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AI for Scienceと量子コンピューターをつなぎ、科学研究の成果を産業応用へ
#量子技術 #量子コンピューター #AI #AIforScience
2026.08.19
ソフトバンク株式会社
1. AI for Science:AIが科学を変え、社会を動かす
ソフトバンクは、「Activate AI for Society」のもと、AIをさまざまな産業や社会課題の解決につなげることを目指しています。AIによる社会課題の解決方法の一つとして注目されているのが、AIを科学研究に活用する「AI for Science」です。
AI for Scienceとは、AIを活用して科学研究のプロセスそのものを高度化・加速するアプローチを指します。昨今の社会課題には、気候変動に伴う脱炭素の必要性、エネルギーの安定供給、これまで有効な治療法が確立していない病気への対応といったものがあります。それらを解決するには、新しい材料や薬の開発が求められます。AIによる候補の探索や高速な性能予測は、二酸化炭素の排出削減や回収に役立つ材料や、長寿命で高性能なバッテリー、これまで治療が難しかった病気に対する新しい薬といった開発を後押しし、これらの社会課題を解決する可能性を持っています。
AI for Scienceは、各国の科学技術戦略における重要テーマになりつつあります。2026年6月、文部科学省と経済産業省は、日本のAI for Scienceの取り組みと、米国エネルギー省(DOE)が進める「ジェネシス・ミッション」*1との連携に向けた日米戦略的パートナーシップを発表しました。AI、科学データ、計算資源などを活用し、材料、エネルギー、バイオテクノロジーをはじめとする研究を加速する動きが、国際的な科学技術戦略の一つになっています[1]。
*1 : 米国エネルギー省(DOE)が主導し、AIと大規模な計算基盤を活用して、エネルギーや科学技術などの重要課題の解決を加速する国家的な取り組み(ウェブサイトはこちら)。
産業界でも具体的な動きが始まっています。2026年7月20日、AIを活用した材料探索を手がけるCuspAIは、「AI Materials Foundry」の立ち上げを発表しました。これは、AI、材料データ、計算資源、実験設備、材料科学の専門知識を結び付け、材料候補の設計からシミュレーション、合成経路の計画、実験による検証までの探索サイクルを加速することを目指すグローバルな取り組みです。45を超える企業・研究機関などが創設メンバーとして参加し、ソフトバンク株式会社も創設パートナーとして参画しています[2]。
本記事では、ライフサイエンスにおけるタンパク質構造予測と、材料開発における原子シミュレーションを例に、AI for Scienceを支える技術と、その産業的なインパクトを解説します。さらに、AI、大規模な計算基盤、HPC、量子コンピューターを活用し、AI for Scienceの実現に向けてソフトバンクが進めている取り組みを紹介します。
2. AlphaFold:AI for Scienceの象徴
2024年のノーベル化学賞は、「計算によるタンパク質設計」に対してDavid Baker氏に半分が、「タンパク質構造予測」に対してDemis Hassabis氏とJohn Jumper氏に残り半分が共同で授与されました。Hassabis氏とJumper氏の受賞は、両氏がGoogle DeepMindで開発したAIモデル「AlphaFold」による成果です。Google DeepMindは、AIを科学の根本的な課題を解決するツールと捉え、AlphaFoldをAI for Scienceの「blueprint」と表現しています[3]。
AlphaFoldとは、タンパク質を構成するアミノ酸の配列から、その立体構造をAIで予測するモデルです(図1)[3]。タンパク質は、アミノ酸の鎖が複雑に折りたたまれることで特有の構造をつくり、その形が働きと密接に関係しています。そのため、立体構造を知ることは、病気の仕組みの解明や創薬、食品、酵素開発などに役立ちます。従来、タンパク質の構造を実験で明らかにするには、多くの試行錯誤と時間を必要とする場合がありました。AlphaFold2[4]では、実験構造が得られていないタンパク質についても研究の出発点となる構造を予測できるようになり、機能の解析や創薬標的の評価、薬の候補となる化合物の探索を行える範囲が広がっています。
図1. AlphaFoldでアミノ酸配列からタンパク質構造を予測するイメージ
AlphaFoldはモデルの改良が進み、2024年にはタンパク質単体の構造だけでなく、薬と結びついた構造まで予測可能となったAlphaFold3[5]が発表されました。これにより、創薬をはじめとする、より実用的な領域への応用可能性が広がりました。
こうした技術を産業へ展開する動きは、大きく二つの方向で進んでいます。一つは、企業が独自の創薬技術として発展させる動きです。Alphabet傘下でDeepMindの研究を母体として設立されたIsomorphic Labsは、AlphaFoldの成果を基盤の一つとしながら独自のAI創薬技術を開発し、Eli LillyやNovartisなどの大手製薬企業との共同研究を進めています。これらは、AlphaFoldに関連する技術が、学術研究だけでなく、企業の創薬プログラムへ組み込まれ始めていることを示しています[6]。
もう一つは、高性能な構造予測モデルを広く利用できるようにするオープンサイエンスの動きです。AlphaFold3のモデルパラメーターやその出力には非商用利用の制限があり、企業による利用には制約があります。これに対し、商用利用可能なオープンソースモデルとして、AlphaFold3と同様に生体分子複合体を扱うOpenFold3-preview[7]やBoltz-2[8]が公開されています。オープンサイエンスの広がりは、構造予測AIを企業の研究開発へ導入するハードルを下げ、AI for Scienceの産業応用を加速すると期待されます。
このような構造予測AIモデルの産業的な価値は、実験を不要にすることではなく、構造情報が不足しているタンパク質を研究対象に加え、構造ベースの解析やスクリーニングを適用できる範囲を広げる点にあります。より多くの候補を計算上で比較することで、詳しく調べる標的や、実験に進める化合物の優先順位を早く決められる可能性があります。
3. NNP:AlphaFoldが示したAIの可能性を、原子と分子の世界へ
AlphaFoldが構造情報を利用できるタンパク質の範囲を広げたのと同様に、材料開発でも、従来は計算量の制約で扱えなかった探索を可能にするAI技術が利用され始めています。
材料の性能は、含まれる元素だけでなく、その割合や原子の並び方、表面、欠陥などの状態によっても変わります。そこから生じる候補は膨大であり、すべてを合成して実験だけで確かめることは現実的ではありません。そこで、実験前にコンピューター上で材料候補を評価し、有望な候補を絞り込むバーチャルスクリーニングが活用されています。
材料の性質を詳しく調べるには、目に見えない原子の動きを理解する必要があります。例えば、電池の中ではイオンが移動し、触媒の表面では分子が吸着して化学反応を起こします。こうした現象をコンピューター上で再現する方法の一つが、「量子化学計算*2」と呼ばれる手法です。この手法を用いると、原子の配置から、原子がどのように動くか、反応が起こりやすいかなどを調べることができます。一方で、計算コストの高い手法であるため、多数の材料候補や、原子数の多い大規模な対象を扱うには非常に長い計算時間を必要とします。
*2 : 量子力学に基づき、物質の電子の状態を求める計算手法。
この課題に対する技術の一つが、ニューラルネットワークポテンシャル(Neural Network Potential、NNP)です。NNPは、量子化学計算の計算結果を機械学習によって学びます。学習後は、新しい原子配置に対する計算結果を、量子化学計算よりも高速に予測できます。これにより、多数の候補の評価や大規模な原子シミュレーションに利用できます(図2)。
図2. 量子化学計算とNNP(ニューラルネットワークポテンシャル)の対応
NNPの開発には、世界的な大手AI企業も参入し、原子シミュレーションや材料探索を支える基盤モデルの開発を進めています。
Meta FAIR Chemistryは、この流れを早くから牽引してきました。2020年、Open Catalyst Projectにて、触媒表面と吸着分子の量子化学計算データセットOC20を公開し[9]、このデータを用いてGemNet-OCという触媒向けのNNPモデルを開発しました[10]。2025年には、触媒に限らず、分子、材料など幅広い分野を扱える汎用的なNNPモデルであるUMAが公開されました。UMAは、高精度かつ高速な推論を行うことができる、現在の汎用NNPを代表するモデルの一つです[11]。
Microsoft ResearchのMatterSimも汎用NNPモデルの一つです。多様な条件での量子化学計算を学習データとすることで、ほぼ全種類の元素、幅広い温度・圧力の条件に対応するシミュレーションを可能としています[12]。
NNPは触媒や材料だけでなく、ライフサイエンス分野への応用も進んでいます。Google DeepMindは、GEMSと呼ばれる、タンパク質などの大規模な分子を対象としたNNPを構築する手法を提案しました[13]。前述のAlphaFoldは、まだ立体構造が分かっていないタンパク質の形を予測し、薬の標的として詳しく調べられるタンパク質の範囲を広げます。一方、NNPは、タンパク質や薬の候補となる分子がどのように動き、どのように結び付くかをシミュレーションすることで、有望な薬の候補を絞り込み、より適した分子へ改良する作業を支えます。AlphaFoldが薬の標的となるタンパク質を理解する段階を、NNPが薬の候補を評価・改良する段階を支えるという、異なる役割を担っています。
NNPの産業利用も進んでいます。Matlantisは、NNPを基盤とした商用の原子シミュレーションプラットフォームであり、日本を中心に150以上の企業や研究機関に導入されています。NNPの高速なシミュレーションを活用し、触媒、電池、自動車材料、化学品、半導体プロセスなど幅広い分野における利用例が公開されています[14]。
AlphaFoldとNNPは、対象とする問題やモデルの仕組みが異なります。一方、従来は情報や計算量の制約によって検討できなかった候補を探索対象に加え、実験へ進む候補の優先順位を早く決められる点には、共通する産業的な価値があります。
4. ソフトバンクの取り組み:量子コンピューターでAI for Scienceを加速する
これまで紹介したAlphaFoldやNNPの事例が示すように、AI for Scienceの価値は、AIモデル単体ではなく、科学データを学習し、多数の候補を評価して、その結果を次の計算や実験の判断につなげる一連の流れによって生まれます。この流れを、より多くの候補や大規模な対象へ広げるには、AIモデルの学習・推論を実行する計算基盤が欠かせません。ソフトバンクは、AIデータセンターの大規模な計算資源に加え、量子コンピューターを活用してAI for Scienceの実現に向けた取り組みを進めています。
ソフトバンクでは、従来のコンピューターを用いた量子化学計算手法では高精度に扱うことが難しい材料特性の予測に向けて、量子コンピューターを活用した研究を進めています。具体的には、大阪大学量子情報・量子生命研究センター(QIQB)との共同研究で、量子コンピューターとHPCを連携した量子化学計算手法を開発しました。ソフトバンクはJHPC-quantum(量子HPC連携プラットフォーム開発プロジェクト)*3のテストユーザープログラム*4において、IBM Heron、スーパーコンピューター「富岳」、ソフトバンクAIデータセンターを活用するワークフローを構築し、複数の有機分子を対象に酸化還元電位を計算するとともに、計算値と実験値との相関を評価しました。本研究では、従来のスーパーコンピューターでは、すべての電子配置を考慮する厳密解計算も、量子コンピューターの動作を再現する量子回路シミュレーションも困難となる、50量子ビットを超える領域で、実機の量子コンピューターを用いた計算を実行しています*5。酸化還元電位予測は、次世代電池材料の電圧特性、有機半導体の劣化リスク評価、レドックス活性を持つ医薬候補の反応性や毒性リスクを評価する上で、重要な指標の一つとなります。こうした高精度計算に基づく性能予測をスクリーニングに活用し、新たな材料や薬剤の開発加速を目指しています(図3)。
*3 : JHPC-quantumの詳細についてはこちらのプレスリリースをご覧ください。
*4 : テストユーザープログラムの詳細についてはこちらのプレスリリースをご覧ください。
*5 : 参考:The First RIKEN Quantum International Workshop on Frontiers of Quantum Computing Applications and Quantum-HPC Integration Toward Practical Materials Screening Beyond 50 Qubits Enabled by QSCI-AFQMC in a Quantum-HPC Workflow
理論化学会会誌「フロンティア」2026年4月号「量子HPC連携による化学・材料シミュレーションの最前線とその先」
さらに、ソフトバンクAIデータセンターにおいて、NNPを用いた材料の性能予測を開始しています。今後は、量子コンピューターによる高精度な計算結果をNNPに学習させることを目指しています。これにより、高精度な計算で得られた知見をNNPで高速に再現し、より多くの材料候補や大規模な対象を効率的に評価できる計算基盤の構築を進めます。
図3. 量子HPC連携手法を用いた電池材料スクリーニングのイメージ
また、SB Intuitionsでは、ソフトバンクの計算基盤を活用し、創薬や材料開発を対象としたAI for Scienceの研究に取り組んでいます。例として、AIによる仮説生成、分子生成*6 、多角的なスクリーニング、最適化*7 、またこれらを統合したマルチエージェントなどを開発しています (図4)。前述の高精度計算を活用したスクリーニング手法との連携も視野に入れ、社会課題の解決に向けた検討を進めています。
*6 : 高速かつ毒性の低いペプチド生成モデル
*7 : LLMとベイズ探索を組み合わせたリード最適化
図4. 創薬におけるAI活用のイメージ
ソフトバンクとSB Intuitionsは、AI、大規模な計算基盤、量子コンピューターを組み合わせ、科学的な発見を新しい材料や薬の開発、そして社会や産業の価値へつなげるAI for Scienceの実現を目指します。
共著者
ソフトバンク株式会社 プロダクトR&D本部 量子技術統括部
岸田 侑樹
青木 俊紘
嶋田 義皓
小宮山 陽夫
SB Intuitions株式会社 R&D本部 AI4Scienceチーム
カウシャリヤ マーデワ
ジュン ジン チュン
新藤 光
陳 書安
張 一鳴
追川 優菜
藤原 嵩士
小澤 圭右
参考文献
[1] 文部科学省. 日本のAI for Scienceの取組と米国の「ジェネシス・ミッション」との連携に向けた日米戦略的パートナーシップについて, 2026
[2] CuspAI. CuspAI Launches ‘AI Materials Foundry’ a Global Network to Accelerate Breakthrough Discoveries, 2026
[3] Google DeepMind. https://deepmind.google/science/alphafold/
[4] J. Jumper, R. Evans, A. Pritzel, T. Green, M. Figurnov, O. Ronneberger, K. Tunyasuvunakool, R. Bates, A. Žídek, A. Potapenko, A. Bridgland, C. Meyer, S. A. A. Kohl, A. J. Ballard, A. Cowie, B. Romera-Paredes, S. Nikolov, R. Jain, J. Adler, T. Back, S. Petersen, D. Reiman, E. Clancy, M. Zielinski, M. Steinegger, M. Pacholska, T. Berghammer, S. Bodenstein, D. Silver, O. Vinyals, A. W. Senior, K. Kavukcuoglu, P. Kohli, D. Hassabis, Nature 2021, 596, 583–589.
[5] J. Abramson, J. Adler, J. Dunger, R. Evans, T. Green, A. Pritzel, O. Ronneberger, L. Willmore, A. J. Ballard, J. Bambrick, S. W. Bodenstein, D. A. Evans, C.-C. Hung, M. O’Neill, D. Reiman, K. Tunyasuvunakool, Z. Wu, A. Žemgulytė, E. Arvaniti, C. Beattie, O. Bertolli, A. Bridgland, A. Cherepanov, M. Congreve, A. I. Cowen-Rivers, A. Cowie, M. Figurnov, F. B. Fuchs, H. Gladman, R. Jain, Y. A. Khan, C. M. R. Low, K. Perlin, A. Potapenko, P. Savy, S. Singh, A. Stecula, A. Thillaisundaram, C. Tong, S. Yakneen, E. D. Zhong, M. Zielinski, A. Žídek, V. Bapst, P. Kohli, M. Jaderberg, D. Hassabis, J. M. Jumper, Nature 2024, 630, 493–500.
[6] Isomorphic Labs. https://www.isomorphiclabs.com/partnerships
[7] The OpenFold3 Team. https://github.com/aqlaboratory/openfold-3
[8] S. Passaro, G. Corso, J. Wohlwend, M. Reveiz, S. Thaler, V. R. Somnath, N. Getz, T. Portnoi, J. Roy, H. Stark, D. Kwabi-Addo, D. Beaini, T. Jaakkola, R. Barzilay, bioRxiv 2025, preprint, DOI:10.1101/2025.06.14.659707.
[9] L. Chanussot, A. Das, S. Goyal, T. Lavril, M. Shuaibi, M. Riviere, K. Tran, J. Heras-Domingo, C. Ho, W. Hu, A. Palizhati, A. Sriram, B. Wood, J. Yoon, D. Parikh, C. L. Zitnick, Z. Ulissi, ACS Catal. 2021, 11, 6059–6072.
[10] J. Gasteiger, M. Shuaibi, A. Sriram, S. Günnemann, Z. W. Ulissi, C. L. Zitnick, A. Das, Trans. Mach. Learn. Res. 2022.
[11] B. M. Wood, M. Dzamba, X. Fu, M. Gao, M. Shuaibi, L. Barroso-Luque, K. Abdelmaqsoud, V. Gharakhanyan, J. R. Kitchin, D. S. Levine, K. Michel, A. Sriram, T. S. Cohen, A. Das, S. J. Sahoo, A. Rizvi, Z. W. Ulissi, C. L. Zitnick, Adv. Neural Inf. Process. Syst. 2025, 38, 129391.
[12] H. Yang, C. Hu, Y. Zhou, X. Liu, Y. Shi, J. Li, G. Li, Z. Chen, S. Chen, C. Zeni, M. Horton, R. Pinsler, A. Fowler, D. Zügner, T. Xie, J. Smith, L. Sun, Q. Wang, L. Kong, C. Liu, H. Hao, Z. Lu, arXiv 2024, preprint, arXiv:2405.04967.
[13] O. T. Unke, M. Stöhr, S. Ganscha, T. Unterthiner, H. Maennel, S. Kashubin, D. Ahlin, M. Gastegger, L. Medrano Sandonas, J. T. Berryman, A. Tkatchenko, K.-R. Müller, Sci. Adv. 2024, 10, eadn4397.
[14] Matlantis. https://matlantis.com/ja/