全ての子どもたちに「1人1台の情報端末」と「1人1つの県域公用アカウント」を付与。なぜ、奈良県の教育ICTはここまで進んだのか?

"GOVTECH国内事例10選【2021年最新版】" (2021年3月22日 掲載)

  • 奈良県では「GIGAスクール構想」に先駆けて、県域同一ドメイン、各種アプリケーションの包括ライセンス取得など、教育ICT化への独自の取り組みを実施
  • 「GIGAスクール構想」には「県域で考える」「組織」「外部との取り組み」「情報公開」「教育研修」の5つの指針が重要
  • 奈良県の教員への働き方調査の結果、教員の業務改善が喫緊の課題であり、ICT化による効率化が求められている

小中学校に1人1台のタブレット端末を提供し、実践的なICT教育を実現する「GIGAスクール構想」。各自治体で本格的に進められているが、タブレット端末手配やネットワーク整備の負担、教員のICTリテラシーの問題もあり、自治体ごとに進捗の差が生まれている。

こうした中で先進的な取り組みをしているのが奈良県だ。学習用の情報端末整備に先駆けて県域同一ドメインで Google Workspace for Education を利用できる環境をつくり、さらに各種アプリケーションの包括ライセンスも契約するなど、ICT教育を推進している。

奈良県教育委員会で学校現場のICT活用推進に携わってきた小崎誠二氏は「GIGAスクール構想」推進にあたって大切なヒントは、「今の時代にゼロから学校を作るとしたら、どんな学校になるべきかを考えることにある」と話す。

小崎氏に奈良県の事例とともに、教育現場が抱える課題と今後の学校教育のあり方について話を伺った。

ICTは「教えるツール」ではなく「学びのツール」

——「GIGAスクール構想」推進においては、ICTをどのように学校や授業に取り入れていくべきかという議論もあります。これについて考えをお聞かせください。

小崎氏:学校教育でICTを活用することが必要という点については疑う余地はありませんし、ICTを活用した教育がどうあるべきかは盛んに議論され、指導要領にも明記されています。

ただ、多くの場合、「先生が勉強を教えるツール」としてどんな使い方があるか、どうやって教員のリテラシーを高めるか、どう管理するかといった大人目線の議論が多く、「子どもたちが学ぶためのツール」としての議論は、まだあまり進んでいない印象があります。

1人1台の情報端末が導入されると、教員による教育活動のコントロールがしにくくなるのではないかという点を心配して、端末を学校側で厳重に管理し、授業以外では使わせないというケースも見受けられます。ですが、これでは学習者が主体となった教育にはつながりません。

子どもたちの学びのツールとして考えた場合、子どもたち自身に端末やその使い方をしっかり委ねることが必要です。そして、授業だけではなく、動画を見たり撮ったり、時には遊びながら、日常的にICTを使いこなすスキルを身につけていくことが大切だと思います。

海外では、学校でPCを使っている子どもたちの多くが、勉強にも遊びにも活用するという感覚を持っています。「遊びに使うとだめだから管理しなければ」ではなく、いかに「子どもたちが自分のものとして、日々の学びに役立ててもらうか」が重要です。

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「そもそも学校はいるのか」から考えてみる

——日本の教育の情報化が世界と比較して遅れてしまったのはなぜでしょうか。

小崎氏:日本は、教育制度が充実していて、教員1人1人のスキルも高いです。そのため、従来のような教室に集まって、教科書と黒板を使って教員が授業をするスタイルは、一斉に指導できるという点では最適です。それで受験や就職に対応できてきたので、新しいスタイルが広がりにくかったとも言えます。

そもそも今の教育制度の基礎は明治時代にできました。国を豊かにするために、性別や住む場所、家庭の経済力にかかわらず、誰もが平等に学べる環境を、世界に先駆けて作ったんです。

しかし、それから約150年経った今も、日本の多くの教室で、明治時代の絵に描かれた授業の様子と同じ風景が広がっています。当時の制度が今なお通用するという見方もできますし、いまだに変わっていないという見方もできます。

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——変革する必要性を感じなかった、ということですね。

小崎氏:そうです。今の学校教育は明治時代から一斉授業として良しとされてきた方法で、「物事を知っているおとな」と「物事を知らない子ども」を想定して、一方的に知識を与えるために作られたものです。インターネットという新たな情報手段を得た今、これからの時代を生き抜くための新しい学びの環境を、もしゼロから作るとしたらどういう形になるのか。私たちは考えていかなければなりません。

もし、今のままの学校教育を続けるとしたら、学校というハコは必要なくなってしまうかもしれません。ICTが普及することによって学校に行かなくても授業を受けられますし、クラスごとではなく個々のレベルにあったカリキュラムを受ける形態も可能になります。多様な学び方ができるように、新しい学びのスタイルも取り入れながら、最適な学びをゼロベースで考えていくことが大切だと思います。

奈良県の場合、ICT環境の整備が全国と比べて大きく遅れていたため、良くも悪くも何もないところから議論をスタートせざるを得ませんでした。だからこそ、議論の原点として、「もしも全くゼロから学校をつくるとしたら、どうするか」という視点で考え、形にすることができました。

奈良県全域で一括して教育の情報化に取り組む

——調査で明らかになった教職員が抱える課題、現状の学校教育の課題をふまえ、奈良県ではどのように「GIGAスクール構想」を進めてきたのでしょうか?

小崎氏:奈良県では2011年に県内の教育委員会が連携する組織を作り、県全体として学校の環境整備や教職員の業務改善に取り組んできました。この中で重視したのが、「県域で考える」ことです。小さな自治体単位では物品購入や環境整備の負荷が大きく、自治体ごとに考え方もバラバラになります。無駄が多いので、県域という大きな枠で協力し、一緒に取り組んでいくのが良いと考えました。

こうした動きが土台にあったので、2019年に「学校教育の情報化の推進に関する法律」が公布、施行され、「GIGAスクール構想」がはじまるタイミングと軌を一にして、教育現場の情報化を推進することができました。 例えば、情報端末やネットワークの設備は、県域で共同購入する仕組みを構築。費用の負担軽減になりますし、導入の検討や導入後の設定などを県で一括してルールを決めることで、あらゆる場面で事務効率が良くなりますし、後々の大きな負担軽減につながります。「GIGAスクール構想」が始まったタイミングでの1人1台の端末の整備もこの枠組みを活用したため、非常にスムーズに実施できました。

また、2012年には将来のことを考えて、県で学習用のドメインを取得しました。市区町村ごとに学校のWebサイトを作っていますので、奈良県の学校ポータルサイトを作って奈良県中の学校の情報をまとめるとともに、情報発信を一括してできるようにするなど、運用の広がりを考えて、県として統一した環境をつくることができないかと考えました。このほか、AdobeやMicrosoftのアプリケーションのライセンスも県域で包括して契約。大きな枠組みに基づいてそれぞれの自治体が契約しやすいような仕組みを考えました。

「GIGAスクール構想」推進においては、このとき取得したドメイン、包括ライセンスを活用して、子どもたち1人1人にGoogleアカウントを発行することが可能になりました。

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——教職員の業務改善はどのように取り組んでいるのでしょうか?

小崎氏:教職員の業務を効率化するために、共通でいいものは、県レベルで標準化しましょうということで、県域統合型校務支援システムを2018年に導入しました。

今までは、子どもたちの成績や健康データ、行事のスケジュール、教員の出退勤管理などが紙や表計算ソフトやデータベースソフトなどでバラバラに作成されており、教員どうしの連携もしにくい状況でした。そのため、担任が変わるときに紙の書類や口頭で引き継いだり、進学希望先に渡す入試データを一旦紙で打ち出して渡し、受け取った方があらためて作成するなど、無駄な業務が生まれてしまっていました。

県域統合型校務支援システムを導入したことで、教員の業務を1つのシステム内で連携して進めていくことが可能になり、子どもの情報を確かなデータでいつでも把握できるため、教員どうしの情報共有もスムーズになりました。

奈良県域「GIGAスクール構想」推進の5つの指針

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——以前から準備してきたことが「GIGAスクール構想」推進の土台になったとのことですが、「県域で考える」ことのほかに、どういった指針で取り組んでいるのでしょうか。

小崎氏:奈良県域『GIGAスクール構想』の推進では、県教育委員会の担当者として、5つの方針を定めました。1つは先にお伝えした「県域で考える」。そのほかには、「組織」「教育研修」「外部との取り組み」「情報公開」の4つです。

まずは「組織」についてです。たとえば、学校の組織を表すときに、文部科学省がトップにあって、教育委員会、校長先生、土台に先生と子どもがいるという三角形の図で表しますよね。それに対し、奈良県教育委員会の教育の情報化の組織の考え方は、逆のイメージです。

一番上に子どもたち、教員がいて、それを支える学校、教育委員会、さらに自治体、地域が下支えしている。地域も一緒になって子どもたちを支えていく組織の考え方です。みんなで支え、動くときは全体で動く。ですから、土台側である首長や教育委員会だけで物事を決めたり、一部のモデル地域だけが実施して終わったりすることもありません。

次に「教育研修」です。奈良県では県内の教員向けにクラウドサービスやアプリケーションの扱い方、授業での取り入れ方などを学べるオンライン研修プログラムを用意しています。学校にいながら継続的に学べるように放課後の30分を使って各自で研修を受講するスタイルです。

従来の集合型の研修だと、若手の教員が代表として参加し、後日報告するといったケースが多く、学びの機会の不均等につながっていました。オンラインになったことで、全ての教員が空き時間に選択して学べるようになり、教員の研修参加率も上がり、特に40、50代の管理職の参加率が高くなっています。

「外部との取り組み」「情報公開」については、奈良県では会議の進捗状況や議論の中身をWebサイトやグループウェアで共有し、誰でも見られるようにしています。

奈良県立教育研究所

閉鎖的な空間で議論し、決定した結論だけを現場や外部のパートナーに伝える方法だと、それが正しいことであっても「なぜそうなったのかわからない」という不満の声が出たり、「決まった通りにやるだけ」と受け身になることがあります。会議がいつどこでどんな内容で行われたかを随時公開するようにして情報共有を図りました。

やりがいはあるが、しんどい。教育現場が抱える課題とは

——「GIGAスクール構想」推進の課題として、教員のリテラシーの問題や準備の大変さなどが挙げられています。奈良県ではこうした教育現場の課題をどのように捉えていますか?

小崎氏:奈良県立教育研究所は教員の働き方の実態を把握するため、ソフトバンクさんの協力のもと、県内の全ての教員に対してアンケート調査を行いました。

奈良県立教育研究所リサーチページ

特徴的だったのは、教職という仕事にやりがいや誇りを感じている人がかなり多かったこと。一方で、長時間労働などの負担が大きいことから、「やりがいがあるものの、若い人にすすめたい仕事ではない」と考える人が多くいることがわかりました。「今の状況を改善したい」という意識を持つ人は8割以上に及びます。

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具体的に何が教員の負担になっているのか。調査から見えてきたのは、業務量が多く、とにかく休めていないという実態でした。

土日祝日に休める日の割合は平均64%と一般企業に比べて少なく、残業時間も長い。特に負担になっているのが、長時間の会議や報告書の作成、保護者対応といった業務でした。

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一方、授業の準備には時間がかかっているものの、もっと時間をかけたいと考えている教員は多い。その前向きな気持ちに反して、業務が圧迫して勉強する機会や時間が少なすぎると感じているという実情がわかりました。

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また、学校ならではの事情として、保護者対応やクラス運営については、学校によって事情が違うため、同じ学校にいる身近な先輩にしか聞けないこともたくさんあります。

先輩の経験値を吸収するということは、昭和や平成の時代の経験が今にそのまま受け継がれていくということでもあります。安定しているものの、時代とともに古くなっていきます。社会の情報化の進展は急激なため、経験と今の世の中の実情が結びつかないケースも出てしまうのです。

調査結果から明らかなように、教員の業務改善は急務。「GIGAスクール構想」を推進していくためにも、先の5つの指針で述べたように、教員が教育の情報化の推進の必要性を感じ、新しい授業方法などを学ぶ研修の機会と時間を確保することが必要です。

10年後、ICT教育を受けた子どもたちが大人になるのが楽しみ

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——「GIGAスクール構想」で教職員の働き方も子どもたちの学び方も大きく変わろうとしています。5年後、10年後、学校教育はどう変わっていくと思いますか?

小崎氏:大きく変わっていくと思うのは、今後教育データが子どもたち自身のものになるということです。

今まで学校の成績は学校で保管されて、個人情報と言いながら、本人でも自由に閲覧できませんでした。子どもたちが自分自身の成績・学校生活・思い出などのデータを管理できるアカウントを持つようになると、本人が自分のことを知ることができるようになります。

小学校、中学校、高校と進学していく過程においても、本人が情報を持っていれば、それを学校や家族に共有することが可能になりますし、例えば「高校生になるまでに読んだ本」などを自分で記録することもできるでしょう。学び方や教育データの考え方も大きく変化していくと思います。

10年後には、小学校の頃から情報端末に触れてきた子どもたちが20代に突入して社会に出ます。低学年の子どもが端末をサクサク操作して「できた!」と喜んでいる様子を間近で見ていると、彼らが大人になったときに一体どうなっているのかなと、今からワクワクしますね。

編集後記

現在、文科省が推進している「GIGAスクール構想」の1人1台のタブレット端末整備は、小学校、中学校、特別支援学校を対象としたものだ。一方で、公立高校への端末整備については、各自治体や学校にその方針を委ねているのが現状だ。小学校、中学校で出来上がりつつあるICT活用の基礎が高校進学の段階で途切れてしまうのは、当然のことながら好ましくない。整備された情報端末をいかに日々の授業で利活用し子どもたちの新しい学びを実現するかだけでなく、高校への端末整備を含む教育の情報化のさらなる推進も、日本の教育における今後の課題になるだろう。

【関連サービス】

教員向け働き方調査

【関連リンク】

奈良県立教育研究所

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