気通信事業者は、設備の劣化や自然災害に起因する設備故障による障害からは逃れられません。どれだけ対策しても、障害を完全になくすことは困難です。利用者に対する通信サービスの可用性を最大化することがオペレーターの究極的なミッションだとするならば、可用性を高めるための耐障害性が今後のモバイルシステムにおける重要な指標になるといえます。
2. モバイルシステムにおける耐障害性の課題
現在普及している5Gシステムでは、耐障害性において次の二つの課題があると考えられます。
(i)制御部であるコアネットワーク(Core Network:CN)が輻輳しやすい
(ii)基地局システム(Radio Access Network:RAN)と CN の間の分断に弱い
CN が輻輳しやすい
図1に示すように、全国レベルのオペレーターは RAN と CN、そしてそれらをつなぐキャリア閉域網(Transport Network:TN)を駆使して、1000万台オーダーの回線を収容します。

図1.典型的な5Gシステムの構成図
端末(User Equiptment:UE)が1000万台オーダー、RAN が10万局オーダーで存在することに対して、CN は数カ所しか存在しません。CN は日常的に高負荷なシステムだといえます。さらに、CN は、Network Function(NF)と呼ばれる機能ブロックが互いの機能を呼び出し合うことで要求された手続きを実行します。一連の手続きを実行する間に端末の位置情報や認証情報に関するデータに不整合を起こしてはいけないため、この機能の呼び出しはトランザクションとみなされます。つまり、標準的な CN は高コストで複雑なバケツリレーのようなメッセージ交換を、1000万台の端末に対して実行し続けていることになります。
手続きの最中に何か問題が発生した際には、当然それを打ち消すようなメッセージ交換が発生します。大規模で、平常時でさえ高コストなメッセージ交換は、異常時にはメッセージであふれかえってしまいます。これが CN 内部の輻輳の問題です。CN に輻輳が起きると、モバイルシステムが広域にわたって機能不全を起こし、可用性を低下させます[1]。
RAN と CN の間の分断に弱い
図2では、UE#a は近傍の Multi-access Edge Computing(MEC)拠点に設置された User Plane Function(UPF)を、 UE#b は中央のデータセンターに設置された UPF を、それぞれ使ってデータ通信をしています。UE#a のデータ通信路は、中央のデータセンターと無関係です。

図2.TNの障害によるRANとCNの分断
ここで、図中のバツ印の位置で障害が発生し、RAN#A と RAN#B が CN から分断されたとします。このとき、もちろん UE#b はデータ通信ができないために通信障害の状態に陥りますが、実は UE#a も通信障害の状態に陥ります。これは、RAN#A と RAN#B が CN の制御下から外れたことで無線を停止することに由来します。RANとCNが障害によって分断してしまうと、障害点がデータ通信路と無関係な位置に発生したとしても、通信障害になってしまいます。仮に無線接続が正常であったとしても、CNと通信できなければデータ通信用の回線確立もできないため、TNが正常である分断地域内の通信も実現できません。これがRANとCNの間の分断に弱いという問題です。
3. モバイルシステムが満たすべき三つの要件
耐障害性のある通信システムの例として、インターネットが挙げられます。インターネットは自律分散システム(Autonomous Sysytem:AS)の集合から成立しており、一部のAS内またはAS間に障害が発生しても、全体として機能不全を起こしづらい通信システムです。インターネットに見られる自律分散性を取り込むことで、部分的な障害が発生しても端末への通信障害を起こしづらいモバイルシステムが実現できるのではないかと考えました。
このように劇的にアーキテクチャを変更するためには、モバイルシステムが最低限満たさなければならない要件を整理する必要があります。モバイルシステムは、お客さまの契約情報に基づく音声通話やデータ通信のサービスを、移動し続ける端末に対して途切れることなく提供する通信システムです。技術的な観点から端的に言えば、モバイルシステムとは「AAA によって保証される情報を、UEや回線の移動(Mobility)に応じてRANやCNが共有し合うことで、結果としてUser Planeというポリシーを適用した通信路が発現する通信システム」であると整理できます。この三つの要件をどのように満たせば耐障害性を向上できるのかが重要になります。
我々は、モバイルシステムには大きく以下の三つの要件があると整理しました。
1. 認証、認可、アカウンティング(Authentication, Authorization, and Accounting:AAA)
2. UE/Session Mobility
3. User Plane(U-plane)
4. 耐障害性を向上させる C-plane RAN Core Convergence
これまでに説明した課題は、CN が中央の数カ所のみ存在することに由来します。そこで我々は、RAN に CN の制御プレーン(Control Plane:C-plane)機能を統合し、そのような RAN がインターネットのように自律分散に協調することで移動体通信を実現する「自律分散モバイルシステム(Autonomous Decentralized Mobile System:ADMobile)」を提案しています(図3)。一般的に、CN機能がRANに統合される概念をRAN Core Convergenceといい、U-plane においては6G に向けて検討が進んでいます[2]。ADMobileでは、特にC-planeのRAN Core Convergence を掲げています。ADMobileでは、CN C-plane機能が統合されたRANをAD-RANといいます。

図3.自律分散モバイルシステムの概要図
ADMobileは、中央の加入者データベース(加入者DB:Subscriber DB)へのアクセス以外の手続きが一つのAD-RANの中で完結します。これにより、1000万台オーダーの端末を10万局オーダーのAD-RANで負荷分散しながら収容することができます。また、我々はすでにCN C-plane機能を巨大 NFではなく小さい関数の集合として実現することにも成功しており、NF間のバケツリレーが発生しないCN C-planeを実現しています。このことから、ADMobileではCNの輻輳の問題が発生しづらいといえます。
図3では、ADMobileにおいてバツ印の位置に障害が発生した場合を示しています。ADMobileではRANがCN C-plane機能を提供するため、RANとCNの間の分断という現象は存在しません。そのため、RANとCNの分断によって発生していた無線の停止も起こりません。RANと同じ位置に CN C-plane機能があるため、分断地域内でも通信ができますし、近傍のMEC拠点からインターネットに接続できる可能性も残されています。中央を経由していた UE#b のデータ通信路は、TNの障害後には自律的にMEC拠点を経由するように収束します。また、TN が障害から復帰した後も、CN 機能が分散しているため 理論的にはCN における輻輳が発生しません。このように、ADMobileではCN の輻輳とRANとCN間の分断の弱さを克服しています。
5. 今後の展望
どれだけ通信機能が高度に発展しても、つながらなければその効果を発揮することはできません。ADMobileは、インターネットの持つ自律分散性がもたらす耐障害性に着目したモバイルシステムです。今後は、ADMobileの概念実証を進め、TNの障害を模擬した実験をして輻輳抑制効果と耐分断性の効果を評価する予定です。
本投稿で扱ったADMobileについては、2024年3月1日に沖縄で開催された電子情報通信学会 NS研究会で発表されました。
参考文献
[1] ソフトバンク先端技術研究所, “ロバストでスケーラブルなモバイルネットワークの実現に向けて”,
https://www.softbank.jp/corp/technology/research/story-event/003/, 2023年2月.
[2] Nokia Bell Lab., “Communications in the 6G era”
https://www.bell-labs.com/institute/white-papers/communications-6g-era-white-paper/, 2020年9月.
執筆者:渡邊大記・堀場勝広