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ロバストでスケーラブルな
モバイルネットワークの
実現に向けて

#コネクテッド

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現在、インターネットは社会のさまざまな場面で利用されています。その中でも、モバイルネットワークが果たす役割は大きく、社会インフラの一つとして多くの人が利用しています。そのため、通信事業者にはモバイルネットワークを安定して運用する責任があり、大規模な通信障害は社会的にも許容されません。

通信障害が社会に与える影響を最小限に抑えるために、ロバスト(堅牢性がある)で、スケーラブルな(拡張性がある)モバイルネットワークの実現が求められます。先端技術研究所は、これらの要求を満たす新たなモバイルネットワークの構築に向けた研究開発を行っています。

ロバストでスケーラブルな
モバイルネットワークの
実現の難しさ

モバイルネットワークの障害が大規模化しやすい原因の一つに、モバイルネットワークのアーキテクチャが挙げられます。モバイルネットワークのアーキテクチャは、多数の基地局と端末に対して、それらを管理する単一のコアネットワークで構成されています。現在、スマートフォンや携帯電話は広く普及しており、1人で複数台を所有してることも珍しくありません。そのため、通信会社は数千万台の端末を管理しており、コアネットワークに大規模な障害が発生すると、何百万人、何千万人の端末が通信できなくなってしまう問題が発生します。

また、Beyond 5G/6Gで期待される新機能の有効化への要求と堅牢性の両立も難しい問題です。例えば、自動運転、メタバース、デジタルツインなど、今後モバイルネットワークに期待されている技術を実現するためには「MEC(Multi-access Edge Computing)」や「ネットワークスライシング」などの機能を有効化(アップグレード)する必要があります。

しかし、モバイルネットワークの構造は複雑化しており、新しい機能を有効化するには、非常に複雑な作業を実施する必要があります。しかし、このような作業は通信障害を発生させる可能性があり、新機能を有効化する際の課題となっています。

モバイルネットワークと
インターネット上の
ECサイトの比較

では、そうした多くのユーザーの接続を管理しながらも、コアネットワークの新機能を高頻度で有効化させ、かつ障害を起こさずに稼働し続けるためにはどのような技術が必要になるでしょうか。先端技術研究所は、新しいモバイルコアを研究開発するにあたって、インターネット上の巨大なECサイトのアーキテクチャを参考にしました。一部の巨大なECサイトは、何千万人のユーザーが日常的に利用しているにもかかわらず、非常に高頻度に新しい機能が実装され、かつ管理者が常駐せずにサービスが運用されています。モバイルネットワークのシステム構成とECサイトのシステム構成の違いはどこにあるのでしょうか。まずはそこから解説します。

モバイルネットワークの特徴

現在の3GPP(Third Generation Partnership Project)※1における5Gコアネットワーク(5th Generation Core network/5GC)では、端末の制御などの重要な信号が、ステートフルなシステム上で同期的な通信方式によりやりとりされています。ステートフルとは、システムの構成要素が状態(ステート)を保持し、その内容に応じて異なる動作をする方式です。モバイルネットワークにおいては、端末の位置情報や回線状態がステートに該当します。これらのステートは、ネットワークファンクション(Network Function、以下「NF」)と呼ばれるコアネットワークを構成する多数の機能群で同期的に保持されています。

  • ※13GPP:移動体通信システムの仕様の規格策定を行う国際的な標準化団体

このようなステートフルで同期的なシステムの課題は、拡張性への対応が困難な点です。例えば、基地局とコアネットワークの接続を担当するAMF(Access and Mobility Management Function)は、 SCTP※2(Stream Control Transmission Protocol)と呼ばれる通信プロトコルで常時接続されています。何らかの理由でAMFに障害が発生した場合、冗長化されたAMFに対して大量の基地局との接続を確立し、その上で大量の端末からの接続情報を一から作り直す必要があります。加えて、機能ごとに定義されたNFの間でステートを同期的に保持する必要があり、NF間で大量のステートの交換が発生します。このような仕組み上、一度発生した大規模障害が終息するには、非常に長い時間を必要とし、場合によってはいつまで経っても終息しない、と言った問題が発生するわけです。

  • ※2SCTP:IPネットワークで利用されるトランスポート層のプロトコル

ECサイトの特徴

一方で、大規模なECサイトに代表されるウェブアプリケーションの多くは、ステートレスで非同期な通信を用いたサーバレス型の処理に基づいてシステムが設計されています。

サーバレス型のシステムでは、クライアントのリクエスト単位で処理を担当する細かなプログラムを割り当てます。各リクエストを処理するプログラムは、クライアントからのリクエストに応じて動的に生成され、処理を終えると終了します。そのため、クライアントからの要求がなければ、コンピューターのリソースを利用しません。これらのプログラムは、クライアントの状態をデータベースに保存することで、各プログラムが行う処理をステートレス※3に実施することができます。また、各プログラムは一つのリクエストに隔離されているため、実行中に何らかの問題があっても障害の範囲は限定的です。このようなシステムでは、データベースの性能がスケーラブルであれば、クラウドコンピューティングの仕組みを利用して、非常に大規模なリクエストにも柔軟に対応することができます。そして、実際に大手のECサイトでは、突発的で大規模なセールを展開するようなイベントを難なくこなしています。

  • ※3ステートレス:システムが情報やデータなどを保持せず、入力の内容によってのみ出力が決定される方式

ソフトバンクの
先端技術研究所の取り組み

そこで、先端技術研究所はモバイルネットワークでも大規模なECサイトと同じように、コアネットワークを端末のリクエストごとにステートレスに起動することができれば、ロバストでスケーラブルなコアネットワークを実現できるのではないかと考え、研究開発を実施しています。

プロシージャ型コアネットワーク

ECサイトを参考に先端技術研究所が独自で開発したコアネットワークの設計が「プロシージャ型コアネットワーク」です。3GPPにおけるコアネットワークが機能ごとにNFを実装しているのに対して、プロシージャ型コアネットワークは、端末からのリクエストに相当するプロシージャごとにソフトウエアを細分化します。その結果、ユーザーが利用する端末からのリクエストごとにコアネットワーク機能を実装したソフトウエアプロセスを割り当てられるため、ある処理が何らかの理由でダウンした場合でも、影響を受ける範囲をリクエストを送った端末のみに局所化することができます。また、このようなコアネットワーク機能で取り扱うステートをデータベースに退避することによって擬似的にステートレス化を実現することで、従来同期的だった通信を非同期的にできます。そして、これらのコアネットワーク機能をリアクティブに提供することで、必要な時に必要な分だけ計算資源を消費するコアネットワークを実現することができます。

研究内容①「コアネットワーク機能からステートフルなプロトコルの終端を除去」

5G に用いられる基地局はAMFとSCTP アソシエーション※4を確立して、維持し続ける必要があります。

  • ※4SCTP アソシエーション:SCTPによってアプリケーションに提供される論理的な通信回線のこと

しかし、プロシージャ型コアネットワークのコンセプトに、SCTPアソシエーションの維持は適していないため、コアネットワーク機能からSCTPアソシエーションの終端を除去する必要があります。

しかしながら、すでに広く展開されている基地局の実装を変更するのは困難なため、この研究ではAMFに変わりSCTP アソシエーションの終端を除去する「N1N2 GW(Gateway) 」を基地局とコアネットワークの間に設置します。

N1N2 GWは基地局との間にSCTPアソシエーションを確立し、ユーザーが利用する端末や基地局とコアネットワークの間の信号を中継する機能を持ちます。その結果、N1N2 GWを設置することでコアネットワーク機能からSCTPアソシエーションの終端を除去することができました。

<通常の 3GPP コアネットワークにおける SCTP 終端の様子(基地局ーAMF間)>

<Per-UE コアネットワークにおける SCTP 終端の様子(基地局ーN1N2 GW間)>

研究内容②「コアネットワーク機能から UE のステート・コンテキスト管理を除去」

コアネットワーク機能をステートレスに実現するには、受け付けたリクエストメッセージから対象の端末の状態やコンテキストを復元する必要があります。

この研究では、受け付けたリクエストメッセージから、ユーザーが利用する端末を一意に特定可能なIDを用いてデータベース内の検索を行い、必要な情報を収集、処理します。処理が完了した後、更新された情報をデータベースに書き戻すことで、コアネットワーク機能でUEのステート・コンテキストを保持することなく、端末の状態やコンテキストに応じた適切な処理を実現しました。

上記①・②の研究によってステートレスなコアネットワークを実現することができます。このように、ロバストでスケーラブルな性質を持つコアネットワークの実現はオペレータの運用コストを下げ、より安定したモバイルネットワークの実現に貢献できます。

今後に向けて

現在のモバイルネットワークは、構成要素をダウンさせないための設計と運用が行われています。しかし、インターネットは常にどこかで問題が発生する可能性があるもの。今後はモバイルシステムにおいても、状態異常が起きることを前提とするパフォーマンスチューニング※5を行うことで、キャリアグレードの品質や性能の達成を目指したいと考えています。

  • ※5パフォーマンスチューニング:CPUやメモリー、ディスク、ネットワークなどのハードウェア、OS資源などのリソースをより有効に利用できるよう調整し、システムのパフォーマンスを引き出すこと

また、よりロバストでスケーラブルなモバイルネットワークの実現に向けて、クラウドの利用が議論されていますが、クラウドの効果を最大限に活用するには、その性質に合わせたコアネットワークの再設計が重要です。プロシージャ型コアネットワークは、すでにクラウドに適合しているECサイトと類似した設計思想を持っており親和性も高いため、今後はクラウド上での実装する研究にも積極的に取り組んでいく予定です。

先端技術研究所では、今後もさらに研究を続けながら、新たなモバイルネットワークの設計・活用に取り組んでいきます。

*2022年12月15日に上記内容を電子情報通信学会で講演しました。講演資料はこちらです。

ソフトバンク×慶應義塾大学SFC研究所「デジタルツイン・キャンパス ラボ」を始動

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