都市3Dモデルの自動作成パイプライン開発とデジタルツインの活用

#デジタルツイン #都市3Dモデル

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1. デジタルツインの期待と都市3Dモデルの役割

昨今、社会課題の解決にデジタルツインを活用しようという期待が高まっており、ソフトバンクの先端技術研究所でもデジタルツインの実用化に向けて、さまざまな視点から研究開発に取り組んでいます。

デジタルツインを構成する要素の一つに、現実世界をデジタル空間上に再現することがあります。デジタル空間上に再現される空間の規模はさまざまですが、例えば、製造業の分野では工場内を丸ごと3Dモデルでデジタル空間に再現し、工場内のライン配置や動線をシミュレーションすることでコスト削減を図るような事例があります[1]

より大きなスケールでは、都市を丸ごと3Dモデル化するような例も存在します。 デジタルの地球儀とも呼ばれるGoogle Earth™ [2] は、地球規模の3Dモデルの例としてとても有名であり、ご存じの方も多いと思います。また、その他にも都市スケールでの3Dモデルデータ整備の試みとして、国交省が主導しているPLATEAUプロジェクトなども存在します。 PLATEAUプロジェクトでは、三次元形状情報に加えて属性情報も持たせられるCityGMLというデータ形式を採用しており、令和6年度末時点で国内の約250都市で整備される予定となっています [3]

ただ単に都市の3Dモデルといっても、TIN(Triangulated Irregular Network)モデルと呼ばれる不規則な三角形ポリゴンで再現される3Dモデル(図1上段)もあれば、PLATEAUのように一つ一つの建物が構造化されたデータとして表現されている3Dモデル(図1下段)もあります[4]。 これらのデータの違いはさまざまなところにありますが、分かりやすい違いを一つ挙げると、前者のTINモデルは建築物と地面、木々といった地物ごとに分割されていない一つながりの3Dモデルで表現されているのに対して、後者は地物の一つ一つが分離、構造化されていることです。 各地物が構造化されていることで、各建物の3Dモデルに任意の意味情報を持たせることもできるようになります。

(上段) TINモデルと(下段)構造化された3Dモデル | 都市3Dモデルの自動作成パイプライン開発の取り組み

図1(上段)TINモデルと(下段)構造化された3Dモデル[4]

都市の3Dモデルを活用することは都市規模のさまざまな課題解決に役立つ可能性を秘めています。 例えば、PLATEAUで都市3Dモデルを整備した自治体では、水害や土砂災害発生時の被害影響エリアを三次元的に可視化し防災計画の改善につなげようとする試みが多く見られます[5]。 また、民間企業においてもさまざまな活用事例があり、一例としては、建設会社が新しい開発計画を立案する際に都市3Dモデルを利用することで、新築ビルの眺望や周辺環境の日照影響などを容易にシミュレーションできるようになる、といった使い道が挙げられます。 こうした都市計画に関する活用事例においては、構造化されていて意味情報を持てる3Dモデルのほうが活用性が高まります。 なぜなら、建物を建て直す際に特定の3Dモデルだけを入れ替えて前後の様子を可視化したり、老朽化している(建築年の古い)建物だけを抽出して災害リスクを評価する、といった使い方などができるからです。 都市が持つさまざまな情報を紐づけつつビッグデータ的な視点でデータ活用をしていけるような将来の都市デジタルツイン基盤として、構造化された都市3Dモデルデータを広く整備していくことが必要になっていくと考えています。

2. 都市3Dモデル整備の現状について

構造化された都市3Dモデルに焦点をおいて、その整備状況について簡単に整理したいと思います。 前節で紹介したPLATEAUプロジェクトでは、CityGML形式が定義するLOD(Level of Detail)の表現区分に沿って3Dモデルが整備されています。 建物のLOD区分は大きくLOD 0からLOD 4に分類できます(図2 A~E)。LOD 0は建物の二次元の水平形状を表現したモデル、LOD 1はLOD 0に高さを与えた箱型表現モデルです。 ただし、LOD 1の建物の高さは後述する航空測量などで得られる計測値の中央値を採用するため、必ずしも正確な高さを表しているとは限らないことに留意する必要があります。 LOD 2は屋根形状まで再現する表現モデルであり、任意で外観テクスチャを付与することが可能になります。 LOD 3はさらに窓やドアといった建物の外構(開口部)表現まで再現するモデルであり、LOD 4は建物内部の構造まで表現できるモデルになります。

LOD 2以上のモデルでは要求される再現形状の複雑さが増すため、従来は主に手動で作成され、整備されてきました。 そのため、必然的にLOD 2以上の3Dモデル整備コストは高くなってしまうという課題があります。 PLATEAUプロジェクトではこれまでに200以上の都市で3Dモデルの整備が行われてきましたが、LOD 2以上のモデルの整備範囲は主街区の一部エリアに留まり、その他のエリアはLOD 1のモデルで整備されている例が多く見られます。 これには、都市3Dモデルの活用が社会に広まる黎明期的な現在において、LOD 2以上のモデル整備コストは費用対効果の面から割高で整備範囲を広げづらいといった事情などが考えられます。 ただ、先述したLODの定義にもあるように、外観テクスチャのない箱型表現モデルであるLOD1は没入感や視認性に乏しく形状の再現性も限定的であるため、LOD 2以上のモデルと比較してユースケース活用の幅は狭くなります。

都市3Dモデル地図の視認性やユースケース活用性を向上させていく上でLOD 2以上のモデルが広範囲に整備されていくことが望まれますが、整備コスト面などの問題から実現には至っていません。 この課題に対する解決策の一つは、可能な限り人手を介さず、低コストにLOD 2以上の都市3Dモデルを自動作成する方法を開発することであると我々は考え、その方法について検討しました。

LOD定義による3Dモデル表現の違い | 都市3Dモデルの自動作成パイプライン開発の取り組み

図2 LOD定義による3Dモデル表現の違い [6]

3. 都市3Dモデル自動作成パイプラインの開発とユースケース検討

我々は特にLOD 2モデルに焦点を当て、従来は主に手作業で作成されていた部分を自動で作成できるパイプラインを検討しました。 従来、衛星画像などを利用して再構築された都市の3Dモデルのプロダクトは存在していますが、地表からの距離が遠い衛星データを利用するため3Dモデルの位置精度はメートルオーダーとなっています。 我々は、衛星よりも地表に近い、公共測量分野でも用いられるような航空測量写真を利用することで、より高精度で高精細な、数〜数十センチオーダーの精度をもつ都市3Dモデルの自動作成を目指して研究開発に取り組んでいます。 ここでは、現在までに我々が検討した自動作成工程を大まかに三つのステップに分けて紹介します。

ステップ(1)航空測量写真から三次元点群の再構築

ある決められた条件に従って撮影された複数の航空写真を用いることで、広範囲に地上の三次元点群を再構築することができます。 航空写真とは、その名の通りセスナ機やヘリコプターなどを用いて空中から地上を広域に撮影した写真のことをさし、航空写真を用いて地上の物体や地形の情報を得る技術を空中写真測量と呼びます。 空中写真測量では、飛行コースに沿って重複率が80%程度となるように撮影された航空写真から、SfM(Structure from Motion)と呼ばれる技法を用いて、地物の三次元形状とカメラの撮影位置および姿勢を復元します。 その後、多視点ステレオ(MVS:Multi View Stereo)の技法により密な点群の生成が行われます [7]。このような手順で広範囲にわたる都市を三次元点群として再現することができます(図3 A)。 ちなみに、ドローンで撮影された画像を用いてもSfM/MVSは可能であり、限られた範囲で再構築する場合には有効な手段です。


ステップ(2)三次元点群の分離と構造化

建物ごとに構造化された3Dモデルを作成するために、 SfM/MVSで再構築された三次元点群を建物単位で分離する必要があります。 例えば、国の公共データとして整備されている建築物の外周情報を利用することで、建物に相当する点群だけを切り分けることが可能です(図3 B)。

次に分離した建物点群の一つずつを、LOD 2に相当する屋根形状の表現も含めたポリゴンオブジェクトに再構築します。 多くの建築物は、その形状を特徴づける幾何学的な平面や曲面形状の組み合わせで形作られています。 そこで建物点群から平面情報を抽出し、それらの平面で囲まれる最適な立体構造を計算によって求めることで、LOD 2相当の屋根形状まで表現された建物の3Dモデルを自動で再構築することが可能になります(図3 C, D)。 ちなみに、分離や構造化は行わず密な点群をつなぎあわせるようにポリゴンメッシュを再構築すれば、第一節で紹介したTINモデル(図1上段)が作成できます。


ステップ(3)航空測量写真から建物外観テクスチャを3Dモデルに貼付け

最後に、再び航空写真を活用して、再構築された建物の3Dモデルの表面にテクスチャを貼り付けます(図3 E)。 ステップ(1)のSfMで復元されたカメラの位置および姿勢情報やカメラパラメータの情報と、そこから再構築された建物の3Dモデルは、共通の三次元座標情報を持っています。 従って、三次元の座標変換を行うことで3Dモデルに対応する建物が写っている箇所を航空写真の中から切り出してくることができ、自動で3Dモデル表面にテクスチャを貼り付けることが可能となります。

自動作成パイプラインのイメージ図 | 都市3Dモデルの自動作成パイプライン開発の取り組み

図3 自動作成パイプラインのイメージ図

都市3Dモデルの活用ビジョンとして、我々は電波シミュレーションの高度化で役立てられないかと考えています。 LOD 1よりも形状再現性が高いLOD 2相当の都市3Dモデルを用いると、より現実に近い状況を再現したレイトレーシングシミュレーションを実施できるようになることが期待できます(図4)。

レイトレーシングシミュレーションへの活用イメージ | 都市3Dモデルの自動作成パイプライン開発の取り組み

図4 レイトレーシングシミュレーションへの活用イメージ

4. 都市3Dモデルの進化と今後の展望

本記事では、都市3Dモデルを自動で作成するための方法に関する研究開発事例を紹介しました。 特にLOD 2相当の3Dモデルの作成方法について検討した結果、手動工程を大幅に省いた自動作成パイプラインが実現可能であることが見えてきました。 都市3Dモデルは地図としての性格上、定期的な更新も必要になってきますが、3Dモデルの更新作成の度に人手と大きなコストが掛かるのは望ましくありません。 本記事で紹介したような自動作成技術を発展させていくことで、都市3Dモデルの整備や更新を容易にし、将来のデジタルツイン基盤の構築やユースケース拡大に貢献し ていきたいと考えています。

執筆者:村山 友太

参考文献・出典情報

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研究概要