- 01.はじめに
- 02.アニーリング型量子コンピューターを用いた共同研究の背景
- 03.アニーリング型量子コンピューターを用いた研究の詳細と結果
- 04.今後の展望
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ソフトバンクと東北大学、量子コンピューターを用いた組み合わせ最適化問題の変数を効率的に削減する手法を開発
#量子技術
2024.09.03
ソフトバンク株式会社
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1. はじめに
ソフトバンク株式会社と国立大学法人東北大学は、アニーリング型量子コンピューターを用いた無線通信環境の最適化に関する共同研究を実施しました。その成果として、組み合わせ最適化問題※1を解く際に必要となる数式上での変数※2を効率的に削減する手法を開発しました。この手法を用いることで、これまで量子コンピューターで扱えなかった大規模な組み合わせ最適化問題を解くことが可能になります。
ソフトバンクは現在、量子コンピューターを活用した無線通信品質の改善に向けた研究開発を進めており、今回の共同研究はその一環で実施したものです。
この共同研究の成果は、2024年6月10~14日に英国グラスゴーで開催された「Adiabatic Quantum Computing(AQC 2024)」において発表しており、今後、論文として出版される予定です。
※1 組み合わせ最適化問題とは、与えられた制約(条件)の下で、ある指標(目的)を達成するために、さまざまな選択肢の中から最良の組み合わせを求める問題のこと。
※2 変数とは、組み合わせ最適化問題において、どのような選択を行うかを決める要素のこと。今回の無線通信の最適化においては、無線基地局と携帯端末の組み合わせパターンを指す。
2. アニーリング型量子コンピューターを用いた共同研究の背景
無線通信ネットワークにおいて、各携帯端末の通信品質は、どの無線基地局にどの携帯端末を接続させるかという接続パターンによって変化します。例えば、ある特定の無線基地局に多数の携帯端末が接続され、他の無線基地局では少数の携帯端末が接続されている場合、快適に通信ができるエリアとそうでないエリアができてしまいます。そのため、無線基地局と携帯端末の接続パターンを最適化することで、全体としてより良い通信品質が得られます。
しかし、無線基地局と携帯端末の数が増えると、接続パターンは指数関数的に増加するため、このような組み合わせ最適化問題を従来の古典コンピューターで求めることは、実用的な時間内に計算が終わらず、現実的ではありません。そのため、移動通信事業者は現在、実用的な時間内に計算可能な範囲で高品質な無線通信環境を提供していますが、さらに高品質な通信サービスを提供するためには、これまで以上に高度な取り組みが求められています。
近年では、このような問題を実用的な時間内で解くための新たな手法として、量子コンピューターが注目されています。特に組み合わせ最適化問題を解くことに特化したものとして、アニーリング型量子コンピューターがあります。今回のような大規模な組み合わせ最適化問題を解くには多くの変数が必要となりますが、現状のアニーリング型量子コンピューターが持つ量子ビット数には限りがあるため、計算対象となる無線基地局数と携帯端末数に制限が課されます。このため、問題を数式化する上で変数の数を削減することが課題となっています。
ソフトバンクと東北大学は、このような背景を踏まえて、アニーリング型量子コンピューターを用いた組み合わせ最適化問題の数式化において、変数を効率的に削減する手法(以下「提案手法」)を開発しました。
3. アニーリング型量子コンピューターを用いた研究の詳細と結果
ソフトバンクと東北大学は、複数の無線基地局と多数の携帯端末を接続するパターンの最適化問題において、アニーリング型量子コンピューターを用いてシミュレーションを行った結果、変数を効率的に削減する提案手法を用いることで、従来の手法では解けない規模の問題を解くことが可能であることを示しました。また、今回の提案手法は、従来手法と比較しても遜色ない通信品質の接続パターンが得られることが分かりました。
今回の共同研究では、無線基地局と携帯端末が分布するエリアにおいて、エリア内全携帯端末のDL-SINR※3の中央値を最大化する組み合わせ最適化問題のシミュレーション検証をアニーリング型量子コンピューターを用いて行いました。
無線基地局と携帯端末の分布パターンの一例を図3に示します。無線基地局については1セクターの場合と3セクターの場合の2通り、携帯端末の分布については一様分布している場合と特定の無線基地局の周辺に密に分布している場合の2通り、それらを組み合わせ、全体として4通りのパターンを考えました。
※3 DL-SINRとは、DownLink Signal to Interference plus Noise Ratioの略で、携帯端末が受信する無線基地局からの信号と、その信号に影響を与える干渉および雑音の比のこと。どれくらいクリアにデータが届いているかを表す指標。
図4の通り、量子コンピューターで問題を解く際には、持っている量子ビット数の中に変数を収める必要がありますが、大規模な問題を従来の手法で解く場合、使用される変数が量子ビット数よりも多いため解決が不可能でした。提案手法を用いることで、量子コンピューターで解決可能な規模に変数を削減することが可能です。
図5に従来手法と提案手法について、携帯端末数を変化させた場合、変数(必要となる量子ビット数)がどれほど必要になるかを示します。例えば、三つの無線基地局と75台の携帯端末の接続パターンを最適化する場合、従来手法では約4,000量子ビットが必要ですが、提案手法では約1000量子ビットと、使用する量子ビット数を4分の1程度に削減することができます。
また、図6に3無線基地局かつ30携帯端末の場合、各分布パターンにおいて従来手法と提案手法の解の精度を比較したグラフを示します。ここで解とは、各分布パターンにおける、エリア内全携帯端末のDL-SINRの中央値です。縦軸は厳密解を基準とした相対誤差となっており、この値が低いほど厳密解に近いことを表します。この図から、提案手法を使うと従来手法よりも厳密解に近い結果が得られることがわかります。
4. 今後の展望
今回の共同研究により、使用する変数を効率的に削減できる手法を開発し、提案手法によって従来手法と遜色ない結果が得られたことは、ソフトバンクが無線通信をはじめとするさまざまな事業領域において量子コンピューターの導入を進める上で非常に大きな成果となります。
ソフトバンクと東北大学は今後、今回の共同研究を通して得た提案手法やノウハウを基に、量子コンピューターを用いた無線通信品質の改善に向けた研究開発を進めていきます。