軸索で結合した脳オルガノイドの高精度情報処理に成功 〜Brain Processing Unit (BPU) の実現に向けて〜

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1. 軸索で結合させた脳オルガノイドによる情報処理に成功

ソフトバンク株式会社と国立大学法人東京大学は、脳オルガノイド※1を用いた次世代コンピューティング技術に関する共同研究を実施しました。その成果として、軸索※2で結合させた脳オルガノイドが、従来の単独の脳オルガノイドに比べて高精度に情報処理できることを実証しました。この結果は、脳オルガノイドの機能性における回路の重要性を明らかにし、将来的な次世代コンピューティングへの応用における潜在的な可能性を示すものです。
共同研究の成果は、2024年10月5~9日に米国シカゴで開催された「Neuroscience 2024(北米神経科学学会)」において発表しており、今後、論文として出版される予定です。

※1 脳オルガノイドとは、ヒトの多能性幹細胞(iPS細胞やES細胞)から作製された、脳組織の構造を部分的に再現した三次元培養組織モデルのこと
※2 軸索とは、ニューロン(神経細胞)から伸びる細くて長い突起のこと。電気信号を他の神経細胞やその他の細胞へと伝える。

2. ソフトバンクと東京大学による共同研究の背景

生成AIの普及に伴い、データセンターの消費電力は急速に増加しています。例えば、GPT-4の学習には50ギガワット時(GWh)以上が必要とされており、これは米国の平均的な家庭5万5,600世帯が1カ月間に使用する電力消費量に相当します。一方で、人間の脳はわずか20ワットという低消費電力で、多様かつ高度なタスクを実行しています。また、新しいタスクの学習に必要なデータ量もAIに比べて圧倒的に少なく、その学習効率や適応能力の高さが注目されています。
ソフトバンク先端技術研究所は、このような脳の特性に着目し、コンピューティングへの応用研究に取り組んでいます。注目した技術は、多能性幹細胞を用いて作成される小さな人工脳組織「脳オルガノイド」です。脳オルガノイドを電気刺激により制御することで、脳の強みを活かしたアクセラレーター「Brain Processing Unit (BPU)」が実現できると考えています。従来のシリコン製アクセラレーターとは異なり、有機物である脳オルガノイドの神経細胞が電気信号を処理して計算を実行する全く新しいコンピューティング技術です。
これまでに、脳オルガノイドなどの培養神経組織に簡単なゲームや分類などのタスクを実行させることに成功した先行研究が、いくつか報告されています。しかし従来の研究では、いずれもタスクの精度があまり高くありません。その要因の一つに、これまでの培養神経組織は人間の脳に比べてサイズが小さく(数mm程度)、神経回路が未熟であることが挙げられます。今後、コンピューティングへの応用を進めるためには、脳のタスク処理の礎となる神経回路の高度化が求められます。
このような背景を踏まえ、ソフトバンクと東京大学は軸索を介して脳オルガノイドを結合させることで、より人間の脳に近い構造を再現し、情報処理の精度を向上させる研究に取り組みました。

図1. Brain Processing Unit (BPU) の概要

3. 脳オルガノイドの高度結合による情報処理能力の実験結果

本研究では、単独の脳オルガノイド「Solo」、二つの脳オルガノイドを軸索で結合させた「Duo」、および三つの脳オルガノイドを軸索で結合させた「Trio」の三つのグループを用意し、それぞれに対して、二種類の異なる時空間パターンの刺激を継続的に与える実験を行いました。そして、刺激直後の脳オルガノイドの活動データを機械学習アルゴリズムを用いて分類し、Solo、Duo、Trioの刺激分類の精度を比較しました。

図2. 実験の概要

図3および図4には、SVM(Support Vector Machine)および2D CNN(2次元畳み込みニューラルネットワーク)を使った分類精度の時間経過を示しています。両アルゴリズムとも、Trioの分類精度が時間と共に向上していることが確認されました。この結果から、軸索で結合した脳オルガノイドは、単独の脳オルガノイドに比べて高精度での情報処理能力を有している可能性が示されました。

図3. SVMでの分類精度の時間経過

図4. 2D CNNでの分類精度の時間経過

図5には、トレーニング前後の脳オルガノイドの活動パターンを比較したグラフを示しています。トレーニング前では各刺激直後の活動パターンの差は小さいですが、トレーニング後にはその差が大きくなっていることがわかります。このことから、継続的な刺激によって脳オルガノイドの神経回路および応答が変化し、分類精度の向上に寄与したと考えられます。

図5. トレーニング前後における各刺激直後の活動データの一例(上)
トレーニング前後における各刺激直後の活動の違いを示す正規化ヒートマップ(下)

4. 脳オルガノイドを用いた未来のビジョン

今回の共同研究により、軸索で結合させた脳オルガノイドが、単独の脳オルガノイドに比べて高精度に情報処理ができることが実証されました。これは、培養技術のさらなる進歩に伴い、培養神経組織の情報処理能力が一層高まる可能性を示唆しており、将来的なコンピューティング応用への可能性を示す重要な成果です。
今後は、今回の共同研究で得た手法や知見を基に、脳オルガノイドがコンピューティングに応用される未来のビジョンを広く発信するためのイベントを予定しています。 詳細については、次の特設サイトをご確認ください。
Brain Processing Unit - 生命とコンピューターが融合する未来 -

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